トランジスタ
トランジスタ(テンプレート:Lang-en-short)は増幅、またはスイッチ動作をさせる半導体素子で、近代の電子工学における主力素子である。transfer(伝達)とresistor(抵抗)を組み合わせた造語である[1]。「変化する抵抗を通じての信号変換器[2]」からの造語との説もある。
通称として「石」がある(真空管を「球」と通称したことに呼応する)。たとえばトランジスタラジオなどでは、使用しているトランジスタの数を数えて、6石ラジオ(6つのトランジスタを使ったラジオ)のように言う場合がある。
デジタル回路ではトランジスタが電子的なスイッチとして使われ、半導体メモリ・マイクロプロセッサ・その他の論理回路で利用されている。ただ、集積回路の普及に伴い、単体のトランジスタがデジタル回路における論理素子として利用されることはほとんどなくなった。一方、アナログ回路中では、トランジスタは基本的に増幅器として使われている。
トランジスタは、ゲルマニウムまたはシリコンの結晶を利用して作られることが一般的である。そのほか、ヒ化ガリウム (GaAs) などの化合物を材料としたものは化合物半導体トランジスタと呼ばれ、特に超高周波用デバイスとして広く利用されている(衛星放送チューナーなど)。
歴史
一般には実用化につながった1947-1948年の、ベル研究所による発見および発明がトランジスタの始祖とされる。しかし、それ以前に増幅作用を持つ固体素子についての考察は何件かある。1925年、ユダヤ人物理学者テンプレート:仮リンクが一種のトランジスタの特許をカナダで出願した。これの構造は現在電界効果トランジスタ (FET) と呼ばれているものに近い[3]。リリエンフェルドはこのデバイスについて研究論文などを公表した様子がないテンプレート:要出典。また、1934年にはドイツの発明家テンプレート:仮リンクが同様のデバイスについて特許を取得している[4]。
1947年、ベル研究所の理論物理学者ジョン・バーディーンと実験物理学者ウォルター・ブラッテンは、半導体の表面における電子的性質の研究の過程で、高純度のゲルマニウム単結晶に、きわめて近づけて立てた2本の針の片方に電流を流すと、もう片方に大きな電流が流れるという現象を発見した。最初のトランジスタである点接触型トランジスタの発見である。固体物理学部門のリーダーだったウィリアム・ショックレーは、この現象を増幅に利用できる可能性に気づき、その後数か月間に大いに研究した。この研究は、固体による増幅素子の発明として、1948年6月30日に3人の連名で発表された。この3人は、この功績により、1956年のノーベル物理学賞を受賞している。transistor という用語はテンプレート:仮リンクが考案した[5]。物理学者で歴史家のテンプレート:仮リンクによれば、ベル研究所の特許に関する公式文書には、ショックレーらが、前述のリリエンフェルドの特許に基づいて動作するデバイスを作ったことが書かれているが、それについて後の論文や文書は全く言及していないという[6]。
点接触型トランジスタは、その構造上、機械的に安定した動作が難しい。機械的に安定した、接合型トランジスタは、「3人」のうち最初の発見の場に立ち会うことができなかったショックレーが発明した。シリコンを使った最初のトランジスタは、1954年にテキサス・インスツルメンツが開発した[7]。これを成し遂げたのは、高純度の結晶成長の専門家テンプレート:仮リンクで、彼は以前ベル研究所に勤務していた[8]。
日本でも、官民で研究や試作が行われた。最初の量産は、1954年頃に東京通信工業(現ソニー)が開始し、翌1955年に同社から日本初のトランジスタラジオ「TR-55」が商品化された[9][10]。その後相次いで大手電機メーカも量産を開始し、1958年あたりには主要な電機メーカーからトランジスタラジオが商品化される。このとき東京通信工業の主任研究員であった江崎玲於奈はトランジスタの不良品解析の過程で、固体におけるトンネル効果を実証する現象を発見・それを応用したエサキダイオードを発明し、1973年にノーベル物理学賞を受賞している(この段落の内容に関する詳細はトランジスタラジオ#歴史を参照)。
なお、日本において、当時検波などに使われていた鉱石を利用した、増幅作用が確認されていた、という話がある(内田秀男#三極鉱石を参照)。
世界初のMOSトランジスタは、1960年にベル研究所のカーング[11]とアタラ[12]が製造に成功した[13]。
1960年代に入ると、生産歩留まりが上がってコストが下がり、また真空管でしか扱えなかったテレビやFM放送 (VHF) のような高い周波数でも使えるようになったため、各社から小型トランジスタラジオやトランジスタテレビが発表される。さらに高い電力やUHFでの使用が可能になる1970年までには、家庭用テレビやラジオから増幅素子としての真空管が姿を消す。
特性の向上ばかりでなく、集積回路が発明され、集積度を高めて、LSI(大規模集積回路)へと発展した。
動作の原理
ここではNPN接合(端子は順にエミッタ、ベース、コレクタ)のバイポーラトランジスタ(後述)を例にとり説明する。
