中京競馬場
テンプレート:競馬場 中京競馬場(ちゅうきょうけいばじょう)は、愛知県豊明市[注 1]にある競馬場。施行者は日本中央競馬会(JRA)および愛知県競馬組合(ただし現在休止中)、管理者は名古屋競馬株式会社(後述)。
目次
概要
基本的に中央競馬では、毎年1月、3月、6月 - 7月、12月の4開催、24日間に渡ってレースを開催。レースが無い時は競馬場内場外発売所「パークウインズ中京競馬場」として運営されている。かつては地方競馬(愛知県競馬組合主催の「公営中京けいば」)も開催していたが、2002年以降休止しており、現在は場外発売所としてのみ使用している。
コース
2010年(平成22年)3月(高松宮記念終了後)~2011年(平成23年)までコースの全面改造工事が行われ[1]、距離設定も大幅に変更された。
コース概要
- 芝コース
- 1周1705.9m(Aコース)、1724.8m(Bコース)。いずれも直線412.5m。高低差3.5m。仮柵の有無により、Aコース、Bコースに分けられる。
- 最後の直線に2.0%の登り勾配が設けられており、これは中山競馬場(2.24%)に次ぐレベル。
- 3-4コーナーは3.5%のバンクとなっている。
- 設定可能な距離:1200m、*1300m、*1400m、*1600m、2000m、*2200m、*3000m
- 出走可能頭数(フルゲート):1600mは16頭、それ以外の距離は18頭[2]
- ダートコース
- 1周1530m、直線410.7m。高低差3.4m。
- 設定可能な距離:*1200m、*1400m、*1800m、*1900m、*2500m
- 出走可能頭数(フルゲート):2500mは14頭、それ以外の距離は16頭[2]
- 障害コース
- 仮設障害が置かれた芝コースのみで実施(旧コースにあった襷コースは廃止)
- 設定可能な距離:*3000m、*3300m(Aコース)、*3330m(Bコース)、3600m、*3900m
- 出走可能頭数(フルゲート):全コース14頭[2]
(いずれも*はコース改修で新設された距離)
改修前コース
改修前は、芝コース・ダートコースともに中央競馬では、唯一、「平坦」、「小回り」、「左回り」の3条件が揃ったコースであった(ただし新潟競馬場改修後は内回りが似た条件になっていた)。コーナーは半径が前半で大きく、後半で小さく取られている「スパイラルカーブ」を採用。このため、中京巧者と呼ばれていた馬も少なからずいた。障害コースは第3コーナーから第1コーナーに向かう襷コースがあるほかは専用コースはなく、芝コースに仮設の竹柵を置いて(置き障害)レースを行っていた。一周距離は芝・ダートとも福島競馬場と並び中央競馬の競馬場では最も短いが、ゴールまでの直線は中山競馬場よりわずかに長かった。3-4コーナーにかけて緩やかな上り下りの坂があり、ゴール前200mからゴールまで緩やかな上り坂になっているがほぼ平坦だった。改修前はコース特性から逃げ馬に有利とされる競馬場であったが、短距離GIの高松宮記念を逃げ切って勝利したのはショウナンカンプ、ローレルゲレイロの2頭であった。
競走馬は一般的に左回りの方がいいタイムが出るといわれていることと、平坦なコース特性もあって、速いタイムが出る条件は揃っていたが、好タイムは出ていなかった。 芝2000mでは1998年にサイレンススズカがコースレコードを10年ぶりに記録し、その後、馬場の高速化が顕著になってからはタップダンスシチーが2004年に更新。この2頭はのちにGI級を優勝するが、その後も条件馬のワンモアチャッターが、さらに、GIII級でローゼンクロイツが更新するなど、レコードタイムが頻繁に更新されるようになった。
- 芝コース
- 1周1600m(Aコース)・1619m(Bコース)・1631m(Cコース)(内側の移動柵の位置によって3通り存在する)、直線314m、高低差2.9m
- 設定可能な距離:*1000m、1200m、*1700m、1800m、2000m、2500m、*2800m
