パール・ハーバー (映画)
テンプレート:出典の明記 テンプレート:Infobox Film 『パール・ハーバー』(Pearl Harbor)は、2001年5月より公開された第二次世界大戦(特に真珠湾攻撃)を題材としたアメリカの戦争映画(内容的には戦争を舞台にした恋愛映画)である。日本では同年7月から公開された。
『アルマゲドン』や『ザ・ロック』といったヒット映画を生み出してきたジェリー・ブラッカイマーとマイケル・ベイによる制作で、監督はベイが務めた。総制作費1億3225万ドル。
目次
概要
第二次世界大戦開戦前後から日本軍による真珠湾攻撃を経てアメリカ初の日本本土に対する攻撃ドーリットル空襲に至るまでの時代背景をモチーフとし、アメリカ陸軍航空隊に所属する主人公達の恋愛と闘いを描いた作品。
戦闘シーンにはSFXとして当時最先端のCGが多用され、迫力のある音響演出と相まってそのリアルさが話題になった。その一方で近年の戦争映画としては設定・考証面で史実を無視あるいは大幅に脚色した演出が多くなされており、特に滑稽とも言える日本軍の描写が物議を醸した。2001年のアカデミー賞では音響効果賞を受賞した。一方、同年のゴールデンラズベリー賞(最低映画賞)にノミネートされたが受賞はしなかった。
約2分の映像を付け加えたディレクターズ・カット版もリリースされている。
ストーリー
アメリカ陸軍航空隊の戦闘機パイロット、レイフとダニーは深い絆で結ばれた親友同士であった。幼い頃から兄弟同然に育ち、いつも一緒だった。やがてレイフは美しい看護婦のイヴリンと出会い、恋に落ちる。 しかし、レイフは理想と義憤を抱いてヨーロッパ戦線に参加し、イギリスのイーグル飛行中隊の一員としてドイツ空軍と激しい戦闘を繰り広げる。
その頃、ダニーとイヴリンはハワイのパール・ハーバーに転属となる。だがその直後、二人に届けられたのはレイフの戦死の知らせだった。悲しみに沈むダニーとイヴリンはお互いを慰めあううちにやがて深い関係になってしまう。実は生き延びていたレイフはイヴリンへの想いを励みに苦労の末にアメリカへと帰国するが、二人が恋仲になっていることを知って愕然とする。
イヴリンを巡って対立するレイフとダニーであったが、そんな1941年12月7日の朝、真珠湾攻撃のためにハワイ北西沖へと到着した大日本帝国海軍の空母機動部隊の攻撃隊が平穏なパール・ハーバーを目指して飛び立っていたのだった…
スタッフ
- 監督:マイケル・ベイ
- 制作:マイケル・ベイ、ジェリー・ブラッカイマー
- 脚本:ランダル・ウォレス
- 撮影:ジョン・シュワルツマン
- SFX:ILM
- 音楽:ハンス・ジマー
キャスト
役名 | 俳優 | 日本語吹き替え | ||
---|---|---|---|---|
ソフト版 | テレビ版 | |||
レイフ・マコーレー | ベン・アフレック | 堀内賢雄 | 桐本琢也 | |
ダニー・ウォーカー | ジョシュ・ハートネット | 平田広明 | 竹若拓磨 | |
イヴリン・ジョンソン | ケイト・ベッキンセイル | 田中敦子 | 内山理名 | |
ドリー | キューバ・グッディングJr. | 小山力也 | 高木渉 | |
ジミー・ドゥーリトル | アレック・ボールドウィン | 磯部勉 | 佐々木勝彦 | |
サーマン | ダン・エイクロイド | 菅生隆之 | 佐々木梅治 | |
アール | トム・サイズモア | 立木文彦 | 後藤哲夫 | |
グーズ | マイケル・シャノン | 内田直哉 | ||
レッド | ユエン・ブレムナー | 檀臣幸 | ||
アンソニー | グレッグ・ゾ-ラ | 大黒和広 | ||
ベティ | ジェイミー・キング | 石塚理恵 | ||
バーバラ | キャサリン・ケルナー | 小林さやか | ||
サンドラ | ジェニファー・ガーナー | 魏涼子 | ||
マーサ | サラ・ルー | 朴璐美 | ||
ビリー | ウィリアム・リー・スコット | 成田剣 | ||
ハズバンド・キンメル | コルム・フィオール | 千田光男 | 有本欽隆 | |
