まな板
まな板、俎、俎板、真魚板(いずれも、まないた)は、調理で食材を切る際に台として用いる板である。英語ではカッティング・ボード(cutting board)またはチョッピング・ボード(chopping board)。
素材
まな板の素材としては、木、プラスチック、合成ゴムが使われることが多いが、稀にガラスが用いられることもある。
現在は家庭用、業務用共にプラスチック材料のものが最も多く売られている。合成樹脂やゴムのまな板は水分が浸透しないため抗菌性に優れ、京都や大阪など自治体によっては、業務用のまな板は樹脂または合成ゴム製を使用しなくてはならないことが法律で決まっている[1]。
木製
木の素材の場合、適度な堅さの樹種が用いられる。主なものとしては、ヒノキ・ イチョウ・ ホオノキ ・ヤナギ・ キリ ・ヒバ・ ケヤキ・ スプルースなど。ムク木(一枚板)が用いられることが多いが、集成材が用いられることもある。
プラスチック製
プラスチックの場合、ポリエチレンが用いられることが多い。近年は抗菌効果があるとされる材料を練り込んだり、表面に抗菌処理を施したりしたものが多く売られている。薄いプラスチックを積層して作ったまな板もある。この積層プラスチックまな板は、表面が汚れてきたら一番上の1枚を剥がして捨てることができる。
合成ゴム製
合成ゴムは、プラスチックよりも柔らかく、包丁の刃を当てたときの感触が木に近くなる。また、煮沸消毒することができるのが利点である。なお、日本では合成ゴム製のまな板について家庭用品品質表示法の適用対象としており雑貨工業品品質表示規程に定めがある[2]。
形状
平安時代までは、上部が丸く湾曲した俎板が流通していた。一般的なまな板は、長さ30-60cm、幅15-30cm、厚さ10-30mm程度の板状になっている。長さと幅については、キッチンの流し(シンク)の大きさの規格にあうように作られているものが多い。中華料理の調理では包丁を叩き付けるようにして食材を切ることが多いため、重量があり、振動で動きにくいものが使いやすく、中華まな板は厚く輪切りにした丸太を使う。
かつては煮炊きの場は土間の竈であり、食材の処理は板の間などに坐って作業したため、まな板には足がついているのが普通であった。中世の絵巻物など文献の描写にも、足つきのまな板の前に坐って調理する様子が描かれている。足つきのまな板は昭和に入っても見られたが、戦後になって調理の場が竈から台所のガス台になり、調理台の前に立って食材の処理をするようになると、まな板の足は不要になり消えていった。
手入れ
食材が直接触れるものであるため、衛生に気を使う。木製の場合、使用する前に水で流し水分を含ませる。これをしないと食材の汁や血がまな板にしみ込み、まな板がべとつく。片面だけを湿らせると板が反るので両面を湿らせる。また使用するにつれ調理人の癖で一部のみ凹んだり、表面には無数の包丁跡が残り傷んでくる。木製のまな板は傷んだ表面を削って再生するが、袁枚は著作で「まな板はたびたび削り、常に清潔に保つこと」と特に注記している。使用後には熱湯をかけるなどして殺菌することが推奨される。プラスチックの場合、除菌効果がある薬剤(洗剤)で洗浄することが推奨される。
いずれの場合でも、汚れを洗い流した後によく乾燥させることが重要である。十分な乾燥をおこなえば、まな板の素材が抗菌材料であるか否かは重要な点ではなくなるという研究もあり[3][4]、また、抗菌まな板が抗菌作用を示すのは湿潤状態においてであり、抗菌効果に期待しすぎないようにしなければならない[5]。
集団給食の調理場などの業務用には、まな板用の滅菌乾燥ケースが開発され販売されている。
生食用の食材を加工するときに用いるまな板と、加熱して食べる食材を加工するまな板は別のものを用いることが推奨される。特に、肉、魚類を切るまな板は専用のものを用意する方がよい。一般家庭で複数枚のまな板を用意するのが大変である場合には、まな板の裏と表で使い分けるとよい。
ニンニクなどの臭いが極めて強い食材を切るときには、まな板の上にクッキングペーパーや牛乳の紙パックを洗浄して切り広げたものを敷き、その上で切断すると、臭いがまな板につくことを防げる。
