日本の中世文学史

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テンプレート:出典の明記 日本の中世文学史(にほんのちゅうせいぶんがくし)は、中世(およそ鎌倉時代から安土桃山時代まで)の日本文学歴史である。

概略

源頼朝鎌倉幕府を開き、政治の中心が上方から東国へ移ったが、京都は文化的中心であり続けた。鎌倉時代には藤原定家らによって華麗な技巧に特徴がある『新古今和歌集』が編まれた。また、現代日本語の直系の祖先と言える和漢混淆文が生まれ、多くの作品が書かれた。鴨長明の『方丈記吉田兼好の『徒然草』などがこれにあたる。『平家物語』は琵琶法師により、室町時代には『太平記』が太平記読みにより語られた。その他説経節等語り物の充実は、近世浄瑠璃の隆盛へと繋がってゆく。御伽草子などの物語も一般民衆の間で読まれ、文芸が知識階級のみのものではなくなり庶民の間へも広まっていく。

室町時代には京都五山公家が中心となり古典研究が行われ、また鎌倉時代から上句と下句を連ねる和歌である連歌も貴族から一般民衆までの間で行われた。

文学の周辺

また、能楽などの舞台芸術が多くの人々に受け入れられ、その美学は世阿弥によって『風姿花伝』にまとめられた。仏教では13世紀中頃には道元の『正法眼蔵』、弟子の懐奘の『正法眼蔵随聞記』が成立したほか、禅僧達の作った「五山文藝」という膨大な文献も残されている。軍記物では『増鏡』が書かれた。

中世文学の主な作品一覧

関連項目