- 前提として、エミッタとコレクタはN型半導体であるため電子が過剰にあり、ベースはP型半導体であるため電子が不足(正孔を持つ)している。すなわち単体ではそれぞれをキャリアとして電流が流れる。またベースは幅を非常に薄くしてある(数μm程度)。(実際には、エミッタとベースとの接合面積も小さく、また、エミッタの不純物濃度はベースやコレクタと比べ高くしてある。)
- まずエミッタ - コレクタ間に、エミッタ側を (-) として電圧をかける。このとき電流は流れない。
- エミッタの電子がコレクタ側 (+) に引き寄せられてベースに流れ込み、そこにある正孔と結合する。ベースの正孔は数に限りがあり、全てが電子と結合してしまうとベース内にキャリアが存在しなくなる。その結果電子の移動が停止する(エミッタ - ベース間には空乏層が形成されている)。
- また、コレクタ内の電子も (+) 極に引き寄せられて移動するが、コレクタへは新たな電子の流入がないため、コレクタの電子が全て (+) 極の正孔と結合した時点で電子の移動が停止する。
- ここで更にエミッタ - ベース間に、エミッタ側を (-)(pn接合に対する順方向)として電圧をかける。このときトランジスタ全体に電流が流れる。
- ベースには新たに正孔が流入するため、エミッタに存在する電子がベースに向かい移動する。
- 移動した電子のうち一部はベース内の正孔と結合するが、ベースは非常に薄い層であるため、大部分の電子はコレクタに引き寄せられてベースを通過してしまう。
- 結果、電流がトランジスタ全体に流れ、エミッタ - コレクタ間の電流はエミッタ - ベース間の電流に従って変化することになる(増幅)。各部はそれぞれ「ベース電流を土台とし」「エミッタが放出した電子を」「コレクタが受け取る」という名前通りの働きをする。
1960年代までの初期に多用されたPNP型のトランジスタの場合では、電源の極性(電流の向き)を逆(エミッタを (+)、コレクタ・ベースを (-))にして、電子と正孔を入れ替えれば、同様の働きを行う。
増幅作用
- エミッタ - ベース間にわずかな電流を流すことで、エミッタ - コレクタ間にその何倍もの電流を流すことができる。
- エミッタ - ベース間のわずかな電流変化が、エミッタ - コレクタ間電流に大きな変化となって現れる。
- エミッタ - ベース間の電流を入力信号とし、エミッタ - コレクタ間の電流を出力信号とすることで、増幅作用が得られる。
- コレクタ電流 (IC) がベース電流 (IB) の何倍になるかを示す値を直流電流増幅率と呼び hFE で表す。この値は数十から数百にまで及ぶ。<math>h_{FE} = \frac{I_C}{I_B}</math> である。
スイッチング作用
- 増幅時同様、エミッタ - ベース間の電流(ベース電流)によってエミッタ - コレクタ間のより大きな電流(コレクタ電流)を制御できる仕組みを利用する。
- ベースに与える小さな信号によってより大きな電流を制御できるため、メカニカルなリレースイッチの代わりに利用されることもある。
- 電流の大小ではなくON / OFFだけが制御の対象であるため、一定の線形性が求められる一般的な増幅作用の場合とは異なり、コレクタ電流とベース電流との比が直流電流増幅率よりも小さくなる飽和領域も使われる。
- この作用により、論理回路などのデジタル回路を作ることができる。
機能・特性
- バイポーラトランジスタ[14]
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- P型とN型の半導体を接合したもので、エミッタ・ベース・コレクタと呼ばれる端子を持つ。一般に、ただ「トランジスタ」といえば、このタイプを指す。P型の両端をN型で挟んだNPN型、N型の両端をP型で挟んだPNP型があり、ベース - エミッタ間を流れる電流によって、コレクタ - エミッタ間の電流を制御する(右図の回路記号参照)。特性が等しいNPN型とPNP型の一組(例:2SC1815・2SA1015)をコンプリメンタリと呼ぶ。材料にゲルマニウムが使われていた1960年代の初期はPNP型がほとんどであったが(このため、真空管回路とは逆にプラス電位が接地されていた)、シリコンが使われるようになった1970年代以降は、真空管回路と同様にマイナス電位を接地するNPN型が主流になる。
- 電界効果トランジスタ (FET[15]) またはユニポーラトランジスタ[16]
- テンプレート:Main
- ゲートの電圧(チャネルの電界)によって制御する方式のトランジスタである。ゲート電極が半導体酸化物の絶縁膜を介しているものを特に MOS FET という。
- 絶縁ゲートバイポーラトランジスタ (IGBT[17])
- テンプレート:Main
- ゲート部に電界効果トランジスタが組み込まれたバイポーラトランジスタである。電圧制御で大きな電力を取り扱えるので、大電力のスイッチング(たとえば電車のモーター制御など)に使用されている。
