福山競馬場
福山競馬場(ふくやまけいばじょう)は広島県福山市千代田町一丁目にあった地方競馬の競馬場である。2013年3月24日に開催廃止となった[1]。
開催時の主催者は福山市(競馬事務局)。D-Net加盟場であった。
目次
概要
福山競馬場は、戦後復興の財源確保などを目的に1949年(昭和24年)9月18日に開設された[2]。開設当初は福山市のほか、広島県、広島市、呉市も主催者だった[3]。1968年から福山市の単独開催となる[3]。サラブレッドが多数在籍していたものの1967年からアラブ専門の競馬場となり[4]サラブレッドは混合競走からアラブ系競走に格付けされた。名馬としてローゼンホーマやスイグンを輩出し、前者の名を冠した重賞競走(ローゼンホーマ記念)もあった。またかつては山陽杯と題し、兵庫県競馬組合(園田競馬場、姫路競馬場)との交流戦を開催したこともある。
日本の競馬場の中で最後までアングロアラブ種のみで競馬番組を編成してきたが、アングロアラブ種の生産頭数が激減したため、2005年12月4日よりサラブレッド種による競走が開始された。それに先駆け、2005年7月17日に高知競馬場所属のサラブレッドを招いて交流競走を実施[5]。以降も同競馬場とは人馬の交流が続き、2009年度からは地方競馬全国協会の協力のもと[6]、連携が一段と強化されていた。
厳しい経営状況から累積赤字額が膨らんだことを受け、2010年に「福山市営競馬検討委員会」を設置、競馬事業の存廃についての議論が行われていた[7]。6月10日に開かれた会合で、廃止を前提とした答申をまとめることが決定された[8]。福山競馬関係者側は存続を訴えていた[9]が、9月29日に実質単年度収支の黒字確保が条件での事業継続が答申された[10]。
2012年1月には、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震の影響で東北・関東エリアの競馬開催が中止になり、インターネット投票での売上が増加したこともあり、『2011年度の競馬開催等に於ける実質単年度収支の黒字が見込まれる』ことなどを理由として、福山市長の羽田皓は1月20日の記者会見において、『2012年度も競馬開催を継続する』ことを表明した[11]。
2012年11月14日にはテコ入れ策として東京都馬主会より競走馬30頭を購入、出走頭数の増加によるレースの魅力向上を図った。最終的には2012年度末までに100頭購入するとしていた。また、2014年度以降の払戻率が柔軟に決められるようになったことにより、本年度の収支のみで存廃判断するように関係者側は求めていた[12]。
しかし、2012年度も厳しい運営状況は好転せず、再び単年度赤字に転落することが確実となったことから競馬事業の継続は困難と判断した福山市は2012年11月18日に、本年度をもって競馬事業を廃止する方針を伝え[13]、11月26日には羽田市長が2012年度末で廃止すると正式に表明した[14]。これをうけて、2013年3月24日の競馬開催をもって終了することが発表された[1]。
2013年3月24日、平成24年度第22回4日目第12競走で行われた「第6回ファイナルグランプリ(重賞)」が福山競馬の最終レースとなり[15]競馬開催は廃止となった。なお場外発売は3月28日まで行われたが、その最終日をもって各場外発売所も閉鎖された[1]。4月1日以降の払戻業務は競馬場内の外向発売所でのみ行われる。
競馬場跡地の利活用は、市民の意向を重視して再開発する方向で調整が進んでいる。
実況
実況は初期にはパート従業員の女性が担当し、昭和後期よりエヌ・エス・エル・ナカシマの社員数名が担当、晩年には中島啓(なかしま けい)とエフエムふくやまの西田シゲが担当していた。
走路
以下は廃止時のもの。
- 1周距離:1000 m、右廻り平坦
- 幅員:18 - 25m
- ゴール前直線:200m
- フルゲート:10頭
- 施行可能距離 800m、1130m、1250m、1400m、1600m、1800m、2250m、2400m、2600m
以前はコーナーがきつく、長方形の四隅を丸めたような独特の形状になっていたため「弁当箱の様なコース」と揶揄されることもあった。
