モン族 (Mon)
テンプレート:Infobox 民族 モン族( - ぞく、Mon)とは東南アジアに住む民族の一つ。古くから東南アジアに居住しており、ハリプンチャイ王国を建てたことで有名で、後にビルマのペグーに移り住んだのでペグー人とも言う。ラーマンあるいはタラインと呼ばれることもある。その後一部が中国の雲南から南下してきたタイ族やビルマ族などと混血した。現在800万人程度がモン族を自称している。
浅黒い肌にギョロリとした目、巻き舌音の多い言語、高床家屋、焼畑耕作、水牛供犠、精霊信仰、魔術、壺酒、精緻な竹藤細工、狩猟・罠、腰機織り、ゴング音楽などが、ラオス国内のモン・クメール民族に共通している[1]。
なお、中国国内に多く住むミャオ族(苗族)の支系で、自称をモン(Hmong)という全く別の民族集団があり、中国国内では雲南省南東部と貴州省西部、国外ではタイ、ラオス、ベトナムなどの山地に居住していて、言語系統も異なる。1975年以降は、ラオスの共産化が進んだために、現地でアメリカに協力したモン族が国外に脱出し、多くは政治難民としてタイに逃れ、アメリカ、オーストラリア、フランスなどに移住して各地で民族集団を形成した。近年はグローバルな人的ネットワークを作っている。中国国外の人々の表記は総称として"Hmong"を使用している。ミャオ族を参照のこと。
目次
歴史
紀元前1500年頃には東南アジアに到達していたとされ、現在の東南アジアの少数民族としてはネグリトのテンプレート:仮リンク等に次いで古い民族と考えられている。
スワンナプーム王国
伝説では、紀元前300年ごろ現在のスパンブリー県周辺にテンプレート:仮リンクを建国し、紀元前200年ごろにはアショーカ王の遣わした伝道者により上座部仏教を信仰し始めた。しかし、モン族はそれ以前から海路による仏教との接触があったと主張する。4世紀ごろワット・プラパトムチェーディーが建設された。6世紀ごろから11世紀ごろまで東南アジアで繁栄したスワンナプーム王国は、テンプレート:仮リンクなどを開発し先住の文明民族として東南アジアに君臨した。古代モン語を話していたことが確実視されているが、モン族であったかどうかは確定していない。
ドヴァーラヴァティー王国
ドヴァーラヴァティー王国(6世紀 - 11世紀)。
ハリプンチャイ王国
661年または750年頃、モン族は現在のタイ王国・ランプーンにハリプンチャイ王国(661年 - 1281年)を建てているが、伝説ではコレラが流行し、ランプーンの都をすてて南下した。
タトォン王国
南下したモン族は、テンプレート:仮リンクにテンプレート:仮リンク(9世紀 - 1057年)を建てた。
ペグー王朝
再興ペグー王朝
- 17世紀にはテンプレート:仮リンク(1740年 - 1757年)を建てた。
- 1000年頃以来、雲南から新参のビルマ人・タイ人が流入したことによりペグー王朝は徐々に力を失い、1757年に遂に再興ペグー王朝は倒れた。
タイとビルマの国境地域
その後大半のモン族は南下を続け、現在の居住地域であるタイとビルマの国境地域に到る。
- ビルマに於いては、植民地時代、ビルマの王に反抗するため支配者側であるイギリスを支援した。
- 第二次世界大戦後イギリスがビルマ周辺地域の植民地から手を引くと、モン族独自の王国を復古させようとする傾向が現れている。現ミャンマー(=ビルマ)の軍事政権はこれを認めず、モン族はミャンマー連邦の構成民族の1つであるとして、連邦内の他の民族の復国運動同様に取り締まりを行っている。カレン族その他の民族と連携して独立闘争を行うも、現在は運動は沈静化している状況にある。なお、この間もモン族のタイ国境地域への南下は続いており、特に軍事政権初期にビルマ国内が内乱状態に陥った際、タイ北部に逃れたカレン族やシャン族同様、数多くの難民がタイ側へ脱出している。そのため、国境を挟んで生活しているが親戚関係にあるという例は、モン族その他の民族に多く見られる。
- タイでは、同じ上座部仏教を信仰する平地民族であることから同化する傾向が激しく、タイ王国ではほとんどのモン族が同化した。上述のようなビルマ難民であるモン族に対しては、タイ政府は比較的寛容である。冷戦期の東南アジアにおいて西側に属することを一貫して固持したタイ政府は、周辺諸国が共産主義化や鎖国化を進めるなかで、難民を多く受け入れている。内情をよく知る難民から情報を得るとともに、当時タイ政府も未知であったタイ辺境地域の防衛に当たらせることが目的であったといわれている。
- 1947年に、伝説によりモン族の建国記念日が作られた。モン太陰暦の11月の満月である。ただしこの建国記念日はタイ王国・サムットプラーカーン県のプラプラデーンのモン族の間では祝われない。
言語
モン語はいわゆるモン・クメール語族に属し、テンプレート:仮リンクはブラーフミー文字系の独自の文字である。モン文字はクメール文字と並んでマレー半島や島嶼部を除く東南アジアの文字の形成に大きな役割を果たし、ビルマ文字、ラーンナー文字などの元になった。ラーンナー文字はシャン族のテンプレート:仮リンクに現在も使用されている。
脚注
- ↑ 虫明悦生「モン(Mon)・クメール系民族」/ 菊池陽子・鈴木玲子・阿部健一編著『ラオスを知るための60章』明石書店 2010年 23ページ