- フルゲート:1700mは14頭、1000m、1800m、2500mは16頭、1200m、2000m、2800mは18頭(いずれもAコース使用時)
- ダートコース
- 1周1418m、直線312m、高低差2.2m
- 設定可能な距離:1000m、*1600m、1700m、2300m
- フルゲート:16頭(1600mは14頭)
- 障害コース
- 襷コースの長さ474m
- 設定可能な距離:2800m、3330m(Aコース)、3370m(Bコース・発走地点はAコースの3330mと同じ)、*3600m
- フルゲート:14頭
*印の距離の競走は、改修前の時点では施行されていなかった。芝1000m、1700m、ダート1600mについては出走可能頭数が他のコース設定より減るためである。なお、芝2800mは1994年に京都競馬場の改修工事による変則日程の関係で、通常では阪神競馬場の芝3000mで行われる「阪神大賞典(GII)」が中京競馬場で行われた際に使用された[3]が、施行されたのはこの1回だけである。
開場当時は砂コースしか存在しなかった。砂コースは現在のダートコースとはやや異なるもので、当時の重賞競走の記録等でも「砂」と表記されている。1970年に砂コースが芝コースに改修され、遅れて調教用コースがダートコースに改修されている。
かつては1コーナー付近にポケットがあり、芝1400m・3000mの設定もあった[4]が、1993年のスタンド増築時に廃止された。また芝1600mの設定もあったが、こちらはスタート直後に1コーナーのカーブがあって危険とされた為、行われなくなった。
なお、芝1400m・1600m・3000mの設定は2012年の改修で再設定されている。
名古屋競馬株式会社
テンプレート:Infobox 中京競馬場の施設運営と管理は、JRA直営の他9場[注 2]とは異なり、名古屋競馬株式会社によって行われている。競馬法により、東海地方に国営競馬(現在の中央競馬の前身)の開催場をという声に応えるため、1952年8月に設立された。翌1953年8月に競馬場が完成、農林省(現・農林水産省)と施設貸借契約を結び、第1回国営中京競馬を開催することになった。現在は、所有する競馬場の諸施設の修繕等の他に、競馬場近接地にある競馬客用駐車場の管理・運営を行い、JRAの行う中京競馬開催日のイベント・PR活動に協力している。なお、名古屋競馬場を運営する特別地方公共団体の愛知県競馬組合とは別の法人で、愛知県等の地元自治体や名古屋鉄道などの地元企業が出資する非上場の株式会社である。
また、中央競馬に馬主登録しており、活躍した持ち馬にグリーンサンダー(佐賀記念勝ち)、メイケイペガスター(共同通信杯勝ち)などがいる。勝負服は緑、青袖、白山形二本輪。現在は冠名として「メイケイ」を馬名に使用している。
アクセス
名鉄名古屋本線中京競馬場前駅から徒歩10分。2005年春季開催(5月~6月)のシリーズから、競馬場西入場門とを結ぶ屋根付き通路(「フローラルウォーク」)ができた。社屋はこのフローラルウォークの途中に同社の看板が立っており、そこを西へ左折した場所にある。桶狭間の戦いで知られる桶狭間古戦場伝説地も近い。
なお、このフローラルウォークがある西入場門に至る歩道・車道(片側1車線)は、名古屋競馬株式会社の私道で、本来、駅南側の国道1号線から開催時に馬運車が通るための中京競馬場の専用道路である。
中京競馬場開催日に限り、中京競馬場前駅から中京競馬場まで無料バス(名鉄バス)が運行されていたが、2012年より廃止となった。
主な競走
- 高松宮記念
- チャンピオンズカップ(2014年より)
- 特別競走
テンプレート:Col 中京競馬場で施行される競走には中央競馬で唯一となる形態が多い。
- 「高松宮記念」「チャンピオンズカップ」は中央競馬の主要4場(東京・中山・京都・阪神)以外でかつ第3場開催で施行されるGI競走である[注 3](代替開催[注 4]は除く)。
