ジョン・H・ワトスン

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テンプレート:Infobox character テンプレート:Portal ジョン・H・ワトスン(John H. Watson)は、アーサー・コナン・ドイル推理小説シャーロック・ホームズシリーズ』の登場人物。軍医の後開業医となった。名探偵シャーロック・ホームズの友人であり、伝記作家。ホームズシリーズのほとんどの作品は、ワトスンが書いたことになっている。日本語ではワトソンと表記されることも多い。

人物

少年時代を家族と共にオーストラリアで過ごす。ロンドン大学卒業後、聖トーマス病院に入って医学博士を取得、第二次アフガン戦争に軍医として参加し、英軍が敗れたテンプレート:仮リンクで負傷した[1]。傷病兵として本国に送還され、ロンドンで下宿を探していた際、友人のスタンフォードにホームズを紹介され、ロンドンベーカー街221Bで共同生活を始めるようになる。当初はホームズの行動に対して懐疑的だったが、『緋色の研究』事件においてホームズと共に事件に関わる事となり、ホームズの探偵としての姿を目の当たりにする事となる。そしてホームズが事件を見事に解決させたにも関わらず、その手柄をレストレード警部らに全て取られる形となった事を不満に思った(ホームズ自身は気にしていなかったが)ワトスンは、ホームズの活躍をいずれ物語として発表する事を宣言する。

四つの署名』事件で知り合ったメアリー・モースタン(Mary Morstan)と結婚したが、『空き家の冒険』の後でホームズとの共同生活に戻っている。理由として、メアリーとの離婚、あるいは死別等諸説があるが、ワトスン自身が「悲しい別離」と語っていることから、死別であったとする説が一般的である。いくつかの事件の年代と結婚についての記述が矛盾することや、ずっと後年の『白面の兵士』ではワトスンが妻のためにホームズと別居していたという記述があることから、メアリーとの結婚と前後してメアリー以外の女性と結婚していたとする説もある。

『四つの署名』で、父親の名前の頭文字がHであり、物語で描かれた時期よりかなり前に亡くなったことや、兄がいた事が語られている。

ロンドン大学卒業と公言しているが、『競技場バザー』ではエディンバラ大学卒業とし、医学博士号についても同文中で医学士であるとホームズに言われているため、研究者からは諸説出されている。

ワトスンのファーストネーム「ジョン(John)」については、妻が「ジェームズ(James)」と呼びかける場面(『唇のねじれた男』)があり、ホームズ研究者(シャーロキアン)達を悩ませてきた。1943年にドロシー・セイヤーズが「ドクター・ワトソンの洗礼名」を発表し、ミドルネームのHが「ジェームズ」のスコットランドにおける呼称である「ヘイミッシュ(Hamish)」なのであろうという解決策を提示している。なぜ妻がジョンと呼ばなかったかについては、父親の死に関係したジョン・ショルトー少佐(Major John Sholto)と同じため嫌ったのだとしている[2]

当人が『四つの署名』で記述しているところでは、「三大陸にまたがる女性遍歴」を持つ。この「三大陸」はアフガニスタンへの従軍経験を持つことなどから、「アジア・アフリカ・ヨーロッパ」のこととする見方が強いが、(少年時代を過ごした)オーストラリアを含める説や、当人が語っていないだけで、アメリカ大陸へ渡った時期もあるのではないかとする説もある。ホームズも「女性は君の領分だ」(『第二の汚点』)と認めたほどだったが、(少なくとも当人の一人称による作中では)本人が豪語するほど「女たらし」な一面は描かれていない。

