小平町

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ファイル:Obira town center area Aerial photograph.1977.jpg
小平町中心部周辺の空中写真。1977年撮影の4枚を合成作成。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

小平町(おびらちょう)は北海道西海岸の町。留萌郡に属する。

町名の語源はアイヌ語の「オピラテンプレート:小書きテンプレート:小書き」o-pira-us-pet(河口に・崖・ある・川)で、町の中央を流れる小平蘂川の名に由来する。小平蘂川上中流域は白亜紀の化石の産地である。夏は海水浴客で賑わう。

かつては留萌炭田を抱える産炭地であって、1947年昭和22年)頃にはその最盛期を迎えた。鉄路も留萌本線留萌駅から羽幌線天塩炭礦鉄道達布森林鉄道などが延びていて昭和40年代までは活況を呈していたが、閉山後に衰退。

1956年(昭和31年)に鬼鹿村を併合した時の人口は3万人近かったが、現在は4,000人を下回るまでに減少している。

地理

留萌管内中部、日本海側沿岸に位置。

  • 山: ポロシリ山(731m)、天狗山(376m)、小平蘂岳(961m)、いずれも天塩山地に属する。
  • 河川: 小平蘂川
  • 湖沼: おびらしべ湖(小平ダムによる人造湖)

隣接している自治体

人口

テンプレート:人口統計

沿革

  • 1880年明治13年) 天登雁村字番屋(現在の広富)に天登雁村鬼鹿村(おにしか)の戸長役場が設置される。
  • 1887年(明治20年) 鬼鹿村の急激な人口増加により、戸長役場が天登雁村の番屋の沢から鬼鹿村の市街地に移転する。
  • 1906年(明治39年) 天登雁村が鬼鹿村に併合され、鬼鹿村に二級町村制が施行される
  • 1919年大正8年) 留萌町(現在の留萌市)から小平蘂村(おびらしべ)が独立し、小平蘂村に二級町村制が施行される(役場庁舎を臼谷に設置)
  • 1924年(大正13年) 小平蘂村の役場庁舎が臼谷から小平市街地に新築移転する
  • 1948年昭和23年) 小平蘂村を小平村と改称する
  • 1956年(昭和31年)9月30日 留萌郡鬼鹿村が小平村に編入される
  • 1966年(昭和41年) 町制施行、小平町

行政

経済

主要産業は沿岸漁業、農業。農業はメロンなどを生産。かつて存在した構内掘り炭鉱は全て閉山し、今は露天掘りの炭鉱が一カ所のみ存在する[1]

農協・漁協

  • 南るもい農業協同組合(JA南るもい)小平支所
  • 新星マリン漁業協同組合臼谷支所・鬼鹿支所

金融機関

郵便局

  • 小平郵便局(集配局)
  • 鬼鹿郵便局(集配局)
  • 達布郵便局
  • 小平本郷郵便局
  • 臼谷簡易郵便局

公共機関

警察

姉妹都市・提携都市

教育

  • 特別支援学校
  • 中学校
    • 小平、鬼鹿、達布(H11.3閉校)、本郷(H18.3閉校)
  • 小学校
    • 小平、鬼鹿、達布(H17.3閉校)、本郷(H18.3閉校)、寧楽(H19.3閉校)、臼谷(H20.3閉校)
廃止された高等学校

交通

空港

道路

鉄道

かつてはいくつかの路線があったが、現在はすべて廃止されている。

バス

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

重要文化財

町の指定文化財

  • 鬼鹿松前神楽 - 鬼鹿松前神楽保存会
  • 臼谷弁財天碑

出身・ゆかりのあるの有名人

脚注

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外部リンク

テンプレート:Sister

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  1. テンプレート:PDFlink.石炭ポータル(北海道環境・エネルギー室)北海道庁