なお、大型の業務用のプラスチック製まな板の中には複数の層で作られた物があり、表面が傷んだ場合、層を1枚剥がす事により雑菌が繁殖しやすい層を取り除くことができる様になったものもある。ただし4、5層しかないため使い捨てまな板でもある。
語源
まな板の「まな」とは「真魚」(川魚)のことを指す。古くはその用途は魚の調理にのみ限定されていたと見られる[6]。
一方で、「まな」には「真菜」という解釈もある。現在では「菜」は野菜類を示す言葉として用いられているが、かつてはおかずを全て「菜」と呼んでいた。この菜のうち、「真のおかず」、つまり主となるおかずが「真菜」である。肉や魚がおかずの中心素材になることが多いため、肉と魚を「真菜」と呼ぶと考えてもよい。
この「真菜」を切りさばくときに使う板という所から「真菜板」と呼ばれるようになった。
また、「俎」という漢字は、偏が「肉」を、旁が「台」を示す字であり、やはり肉を調理する台という意味を持つ。
まな板と箸の文化
まな板を台所の必需品として常用する文化圏は東アジアで、箸使用文化圏と大体一致している[7]。これは孔子が、「君子厨房に近寄らず」(君子遠庖廚)の格言に基づき、厨房やと畜場でしか使わない刃物の、食卓上での使用に反対したことから、料理はあらかじめ厨房でひと口大に、箸にとりやすい大きさに切りそろえられて食卓に出されるようになり、切りそろえる必要性から箸が普及してる地域ではまな板の使用が一般化しているものと考えられる。また、板前や花板という言葉からもわかるように、日本料理ではまな板において素材を切りそろえる作業・技術者が重視され、切る作業は単に料理の一過程であり、その作業者に対する特別の名称を持たない他の料理との際立った違いとなっている。
ヨーロッパの家庭では手持ちで材料をそぎ落とす形が一般的で、まな板は各家庭に定型化したものがあるとは限らず、パン切台やカッティングボードは台所の必需品ではない[7]。それ以外の地域では、まな板に臨時のものを使ったり、まったくまな板文化を持たないところが多い。
言葉
まな板を使った言葉や言い回しには、次のようなものがある。
- まな板の鯉(まな板の上の鯉・俎上の鯉)
- 我が身を相手のなすがままにさせておくこと。窮地に立たされても慌てずに泰然としている様子を指す。一説によると、コイは、活きたまままな板の上に乗せてもあまり暴れずに調理できることから、こう言われるようになった。または、細かくじたばたすることなく、一度だけ強く跳ねるともいわれる。「俎上(そじょう)の魚」と言われることもある。近年は「抵抗できずにあきらめておとなしくしている様子」を指すときにも用いられている。
- 俎上(そじょう)にのせる
- 話題、議題などに取り上げること。文字通り、そのものをこれから調理するためにまな板の上に置くという比喩。
- 三寸まな板を見ぬく
- 物事の隠された裏側の事実を見抜くこと。またはそのような迫力のある鋭い眼力を持つこと。3寸(約9cm)もある板の向こう側を見るような凄いことであるという大げさな表現。
- まな板に小判一枚初がつお
- 宝井其角の句。江戸っ子にとって初鰹は非常に人気が高く、小判を出さないと買えないくらい値段が高騰したことよりこのような句が作られた。
- 行徳のまな板
- バカでひとずれがしていること。行徳(千葉県市川市)ではアオヤギ(バカガイ)が多く獲れたことから、行徳のまないたは貝剥きに酷使され「バカですれている」。
俗語としての用法には以下がある。
- まな板という語は俗語として、女性の胸がまるでまな板のように平らで起伏が少ないこと、いわゆる貧乳を指すことがある。さらに肋が浮いているさまを洗濯板と例えることもある。
- 俗語で、ストリップショーで、客を舞台の上にあげ、性行為または性行為を模した行為などを行なうことをまな板の語で示すことがある。
- パーソナルコンピュータにおいて、マザーボードをケースに入れず水平に露出させて使用する形態の通称。また、その形態を踏襲したPCケースもまな板という場合がある。
脚注
参考文献
- 荻野文彦 編著、井上 暁子、新飯田 正志 『食の器の事典』 柴田書店, 2005年6月. ISBN 978-4-388-35317-0
- 神崎宣武 『台所用具は語る』 筑摩書房, 1984年12月. ISBN 9784480852434
関連項目
- 板ずり - まな板を利用した野菜の調理方法