ワトスンはこれまで失神したことがなかったが、『空き家の冒険』で死んだはずのホームズと再会した際に初めて気を失ったとされている。

描写

コナン・ドイルはワトスンを愚かな人物としては描いておらず、ホームズは何度も、ワトスンの勇気や能力を賞賛する言葉を口にしており、ホームズはある意味でワトスンに依存していたと見る向きもある。ホームズと対比すると、ワトスンは実直な常識人として描かれており、職業とも相まって大半の読者に受け入れられる人物といえる。また、『高名な依頼人』事件においては、ホームズの指示で短期間で中国の陶磁器について猛勉強し、陶器の権威であるグルーナー男爵と対峙しても、ある程度の受け答えが可能となる水準にまで知識を高めている(最終的には、スパイであることを見破られてしまうが、これはホームズの計算通りの出来事であった)。また、ホームズに調査を頼まれることもあるが、ほとんどの場合、後でホームズに駄目出しされてしまうが、『バスカヴィル家の犬』では偶然ではあるが、ホームズの隠れ家を探し出してしまい、ワトスンが送った報告書はホームズも感心するほど詳しく調べていたし、『隠居絵具師』事件では、依頼人アンバリー氏の持っていた演劇の切符の座席番号を(自分の少年時代と関わりのある番号だったためだが)確認しており、「満点だ」とホームズに言わしめている。『悪魔の足』では毒物の効果を自ら確かめる実験をホームズと行った際に、毒物の影響で朦朧としながらも目の前のホームズが危険な状態だと悟ると彼を連れて外へ脱出した。『瀕死の探偵』ではホームズはワトスンの医者としての腕も評価しており、仮病と悟られないために辛辣な言葉を使って近寄らせないようにした。

ホームズはワトスンに対してもそっけない態度であることが多く、ワトスンも自身をホームズが円滑に推理を行うための道具の一つとまで発言した事があるが、『三人ガリデブ』でワトスンが殺し屋エヴァンズに撃たれた際はワトスンに酷く動揺した様子で安否を尋ねてエヴァンズに対しては「もしワトスンが死んでいたら、お前を殺すところだった」とまで言い放ち、『悪魔の足』でも毒物の効果を確かめる実験に付き合わせた事に対する謝罪と感謝の言葉をかけ彼を感動させている。『最後の事件』では遺書として書いた手紙の中で自身の事を「(ワトスンの)真実の友 シャーロック・ホームズ」と書いている。一方、ホームズは『白面の兵士』にて、ワトスンが結婚して同居を解消した事に対して、「自分達の付き合いの中で、これがワトスンの唯一の自分本位の行動だった」「私は一人ぼっちだった」と複雑な心境を語っている。

評価

シャーロック・ホームズシリーズが文学的に成功したのは、読者と同レベルの知能を持つワトスンを語り手として導入し、ワトスンの目を通して手がかりを読者にあからさまに明示することなく提示できるようになったことが大きい。また、ポーの「私」と異なり、名前が(ファーストネームとファミリーネームのみであるが)判明しており、医師という社会的地位にあることから、名探偵と読者との中間にある第三者(「私」は主人公と同様に奇人であるが、読者にとって仮託しうる対象ともなる)として、物語に存在していることが大きな特色といえる。この有用な形式は以後多くの推理小説で踏襲されることになる。ちなみに、ホームズはワトスンの文章を批判していたが(しかし、ホームズは自身の名前が世に出る事をあまり好ましく思っていない割にはワトスンを「僕の伝記作家」と評したり、「この事件は君の物語には合わない」等、事件をワトスンが公表する事を前提とした発言をする事がある)、あまりに批判されたので遂には怒ってホームズ自身に物語を書くことを要求し、ホームズも読者を喜ばせるためにはワトスンと同じ書き方をしなければならないと反省した(『白面の兵士』)。

代名詞

シャーロック・ホームズシリーズが成功したおかげで、ワトスンは名探偵の相棒の代名詞となった。現代でも探偵小説において、物語の語り部や主人公の助手など、ワトスンと同等の役を務める登場人物を「ワトスン役」と称することがある。

演じた俳優たち

ホームズ同様、ワトスンもまた多数の俳優によって演じられてきた。総じて、ホームズよりワトスン役の方が、俳優の個性が強く現われるとされている。

特筆されるべきワトスン俳優として、「アメリカ最高のホームズ」と言われたベイジル・ラスボーンとコンビを組んだ、ナイジェル・ブルースがいる。彼が映画やラジオで演じたのは、うっかり者で怒りっぽく大事な場面でヘマばかりする、ホームズの引き立て役としてのワトスンだった。ブルースのワトソン像はファンの支持を集め、ラスボーンがアメリカ最高のホームズ俳優とされたのと同じく、ワトスン役の代名詞になった。晩年、ラスボーンからオリジナルの舞台でワトスンを演じて欲しいと要請されたブルースは大いに乗り気だったのだが、開幕の数週間前に病死した。

