電子立国日本の自叙伝
電子立国日本の自叙伝(でんしりっこくにっぽんのじじょでん)は、1991年にNHKスペシャル枠で放送されたドキュメンタリー番組。
目次
概要
戦後間もなくアメリカでトランジスタが発明されたところから、集積回路 (IC)の開発とLSI化、日本で昭和40年代から50年代に繰り広げられた電卓市場を巡る激しいシェア争い(いわゆる「電卓戦争」)、そして世界初の1チップMPUであるIntel 4004の開発秘話など、1980年代末までの日米における半導体開発の歴史を追った作品である。
ジョン・バーディーンやジャック・キルビー、ロバート・ノイス、嶋正利など、半導体史において欠かすことのできない多くの研究者達にインタビューを行っているほか、半導体の製造に関する貴重な映像を多数紹介している。本番組の製作意図の一つとして、現在のエレクトロニクス産業の黎明期から現場に携わった証人にインタビューする、というのがある。今を逃せば、これだけ多くの人にインタビューをできる機会はもうないだろうと、関連書籍の中で述べられている[1]。
番組中度々登場する、三宅民夫アナウンサーと相田洋ディレクターの軽妙な掛け合いトークも話題となった。
番組は高柳記念科学放送賞、国際科学技術映像祭(産業部門)銀賞を受賞した。またディレクターの相田はこの番組の制作に対する功績で1991年に放送文化基金個人賞、1992年に芸術選奨文部大臣賞を受賞している。他にSFファンが投票する星雲賞で第23回(1992年度)のノンフィクション部門を受賞。
NHK出版より単行本(全4巻、文庫版はNHKライブラリーより全7巻、ISBN 4140087919 など)が発売されている。映像ソフトはNHKソフトウェア(現・NHKエンタープライズ)よりビデオ(全4巻)レーザーディスク(上・中・下の全3巻)が発売されていたが絶版となり、2009年3月にDVD(全6巻、NHKエンタープライズ)が発売された。また、NHKアーカイブスやNHKオンデマンドで全ての回が見られる。
番組構成
第1回で半導体技術の基礎となる高純度技術と微細加工技術を取り上げ、第2~5回に掛けてトランジスタの発明から集積回路の発明、マイクロコンピュータの開発までを追う[2]。第6回は周辺技術を紹介する。
- 1991年1月27日 第1回 新・石器時代 ~驚異の半導体産業~
- 1991年3月24日 第2回 トランジスタの誕生
- ベル研究所でトランジスタが開発されて以降、量産に難航した点接触型トランジスタから、プレーナー型トランジスタへ移行するきっかけとなったエピソードの紹介、日本企業が量産に乗り出す際の苦心を描く。
- 1991年3月31日 第3回 石になった電気回路
- ジャック・キルビー、そしてロバート・ノイスが発明した集積回路を取り上げる。
- 1991年7月28日 第4回 電卓戦争
- 1991年8月25日 第5回 8ミリ角のコンピューター
- 電卓用LSIの開発を契機として嶋正利らによりIntel 4004などのマイクロコンピュータが誕生した様子と、その発達を描く。
- 1991年9月29日 第6回 ミクロン世界の技術大国
出演
- ※肩書きは当時のもの
参考
本番組が放送された頃は、丁度湾岸戦争の開戦時期に当たり、戦争関連の臨時ニュースのため、本放送、再放送とも番組が中断する事があった。
本番組の冒頭では、当時半導体生産額のシェアを伸ばした日本が、外国、中でも米国の技術を模倣して成り上がったと揶揄される事に対して、果たして真似だけでここまでできるだろうか、米国を凌駕するところまでゆくだろうか、或いは真似ならば他の国でもできるだろうが、その中で日本は何故成功したのか、それを突き詰めたいとしている。