- 「東海ステークス」[注 5]は放送局が冠スポンサーとなっている重賞競走では唯一、ダートで施行される。
- 「中京記念」はトヨタ自動車が冠スポンサーとして施行している。これは、現時点の中央競馬の重賞では唯一、マスコミ(テレビ・ラジオ・新聞社・通信社)・鉄道会社以外の企業が冠となっている競走である[注 6]。優勝馬の馬主にはトヨタ自動車より副賞として自動車が贈呈されている。
- 「中日新聞杯」は2008年度に混合競走に変更されるまで、2004年度から2007年度まで中央競馬で唯一の父内国産馬(マル父)限定重賞となっていた。なお同競走の条件変更により、父内国産馬限定重賞はJRAから姿を消している。
- 「名鉄杯」では冠スポンサーである名鉄電車の「ミュージックホーン」をアレンジしたファンファーレを使用する[5]。レース発走前には名鉄ブラスバンドによるファンファーレの生演奏が行われる[5]。なお、GI・重賞競走以外で生演奏するレースは名鉄杯以外、殆どない。
- 2006年より12月に開催されているオープン特別「尾張ステークス」は、尾張を「終わり」になぞらえて、2009年までは中京競馬場の1年を締め括る最終競走として施行されていた[注 7]。2012年からは12月の中京開催が6日間開催となったため4日目のメインレースで開催される。
- 障害競走が施行される競馬場では、福島競馬場とともに障害の重賞・特別競走が施行されない(2013年から)。2012年までは夏の福島競馬開催にてオープン特別競走「福島ジャンプステークス」が行われていたため、中京競馬場が唯一障害の重賞・特別競走が施行されない競馬場となっていた。
- 昭和30年代までは、厳冬期には関東・関西地区での中央競馬開催は行われず、中京競馬場のみで開催された時期が続いた。その名残で、以前は2月に中京競馬の開催が行われており、きさらぎ賞がその開催の目玉レースとして実施されていた。
- 過去に一度、1980年に「宝塚記念」が芝2400mで行われたことがある[注 8]。このときの優勝馬はテルテンリュウ(1972年日本ダービー勝ち馬のロングエース産駒)であった。
- 中央競馬におけるアラブ系競走は1995年12月、当競馬場で行われた「アラブ大賞典」が最後のレースとなった。
地方競馬での開催
国営競馬の中京競馬開催が始まった同年(1953年・翌1954年からは中央競馬)の10月8日から地方競馬の開催も始まった。しかし、1993年の大改修を契機に施設利用料が大幅に引き上げられ、1日あたり5000万円といわれる名古屋競馬株式会社に支払う中京競馬場の土地・施設賃借料が収支を圧迫するようになったため開催日数が減少してゆき、2002年の正月開催を最後に休止している。
かつては地方競馬で唯一、芝コースを使用してレースが行われていた[注 9]。1989年には芝2000mのコースで名古屋市制100周年記念(中央・地方全国交流競走)を行ったこともある。
中京開催を行っていたころは、地方競馬招待を勝ったリュウアラナス、オールカマーを勝ったジュサブロー、テレビ愛知オープンを勝ったトミシノポルンガなど、中央の芝でも活躍した馬が多数いた。中央に移籍して活躍したステートジャガーやヒカリデユール、「芦毛の怪物」と呼ばれたオグリキャップも地方時代に芝の重賞を勝っている。かつては笠松競馬に所属していた騎手の安藤勝己も中京の芝コースは乗り慣れていた。
現在、名古屋競馬・笠松競馬開催時の場外発売のみが継続されている。
ファンファーレ
一般・特別・(GI級を除く)重賞競走では小倉競馬場と同じく川口真作曲のファンファーレが使用される[注 10]。「高松宮記念(GI)」では京都・阪神と共通の西日本GI級用ファンファーレ(名古屋市消防音楽隊による生演奏)、名鉄杯では前述の専用ファンファーレとなる。
地方競馬開催時は名古屋競馬場と同じファンファーレを使用していた。
主な誘導馬
現役馬
- フローテーション(2012年 - )
- ミヤビランベリ(2012年 - )
