城所龍磨
テンプレート:Infobox baseball player 城所 龍磨(きどころ りゅうま、1985年9月24日 - )は、福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(外野手)。 愛称は「きー君」。
経歴
愛知県豊川市出身。岐阜・中京高校時代には、1年生から1番・センター。2年夏と3年春に甲子園出場。2年秋には、地方大会から13試合で.581、10盗塁の数字を残した。高校通算36本塁打、50m5.7秒、遠投120mと三拍子揃った選手として評価され、ドラフト2巡目指名を受ける。このときオリックスに移籍したばかりの村松有人の背番号23を与えられている。
テンプレート:By8月30日、大道典嘉の代走で一軍初出場を果たすも、その直後に打球を避けきれずに足に当ててしまい、守備妨害でアウトになるという珍プレーを犯してしまった。
テンプレート:By、一軍に帯同し34試合に出場。プロ初安打、初打点をマークした。16安打のうち2塁打3本、3塁打も3本とその俊足をアピールした。守備はまだ粗く、指名打者での出場も多かった。
テンプレート:By、8月19日にプロ初本塁打を放ったものの、22試合出場で打率.111とアピールできずに終わった。
テンプレート:By、自己最多となる49試合に出場するが、打率.089、打点1と苦しんだ。
テンプレート:By、一軍に定着して自己最多の91試合に出場し、リーグ最多の39回に代走起用され、7盗塁を記録した。しかしほとんどが代走・守備固めで、打率.150と低調に終わった。
テンプレート:By、95試合出場、12盗塁といずれも自己最多を記録。課題である打撃面も成瀬善久から三塁打を放つなど開花の兆しを見せている。なお、今季7安打中、三塁打2本を含む5安打は左投手から放ったものである。試合終盤で、代走と中堅手としての守備堅めとして、欠かせない存在となる。
テンプレート:By、開幕前に右肩を手術。開幕1軍は絶望的と見られていたが、オープン戦終盤には試合出場も果たし、開幕を一軍ですごした。8月16日の対オリックス・バファローズ戦ではアーロム・バルディリスの中前への打球にダイビングキャッチを敢行し、見事捕球する超ファインプレーで大場翔太の初完封をアシストした。9月16日の福岡ソフトバンクホークス対北海道日本ハムファイターズにて、日本ハム中田翔のフェンス際のきわどい当たりを好捕したが二塁塁審良川昌美はこの城所の捕球を一度フェンスに当たってそのボールを城所がキャッチしたものとし、判定はフェンス直撃の二塁打となった。ソフトバンク秋山幸二監督はこれに抗議を申し立てたが判定は覆らず、結局判定は二塁打となった。詳しくは良川昌美の項目を参照。この件について城所は捕球の瞬間にグラブは本塁方向を向いており、「あのグラブの向きで打球がフェンスに当たるわけない。僕はワンプレーで飯食ってるんですから」と批判した。主に内川聖一の代走・守備固めでセンターに入り、スタメンで試合に出ていた長谷川勇也がレフトに入るというパターンが多く見られた。福田秀平、明石健志など同じ俊足の外野手の台頭はあったが、最終的には2年連続の二桁盗塁、自身初の100試合以上の出場となる108試合に出場した。
テンプレート:Byも春季キャンプ中に肩の痛みがあったが開幕1軍入りし、開幕戦でも9回にセンター守備についた。
プレースタイル・人物
テンプレート:スポーツ選手の出典明記 俊足と強肩を武器にした球界屈指の守備力を誇る外野守備のスペシャリスト。リードした試合終盤でのセンターの守備固め要員としての出場がほとんどである。テンプレート:要出典範囲 2011年は108試合に出場したが、スタメン出場は6月26日の北海道日本ハムファイターズ戦の1試合のみとなるなど、ほぼ全ての試合が途中出場だった。長打力は備えており、三塁打もよく放つ。
元チームメイトの川崎宗則はメジャー移籍後に「勝っている場面で9回から守備固めに出る緊張感は凄い。城所さんは、いつもこういう気持ちでやっていたんだなと分かり、心から尊敬する」と語った。[1]
少年時代はサッカーにも通じており、現在でもファンタジスタなどサッカー漫画を愛読する。
2008年から出場試合数は右肩上がりとなっているが、打席数が反比例している。2008年は出場試合数が49試合、打席数は61であったが、倍以上の出場となる108試合出場を果たした2011年は打席数が半分以下の30となっている。2012年は出場試合数、打席数共に前年より減少した。
詳細情報
年度別打撃成績
テンプレート:By2 | ソフトバンク | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | ---- | ---- | ---- |