後に行われたコース改修により4コーナーは以前よりも曲線が緩和された。以前のゴール前直線は220mであったが、コース改修に伴い200mに短縮された。先行馬がペースを落とさずコーナーを曲がれるため、追い込み馬は届かないケースが多かった上、経費削減の一環として砂補充を抑えていたことで、さらに先行馬有利の馬場となっていた。
1400mは1991年7月15日を最後に、また2400mは1991年1月6日を最後に使用されていないが、それに関する公式アナウンスは無くレコードタイムも公式記録として残っている。 2009年7月19日の開催から1130mの設定が追加されたが、2012年11月25日を最後に使用されなかった[16]。
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スタンド - Fukuyama keiba03.jpg
走路 - Fukuyama keiba05.jpg
パドック - Fukuyama keiba06.jpg
電光掲示板 - Fukuyama keiba04.jpg
賞典台
発売する馬券の種類
以下は廃止時のもの。 ○…発売 ×…発売なし △…広域場間場外発売時のみ ☆…インターネット発売のみ
単勝 | 複勝 | 枠番連複 | 枠番連単 | 馬番連複 | 馬番連単 | ワイド | 3連複 | 3連単 | 重勝式 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
○ | ○ | ○ | △ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ☆ |
※重勝式は2010年1月23日から、3連複は2010年4月10日から発売を開始。また、2012年10月7日からJRAのインターネット投票(IPAT方式)で発売を始めるのに先立ち、2012年9月29日からは枠番連複とワイドの発売を開始(場間場外発売では、2012年9月25日からワイドの発売を開始)[17][18]。
アクセス
場外発売所
- 福山駅前場外発売所 - 広島県福山市三之丸町
- シャトル神辺 - 広島県福山市神辺町大字十三軒屋
- シャトル柳津 - 広島県福山市柳津町
また、所有する以下の場外馬券売場を2006年4月1日より日本レーシングサービスに運営委託していた。
2005年12月に新しい「シャトル」を岡山県津山市と広島県廿日市市に計画中である事が発表されたものの、頓挫した。
廃止後の施設について
福山駅前場外発売所、シャトル柳津については兵庫県競馬組合が管理することになり、園田・姫路両競馬場の場外として活用するため各種機器を入れ替えた上で6月に再開する予定であることが発表された[19][20]。シャトル柳津については2013年6月19日より「DASH柳津」、福山駅前場外発売所については同年6月26日より「DASH福山駅前」として、それぞれ開業した。
またシャトル神辺も他場の馬券を扱うための再開を図っている[21]。
サラブレッドの導入
通常、地方競馬のレースを開催し継続するためには、小さな競馬場と言われるところでも少なくとも400頭以上は確保することが必須条件である。福山競馬場はそのコースの小ささ、カーブのきつさもあり、サラブレッドよりは速度の遅い、ただし故障・消耗に強いアングロアラブ種のみで長年この頭数を確保してきた。
しかし、中央競馬でアングロアラブ系の競走が廃止されたことによりアラブ系種の生産が激減、2005年にはわずか78頭の生産にとどまるなど、アラブ系のみでは必要数を揃えることが遠からず不可能になることが明白なこと、また全国的にも中央競馬との競走馬、騎手などの人馬の交流が活発化していることなどの時代的背景から、福山市は2005年10月に開いた市議会の特別委員会でサラブレッドを導入することを正式に決定、11月1日より導入を開始した。サラブレッド本格導入のために必要な設備の改善として、第3・第4コーナー付近をスパイラルカーブの形状に変更するための改修工事を2006年2月から4月にかけて実施した。2007年からはJRA認定競走も開催していた。
