ポスティングシステム

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ポスティングシステム(posting system, 入札制度)は、主にプロ野球において認められている移籍システムの一つ。

概要

主にフリーエージェント(FA)でない選手がアメリカメジャーリーグ(MLB)への移籍を希望した場合に、所属球団が行使する。2000年代以降、一部のメジャー志望選手がシーズンオフなどに本制度による移籍を訴える光景が見られるが、球団側が応じた例は限られている。ただし、海外FAでのMLB移籍の場合には旧所属球団は見返りを一切得られないため、海外FA権取得1~2年前になるとやや軟化する傾向も出て来ている。

FA選手獲得と違う点としては、ドラフト指名権の譲渡義務が無いことと、譲渡金がぜいたく税の対象にならない点が挙げられる。

また、同制度を始めとしたMLBとの移籍協定が存在する国はMLB世界ドラフトの対象外となることが検討されている。

日本では1998年に調印された「日米間選手契約に関する協定」により創設。2012年に一時失効し、2013年12月17日に新制度が成立。

移籍への手続

毎年11月1日から翌年2月1日まで申請が可能。移籍を希望する選手の所属球団は交渉権の対価となる譲渡金(上限2000万ドル)を設定し、日本プロ野球(NPB)のコミッショナーを通して、メジャーリーグ(MLB)のコミッショナーにその選手が契約可能であることを告知(ポスティング)。翌日から30日間の交渉期間が設けられ、譲渡金に応札するMLB全球団が当該選手との契約交渉を行うことができる。当該選手は日本での所属球団やNPB、MLBに対して交渉過程を報告する義務はない。メジャー契約を結んだ場合、MLBコミッショナー事務局やMLB選手会による契約条項の照会は交渉期限に先立って行われなければならない。

譲渡金は、当該選手との契約が合意したMLB球団から、当該選手の日本での所属球団に一括または分割で支払われる(分割の場合は1000万ドル以上が18ヶ月以内に4回、同未満が12ヶ月以内に2回)。契約条項の照会から14日以内に最初の支払いが行われ、日本での所属球団は支払いから5営業日以内に契約保留権を破棄し、当該選手はNPBで自由契約選手として公示される。

MLB球団は、直接的、当該選手や代理人などを通じた間接的な方法を問わず譲渡金以外のいかなる金銭またはその他の有価物をNPB球団に提供することはできず、抵触する行為があった場合は契約が無効となる。交渉期間内にMLB球団との契約合意がなかった場合は譲渡金は支払われず、翌年の11月1日までポスティングの再申請や譲渡金の設定変更はできない。

導入の経緯

導入のきっかけは、1995年野茂英雄近鉄バファローズを退団しメジャーリーグ(MLB)への移籍を果たした一連の出来事による。野茂はFAではなかったため、自らの意思で移籍することができなかったが、野茂の代理人を務めた団野村から相談を受けたアーン・テレムが、選手が日本プロ野球(NPB)から任意引退することでMLBへ移籍できることを発見。任意引退を行った選手が他の日本球団と選手契約について交渉する際には、引退時に所属した球団の承諾を得なければならなかったが、「日米間選手契約に関する協定」の成立前は、MLB球団が日本での最終所属球団の承諾を得ることが強制されていなかったことによる。野茂は形式的に任意引退することで翌年ロサンゼルス・ドジャースと契約を結んだ。

また1996年には、同じくFAではなかった伊良部秀輝が当時の所属球団である千葉ロッテマリーンズに対し、ニューヨーク・ヤンキースへの移籍を強く要望。結果、サンディエゴ・パドレスへのトレードを経て、ヤンキースへの移籍を実現させた(伊良部メジャーリーグ移籍騒動)。この際にメジャーリーグ側から球団間での獲得機会均等を実現する制度の要求があり、1998年に「日米間選手契約に関する協定」が調印されポスティングシステムが成立。

協定はその後2年ごとに更新されてきたが、入札金額の高騰等を理由に2012年6月にMLBが協定の修正を提案。同年10月から新制度の作成が協議され、当初は従来の制度を基本に公開入札とする修正案がNPBから提案されていたが、MLB機構がバイオジェネシス・スキャンダルへの対応に追われたことや、MLB選手会専務理事のマイケル・ウェイナーが脳腫瘍のため療養したこと(2013年11月に死去)により協議が中断し、同年12月15日に協定が破棄されポスティングシステムは失効。