ルーズベルト大統領 | ジョン・ヴォイト | 平野稔 | 有川博 | |
山本五十六 | マコ岩松 | |||
源田実 | ケイリー=ヒロユキ・タガワ | 大塚明夫 | ||
ダニーの父 | ウィリアム・フィクナー | 内田直哉 | ||
イアン | トニー・カラン | 土田大 | ||
テオ | ロッド・ビーマン | 海老原英人 | ||
日本兵 | ユウジ・オクモト | |||
ニュースの声 | ウォーリー・バー |
評価
日本での配給においては戦争映画として売り出される一方で『タイタニック』(1997年)や『スターリングラード』(2001年)のような歴史的悲劇の中の恋愛映画として大々的に宣伝が行われ、興行的には大ヒットすることとなった。また、リアリティはともかく迫力に溢れた映像および音響演出は話題となり、その年のアカデミー賞では音響効果賞を受賞している。
本作の偏見的な描写はアメリカ国内でも注目され、アメリカの有名な映画評論家であるロジャー・エバートは「この作品は真珠湾攻撃を知らないか、第二次世界大戦さえも知らない観客を対象に作ったのだろう」と批評した。また、トレイ・パーカーらによるブラック人形劇コメディ映画『チーム・アメリカ』(2004年)は、挿入歌に本作への痛烈な批判ネタを織り込んでいる。
試写会が大々的に真珠湾内で行われ、会場となったのは空母ジョン・C・ステニス艦上だったが、 日本と日系の報道機関はシャットアウトして行われた[1]。また試写会の為だけに同空母をサンディエゴから航行させたことに一部から批判された。
史実と異なるとして論争になった点
奇妙な日本描写の代表例
- 劇中において、東條英機、山本五十六ら軍部の重鎮達による真珠湾攻撃の是非を問う作戦会議が野原に置かれた卓で行われている。しかも子供がその近くで遊んでいたり、「軍機密」と大書きした看板が掲げられている。現実には家屋の用意できない最前線でもなければ屋外で会議が行われることなどあり得ず、真珠湾攻撃のような重要な決定は最終的に屋内の御前会議の場で密室で承認された。また、近くに設置された鳥居には旭日旗が上からぶら下げられているが、日本では過去から現在に至るまで国旗をそのように掲げる習慣はない。
- 不自然に鳥居の置かれた屋外の小さなプールで、艦船模型を用いて模擬演習か作戦会議のようなものが行われているシーンがあるが、実際に何の様子を描いているのかは不明である。これは戦時中に製作された日本映画『ハワイ・マレー沖海戦』(1942年)の特撮中の宣伝用スチル写真(特撮用プールに入り、攻撃を受ける米戦艦の模型を準備している)を見て、作戦会議の写真だと勘違いしたものと推測されている。しかもプールの周りの風景が日本とは思えないような南国で、ロケーションの違和感も拭えない。
- 日本軍の艦船内で照明として異常な数の蝋燭が燃やされているシーンがある。通常、艦船には電灯が完備されており、本作品に描かれていたような蝋燭の配置は火災の原因ともなりうるので、電力系統に障害が起こった場合でもなければ蝋燭の使用は考えられない。
- 山本五十六が真珠湾攻撃成功後に空母甲板上(具体な艦船名は不明)で「眠れる巨人(=アメリカ)を起こしてしまった」と発言するシーンがあるが、山本は真珠湾攻撃当時、広島県呉沖の連合艦隊旗艦・長門(戦艦)にいたはずであり、シチュエーションとロケーションの不自然さが否めない[2]。
真珠湾攻撃のシーンについて
- 日本軍の攻撃機がハワイの市街地を低空飛行するシーンがあるが実際の攻撃ルートでは市街地は飛行していない。
- 日本軍が機銃掃射で民間病院や民間人を攻撃しているシーンや海面に浮いている兵士へ機銃掃射をするシーンがあるが、これは史実に無い過剰演出として批判する意見がある[3]。ただし、記録によれば日本側の諜報活動のミスにより民間施設が軍事施設として誤って攻撃対象になっていた場合もあるようで、実際にそれによる死傷者も出ている[4]。