続編として新・電子立国が制作されている。「電子立国・日本の自叙伝」が言わばハードウェアの発達史であり、日本の歴史を軸に構成されていたのに対して、続編はソフトウェアの発達史であり、日本のみならず米国、そして世界のソフト業界も含めて紹介する。そのため、続編には「日本の自叙伝」の副題は無い。マイクロソフト社長のビル・ゲイツに出演を依頼する際には、本番組のダイジェスト版を見せて、「今度、これのソフトウェア版を作るのだが、ぜひ協力してもらえないか」という主旨で依頼して出演を取り付けた。
DVDチャプター
第1回 新・石器時代 ~驚異の半導体産業~
- オープニング
- 解説:半導体とは何か
- 珪石・二酸化シリコンの採掘
- 粉末シリコンの生成過程
- 解説:粉末シリコン
- 超高純度シリコンの生成過程
- 解説:多結晶シリコンと単結晶シリコン
- 単結晶棒の引き上げ過程(日本シリコン(現SUMCO)生野工場)
- 単結晶棒からシリコンウェハーへ
- 解説:シリコンチップの構造
- シリコンウエハー表面へのトランジスタのつくり込み過程
- 半導体の大量生産・三菱電機西条工場(現ルネサス エレクトロニクス西条事業所)の概要
- 解説:空気フィルター
- ナトリウム除去のシステム
- クリーンルームでのトランジスタ製造工程
- シリコンチップの切り離し・金線接続・樹脂封入・検査工程
- 結び
- 次回予告~エンディング
第2回 トランジスタの誕生
- オープニング
- 解説:真空管からトランジスタへ
- 点接触型トランジスタの発明
- 解説:点接触型トランジスタのしくみ
- 敗戦日本のパイオニアたち
- 鳩山トランジスタの再現
- 黄鉄鉱を使っての実験
- ゲルマニウムの生成 ゾーン・リファイニング技術
- 解説:単結晶について
- 単結晶引き上げの成功
- 日本における単結晶引き上げの研究
- バケツを利用したゲルマニウム純化装置
- 点接触型トランジスタから接合型トランジスタへ
- 解説:接合型トランジスタのしくみ
- 接合型トランジスタから成長型トランジスタ・合金型トランジスタへ
- トランジスタと戦後日本の技術者達
- 当初のゲルマニウム切断技術
- 渡米した日本技術者
- 日本における量産型ゲルマニウム・単結晶の生成
- ゲルマニウムの需要
- 合金型トランジスタ用自動ボンディング装置
- 解説:日本のトランジスタ産業
- 日本初のトランジスタラジオができるまで
- トランジスタラジオの量産
- 石炭排ガス液からのゲルマニウム抽出
- 結び
- 次回予告~エンディング
第3回 石になった電気回路
- オープニング
- 解説:真空管モジュール
- トランジスタガール~歩留まりとの闘い
- ゲルマニウム~湿度の克服
- 解説:ゲルマニウムからシリコンへの移行
- 偶然による酸化膜の発見
- 解説:シリコン結晶製造の4つの方法
- 太陽電池の製造方法として利用されたガス拡散法
- 高純度シリコン製造(四日市・高純度シリコン社(現三菱マテリアル))
- 解説:イレブンナインのシリコン
- イレブンナインのシリコンへの挑戦(水俣・チッソ)
- 解説:舶来シリコン崇拝
- シリコンバレー~ウィリアム・ショックレーと若き研究者たち
- 裏切りの若者たち~フェアチャイルド社設立
- メサ型トランジスタの構造と製造過程
- メサ型からプレーナー型トランジスタへ
- プレーナ型トランジスタの構造
- 解説:ジャック・キルビーの集積回路とロバート・ノイスの集積回路
- 電子部品の小型化の推進力となったロケット開発
- 解説:ミニットマンミサイル用のコンピュータと空軍
- 国産初の集積回路
- 低温表面処理技術(プレーナ型特許への対抗から生まれた新たな技術)
- アポロ11号を支えた超小型誘導コンピューターシステム
- アメリカの電子技術会議に殺到した日本人
- 結び
- 次回予告~エンディング
第4回 電卓戦争
- オープニング
- 解説:電卓の歴史~手動式計算機・電動式計算機・リレー式計算機
- 解説:2進法による仕組み
- 電卓開発の時代背景と各社から発売された電卓
