戎橋
戎橋(えびすばし)は、大阪市中央区の道頓堀川に架かる心斎橋筋・戎橋筋の橋。
概要
|
「戎橋」の名前の由来には、
という2つの説があるが、通常は1つ目の説が有力視されている。江戸時代にはこのルートから西成郡難波村・今宮村を通って今宮戎神社に向かったとされる。
大阪ミナミの繁華街の中心に位置する。北詰は心斎橋筋の南端で心斎橋筋商店街が長堀通まで、南詰は戎橋筋の北端で戎橋筋商店街が難波駅前まで伸び、人通りが多い。とりわけ南西袂にあるグリコネオンは有名で観光スポットにもなっており、1日平均20万人(休日は35万人)が戎橋を通行している。
長らく1925年(大正14年)竣工の鉄骨鉄筋コンクリート製アーチ橋が架かっていたが、2007年(平成19年)に現在の橋に架け替えられた[1]。河岸のとんぼりリバーウォークへ降りるスロープが設置され、橋下には御影石と青銅を用いた先代橋の三連窓壁高欄が取り入れられている。また、観光客などが立ち止まることを考慮して橋上は円形の広場になっている。
1985年、2003年の阪神タイガース優勝時、2001年の大阪近鉄バファローズ優勝時、2002年の2002 FIFAワールドカップでの日本勝利・決勝トーナメント進出時(試合が長居スタジアムだった)にはこの橋から道頓堀川に飛び込む若者が相次いだ。ちなみに2003年の阪神優勝時に死者が出たとされているが、実は死者が出たのは2日後の事で、川を覗いていた若者を男が押したためであった。これを受けて2005年の阪神優勝時には大阪市がフェンスをめぐらして警察官を配置するなど対応をしたが、その目を掻い潜って道頓堀川に飛び込む若者が少数ながら存在した。
その後、橋の老朽化および飛び込みに対する対策などを理由に、架け替えが行われることになり、2003年に公募が行われ、最優秀作品を基に[2]、前述の通り2007年に架け替えられた。しかし、飛び込みが無くなったわけではなく、2013年現在でも道頓堀に飛び込む事例が見られる[3]。
なお、大阪市外など一部の人々の間には「戎橋」が「心斎橋」だと誤解している人もいるが、これは誤りである。
先代橋時代にはナンパスポットとしても有名だったことから、「ひっかけ橋」という異名がある。
戎橋付近のランドマーク
|
- グリコネオン
- かに道楽
- 阪神優勝時にはカニが破壊されることがあるが今回はガードされている。
- 大阪松竹座
- 大阪松竹座は、1923年に欧米諸国より招聘した第一級芸術家を迎えると同時に、時代の先駆となる演劇を上演することを目的として、松竹株式会社社長白井松次郎の手によって、大阪初の洋式劇場として開場した。松竹直営。設計は大林組の木村得三郎で、近代建築史に残る名建築との評価を得た。以来、優秀外国映画の封切と、内外気鋭の俳優の実演、レビュー、コンサート等を取り上げ、文化の殿堂としての役割を果たしてきた。大阪松竹少女歌劇の本拠地として知られ、第二次世界大戦後から改築工事前の1994年までは洋画封切館であった。戦後、地下には松竹芸能の本社事務所が長らく存在していた。
- テラコッタを使用したネオルネッサンス様式の正面大玄関の特徴あるアーチをそのままに、1997年(平成9年)2月に新築開場。江戸時代以来の芝居街・道頓堀の五座の伝統を今につたえる唯一の劇場として、歌舞伎を中心とした多彩な演目を毎月公演している。
- KPOキリンプラザ大阪
- KPOキリンプラザ大阪は行灯に似た角張った形の商業ビル。現代美術(コンテンポラリー・アート)の展覧会などが行われていたが、2007年10月31日に閉鎖され、建物は取り壊された。現在は丸紅による商業ビルLuz Shinsaibashi(ラズ心斎橋)が建っている。
アクセス
ネオンサイン
テンプレート:Colbegin グリコを除く、過去を含む
- 雪印メグミルク(旧・雪印乳業)
- カルビー
- 東芝
- 改源
- プロミス
- 近畿コカ・コーラボトリング
- シチズン時計
- ピップフジモト
- 日商エステム
- タマホーム
- ほのぼのレイク
- ツーカーホン関西
- アートネイチャー
- アパマンショップ
- まぐまぐ
- CHINTAI
- あさひ美容外科
- エイブル
- スーパー玉出
- シチズン
脚注
外部リンク
- 戎橋(えびすばし) 大阪市建設局
- 戎橋 歩いて大阪八百八橋
- 戎橋筋商店街
- 戎橋デザインコンペティション 大阪市建設局
- 大阪 道頓堀のグリコネオン 江崎グリコ
- 大阪松竹座
テンプレート:Sister テンプレート:浪速の名橋50選 テンプレート:大阪市の愛称道路
テンプレート:Coord- ↑ ミナミのシンボル「戎橋」82年ぶり架け替え完成-記念式典も - なんば経済新聞、2007年11月21日。
- ↑ 新戎橋は“ダイブ不可” 大阪市が最優秀作品発表 - 共同通信、2004年1月14日。
- ↑ <日本W杯決定>川に飛び込む若者も - 毎日新聞、2013年6月4日。