人工文字
人工文字(じんこうもじ)とは何らかの目的をもって人為的に創作された文字である。文字は全て人類の発明であるから人工ではあるが、ここでいう「人工」とは人工言語の「人工」と同じ意味で、通例その起源や考案の詳しい経緯を知ることが困難である通常の自然文字に対し、考案者・考案の時期とその経緯とが歴史的に明確な文字をいう。
本項では、則天文字や「孁」等個別の文字ではなく、文字体系 (script) 全体が人工のものについて述べる。
目次
人工文字の分類と性質
人工文字はその実用度に応じて
- 使い手の存在しない架空言語の文字である架空文字。偽書を書き表すために作成された、自然言語に対応するものを含むが、この場合考案の経緯は必ずしも歴史学的に明らかになっているとは限らない。
- 言語学の必要により考案された人工文字。人工言語の表記のために作られた文字を含む。いずれも母語話者による使用を想定しないか、または想定していても社会的に普及していない。
- 自然言語の表記や、既存の文字の改良のために提案された人工文字。
- 国家意志によって開発され、実際に自然言語の表記に使用され普及した人工文字。
に分類される。
単文字換字式暗号のように自然言語の文字と1対1で対応する単純な形態のものから、J・R・R・トールキンなどのように本格的に人工言語を開発し文字を使う場合まで、その形態と考案の目的、経緯とは多様である。ただし人工言語が必ずしも人工文字を使うわけではなく、エスペラント等のように既存の文字を用いるものもある。
よく知られている人工文字、架空文字にはJ・R・R・トールキンによる、完成度の高いテングワールやキアス等があるが、その他にもアレクサンダー・メルビル・ベルのビジブル・スピーチやジョン・マロンのUnifon、アルファベット26そしてクリンゴン語の文字であるピカッド、ノシロ語のノシロ文字等様々なものが存在する。
通常は言語学や語学に通じた者によって考案されているため、音韻論に則り合理的に作られていることが多い。
架空文字
架空の集団のために作られた文字を便宜上架空文字と呼ぶ。ただし本項では文字自体は架空ではなく実在するものを扱う。文字自体も架空のもの(つまり実在しない文字)は扱わない。
架空文字は架空の歴史や社会背景を持つので、幾らかの自然文字に見られる不合理性(発音と表記の乖離など)を持つものもある。
架空文字の中で主要な集団をなすのがフィクションに登場する人工文字である。その文字が表記する対象は
- 架空言語
- 実在言語
- 単なるでたらめ
に分類できる。ただし設定と実際がずれていることもあり、架空言語のはずなのに実在言語として読めるものも少なくない。
架空言語を表す文字としてはテングワール等一連のエルフ文字が有名である。実在言語を表す文字としては踊る人形が有名である。
また偽書を記すために創作された文字もある。(勿論作者自身により人工文字だと明かされることは稀である。)通常は実在の言語(主に古代言語)を表記する。各種の神代文字も人工文字の可能性があるが証明されていない。
正書法となった人工文字
ある言語の正書法となった人工文字もある。歴史上文字のない母語を話す集団が、筆記言語として慣れ親しんでいる他の言語の文字を参考に、自分たちの文字を創作することは珍しくない。人工文字が正書法として採用されるのは、それまで普及した正書法のなかった場合が多い。
9世紀にスラヴ語の表記のためキュリロスとメトディオスとによりグラゴル文字が、更にその後継者たちによって改良版のキリル文字が作られた。キリル文字は当初は教会スラヴ語用だったが、ロシア語等多くのスラヴ系言語のみならず、テュルク語系やウラル語系など旧ソ連の少数言語の正書法にも採用された。ただしグラゴル文字は独特の字形をしているが、キリル文字の字形はギリシャ文字の字形に近い。