- 劇中で登場する零戦の実写シーンにはプレーンズ・オブ・フェイム(en:Planes of Fame)で動態保存されている五二型の実機と、ロシアで復元された二二型の飛行可能なレプリカを使用しているが、実際に真珠湾攻撃に参加したのは二一型である。これは制作当時に飛行可能な機体が限られていた[5]ので仕方がないことだが、緑色の機体色(史実では戦争中期以降使用)や五二型の推力式単排気管が展示・保存時のままで改修やCGでの補正がなされておらず、こだわりが足りないと批判されることがある[6]。
- 攻撃に参加した九七艦攻は全機が機体上面を濃緑色に塗装されていた三号にもかかわらず初期の全面無塗装の一号が数機ほど出ていたり、兵装の魚雷が九一式航空魚雷改でなく潜水艦が使用する酸素魚雷が使われていたりしている。また、後部機銃がルイス式7.7mm機銃でなくM2重機関銃になっている。
- 九九艦爆が地上目標に対して反跳爆撃をするシーンがあるが、実際には反跳爆撃による攻撃はなかった。更に装備の250kg及び60kg爆弾にそのような機能はない。
- 戦艦アリゾナが800キロ爆弾一発で大破するシーンがあるが、現実には800キロ爆弾が命中した後に右舷に命中した爆弾で弾薬庫が爆発し艦の前方が大破し沈没しているので、やや異なる。
- アリゾナの船体が爆弾が爆発した際に空中に飛び上がるなど壊れ方の描写があまりにも非現実的である。
- 零戦が兵士のライフル銃やサブマシンガンの銃撃で容易に撃墜されるシーンがある。
- 撃墜されて、地面に激突したはずの零戦の機体が大破せずにそのまま残っているという物理的に考えてありえない場面がある。また、これを発見した米兵が側面に描かれた日の丸を蹴っ飛ばしたりしている。
- 劇中で登場する攻撃を受けるアメリカ海軍艦艇に当時はまだ存在しないスプルーアンス級駆逐艦が写っている。真珠湾内で退役していた数隻の同級駆逐艦を撮影に使用しているが[7]、実際に同級駆逐艦が就航するのは真珠湾攻撃から34年後の1975年である。また空戦シーンに湾内に保管状態にある別の艦も写りこんでいる。
- レイフとダニーの駆るP-40と零戦の対決では、当時運動性など圧倒的に性能が優れている筈の零戦がたった2機のP-40に敗北しているが、これも物議を醸した。史実での日本側の記録においては零戦隊の損害は9機のみで、空戦による被害は無かったとされている。ただしその一方で、ジョージ・ウェルク(George Welch)とケニス・テイラー(Kenneth M. Taylor)という2人のパイロットが真珠湾攻撃の際に2機のP-40で多数の零戦に対して戦いを挑み、その内6〜10機を落としたという証言(テイラー機が被弾し、片方の主翼半分を吹き飛ばされるも無事生還したという)もあり[7]、この証言を参考にした可能性はある[4][8]。
- 最後に撃墜された零戦から搭乗員がパラシュートで脱出するのが確認できるが、実際の真珠湾攻撃で捕虜になった日本兵は特殊潜航艇の乗員1名のみであり、撃墜された攻撃機の搭乗員は全員戦死したことになっているので、異なっている[9]。
- ベン・アフレック演じる主人公の搭乗するスピットファイアの機体側面に「RF」のマーカーが見えるが、これは1940年のイギリス本土防衛作戦(バトル・オブ・ブリテン)でイギリス空軍における最多撃墜数を獲得して活躍したポーランド人の戦闘機部隊である第303コシチュシコ戦闘機中隊にだけ用いられたものである。しかし第303コシチュシコ戦闘機中隊にアメリカ人が参加していた事実はない。
ドーリットル空襲のシーンについて
- ドーリットルの作戦に戦闘機パイロットであるレイフとダニーが参加するが、実際は戦闘機パイロットにそのような資格はなく、爆撃機専門のパイロットが作戦を遂行した。
- 日本軍の対空砲火により乗員が負傷・死亡するシーンがあるが、史実の作戦で犠牲となったのは不時着時に死亡した3名と日本側の捕虜として処刑された3名、および捕虜として餓死した1名である。なお、史実では空襲に来たB-25の機銃掃射で何人かの小学生が狙われ、その内1人が銃弾を受け死亡するという事件もあったが、劇中では軍事施設以外は攻撃しなかったと説明されている。