引退馬
スタンド
2012年現在は「ペガサス」「ツインハット」の2スタンドが使用されている。
ペガサス
現在のメインスタンドである「ペガサス」は2012年2月4日にプレオープンし、同年3月3日の第1回中京競馬初日にてグランドオープンした。
2011年10月に新スタンドの愛称を公募した結果『ペガサス』となることが決まり、それに合わせて中京競馬場のマスコットキャラ『ペガスター』が採用された[6]。「ペガサス」には国内の競馬場としては初めて屋根に太陽電池パネルが設置される。パネル面積は720㎡(スタンド屋根面積の約半分)、年間発電量は約12万kWで、競馬開催のない平日であれば競馬場内のほぼ全ての消費電力を賄える(競馬開催日の消費電力に換算すると約2%相当)[7]。また中京競馬場は東海地震発生時の広域避難場所に指定されていることから、耐震性能についても「(2012年時点の)耐震基準の25%増し」とされている[8]。
4階にB指定席(765席 禁煙 1,500円)と車椅子指定席(5席 禁煙 1,500円)がある。いずれも屋外指定席となっている。
地下には「勝ち馬ビュー」と呼ばれる、検量室を一般のファンが見られるゾーンも設けられた。東京競馬場の「ホースプレビュー」と同趣旨の施設だが、中京では地下馬道等の間隔がないため、ガラス越しにダイレクトに検量室の様子を見ることができる。
ツインハット
西側に隣接する搭形の建物。1993年に旧メインスタンドが大改修された時に増設され、正門から見た形状が帽子を2つ並べたようにみえることから「ツインハット」の愛称がついた。
6階建てで、6階には馬主・来賓席、4階・5階にはA指定席(4階304席禁煙/5階504席禁煙 2,000円)、3階にはシニア席(131席禁煙 無料)、1階にはシニアサロン(掘りごたつ席は28席禁煙 500円/椅子席は25席禁煙 500円)がある。ペガサスオープン時に6階のS指定席(120席禁煙 3,000円)は廃止された。
- 指定席については事前に整理券を配布して発売を行っている。高松宮記念、有馬記念当日はA指定席は6時すぎ、B指定席も8時までに配布終了することが多く、他場GI、中京競馬場での重賞当日は指定席は9時前後に売り切れることが多い。
- 非開催時(パークウインズ)にはA指定席を1席500円にて発売している(土曜日は5階のみ、日曜日は4・5階)。
- Chukyo Racetrack 16.jpg
パドック
- Chukyo Racetrack 14.jpg
トータボード
- Chukyo Racetrack 17.jpg
ターフビジョン
旧メインスタンド
「在来スタンド」とも呼ばれる。1970年に完成、1993年に大規模な改修を行った。2010年春開催を以って閉鎖・解体された。
5階建てで、4階にはB指定席(336席禁煙 1,500円)とC指定席(370席禁煙 1,000円)、5階にはC指定席(350席禁煙 1,000円)があった。同スタンドは、老朽化に加え1981年の建築基準法施行令改正に伴い大幅に強化された耐震基準(いわゆる「新耐震基準」)に適合していないという問題を抱えていたため、「ペガサス」へ建て替えられることになった[8]。
- Chukyo-twinhat.jpg
ツインハット。建物右にはサンデーサイレンスの大型パネル。 - Chukyo Racetrack 02.jpg
旧メインスタンド - Chukyo Racecourse Paddock 20090329.JPG
パドック
レコードタイム
- †は基準タイム。
- 2014年7月19日終了現在
芝コース(2歳)
距離 | タイム | 競走馬 | 性別 | 斤量 | 騎手 | 記録年月日 |
---|---|---|---|---|---|---|
1200m | 1:10.2 | イスルギ | 牝 | 54kg | 福永祐一 | 2013年7月6日 |
1300m | ||||||