- 電子計算機をめぐる各社の競争~関係者の証言
- リレー式計算機からトランジスタ計算機への転換
- 解説:集積回路の軍事、宇宙用から民生化への流れ
- アメリカでのポケット型電卓の開発・関係者の証言と当時の電卓・演算用IC
- 日本のポケット型電卓の開発・関係者の証言
- 解説:ICの集積度競争~MOS型トランジスタ
- 解説:MOS型トランジスタの歩留まり悪化の苦闘と克服
- 電卓用MOSLSIの開発
- 解説:4相レシオレスMOS回路の論理
- 電卓用MOSLSI(ロックウェル社)の完成
- 電卓戦争本格化・関係者の証言と各社のCM
- 電卓用ワンチップLSIとマイコンを使った電卓の登場
- 電卓の低価格化への挑戦
- 解説:新技術の開発~液晶電卓の登場
- 工場の大型化と導入技術の多様化
- 結び
- 次回予告~エンディング
第5回 8ミリ角のコンピューター
- オープニング
- 解説:マイクロコンピューターの仕組み(RAM、ROM、CPU)
- フェアチャイルド神話の崩壊とインテル社設立
- 解説:メモリーとは~コアメモリーと半導体メモリー
- LSIによるストアード・プログラム式電卓の開発
- 解説:ソフトプログラムで駆動する電卓の回路図
- マクロからマイクロな命令~マイクロプロセッサの発想へ
- 解説:テッド・ホフの電卓回路図
- 世界初のマイクロプロセッサ誕生~インテル4004
- マイクロプロセッサ輸入で直面した障害
- インテル4004のシミュレーション・テスト
- 日常生活へ広がるマイクロプロセッサの製品
- 8ビット・マイクロプロセッサの登場~インテル 8080、ミューコム8
- 解説:半導体チップ法、回路配置法
- 筑波学園都市・インテルジャパン社の作業システム
- 16ビット・マイクロコンピューターの全貌~インテル87C196MD
- 解説:メモリー・チップとマイクロプロセッサの顕微鏡映像
- 解説:マイクロプロセッサ日本製応用商品~結び
- 次回予告~エンディング
第6回 ミクロン世界の技術大国
- オープニング
- 半導体工場の賀詞交換会のもよう
- セミコンウェストショー(シリコンバレー)
- 日本の初期半導体産業を支えた周辺技術(西ヶ原・高橋精機)
- 生産ラインの機器確保・関係者の証言
- 厚さ5ミクロンのダイヤモンドカッターとその製造過程(ディスコ社)
- 解説:リードフレーム
- 半導体・日米技術の競合(セミコンウェストショー)
- 解説:キャピラリを使ったボンディング技術(キューリック&ソファ社)
- マイコン使用のボンディング装置(新川社)
- 超LSIとゴミとの闘い
- 解説:ゴミの正体・空気中のナトリウム
- 解説:超クリーンフィルターの濾材
- ウエハを洗浄する水・超純水
- 解説・超純水とは~イオン交換樹脂による製造法
- 半導体工場の排水処理~シリコンバレー地区の地下水汚染地図
- 水の循環使用(NMBセミコンダクター館山工場)
- ステッパー(回路図面転写装置)のしくみ
- 電子ビームが描く幅1.5ミクロンの線
- 各地の工場での振動対策(富士通中八番工場、九州日本電気(現ルネサス セミコンダクタ九州・山口)))
- アメリカと日本のIC生産ラインの比較
- 毎年恒例の「超LSI技術研究組合共同研究所」の同窓会のもよう
- アメリカ版技術研究組合(セマテック)
- ロバート・ノイスの葬儀参列者の弔辞
- ロバート・ノイスの日本批判
- 結び・エンディング
脚注
- ↑ 実際にノイスは放映前に亡くなっており、バーディーンは第1回の放映直後に逝去した。
- ↑ 当初の企画では、第2~5回の4回分を構想していたが、D-RAM工場や各企業の協力を得て第1回と第6回を追加した。
- ↑ 当初は本番組の意義に懐疑的だった三菱電機が議論の末に西条工場の内部公開に応じたことから第1回を追加した旨が関連書籍で述べられている。