皇太后
皇太后(こうたいごう)は、先代の天皇・皇帝の皇后だった者、およびその称号[1]。
太后とも略される。太皇太后、皇后とならび三后(三宮)のひとつ。また、太上天皇・太上法皇・女院を意味する院と東宮・三宮を総称して院宮、これに有力皇族・貴族を含めて院宮王臣家と称した。
目次
日本における皇太后
概要
皇室典範(昭和22年1月16日法律第3号)第23条により敬称は「陛下」と定められるが、古くは皇太后宮と「宮」(ぐう)の字をつけて敬称し、「おおきさいのみや」と訓じた。
神武天皇の皇后であった媛蹈韃五十鈴媛命が、息子綏靖天皇の即位と同日に皇太后となったのが初とされる。
日本では古く奈良・平安時代に、仁明天皇の女御藤原順子(文徳天皇の生母)のように、当代の生母というだけで皇太后もしくは皇太夫人の尊号を奉られることもあったが、江戸時代初期以降その例はなく、先代の嫡妻をもって太后とするのが慣例になった。
皇后の夫天皇が崩御して新天皇が即位しても、必ず皇太后となるとは限らない。皇后位にとどまるなどして、崩御まで皇太后にならなかったり遅れて皇太后になったりした例もある。
逆に、後冷泉天皇の中宮章子内親王や後醍醐天皇の中宮西園寺禧子のように、夫天皇の在位中に皇太后となった例もある。
また、大宮御所とは皇太后の御所のことを言い、皇太后の世話をする部署を皇太后宮職と称した。
三后の班位(身位)は、大宝律令では太皇太后、皇太后、皇后の順と定められ、江戸時代までは皇太后は皇后より上位であった。しかし1910年(明治43年)制定の皇族身位令(明治43年3月3日皇室令第2号)第1條により、皇后、太皇太后、皇太后の順と定められ、皇后を上位と改めた。
また、皇太后は通常、皇后であった者に対する追号として用いられることはないが、孝明天皇の女御(准三宮)であった英照皇太后、明治天皇の皇后であった昭憲皇太后には例外として用いられる。英照皇太后は、生前“皇后”に冊立されたことは無かったが、孝明天皇崩御に伴い、皇后を経ずして皇太后に冊立された。なお、明治天皇と昭憲皇太后を祀る明治神宮は、昭憲皇太后について、1920年(大正9年)に宮内省に、1963年(昭和38年)・1967年(昭和42年)には宮内庁に追号を「昭憲皇后」に変更するようそれぞれ申し入れたが、結局許可は出なかった(昭憲皇太后#追号についても参照)。
次代の大正天皇の后貞明皇后以降は、“皇太后”として崩御しても生前の最高位である“皇后”の位で追号されている。
近現代の皇太后
近現代において「皇太后」と呼ばれた時期があるのは次の4名である。
- 英照皇太后(慶応4年 - 明治30年:孝明天皇女御(准三宮))
- 昭憲皇太后(大正元年 - 大正3年:明治天皇皇后)
- 貞明皇后(昭和元年 - 昭和26年:大正天皇皇后、昭和天皇生母)
- 香淳皇后(昭和64年 - 平成12年:昭和天皇皇后、今上天皇生母)
中国における皇后
テンプレート:節stub 中国では秦・漢の時代から清の時代にまで、在位中の皇帝の生母と先代の皇后を並び尊崇して「皇太后」と呼ぶ。
朝鮮
朝鮮の君主は、天皇や皇帝ではなく国王だったため、皇太后ではなく大妃という。
ヨーロッパ圏における「皇太后」「王太后」
- 詳細はen:Queen Dowagerも参照
英語をはじめとするヨーロッパ諸語にも、「皇太后」(英語:Empress dowager)という言葉がある。"dowager"は未亡人の意である。ただし、現在「皇后」の地位が存在するのは日本のみであるため、1947年までインド皇后であったエリザベス・ボーズ=ライアン(イギリス国王ジョージ6世妃、同女王エリザベス2世生母)がヨーロッパにおける最後の「皇太后」である(2002年崩御)。
王妃だった者には「王太后」(英語:Queen dowager)という呼称が相当する。なお、国王・女王の生母に対してはクイーンマザー(英語:Queen mother)という呼称がある。ただし日本語においては、王国の元首をすべて皇帝と称してきたかつての儀典上の慣例から、これら王太后に対して「皇太后」の語が用いられる場合も少なくない。
スペイン、ベルギーでは国王・王妃の称号が退位後も維持されるため、退位した王妃が国内で「王太后」と呼ばれることはないと思われる。
脚注
参照文献
文献資料
- 新村出編『広辞苑 第六版』(岩波書店、2011年)ISBN 400080121X
- 松村明編『大辞林 第三版』(三省堂、2006年)ISBN 4385139059
外部リンク
- 明治神宮ウェブサイト「明治神宮Q&A - なぜ、昭憲皇后ではなく昭憲皇太后なのですか?」