1446年、朝鮮語の表記のために、世宗王らによりハングルが作られた。しかし当時は漢文の影響が強く、民衆の間には広まったものの、正式な文章は漢文が使用され、また漢字表記の朝鮮語(吏読)も引き続き使用された。19世紀後半から国民国家形成の動きが中華文明圏や日本にも波及し、その流れで俗語・俗字革命が起こる。ハングルも新聞の文字として使用されるようになった[1]。この時期以降ハングルの普及はより一層進み、1894年に公式文書へのハングル使用が公式に認められることになる。
1820年ごろ、チェロキー語の表記のためにシクウォイアがチェロキー文字を作り正書法となった。人工文字としては例外的なことに、いかなる文字も習得していない作者が、自分では読めない英語のテキストを参考に作り出した。そのため人工文字としては些か非体系的である。また英語を参考にしたが発音は解らなかったため、ラテン文字に似た字が幾つかあるがその音価は全く異なる。例えば「A」と同じ字形の文字は「ゴ (go)」を表す。
符号化
Unicodeは広く使用されていれば文字の起源を問題としないので、キリル文字やハングルを始め数多くの人工文字が収録されている。変わったところでは、ジョージ・バーナード・ショーに因んで命名されたシェイヴィアン文字、モルモン教徒が作ったデザレット(いずれも英語のための人工文字)等があるが、その文字を使った出版物があるなど活発な使用者コミュニティが存在する、あるいはかつて存在した文字に限られる。
架空文字でも広く使われていれば収録されるはずだが、この条件を満たすことは難しく、収録されたケースはまだない。クリンゴン文字の収録申請は棄却されたが、その理由は架空文字だからではなく、クリンゴン文字を使うコミュニティが存在しないという理由であった。クリンゴン語のコミュニティ(作中のクリンゴン人たちではなく、現実世界のスタートレックファンたち)がクリンゴン語の表記に使っているのはラテン文字化であり、クリンゴン文字は撮影セットや小道具の装飾としてしか使われていないというのがその内容である。テングワールとキアスとの収録は依然検討中である。
Unicodeには送受信者間で合意があれば自由に使える私的領域(いわゆる外字領域)がある。ConScript Unicode Registry(外部リンク、英語)が様々な架空文字をユニコードの私的利用領域に割り当てる作業を行なっている。
TRONプロジェクトは架空文字に対しては積極的である。SF作品の作中設定であるアーヴ語の文字アースや神代文字のホツマ文字にコードポイントを割り当てている。
人工文字の例
- 国際音声記号 - (厳密には言語を表記するための「文字」ではなく音声を弁別するための符号である)。
人工言語の文字
- ノシロ文字 - ノシロ語の文字。
- 地球語の文字
- ブリスシンボル(ブリス記号、セマントグラフィー) - 1942年にノルウェーのC.K.ブリスが作成した視覚言語。ヨーロッパ各国で言語障害者の交流用として使用されている。
英語用人工文字
- フォノタイプ - アイザック・ピットマンが創作した人工文字。一部の文字は国際音声記号に採用されている。
- デザレット - モルモン教の文字。アメリカの一部で英語を表記する文字として使用。
- シェイヴィアン文字
日本語用人工文字
中国語用人工文字
その他
- グラゴル文字
- キリル文字
- ハングル
- 契丹文字
- 女真文字
- 西夏文字
- パスパ文字
- 満州文字
- ポラード文字
- チェロキー文字
- ビジブル・スピーチ(視話法) - 日本では1901年に伊沢修二により吃音矯正用文字として紹介された。
- LoCoS(ロコス) - 1960年、太田幸夫・多摩美術大学デザイン学科教授によって考案された人工表意文字。1972年にLoCoSの字形をまとめた書籍『新しい絵ことば LoCoS』(講談社刊)が出版された。
- マンドンベ文字(en:Mandombe alphabet)
- オスマニア文字(en:Osmanya alphabet)
架空文字の例
古史古伝
小説
映画・テレビ番組
- ピカッド(クリンゴン文字)(TV及び映画『スタートレック』シリーズ)
- リント文字(特撮『仮面ライダークウガ』)
ゲーム
- ゼビ文字(『ゼビウス』シリーズ)
