首相
首相(しゅしょう、英語:prime minister)は、首席の宰相ないし大臣を意味し、特に、議院内閣制において行政府たる内閣において首席の大臣を指す。国家元首やその代理人としての総督よりも儀礼上は下位に位置する。
解説
閣僚の首席を表す言葉は各国においてそれぞれ違いがあり、後述する通り様々に日本語訳されているが、それらの通称・普通名詞として首相が使われている。例えば日本においての閣僚の首席は内閣総理大臣であるが、通称として首相が用いられる場合が多い。ただし、この首相という呼称は日本の法体系に基づく正式なものではなく、法令では一切使用されていない。一方、議会では内閣総理大臣を指す慣用的な呼称として定着している。
なお、議院内閣制における史上最初の首相は、イギリスのハノーヴァー朝初代国王で英語が全く読み書きできなかったジョージ1世から内政外交すべての政策決定権を委託された第一大蔵卿のロバート・ウォルポールである。
類似した語に宰相[1]があるが、これは中国の官制に由来する呼称で原意は「君主から特に親任されて王家(帝室)を司り、宮廷で国政を補佐する者」である。宰相が複数存在する体制においては、その中の首席宰相を略して「首相」と称する場合があるが(北宋の王安石など)、いずれにせよ近代以降の首相とは意味が違うものである。日本語においては明治以来、宰相もまた首相と同じく慣用的な呼称にすぎず、「首相」と「宰相」の区別はほとんどの場合、詩文的修飾の差異であり、大物政治家としての内閣総理大臣を表現する際に重みを出すために、あるいは「国政を司った(有能な)人物」という敬意を表現するために、「宰相」と修飾的に呼ぶ程度の区別である。
地位
行政府の長
議院内閣制の国家では、首相が政府の長であり、閣議を主宰する。半大統領制では首相がいても大統領が閣議を主宰する国も多く、大統領制では首相を置かない国も見られる。君主の権限が強い国では、君主が閣議を主宰したり、首相を置かなかったりする。
首相の任命者は、形式的には、君主や大統領など、その国の元首である。その際、大統領制や君主の権限が強い国では自ら選定・決定して任命することが多いが、議会の意向を無視できない場合もある。
議院内閣制の国の場合は、
- 議会の指名にのみ基づいて任命する(日本、ドイツなど)
- 前任の首相の助言または政党などからの推薦と慣例に基づいて任命し、議会の承認は取らない(イギリス連邦諸国など)
- 同様の方法で首相候補を決め、議会に推薦し、議会に承認されれば正式に任命する(スペインなど)
などの方法が取られる。いずれの場合も、議会の信任が得られない人物は首相の座にとどまることができず、実質的に議会が首相を指名するのと意味合いは変わらない。
また議院内閣制の国では、首相は内閣を構成する閣僚の人事(任免)権を行使し、これによって閣僚に対する指揮権を掌握するケースが多い。大日本帝国憲法では首相の閣僚に対する人事権が明記されなかったため、国務大臣の筆頭という立場にとどまった(内閣官制も参照)。
元首との関係
首相は行政府の長または行政を担当する官職であって、諸国の事例では、その地位は国と国民を代表する大統領や国家主席、国王などの元首とは異なる。ただし、元首の概念そのものは国家有機体説の遺物であり、社会契約説の国家観の下では象徴的な意味合いしか持たない。アメリカ合衆国やフィリピン共和国のように大統領が行政府の長として強大な権限を持つ政体がある一方で、ドイツ連邦共和国の連邦大統領や中華人民共和国の国家主席など、象徴的な地位に限定されるものもある。日本の元首については論争があり、政府解釈は「天皇を元首と呼び得るかは定義による」とするにとどまるが、実務上、国内外において天皇が日本国の元首として遇される。
外交儀礼上の慣例では、首相は自国の国王や大統領とともに列席する際には席次で区別する。また接受の形態やカウンターパートで区別する場合がある[2]。外交慣例では国家元首には治外法権が認められ、海外訪問の際には接受国側の保護義務が発生するが、現代では元首と実質的な行政府の長(首相)が異なる場合が多く、双方の合意に基づき首相や政府要人(例えば王室・皇室の家族など)に対して元首なみの待遇を行うことが多い。