テンプレート:By2 | 34 | 74 | 69 | 5 | 16 | 3 | 3 | 0 | 25 | 7 | 2 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | 1 | 28 | 0 | .232 | .284 | .362 | .646 | |
テンプレート:By2 | 22 | 39 | 36 | 3 | 4 | 2 | 0 | 1 | 9 | 2 | 0 | 0 | 1 | 1 | 1 | 0 | 0 | 14 | 0 | .111 | .132 | .250 | .382 | |
テンプレート:By2 | 49 | 61 | 56 | 5 | 5 | 2 | 0 | 0 | 7 | 1 | 1 | 1 | 2 | 0 | 3 | 0 | 0 | 15 | 1 | .089 | .136 | .125 | .261 | |
テンプレート:By2 | 91 | 42 | 40 | 14 | 6 | 2 | 1 | 0 | 10 | 2 | 7 | 1 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 11 | 1 | .150 | .171 | .250 | .421 | |
テンプレート:By2 | 95 | 43 | 35 | 16 | 7 | 1 | 2 | 0 | 12 | 4 | 12 | 4 | 3 | 1 | 4 | 0 | 0 | 17 | 0 | .200 | .275 | .343 | .618 | |
テンプレート:By2 | 108 | 30 | 28 | 20 | 6 | 2 | 0 | 0 | 8 | 4 | 10 | 4 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | 7 | 0 | .214 | .267 | .286 | .552 | |
テンプレート:By2 | 73 | 13 | 12 | 9 | 2 | 0 | 0 | 0 | 2 | 1 | 10 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 7 | 0 | .167 | .167 | .167 | .333 | |
テンプレート:By2 | 34 | 6 | 6 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 | |
通算:9年 | 507 | 308 | 282 | 74 | 46 | 12 | 6 | 1 | 73 | 21 | 43 | 11 | 8 | 2 | 14 | 0 | 2 | 102 | 2 | .163 | .207 | .259 | .466 |
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- 2013年度シーズン終了時
記録
- 初出場:2005年8月30日、対千葉ロッテマリーンズ15回戦(福岡Yahoo! JAPANドーム)、8回裏に大道典嘉の代走で出場
- 初打席:2006年6月2日、対阪神タイガース4回戦(阪神甲子園球場)、9回表に松田宣浩の代打で出場、久保田智之から空振り三振
- 初先発出場:2006年6月7日、対読売ジャイアンツ5回戦(福岡Yahoo! JAPANドーム)、7番・右翼手で先発出場、4打数無安打
- 初安打:2006年6月9日、対東京ヤクルトスワローズ4回戦(福岡Yahoo! JAPANドーム)、9回裏に高津臣吾から中前安打
- 初打点:2006年6月15日、対広島東洋カープ6回戦(広島市民球場)、8回表に小山田保裕から押し出し四球
- 初盗塁:2006年7月4日、対西武ライオンズ9回戦(福岡Yahoo! JAPANドーム)、7回裏に二盗(投手:東和政、捕手:炭谷銀仁朗)
- 初本塁打:2007年8月19日、対東北楽天ゴールデンイーグルス20回戦(フルキャストスタジアム宮城)、8回表に永井怜から右越ソロ
背番号
- 23 (2004年 - )
登場曲
- 「Go my way」三代目J Soul Brothers from EXILE TRIBE
- 「Birthday Eve」倖田來未
- 「My Sunshine」ROCK'A'TRENCH
- 「隆福丸」HY
- 「LA・LA・LA LOVE SONG」EXILE
- 「HaruHaru」BIGBANG
関連項目
脚注
- ↑ "ムネリン “守備の人”重圧思い知った「心から尊敬する」" スポニチアネックス 2013年6月19日 2013年6月20日閲覧