アラブ系単独の競走は、アラブ系競走馬の在籍頭数が40頭以下となったため、一般競走が2009年9月13日、重賞競走は同年9月27日の開設60周年記念アラブ特別レジェンド賞(優勝馬はザラストアラビアン)をもって終了した[22][23]。
2013年1月時点で、現役のアングロアラブは2頭が在籍していた。以前は2012年7月14日の第1レース(「オープニングとく戦」C2二C3)を勝って55勝となり、NAR発足(1962年)以降の地方競馬軽種馬最多勝記録を更新したモナクカバキチ(牡13歳)がいたが、2012年7月28日の第6レース(6着)を最後に引退した。なお2012年8月12日に、引退セレモニーが行われた。
主な競走
重賞競走
- ローゼンホーマ記念(アラブ系4歳上)
- タマツバキ記念アラブ大賞典(アラブ系4歳上全馬、地方全国交流)
- 新春賞(サラ系4歳以上A2)
- アラブ新春賞(アラブ系4歳以上A2)
- アラブ王冠(アラブ系3歳)
- 福山アラブダービー(アラブ系3歳)- 2007年のみ実施された。
- 福山アラブマイラーズ(アラブ系4歳上)
- 福山マイラーズカップ(サラ系4歳上)
- 福山さつき賞(アラブ系A1)
- アラブ特別(アラブ系A1)
- 瀬戸内賞(サラ系4歳上全馬)
- キングカップ(サラ系3歳牡・せん馬)
- 福山桜花賞(サラ系4歳上)
- 福山ダービー(サラ系3歳)
- 西日本グランプリ(サラ系4歳上) - 西日本地区交流
- 福山チャンピオンシップ(サラ系3歳) - 中国・四国地区交流
- 福山スプリントカップ(サラ系4歳上)- 中国・四国地区交流
- 金杯(サラ系3歳以上、ファン投票) - 中国・四国地区交流
- 福山3歳牝馬特別(サラ系3歳牝馬)- 中国・四国地区交流
- 鞆の浦賞(サラ系3歳) - ダービーグランプリ指定競走
- 銀杯(サラ系3歳上、福山デビュー馬) ※2006年までアラブ系3歳重賞として施行
- 福山2歳優駿(サラ系2歳) - 未来優駿、中国・四国地区交流
- 紅葉賞(サラ系3歳) ※2007~2008年にアラブ系A1級重賞として施行
- 福山菊花賞(サラ系3歳上)
- 福山王冠(サラ系3歳)
- ヤングチャンピオン(サラ系2歳) - 中国・四国地区交流
- 福山大賞典(サラ系4歳上選抜)
- クイーンカップ(サラ系4歳上牝馬)
- マイル争覇(サラ系3歳上) - 安田記念ステップ東海・北陸・近畿・中国地区ブロック代表馬選定競走
- 若駒賞(サラ系3歳)
- いろは丸賞(サラ系4歳上) - 近畿・中国・四国地区交流、黒船賞トライアル競走
- 福山プリンセスカップ(サラ系3歳牝馬)
- 福山牝馬特別(サラ系4歳上牝馬) - ヴィクトリアマイルステップ東海・北陸・近畿・中国地区ブロック代表馬選定競走
- 福山弥生賞(サラ系3歳)
- 大高坂賞(サラ系4歳上)- 中国・四国地区連携競走
- 若草賞(サラ系3歳牝馬) - 地方全国交流、オークストライアル東海・北陸・近畿・中国地区ブロック代表馬選定競走
- ファイナルグランプリ(サラ系4歳上、ファン投票) - 中国・四国地区交流
- 太字は2012年度に復活した重賞競走
JRA2歳認定競走
- エリートストーリー(認定新馬)
- プライドストーリー(認定未勝利)
所属騎手
廃止時の最終所属騎手
- 池田敏樹(笠松競馬へ移籍)
- 嬉勝則(高知競馬へ移籍)
- 岡崎準(廃止に伴い引退)
- 片桐正雪(高知競馬へ移籍)
- 黒川知弘(廃止に伴い引退)
- 佐原秀泰(川崎競馬へ移籍後、高知競馬へ再移籍)
- 下村瑠衣(高知競馬へ移籍)
- 周藤直樹(廃止に伴い引退)
- 楢崎功祐(大井競馬へ移籍)
- 野田誠(廃止に伴い引退)
- 藤本三郎(廃止に伴い引退)
- 松井伸也(ホッカイドウ競馬へ移籍)
- 三村展久(大井競馬へ移籍後、引退)
- 山田祥雄(名古屋競馬へ移籍)
- 渡辺博文(佐賀競馬へ移籍)
過去の主な所属騎手(廃止前に引退・移籍)
- 岡田祥嗣(2013年3月1日よりJRAへ移籍)
- 池本徳子(2011年3月で引退。福山競馬史上2人目の女性騎手)
- 﨏畑雄一郎(2011年3月で引退。益田より移籍)
- 鋤田誠二(2009年5月で引退。生え抜きでは初の2000勝を達成。現金沢競馬調教師。叔父に元中津競馬調教師の鋤田嵩)
- 高森良樹(2008年3月で引退)