各国の名称
首相の正式名称は各国で異なるが、それが首相に相当する官職であれば、日本では一律に「首相」と呼ぶ慣習になっている。例を挙げると政府主席に首相の訳語を当てられることがある。
- 日本
- 英国 - グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国首相(テンプレート:Lang-en-short)
- イタリア - 閣僚評議会議長
- ドイツ - ドイツの首相参照
- ドイツ国(1871年 - 1945年) - ドイツ国首相(テンプレート:Lang-de-short)[3]
- 旧東ドイツ - 閣僚評議会議長(独:テンプレート:Lang-de)
- 旧西ドイツおよび現在 - 連邦首相(独:Bundeskanzler)
- フランス - フランスの首相参照
- 第三・第四共和制 - 閣僚評議会議長(テンプレート:Lang-fr-short)
- 第五共和制(現在) - 首相(仏:Premier ministre)
- イタリア - 閣僚評議会議長(テンプレート:Lang-it-short)
- カナダ - 首相(英:Prime minister )
- スペイン - 政府総裁(テンプレート:Lang-es-short)
- 中国
- 朝鮮
- ロシア
- ソビエト連邦
- 人民委員会議議長(露:Председатель Совета Народных Комиссаров)
- 大臣会議議長(露:Председатель Совета Министров)
- 首相(露:Премьер-министра)
- バチカン市国 - 国務長官 (Cardinal Secretary of State)
- スウェーデン - 首相(テンプレート:Lang-sv-short)
- オーストラリア - 首相(英:Prime Minister of Australia)
- ニュージーランド - 首相(英:Prime Minister of New Zealand)
地方政府の首相
地方政府においても議院内閣制が採用され、地方議会がその首相を選出し、首相が内閣を組織して行政を行なう国もある。
- インドの州首相: Chief Minister
- イギリスの北アイルランド、ウェールズ、スコットランドの自治政府首相: First Minister
- オーストラリアの州首相 Premier
- オーストラリアの自治権のある特別地域の首相: Chief Minister
- カナダの州首相: Premier
- ドイツの州首相: Ministerpräsident
- オーストリアの州首相:Landeshauptmann
脚注
- ↑ 宰は「つかさどり、きりもりし、おさめる」意味で「首(head)」とは意図する表意が異なる。宋の時代に編纂された事物紀原には「昔周公位冢宰、正百官以相成王、故有'宰相'之稱、其事自秦漢始」とある。天子をたすけて政治を行う最高官、天子を輔相し、天下を宰制する意味(出典:KO字源[1]:「宰」)
- ↑ 例えば日本の場合、国賓と公賓の接遇に違いがあり、国賓としての接遇はおおむね対象国あたり10年に1度であるため、来日する元首が国王である場合、国賓として迎えることができるように来日日程を調整することが多い。一方で、大統領など実務的な訪問賓客の場合は、来日頻度や日程により「国賓」「公賓」の接遇様式が異なる場合がある(詳細は要人を参照)。 一方、外国の首相が訪日する場合は「公賓」又は実務訪問賓客等として接遇する。「国賓」は宮中で晩餐会、「公賓」は午餐となるのが慣例(詳細は要人を参照)。アメリカ合衆国の場合は大統領府(ホワイトハウス)で晩餐会を主宰する際、元首のときはホワイトタイ(燕尾服)、首相のときはブラックタイ(タキシード)を着るのが慣例である。
- ↑ ドイツ語では帝国時代からナチス時代まで呼称は同じだが、日本語では帝国時代やナチス時代の首相は「帝国宰相」と訳し分けることがある。