- 作中の言語「ゼビ語」の表記の為の文字。アルファベットとほぼ一対一で対応する文字であるが、字形は全く異なる。なおゼビ語では数は十六進法で表記されるため数字は16種類存在する。
- たまごっち文字(『たまごっち』シリーズ)
- デジ文字(『デジタルモンスター』シリーズ)
- デジ文字とたまごっち文字は酷似しているが、どちらもバンダイ製作の作品であることから流用であると思われる。
- パイオニア文字(『ファンタシースター』)
- ハイリア文字(『ゼルダの伝説』シリーズ)
- 『時のオカリナ』/『ムジュラの仮面』のものと『風のタクト』のものは片仮名を、『トワイライトプリンセス』のものは英字を変形させた文字である。その他のシリーズのものは意味を持っていないテンプレート:要出典。
- Eloh文字(『Richard Garriott's Tabula Rasa』)
- ヒュムノス文字(『アルトネリコ』シリーズ)
- 作中で呪文等に使用される言語ヒュムノス語を表記するための文字。アルファベットのa~z、A~Z、数字の0~9に対応し、ルーン文字の様に各々の文字にも独自の意味が存在している。独特の字形は、発音したときの波形を表している。
- アンノーン文字 (『ポケットモンスター』シリーズ)
- どせいさん文字 (『MOTHER』シリーズ)
- コクーン文字、パルス文字、エトロ文字 (『ファイナルファンタジー13』)
- 屍人文字(『SIREN、SIREN:New Translation』)
- 作中に登場する敵、屍人の文字。英字を変形させた文字でローマ字表記を基調としている。
- 闇人文字(『SIREN2』)
- 作中に登場する敵、闇人の文字。母音と子音の文字の組み合わせによる50音表記を基調としている。
- マーカー文字( 『DEAD SPACE』シリーズ)
- 主に作品中の「マーカー」と呼ばれるものや所々の壁に書かれている文字。アルファベットや数字に一対ずつ対応しているが、形は似ていないものが多い。英語で表記する。
アニメ・ 漫画
- ハンター文字 (HUNTER×HUNTER)
- グルグル文字 (魔法陣グルグル)
- かえる族文字(ケロケロちゃいむ)
- 魔女文字(魔法少女まどか☆マギカ)
- 劇中や公式ホームページにて作品独自の文字が魔女の名前などに使用されており、数種類のフォントが存在するものの一定の法則による書式が確認できる。
- 魔法文字(赤ずきんチャチャ)
- G文字(家庭教師ヒットマンREBORN!)
- フロニャ文字(DOG DAYS)
- 作中の異世界「フロニャルド」で使用される文字。文字そのものはアルファベットや数字に対応しており、解読してローマ字読みすると日本語に非常に近い表記や単語となる。
その他
- ヴォイニッチ手稿の文字
- エノク語の文字(ジョン・ディーによる魔術用の文字)
- 天使文字(魔術用の文字の一種)
- 偽漢字(中国の芸術家・徐冰(シュー・ビン)による疑似漢字)
- ミクロ文字 - ミクロマンを制作したタカラによって考案されたもの。仮名文字と同一の五十音が存在した。
- 幻字 - 人工言語アルカで用いられる音素文字。5個の母音字と20個の子音字から成る。
- ヴェルドリア語(Verdurian)の文字([1])
注記
- ↑ 日本人福沢諭吉の弟子・井上角五郎が、当時の日本で広く使われていた漢文訓読体からヒントを得た国漢文(古典中国語直訳体の朝鮮語文)を提案し、朝鮮人学者姜瑋が文体を製作した。しかし古典中国語の素養を必要としたため、両班や富裕な常民等の知識分子にしか理解されず普及しなかった。一方、純粋ハングル交じりの文体や通常の漢字ハングル交じりの新聞は低教育層でも読めたために普及した。
関連項目
外部リンク
- 「地球語」を世界に招こう(表意文字と表音文字の混成表記が使用される人工言語・地球語のページ)
- Alternative scripts / notation systems テンプレート:En icon (人工文字・架空文字のデータベース)
- FrathWikiテンプレート:En icon(海外の人工言語サイト)