- トレンチMOS構造アシストバイポーラ動作FET (GTBT[18])
- ビルトイン電位によるチャネルの空乏化と、キャリア注入による空乏層解消及び伝導度変調により、遮断状態はFETのように動作するにも関わらず、導通状態ではFETとバイポーラトランジスタの混成したような動作となるトランジスタである。
- ユニジャンクショントランジスタ (UJT[19])
- テンプレート:Main
- 2つのベース端子を持つN型半導体とエミッタ端子を持つP型半導体とを接合したもので、サイリスタのトリガ素子として開発された。安定な高出力パルスが得られる。3つの電極を持つためトランジスタという名前があるが、本質的にはトランジスタとは無縁な、1つの接合しか持たない構造(単接合)の、ユニークな半導体素子である。後述のPUTの台頭により姿を消した。
- プログラマブルUJT (PUT[20])
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- 動作特性を可変としたUJT。UJT同様、サイリスタのトリガ素子として開発された。本質はトランジスタではなく、これ自体4つの接合をもつNゲートサイリスタである。既に日本メーカー製のものは全て製造中止となっている。
- フォトトランジスタ
- 光信号によって電流を制御するトランジスタである。パッケージには、光を透過する樹脂またはガラスが用いられ、一般的には(光線入力がベース電流を代用するため)ベース端子の無い二端子素子の形状となっている。主に光センサとして用いられる。同一パッケージ中に発光素子と組み合わせて封止したフォトカプラは、電源系統の違う回路間で絶縁を保ったまま信号伝達するのに用いられる。
- 静電誘導型トランジスタ (SIT[21])
- 静電誘導効果を利用したもので、チャネル抵抗を極限まで減少させるためチャネルを短くし、チャネル電流が飽和しないようにしたものである。高速動作・低損失で、信号波形の忠実な増幅が可能である。
- ダーリントントランジスタ
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- バイポーラトランジスタの一種。電流増幅率を大きくするためにトランジスタの出力を別のトランジスタの入力とする接続法をダーリントン接続というが、1つのパッケージ内でこの接続を行い、外観としては一般のトランジスタと同様なものをダーリントントランジスタと呼ぶことがある。
- パワーバイポーラトランジスタ[22]
- 電動機の制御など、特に大きな電力(テンプレート:音声ルビオーダ)を取り扱うために開発されたバイポーラトランジスタのこと。単にパワートランジスタとも呼ばれ、PTr[23]と略される。電気鉄道のインバータ装置やチョッパ装置のスイッチング素子として利用された実績もあるが、鉄道用インバータ装置として使うには耐電圧性能が足りないため降圧処置が必要であり、コスト面で不利であったため普及しなかった。バイポーラトランジスタは電流制御型(ベース端子に流す小さな電流でコレクタ - エミッタ間の大きな電流を制御する)なので、取り扱う電流が大きくなれば駆動回路も大規模になる。特にスイッチング用途においては、2000年代に入り、特性がよく電圧駆動型のパワーMOSFETや絶縁ゲートバイポーラトランジスタ (IGBT) に置き換えられつつある。
形名(型番)
日本における半導体素子の形名(型番)は、JEITA(社団法人 電子情報技術産業協会)の規格ED-4001A「個別半導体デバイスの形名」(1993年制定、2005年改正)に基づいて、形名と規格がJEITAに登録されている。それ以前はJIS C 7012:1982(1993年廃止)で以下のようにルール付けられていた(ED-4001Aとは細部において相違がある)。
- 2SAxxx PNP型バイポーラトランジスタ 高周波用
- 2SBxxx PNP型バイポーラトランジスタ 低周波用
- 2SCxxx NPN型バイポーラトランジスタ 高周波用
- 2SDxxx NPN型バイポーラトランジスタ 低周波用
- 2SFxxx サイリスタ
- 2SHxxx ユニジャンクショントランジスタ
- 2SJxxx Pチャネル電界効果型トランジスタ
- 2SKxxx Nチャネル電界効果型トランジスタ
(xxxは11から始まる番号)
バイポーラトランジスタと電界効果型トランジスタの大半は、このルールに基づいて命名されている。当該JIS規格はすでに廃止されているが、今日でも通称としてJIS形名またはEIAJ(JEITAの前身組織の日本電子機械工業会の略称)形名と呼ばれる。
ここで、高周波用と低周波用を区別する基準は特に定められておらず、メーカーの任意である。
添え字
改良型は番号の後にアルファベットを付けて示す。
付帯形名
同じ型番でも直流電流増幅率 (hFE) や信頼性などで選別を行い、型番の末尾にそれらを識別する文字(付帯形名)が付けられていることがある。
例えば東芝の2SC1815という製品の場合、色名に由来する略記号を使って次のように示される。