1400m | 1:21.5 | レッドオーヴァル | 牝 | 54kg | M.デムーロ | 2012年12月1日 |
1600m | 1:35.8 | ピークトラム | 牡 | 54kg | 小牧太 | 2013年7月14日 |
2000m | 2:03.4 | ウイントゥモロー | 牡 | 54kg | 中井裕二 | 2013年12月1日 |
芝コース(3歳以上)
距離 | タイム | 競走馬 | 性齢 | 斤量 | 騎手 | 記録年月日 |
---|---|---|---|---|---|---|
1200m | 1:08.0 | マジンプロスパー | 牡6 | 58kg | 福永祐一 | 2013年6月30日 |
1300m | ||||||
1400m | 1:20.0 | ネオザウイナー | 牡4 | 57kg | 浜中俊 | 2012年6月30日 |
1600m | 1:32.8 | エーシンミズーリ | 牡4 | 57kg | 川田将雅 | 2012年6月30日 |
2000m | 1:59.6 | サトノアポロ | 牡5 | 55kg | 蛯名正義 | 2013年3月9日 |
2200m | 2:11.5 | ラニカイツヨシ | 牡3 | 53kg | 佐藤哲三 | 2012年6月30日 |
3000m |
ダートコース(2歳)
距離 | タイム | 競走馬 | 性別 | 斤量 | 騎手 | 記録年月日 |
---|---|---|---|---|---|---|
1200m | 1:12.2 | ルイカズマ | 牡 | 54kg | 浜中俊 | 2013年7月21日 |
1400m | 1:25.0† | アップトゥデイト | 牡 | 54kg | 佐藤哲三 | 2012年7月7日 |
1800m | 1:55.5† | モンシュシュ | 牝 | 54kg | 松田大作 | 2012年12月16日 |
ダートコース(3歳以上)
距離 | タイム | 競走馬 | 性齢 | 斤量 | 騎手 | 記録年月日 |
---|---|---|---|---|---|---|
1200m | 1:10.1 | キクノストーム | 牡3 | 54kg | 幸英明 | 2012年7月1日 |
1400m | 1:21.9 | アドマイヤロイヤル | 牡6 | 56kg | 四位洋文 | 2013年7月7日 |
1800m | 1:48.9 | サトノプリンシパル | 牡4 | 57kg | 川須栄彦 | 2014年7月5日 |
1900m | 1:58.1 | ダヴィンチバローズ | 牡6 | 54kg | 和田竜二 | 2014年7月19日 |
2500m | 2:44.6† | アズマリュウセイ | 牡3 | 55kg | 鮫島良太 | 2012年12月8日 |
障害
距離 | タイム | 競走馬 | 性齢 | 斤量 | 騎手 | 記録年月日 |
---|---|---|---|---|---|---|
芝3000m | 3:17.2† | スーサンストリーム | 牡5 | 60kg | 横山義行 | 2012年7月15日 |
芝3300m | 3:37.8 | エーシンホワイティ | 牡7 | 60kg | 北沢伸也 | 2014年7月5日 |
芝3330m | 3:39.8† | メイショウヨウドウ | 騸6 | 61kg | 西谷誠 | 2014年1月25日 |
芝3600m | ||||||
芝3900m |
2010年3月28日まで行われていたコースでのレコードタイム
出典:JRA公式サイト 中央競馬レコードタイム 中京競馬場(改修工事前)
- 現在は全て廃止されている。
芝コース(2歳)
距離 | タイム | 競走馬 | 性別 | 斤量 | 騎手 | 記録年月日 |
---|---|---|---|---|---|---|
1000m | 0:57.6 | サツマリーベ | 牝 | 53kg | 上村洋行 | 1994年9月11日 |