- 柳井宏之(2007年9月で引退。現佐賀競馬調教師)
- 花本龍一(2007年で引退。父は騎手の花本正三)
- 吉延忠義(2007年6月で引退)
- 石井幸男(2006年3月で引退)
- 池野光(2005年5月で引退)
- 越智誠(2005年3月で引退)
- 松本満夫(2004年3月で引退。転職し23歳でデビュー)
- 山田直樹(2002年3月で引退)
- 久保河内健(2002年2月で引退。第3回マカオ国際見習騎手招待競走地方競馬代表。第9回全日本新人王争覇戦優勝)
- 藤川和真(2001年10月で引退)
- 白津万里(2001年9月で引退。福山競馬史上初の女性騎手)
- 中川浩行(2001年4月で引退)
- 田邉廣文(2000年9月で引退。紀三井寺~金沢~福山と渡り歩く)
- 渡邉貞夫(1999年9月で引退。益田より移籍)
- 岡山重男(1999年8月で引退。那俄性哲也以外で唯一ローゼンホーマに騎乗)
- 佐藤典明(1998年7月で引退。金沢より移籍)
- 津曲照男(1996年8月で引退。2012年に山中利夫(金沢)に抜かれるまで国内最年長騎乗&最年長勝利記録を持っていた)
- 外山清彦(1995年11月で引退。兵庫県より移籍)
- 桒田晃(1995年で引退)
- 桑田規繁(1995年8月で引退)
- 北野多美男(1994年11月で引退)
- 胡本友晴(1994年4月で引退)
- 那俄性哲也(1993年9月で引退。現高知競馬調教師)
- 藤井勝也(現役中の1989年10月に心臓マヒで死亡)
- 藤尾育央(1987年3月に永久追放)
- 宮岡大宏(1987年3月に永久追放)
- 門田光弘(1985年で引退)
- 杉村民雄(1985年7月で引退)
- 道久直(1984年7月で引退。道久勉とは双子)
- 道久勉(1984年7月で引退。道久直とは双子)
- 妹尾美彦(1981年で引退。デビュー日に勝利もまもなく引退)
- 末廣八十夫(1971年9月で引退。調騎分離で調教専業へ)
- 鋤田久(1971年9月で引退。調騎分離で調教専業へ)
- 東森實(1971年9月で引退。調騎分離で調教専業へ)
- 三好正男(1968年で引退。引退後に現役時代の八百長(引っ張り)発覚で逮捕)
主な出身馬
- セイシヨウ(蹄骨骨折で屠殺寸前のところを福永守に助けられ、骨折治癒後に大井から福山に移籍し20連勝を飾る)
- オペレーシヨン(新築記念市長賞など)
- キングタカラ(福山大賞典2回など)
- ヒダカセイユウ(楠賞全日本アラブ優駿など)
- メイクマイウエー(浦和より転厩。楠賞全日本アラブ優駿、福山大賞典など)
- ミスタマキ(大井より転厩。福山大賞典など)
- ヤナイエース(大井より転厩。福山大賞典2回など)
- ウインホープ(福山三冠、福山菊花賞など)
- テルステイツ(福山三冠、福山大賞典など)
- サワトヨキング(福山三冠、福山菊花賞など)
- ザパルテノス(全日本アラブクイーンカップ2回など)
- ミスタージヨージ(アングロアラブの名種牡馬)
- ローゼンホーマ(全日本アラブ大賞典、楠賞全日本アラブ優駿、福山大賞典など。福山競馬史上初の獲得賞金1億円馬)
- キタノテイモオー(福山菊花賞3連覇。福山競馬史上2頭目の獲得賞金1億円馬)
- アサリユウセンプー(楠賞全日本アラブ優駿、西日本アラブダービーなど)
- ムサシボウホマレ(楠賞全日本アラブ優駿など)
- ブラウンバツト(佐賀・アラブ大賞典、福山桜花賞など。福山競馬史上3頭目の獲得賞金1億円馬)
- グリンダイオー(栃木より転厩。西日本アラブダービー、福山大賞典2回など)
- ナタリージョージ(西日本アラブダービー、鞆の浦賞)
- ハイセンプー(福山三冠馬)
- ミナミセンプウ(福山大賞典3回など)
- タッチアップ(西日本アラブダービー、福山大賞典など)
- ミスターカミサマ(全日本アラブグランプリ、福山大賞典など)
- ユキノホマレ(西日本アラブ大賞典、福山大賞典3回など)
- ホマレスターライツ(栃木より転厩。楠賞全日本アラブ優駿、北日本アラブ優駿、北関東アラブチャンピオン、とちぎアラブ大賞典など)
- アキフジクラウン(佐賀・アラブ大賞典など)
- ユノワンサイド(福山三冠など)
- フジナミスペシャル(全日本アラブグランプリ、福山大賞典など)