2013年に協議が再開され、同じく従来の制度を基本に、入札額1位と2位の間の金額がNPB球団へ支払われ、当該選手との契約交渉が破談となった場合はMLB球団にMLB機構への罰金が課せられる案がMLBから提案される。この案での新協定が11月初旬にMLBとNPBとの間で合意される見込みだったが、従来制度に引き続き落札球団との独占交渉となる点にNPB選手会が反対し合意が持ち越される。NPB選手会は同月14日に2年間限定で受諾することを表明したが、合意が持ち越された間に開かれたMLBオーナー会議でスモールマーケット球団のオーナーによる反対があるなどして撤回される。

その後MLB機構が新たに案を出し、12月初旬にNPBの12球団代表者会議でこの案が了承され基本合意に達したが、マイケル・ウェイナーの死去に伴い、新たにMLB選手会専務理事に就任したトニー・クラークが就任会見の席で入札額上限設定に反対し、再び合意が持ち越される。しかし米国時間同月10日にMLB選手会も新制度を受諾することを表明。同16日にMLB評議会も承認し、新協定が成立。日本時間同月17日から新制度が発行された。2016年から1年ごとに協定が更新される。

2012年までの旧制度

当該選手との契約交渉を希望するMLB球団は、MLBコミッショナーの告知から4業務日以内に交渉権の対価となる金額を非公開で入札。最高金額を入札した球団に当該選手との30日間の独占交渉権が与えられ、当該選手は移籍先球団を選ぶことができなかった。MLBコミッショナー事務局やMLB選手会による契約条項の照会は交渉期限後で構わなかったため、基本合意後に付帯条項など契約の細部の調整をすることが可能だった。

交渉権の対価となる入札金に上限はなく、当該選手とMLB球団との契約が成立した場合に全額が一括で支払われる制度となっていた。交渉期限内に入札したMLB球団との契約合意がなかった場合は入札金は支払われず、翌年の11月1日までポスティングの再申請はできない点は現行制度と同じだが、入札球団がなかった場合はポスティングの再申請が可能だった。

旧制度の問題点と新制度の成立による影響

当該選手側

当該選手側からの旧制度の問題点としては、落札した球団に権利金の支払いなどが求められていないことから、契約する意思の低い入札への脆弱性が挙げられていた。落札した金額は、当該選手との契約の締結に至った場合にのみ支払われるため、入札時にはいくらでも高額の入札が可能となり、結果的に他球団の当該選手獲得を妨害することもできた(しかし一方で当該選手が例えマイナー契約でもその後の提示を受け入れた場合には落札した金額を支払わなければならないリスクもある)。

2006年にボストン・レッドソックス松坂大輔を落札した金額が約5000万ドルと高騰化した際には、当初はレッドソックスがライバル球団のヤンキースへの入団を妨害するためだけに高額入札をした可能性が報道されたが、最終的に松坂とレッドソックスの間で選手契約が成立したため、レッドソックスが他球団への妨害目的のみを意図した高額入札でないことが明らかになった。

2009年までに契約の意思の無い妨害目的の入札は確認されておらず、落札された選手の全員が契約成立を果たしていたが、2010年に実施されたポスティングで岩隈久志との交渉権を獲得したオークランド・アスレチックスと当該選手の間での交渉期間内の契約が制度確立後初めて不成立となった。

2011年に実施されたポスティングではミルウォーキー・ブルワーズ青木宣親との交渉権を獲得し、結果的に契約は成立したが、ブルワーズは交渉権獲得後に青木のワークアウトを行い、契約を成立させる意思が無く入札に参加できる一例として問題視された。

新制度では譲渡金に応札する複数球団との交渉が可能となり、契約する意思の低い球団の入札により契約が不成立となる可能性が低くなった。

MLB球団側

MLB球団側からの旧制度の問題点としては、入札金額に上限がないため、松坂大輔やダルビッシュ有など移籍前からMLB球団の評価が非常に高かった選手への入札額が高騰していた点や、最高落札額と2番目に高額だった入札額との金額差が大きいケースが多かった点が挙げられていた。また、スモールマーケットのMLB球団からは、入札額の高騰から獲得競争に加わりにくい点や、入札金がぜいたく税の対象とならないため、戦力均衡のバランスを崩す点が指摘されていた。

新制度では、複数球団が当該選手と交渉可能になったため、当該選手の獲得にかかる総費用が高騰する可能性があることに変わりないが、譲渡金に上限が設定されたため、ぜいたく税の対象となる当該選手個人への契約総額が高騰する可能性が高くなり、旧制度と比べると戦力均衡のバランスを保てる可能性が高くなった。