1200m | 1:08.2 | ヤマニンパラダイス | 牝 | 53kg | 武豊 | 1994年9月10日 |
1700m | 1:42.7 | シュアハピネス | 牡 | 54kg | 古川吉洋 | 2000年11月26日 |
1800m | 1:47.5 | メイショウサムソン | 牡 | 57kg | 石橋守 | 2005年12月17日 |
2000m | 2:01.2 | ビーチランデブー | 牡 | 55kg | C.スミヨン | 2009年12月12日 |
芝コース(3歳以上)
距離 | タイム | 競走馬 | 性齢 | 斤量 | 騎手 | 記録年月日 |
---|---|---|---|---|---|---|
1000m | 0:56.9 | パンペロウ | 牝4 | 55kg | 小野次郎 | 1995年12月9日 |
1200m | 1:06.7 | シーイズトウショウ | 牝5 | 57kg | 池添謙一 | 2005年5月21日 |
1700m | 1:40.6 | ノースフライト | 牝4 | 55kg | 武豊 | 1994年3月6日 |
1800m | 1:45.5 | ベルジュール | 牡3 | 53kg | 鮫島良太 | 2006年9月23日 |
2000m | 1:56.9 | ローゼンクロイツ | 牡5 | 57kg | 藤岡佑介 | 2007年3月4日 |
2500m | 2:31.4 | タップダンスシチー | 牡3 | 53kg | 松田大作 | 2000年12月9日 |
2800m | 2:55.2† | ムッシュシェクル | 牡6 | 58kg | 藤田伸二 | 1994年3月13日 |
ダートコース(2歳)
距離 | タイム | 競走馬 | 性別 | 斤量 | 騎手 | 記録年月日 |
---|---|---|---|---|---|---|
1000m | 0:58.6 | グランデワイルド | 牡 | 55kg | 中舘英二 | 2009年12月12日 |
1600m | 1:40.2 | ラインウイナー | 牡 | 54kg | 千田輝彦 | 1997年12月6日 |
1700m | 1:45.9 | タガノエスペランサ | 牡 | 55kg | 橋本美純 | 2005年12月24日 |
ダートコース(3歳以上)
距離 | タイム | 競走馬 | 性齢 | 斤量 | 騎手 | 記録年月日 |
---|---|---|---|---|---|---|
1000m | 0:57.7 | マキハタサイキック | 牝3 | 51kg | 高井彰大 | 2003年12月13日 |
1600m | 1:38.0 | エンジェルパーツ | 牝4 | 52kg | 渡辺薫彦 | 1995年7月1日 |
1700m | 1:42.9 | ロードプリヴェイル | 牡5 | 58kg | 武豊 | 2003年5月31日 |
2300m | 2:22.3 | ハギノハイグレイド | 牡6 | 58kg | 福永祐一 | 2002年5月19日 |
障害
距離 | タイム | 競走馬 | 性齢 | 斤量 | 騎手 | 記録年月日 |
---|---|---|---|---|---|---|
芝2800m | 3:00.3 | ピクシーストーン | 牡5 | 60kg | 植野貴也 | 2008年6月8日 |
芝3330m | 3:37.8 | コウエイトライ | 牝5 | 60kg | 小坂忠士 | 2006年9月18日 |
芝3370m | 3:37.6 | ジャイアンツエール | 牡6 | 60kg | 西谷誠 | 2008年6月7日 |
芝3600m | 3:57.5† | キンセンアラシ | 牡4 | 59kg | 村山明 | 1994年9月17日 |
その他
- 地元間米町の元寄生地主であった成田孝の「中部地区に競馬場を」という働きかけにより、中京競馬場が誘致された。