その他、エドワード・ハードウィックアンドレ・モレルH・マリオン・クロフォードらの評価が高い。特にエドワード・ハードウィックは、最高のホームズとして全世界に名を馳せたジェレミー・ブレット主演のグラナダ・テレビ製作のテレビドラマシリーズ『シャーロック・ホームズの冒険』で2代目ワトスンを演じ、ナイジェル・ブルースとは全く異なるワトソン像を確立した。ハードウィックの演じたワトソンはドイルの原作で本来描かれていたワトスン像であった。すなわち、高潔な英国紳士にして、好奇心と勇気があり、陰ながらホームズをサポートする素晴らしい相棒としてのワトスン博士である。ハードウィックの演技により、ナイジェル・ブルースの影響による「ワトスン博士=ドジでヘマばかりする名探偵の相棒」のイメージは完全に払拭された。なお、ワトスンの負のイメージの払拭という意味では、同シリーズの初代ワトスンであったデビッド・バークも、男性的で行動力溢れる元軍医としてのワトスンを演じた。

トーキー初のホームズ映画でワトスンを演じたレジナルド・オウエンがそうだったように、ワトスンとホームズを両方演じた俳優も数名いる。ワトスンを演じてから後にホームズに「出世」するケースが多く、逆にホームズを演じてからワトスンを演じる俳優は少ない。作品によってはワトスンが女性や少年に変更されるケースもある。

日本の声優では、富田耕生がアニメ『名探偵ホームズ』でワトスンを演じた。この作品は映画版から内容がそのままテレビ版にコンバートされる際、声優の一部が交代しているが(広川太一郎演ずるホームズもテレビ版から)、富田はそのまま続投している。表記は「ワトソン」。

2008年にガイ・リッチー監督による映画『シャーロック・ホームズ』において、ワトスン役にはジュード・ロウが抜擢された。公式の日本語表記は「ワトソン」。ストーリーの性質上、原作よりも若々しく、英国紳士としての慎ましさを持ちながらも思いがけぬ行動に出てホームズを驚かせたり、ホームズと共に悪党と戦える高い戦闘力を持ち、婚約者をかばってホームズと対立したりすることもあるなど、これまでのワトスンとはかけ離れた設定も多い。

2010年から始まったBBCのTVシリーズ『SHERLOCK (シャーロック)』では、マーティン・フリーマンが演じている。ホームズとは現代的にシャーロック、ジョンと呼び合うこともある。公式の日本語表記は「ジョン・ヘイミッシュ・ワトソン」。舞台は21世紀のイギリスに変更されているが、キングス・カレッジ・ロンドン卒でアフガン戦争帰りの陸軍医、勇敢で誠実な人物、射撃の名手、友人に紹介されてホームズとルームシェアを始める、女好きなど、原作に忠実な設定も多い。一方で、足の怪我に関してはPTSDによるもので、肉体に問題があるわけではないと変更されている。またホームズと行動を共にすることが多いため、ゲイと勘違いされるシーンが何度もある。演じるフリーマンは、本作での演技により英国アカデミー賞のテレビ部門最優秀助演男優賞を受賞した。

2013年からCBSで始まった『エレメンタリー ホームズ&ワトソン in NY』は舞台が21世紀のニューヨークであり、ワトスンに相当する役は「ジョーン・ワトソン」というアメリカ人の女性外科医という設定で、ルーシー・リューが演じている。表記は「ワトソン」。

脚注

  1. 負傷箇所については、足という記述と肩という記述があるが、「痛みの移動」の表れかも知れないため、どちらが本当の傷なのかは論議の的になったり、パロディ物のワトソン役のネタにも扱われたりすることもある。また、足という説のうち、詳しくは左足という説がある。
  2. ドロシー・セイヤーズ「ドクター・ワトソンの洗礼名」植村昌夫訳『シャーロック・ホームズの愉しみ方』平凡社新書、2011年、85-94頁

関連項目

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