- 空襲シーンで爆撃を受ける工場の屋根に、わざわざ「軍事工場」の文字が大きく書かれている。また生産している兵器名を示す看板が立てられているが、軍事機密を考えれば具体的な兵器名を表示することはあり得ず、これも本作の考証の甘い日本描写の一つに数えられている。その空襲を受ける工場名に「笹原兵器工場」と看板があるがこちらも、軍事機密を考えれば表示することはありえない。
- ドーリットル空襲の空母艦隊が日本軍の「巡洋艦」に発見されたと報告しているが、厳密には日本軍特設監視艇として徴用された「漁船」である第二十三日東丸に発見されている。
史実再現に努力が見られる点
- 日本海軍攻撃隊発艦シーンにおいて、『トラ・トラ・トラ!』に続き、再度退役米空母レキシントンが日本空母役を務めている。『トラ〜』では通常通り艦前方から発艦しているため、戦中の艦には無い横にせり出したアングルドデッキがどうしても目立ってしまっていたが、本作ではレキシントンの前後を逆に見立てて後方から発艦させるという手法をとっている。これにより、アングルドデッキが目立たなくなる[10]だけでなく、赤城独特の左舷艦橋の再現にも成功している。発進するシーンの機体の数機はCGではなく、実際に実機を発艦させた。
脚注・参考文献
関連項目
真珠湾攻撃を扱った映画
- 『ハワイ・マレー沖海戦』
- 『トラ・トラ・トラ!』
映画のモチーフとなった出来事
この映画をモチーフとしたゲーム
外部リンク
テンプレート:マイケル・ベイ監督作品- ↑ 「えひめ丸事故」の蒸し返しを恐れていたのではないかとも推測される。
- ↑ 実際の真珠湾攻撃の日本軍機動艦隊の司令官は南雲忠一。
- ↑ 『トラ・トラ・トラ!』にも機銃掃射のシーンは存在するが、民間人に対しての攻撃はなく、兵士に対しては潜水艦上で整備をしていた少数への銃撃のみであり、あとは専ら飛行場に駐機している戦闘機などへの銃撃が中心である。
- ↑ 4.0 4.1 Gordon W.Prange 原著、千早正隆 翻訳 『トラトラトラ - 太平洋戦争はこうして始まった』 並木書房、2001年(新装版)、ISBN 978-4-89063-138-4。作戦当時、各パイロットには厳密に攻撃目標が割り当てられていた。
- ↑ 当時、飛行可能な状態にレストアされた二一型のレプリカも存在していたが、故障等の事情で使用できなかったと言われる。
- ↑ 対照的に、本作以前に日米共同で作られた『トラ・トラ・トラ!』(1970年)の制作時には飛行可能な実機が存在しなかったため、練習機T-6を改造してできる限り実物の零戦に近づけるような努力が行われていた。なお、本作のスタッフ内には史実に沿った塗色(明灰白色)とすべきという意見もあったが、マイケル・ベイ監督の「零戦のイメージは緑」という判断により、結果的に濃緑の旧日本海軍機色となったとも言われている。
- ↑ 7.0 7.1 メイキング映像でも触れられている
- ↑ 日本側記録では、飛行場強襲任務中に敵戦闘機に襲われた九九艦爆の部隊があり、また零戦隊が米機撃墜のスコアも報告しているため、ウェルク(当時の日本表記ではウェルチ)とテイラーが撃ち落したのが劇中のようにすべて零戦とは限らない。また米軍戦闘機で離陸に成功したのはこの2機だけではなく、実際には数機が上がったようであるが、前述の2機以外は零戦隊に食われてしまったと思われる。ちなみにトラ・トラ・トラ!劇中では日米双方の記録を参考にして戦闘シーンを演出したと思われ、ウェルチとテイラーのコンビが九九艦爆と九七艦攻を数機撃墜し、駆けつけてきた多数の零戦隊とドッグファイトを繰り広げ、2機を返り討ちにして雲の中に逃走、無事生還している。
- ↑ 当時の日本軍の戦陣訓である「生きて虜囚の辱を受けず」ということを考えると、みすみす敵地の上で脱出するということは考えにくい。
- ↑ 但し、攻撃機の発艦後に空母の全体を上空から写した際にアングルドデッキが丸見えになっており、今までの演出が無駄になっている。