- スイグン(タマツバキ記念・アラブ大賞典2回、セイユウ記念・アラブグランプリ、全日本アラブグランプリ、西日本アラブ大賞典など)
- クロイチョキンバコ(ホッカイドウより転厩。全日本2歳アラブ優駿など)
- ラピッドリーラン(タマツバキ記念・アラブ大賞典など)
- フジノコウザン(タマツバキ記念・アラブ大賞典など)
- ウォーターグロウ(宮内庁御料牧場繁殖牝馬)
- イケノセブマイン(宮内庁御料牧場繁殖牝馬)
- フジナミカイドウ(宮内庁御料牧場種牡馬)
- モナクカバキチ(NAR歴代最多の通算55勝)
- ユノフォーティーン(全日本2歳アラブ優駿など)
事件
1987年2月18日に当時の所属騎手藤尾育央が1986年11月から12月にかけて不正に福山競馬場の勝馬投票券を購入したとして逮捕されたのをきっかけに、同騎手が暴力団と交友があると噂されていたこともあり、警察が関係する暴力団事務所や組長宅の捜索をしていくなかで、藤尾の騎乗馬の情報を調整ルームに隔離された後からレース直前にかけて不正に特定の者に情報を提供し、開催終了後に謝礼を得ていたことも判明し藤尾は再逮捕され、情報を受け取った会社社長を逮捕。更に暴力団組長らがあらかじめ現金を藤尾に提供し、藤尾の騎乗馬がレースで何着に入りそうかの情報を聞き出していたことも判明し、全国指名手配された後に暴力団組長らも逮捕され、続けざまに1986年9月から1987年1月まで数回にかけて宮岡大宏に対しても同様にして情報を聞き出していたことが判明し、宮岡も逮捕された。さらに捜査を進めていくと、昭和57年と昭和60年に他人名義で不正に競走馬を所有し、市の競走馬購入奨励金を騙し取っていたこと及び昭和61年に不正に勝馬投票券を購入したとして千同武由調教師が逮捕された。
テレビ中継
2009年7月4日からスカパー!255chの鉄道チャンネル(開始当時はACCESS)で「福山競馬中継(快闘乱馬)」として開催日に中継放送されていた(無料放送)。2012年時点では15:00スタートで、最終レース終了までの放送となっていた。高知競馬のナイター開催時は、福山の中継終了後にリレー中継を行った。ただし、園田・姫路競馬と開催が重複する場合は放送されなかった。
公式応援ソング
- 「One day」「じゃあ また明日」(2005年10月10日)(歌・mYm(ミューム))
脚注
外部リンク
テンプレート:Navbox- ↑ 1.0 1.1 1.2 テンプレート:Wayback
- ↑ テンプレート:Cite news
- ↑ 3.0 3.1 地方競馬全国協会『地方競馬』1986年8月号、p.38
- ↑ 『地方競馬』1986年8月号、p.39
- ↑ 福山競馬でサラブレッド招待交流レースを実施(Keiba.go.jp、2005年7月4日)
- ↑ 中四国連携強化へKOU-FUKU KEIBA始動(Keiba.go.jp、2009年5月1日)
- ↑ 福山市営競馬検討委が発足 存廃の協議開始(山陽新聞、2010年2月2日)
- ↑ 福山競馬 廃止前提に答申へ - 中國新聞
- ↑ 福山競馬存続へ 緊急集会 - 中國新聞
- ↑ 検討委、福山競馬継続を答申(中國新聞、2010年9月30日)
- ↑ 福山競馬、新年度継続と発表 中国新聞 2012年1月20日閲覧
- ↑ 魅力アップへ競走馬30頭購入 - 中国新聞 2012年11月14日
- ↑ 福山競馬、廃止へ 単年度黒字困難 中国新聞 2012年11月19日閲覧
- ↑ 福山競馬廃止を市長正式表明 - 中国新聞 2012年11月27日
- ↑ テンプレート:Cite news
- ↑ 福山競馬場に新距離が誕生(Keiba.go.jp、2009年7月15日)
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ 枠番連複は2004年6月13日をもって一時廃止したため、約8年ぶりの復活となった
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ 地方競馬の馬券販売も幕 - 中国新聞・2013年3月29日
- ↑ テンプレート:Wayback
- ↑ テンプレート:Wayback