- 1983年1月30日には、3歳の子供が不注意で芝コースに入ってしまい、競走中の馬に接触する事故が発生した。テンプレート:要出典。
- 競馬新聞の過去の成績欄では、中京競馬場を「名」と略している新聞社もある。これは、中京の「中」だと中山の「中」、「京」だと京都(及び東京)の「京」と重複するため、中京競馬場に近い名古屋の「名」をとったもの。
- しかし、地方競馬の名古屋競馬で中央との交流戦が組まれるようになり、「名」も重複する場合が発生したため、活字サイズを縮小して「中京」「中山」と記す場合も多い。また、名古屋競馬は「名古」と表記する場合もある。中央との交流戦が活発化する以前は名古屋競馬・中央中京競馬とも「名」で記されて重複していたが、馬の所属である程度判断できた[注 11]。
- 東海地震に関する注意情報が発表された場合には開催を中止し、勝馬投票券の発売と払戻を停止することになっている[注 12]。
- ビュッフェ・パノラマステーションに名鉄7000系車両(7027号、7092号、7028号の3両)が使われている。運転席の見学もでき、場外発売日にはミュージックホーンを吹鳴することもできる。中間車である7092号は、座席をすべて取り外し、改装の上ビッフェとしてオープンした。ビッフェ・パノラマとして営業している。
- 関西地区に属する競馬場であるが、地理的特性から関東馬の参戦も多い。
- 3月の第2回開催では、主場では騎乗機会が少ない多くの新人ジョッキーがデビューする。2010年1月現在、栗東所属で通算1000勝以上をあげている藤田伸二、四位洋文、福永祐一の初騎乗は中京競馬場である。
- 2006年9月9日に行われた第3競走において、1着に13番人気のメイショウギリー、2着に12番人気のデンコウグリーン、3着に8番人気のシャリバンとなった。これにより、馬連の配当は502,590円(120通り中111番人気)、馬単の配当は1,498,660円(240通り中225番人気)、3連複の配当は6,952,600円(560通り中530番人気)を記録した。これらの配当は、中央競馬の馬連・馬単・3連複の史上歴代1位となっている[9]。
- 通常、夏季を除いて、いわゆる「第3場」と呼ばれるローカル6場からの複数開催はありえないが、1991年の阪神競馬場と1994年の京都競馬場の施設改修工事が行われたときには、馬場・コースの保護や日程面の観点から、同年3月に中京・小倉のローカル2場同時開催が行われた。
- 1996年に高松宮記念を春のスプリンター王決定戦と位置づけてGIに昇格したのと、宝塚記念を上半期の総決算をより明確にする観点から、事実上5-6月の阪神と6-7月の中京の開催時期配置を入れ替えた。[注 13]これにより、オークス・ダービーの週の関西での主場開催は京阪神ではなく中京競馬場で行われる形態が続いた。
- 2007年の競馬法「施行規則」改正で、年間全10場合計288日間の範囲内であれば1開催の開催日数を調整出来る規定を生かし、2008年は「馬場保護と出走馬の競走出走サイクル確保」の観点という名目で、平年3月の第1回開催を10日間、平年12月の第3回開催を6日間とした[注 14]。
- 2009年は札幌競馬場の開催分が一部振り替えられ、4回26日間開催する。関西地区主場となる時期は8日開催、第3場開催の場合は6日開催となる[注 15]。
- その2009年は5-6月の開催で非公式ではあるが「準薄暮競走」が行われている。これは通常の発走時間から30分程度ずらして開催するもので、最終競走は基本的に16:40に設定される。なお日本ダービー開催日(原則5月最終日曜日)は東京競馬場の最終競走が17時丁度となるため「薄暮開催」扱い(これは2006年より実施)となっている。
- 2010年は馬場・スタンドの全面改修工事を4月から実施するため、事実上1-2月の小倉開催と12月の中京開催の時期を入れ替え、1-2月に「第1回中京競馬」、3月に「第2回中京競馬」をそれぞれ8日間ずつ開催。なお3月開催は通常10日間、12月は6日間開催だが、実質3月開催の2日分を1-2月分に移す格好であった。5-6月[注 16]は京都競馬場で代替開催した。