- 2SC1815-O: hFE = 70 - 140 通称「オレンジ」
- 2SC1815-Y: hFE = 120 - 240 通称「イエロー」
- 2SC1815-GR: hFE = 200 - 400 通称「グリーン」
- 2SC1815-BL: hFE = 350 - 700 通称「ブルー」
(色名は、金属パッケージ時代のカラーマークに由来している。メーカー共通のものではなく、品種によっても異なる)
脚注
参考文献
- 『最新トランジスタ規格表 各年度版』(CQ出版社) - 1966年(初版)から1988年まで(22版)。初期のトランジスタ(ゲルマニウム)の規格が掲載されている。ただし、改訂版から初期の物は外されている。1989年から改訂版。2003年まで出版された。
- 『最新トランジスタ互換表 各年度版』(CQ出版社) - 1968年(初版)から2003年(35版)。
- 『最新トランジスタ規格表&互換表 各年度版』(CQ出版社) - 2004年以降、上記2冊がまとめられた。
- マイケル リオーダン・リリアン・ホーデスン『電子の巨人たち(上)』鶴岡雄二・ディーンマツシゲ訳(ソフトバンククリエイティブ)、1998年
- マイケル リオーダン・リリアン ホーデスン『電子の巨人たち(下)』鶴岡雄二・ディーンマツシゲ訳(ソフトバンククリエイティブ)、1998年
関連項目
- TTL - バイポーラトランジスタを利用した論理回路の構成方式。最初に普及したロジックICで、 他の回路構成のロジックICでもその型番を踏襲したものが多い。
- CMOS - P型、N型MOSFETを相補的に利用した論理回路構成方式。集積度が高く低消費電力なので、ロジックIC、LSIとして幅広く利用されている。
- FET
- 集積回路 - 増幅回路 - 論理回路
- ムーアの法則
- トランジスターグラマー
- ↑ テンプレート:仮リンクによって1948年に名づけられた[1]。
- ↑ テンプレート:Lang-en-short または transit resistor
- ↑ Lilienfeld, Julius Edgar, "Method and apparatus for controlling electric current" テンプレート:US patent 1930-01-28 (filed in Canada 1925-10-22, in US 1926-10-08).
- ↑ Heil, Oskar, "Improvements in or relating to electrical amplifiers and other control arrangements and devices", Patent No. GB439457, European Patent Office, filed in Great Britain 1934-03-02, published 1935-12-06 (originally filed in Germany 1934-03-02).
- ↑ テンプレート:Cite book
- ↑ テンプレート:Cite journal
- ↑ J. Chelikowski, "Introduction: Silicon in all its Forms", Silicon: evolution and future of a technology (Editors: P. Siffert, E. F. Krimmel), p.1, Springer, 2004 ISBN 3540405461.
- ↑ Grant McFarland, Microprocessor design: a practical guide from design planning to manufacturing, p.10, McGraw-Hill Professional, 2006 ISBN 0071459510.
- ↑ TR-55ソニー公式サイト
- ↑ 50年前のソニーが生んだもの日経エレクトロニクス雑誌ブログ、2005年8月5日
- ↑ テンプレート:Lang-en-short
- ↑ テンプレート:Lang-en-short
- ↑ W. Heywang, K. H. Zaininger, "Silicon: The Semiconductor Material", Silicon: evolution and future of a technology (Editors: P. Siffert, E. F. Krimmel), p.36, Springer, 2004 ISBN 3540405461.
- ↑ テンプレート:Lang-en-short
- ↑ テンプレート:Lang-en-short
- ↑ テンプレート:Lang-en-short
- ↑ テンプレート:Lang-en-short
- ↑ テンプレート:Lang-en-short
- ↑ テンプレート:Lang-en-short
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