NPB球団側

NPB球団側は旧制度の松坂大輔やダルビッシュ有のケースでは、移籍と引き換えに5000万ドル以上の多額の入札金を得ていたが、新制度では譲渡金に上限が設定されたため、大きな見返りを期待することはできなくなった。そのため旧制度での松坂やダルビッシュのケースのように、現在の譲渡金の上限額となる2000万ドルを越える入札金が期待できた選手に対してのポスティングシステムの行使を容認しない可能性がある。また、申請後の譲渡金額変更ができないため、評価に見合わない高額な譲渡金を設定すると応札する球団がない恐れがある。

実施されたポスティング一覧

旧制度で選手契約に至ったポスティング

年度 選手 日本での所属球団 落札球団 落札金額
1998年 アレファンドロ・ケサダ 広島東洋カープ シンシナティ・レッズ 40万1ドル
2000年 イチロー オリックス・ブルーウェーブ シアトル・マリナーズ 1312万5000ドル
2001年 石井一久 ヤクルトスワローズ ロサンゼルス・ドジャース 1126万4055ドル
2002年 ラモン・ラミーレス 広島東洋カープ ニューヨーク・ヤンキース 30万50ドル
2003年 大塚晶文 中日ドラゴンズ サンディエゴ・パドレス 30万ドル
2004年 中村紀洋 オリックス・バファローズ ロサンゼルス・ドジャース 非公表
2005年 森慎二 西武ライオンズ タンパベイ・デビルレイズ 75万ドル
2006年 松坂大輔 西武ライオンズ ボストン・レッドソックス 5111万1111ドル11セント
岩村明憲 東京ヤクルトスワローズ タンパベイ・デビルレイズ 450万ドル
井川慶 阪神タイガース ニューヨーク・ヤンキース 2600万194ドル
2010年 西岡剛 千葉ロッテマリーンズ ミネソタ・ツインズ 532万9000ドル
2011年 青木宣親 東京ヤクルトスワローズ ミルウォーキー・ブルワーズ 250万ドル
ダルビッシュ有 北海道日本ハムファイターズ テキサス・レンジャーズ 5170万3411ドル

現制度で選手契約に至ったポスティング

年度 選手 日本での所属球団 契約球団 譲渡金額
2013年 田中将大 東北楽天ゴールデンイーグルス ニューヨーク・ヤンキース 2000万ドル

入札はあったが選手契約に至らなかったポスティング

年度 選手 日本での所属球団 落札球団 落札金額 その後
2010年 岩隈久志 東北楽天ゴールデンイーグルス オークランド・アスレチックス 1910万ドル 楽天と再契約
2011年 中島裕之 埼玉西武ライオンズ ニューヨーク・ヤンキース 250万ドル 西武と再契約

入札がなかったポスティング

年度 選手 日本での所属球団 その後
1998年 ティモニエル・ペレス 広島東洋カープ 広島と再契約
2002年 大塚晶文 大阪近鉄バファローズ 近鉄と再契約後、中日へ金銭トレード
2005年 入来祐作 北海道日本ハムファイターズ 自由契約となり、メッツと契約
2008年 三井浩二 埼玉西武ライオンズ 再手続き
三井浩二 西武と再契約
2011年 真田裕貴 横浜DeNAベイスターズ 自由契約となり、巨人と契約

日本国外でのポスティング

韓国野球委員会でもポスティングが認められているが、資格が与えられるのは一軍で7シーズン以上プレーした選手に限られている。

手続きは日本の旧制度とほぼ同じで、該当選手獲得を望む海外球団は韓国野球委員会に身分照会した後に入札額を提示。その後、該当選手の所属球団が最高額を提示した球団に優先交渉権を与えるか否かを決める。

韓国球界で実施されたポスティング一覧

年度 選手 韓国での所属球団 落札球団 落札金額 備考
1998年 李尚勲 LGツインズ 非公表 65万ドル 選手契約に至らず
2002年 陳弼重 LGツインズ 非公表 2万5000ドル 選手契約に至らず
2002年 林昌勇 三星ライオンズ 非公表 65万ドル 選手契約に至らず
2009年 崔香男 ロッテジャイアンツ セントルイス・カージナルス 101ドル マイナー契約
2012年 柳賢振 ハンファ・イーグルス ロサンゼルス・ドジャース 2573万7737ドル33セント

野球以外のスポーツ

日本プロバスケットボールbjリーグでは、2010年以降、トライアウト非受験であるものの、JBLで一定の実績を残し、かつ将来の海外移籍を希望している選手の場合、特例たるbjリーグ保有選手として全球団による入札で所属球団を決めることになるが、この制度を「ポスティング」と呼ぶ場合もある。この特例でbjリーグ入りした選手は翌シーズンのドラフト会議の指名対象となる。

2011年まで適用された選手として石崎巧(2010年)、並里成(2011年)の2名がいる。

脚注

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関連項目