- 2011年は裏開催(3月・12月)は小倉で代替開催(5-6月主場は前半2週が京都、後半2週が阪神[注 17])である。ただし、関東馬の輸送による不利などが予想されることから、高松宮記念とファルコンステークスは阪神競馬場で開催された。
- 2012年から再開されるが、夏季の開催を1995年以来[注 13]17年ぶりに7月に移設する。(これにより、5月のオークス・ダービー週の開催が京都競馬場(12日間開催)、6月の開催が阪神競馬場(8日間開催)に変更され、事実上関西開催場の入れ替わりが行われる)なお2011年の東日本大震災及び東京電力・福島第一原発での事故による電力事情から、この年から夏季薄暮開催は実施していない[注 18]。
- 2013年からは1-2月に開催が組まれ、この開催に東海ステークスが4年ぶりに中京競馬場で行われる。この年は2009年と同様に関西地区主場となる夏期開催は8日間、第3場開催は6日間ずつの開催となり、4開催26日間行われる[10]。
- 2013年3月8日の一部の報道で、JRAがジャパンカップダートの中京競馬場への開催移設を検討していることがわかった。[11]2014年より、開催場を中京競馬場のダート1800mに移設するとともにレース名称をチャンピオンズカップに変更することになり、高松宮記念に続き2レース目のGI開催になる予定。
- 1日の入場客数のレコードは、三冠馬ナリタブライアンが出走した1996年5月19日の高松宮杯である。また、高松宮記念当日が中京競馬場の年間で最も入場客数が多い開催日となり、その次に多いのは有馬記念当日の開催日である。
- 指定席券は中京競馬場での重賞当日・他場GI当日は早い時間帯に売り切れることが多い。また、高松宮記念当日、有馬記念当日は開門前に売り切れてしまう。
厩舎
かつては競馬場に厩舎地区が存在し、競走馬の調教が行われていた。京都競馬場や阪神競馬場の収容能力が限界となったために設置されたもので、後に、栗東トレーニングセンターの設置により栗東に集約移転された。
ここに厩舎を構えた調教師の中でも星川泉士は、1958年第18回のタイセイホープ、1959年第19回のウイルデイールで皐月賞連覇をなし遂げたことで知られる。また、アドラーブルやフサイチコンコルドで知られる小林稔が厩舎を開業した際も中京所属で、後に、第1回高松宮杯にシュンサクオーで勝利した際、小林は「縁ある中京の新設重賞をどうしても勝ちたかった」と語っている。ちなみに、この小林は国営中京競馬の勝利騎手第1号でもある。
主な元所属調教師
脚注
出典
外部リンク
引用エラー: 「注」という名前のグループの
<ref>
タグがありますが、対応する <references group="注"/>
タグが見つからない、または閉じる </ref>
タグがありません- ↑ 中京競馬場のメインスタンド改築・馬場全面改造 日本中央競馬会プレスリリース 2010年3月20日
- ↑ 2.0 2.1 2.2 テンプレート:PDFLink - 日本中央競馬会、2014年7月21日閲覧
- ↑ 1994年3月13日 第42回阪神大賞典(GII) Yahoo!スポーツ 競馬
- ↑ 1991年3月10日 第39回阪神大賞典(GII) Yahoo!スポーツ 競馬
- ↑ 5.0 5.1 テンプレート:Cite web
- ↑ 新スタンド愛称は「ペガサス」に!【中京競馬場】 - JRA公式サイト 2011年11月27日閲覧
- ↑ 東京中日スポーツ・2012年2月8日付 13面
- ↑ 8.0 8.1 東京中日スポーツ・2012年2月10日付 11面
- ↑ 2006年3回中京1日目3R サラ系3歳未勝利Yahoo!スポーツ 競馬。
- ↑ 2013年度開催日割および重賞競走について 日本中央競馬会 2012年10月22日
- ↑ 特ダネ 競馬ニュースプラス