ホンダマチック

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ホンダマチック (Hondamatic) とは、本田技研工業(ホンダ)が独自の機構を持った自社製の自動変速機(オートマチックトランスミッション: AT )に使用していた名称である。

概要

ホンダマチック最大の特徴としては、手動変速機(マニュアルトランスミッション: MT )の様に2軸もしくは3軸の平行軸歯車を用いている点[1]が挙げられ、MTで用いられるシンクロメッシュ機構に替えて、各変速段用の油圧湿式多板クラッチを用い変速を行う。平行軸歯車を用いる構造は、現在のホンダ製ATにも受け継がれている。 また、MT車のクラッチに相当する機能はトルクコンバータが受け持っており、その点では一般的なATと同じである。

開発に関しては、次のような逸話が伝えられている。S500用の自動変速機をボルグワーナー (BW) 社に開発を依頼した際に「高回転エンジンに適合する自動変速機は開発できない」との回答を受けた。これに対し、ホンダは世界各国の特許に抵触しない自動変速機を自社開発し、1968年(昭和43年)4月N360に搭載した。なお、現在テンプレート:いつまでに特許訴訟は起こっていない。

初代アコードは発売された1976年(昭和51年)において、ホンダマチック車の比率は25.2%であり、当時日本の乗用車のAT比率が数%であったことを考慮すると驚異的な数字である。この比率はその後も伸び、3年後の1979年(昭和54年)には49.8%と、実に半数のユーザーがホンダマチックを選択した。

また、身体障害者の社会進出へ貢献するために開発された運転補助装置のホンダ・フランツシステムは、ホンダマチック搭載車をベースに開発されている。 ホンダは2輪メーカでもあることから2輪車にも展開された。操作方法は左チェンジペダルをすくい上げる/踏み下ろして走行レンジを切替える。搭載車種のCB750AエアラCB400Tホークとも、ベース車種に対してエンジンのデチューンが行われ、低速型とされた。

ホンダマチックには、フルオート式とセミオート式とが存在した。1970年代、ホンダは初代シビックのセミオート式ホンダマチックを「無段変速」と称して積極的に広告したため、現在も「ホンダマチック=セミオート式」との認識が根強く存在するが、前述のように、ホンダ独自の機構を持つ自動変速機がホンダマチックであり、必ずしも「ホンダマチック=セミオート式」ではない。

同様な名称の例として、トヨグライド(トヨタ自動車)、ニッサンマチック(日産自動車)などが挙げられるが、これらは他社の特許を使用している、もしくは他社製品であり、その意味ではホンダマチックとは異なる。

変遷

3速フルオートマチック仕様

1968年(昭和43年)4月にN360に初めて搭載され、その後ライフZ1300に展開された。これは3速フルオート式で、自動変速のDレンジと、各ギア固定の3、2、1レンジからなる7ポジション (P-R-N-D-3-2-1) であった。また、1300に搭載されたものには坂道発進時の後退防止機能が備わっており、坂道発進を容易にしている。

2/3速セミオートマチック仕様

1973年(昭和48年)5月、前年に発売されていたシビックに、ホンダマチック[2]仕様が追加された。これは2速セミオート式で、P-R-N-☆-L の5ポジションであった。走行状況により、1速のLレンジと2速の☆(スター)レンジを手動で選択する。一見、3速フルオート式から2速セミオート式へと技術的に後退した印象があるが、ストールトルク比(トルクコンバータのトルク増大比)を通常のトルクコンバータ式ATの1.5~2.5に対して3と大きく取ることにより、変速比1.000のギアであれば、変速比は(理論上は)3.000~1.000の範囲で無段階に変化する事となり、これにより、各ギアで対応する速度の範囲を広くし、頻繁な変速に頼らずに様々な走行条件に対応出来る様にしている。ホンダはこれを「無段変速」と称した。

Lレンジは手動変速機の2速相当、☆レンジは4速相当の変速比で、発進から最高速までを☆レンジだけでカバー出来る[3]。Lレンジは大きいトルクが必要な急坂発進や急加速、強力なエンジンブレーキが必要な急坂の降坂の際に使用する。また、変速ショックが無くスムーズ[4]であり、自動変速機構を有しないため価格が安かったこと[5]なども大きな特徴である。

1979年(昭和54年)にはセミオート式ながら、ODレンジ付 (P-R-N-OD-☆-L) の3速へと進化する。これは従来の2速に対し、オーバドライブレシオ(変速比が1.000未満)を追加したもので、アコードを皮切りに、順次、車種ごとに切替えが進み、高速・巡航時の燃費向上と静粛性向上を図った。また、トゥデイ/アクティ等への適用でも、発生トルクが低い為☆レンジが手動変速機の3速程度にローギヤード化され、高速走行用にODレンジが必要であった。
さらに、1983年(昭和58年)には、バラード・スポーツCR-Xの新発売、3代目シビック(ワンダー・シビック)の発売に合わせ、☆、ODレンジでトルコンスリップを制限するロックアップ機構付を追加した[6]

3/4速フルオートマチック仕様

1980年代に入ると他社にもATの採用が増え、さらに、より操作が簡略されたフルオートマチックの要求も高まってきた。他社のAT車にもセミオート式の車種も存在した[7]が、これらも順次フルオート式へと置き換えが進み、更に価格の面でもかつての優位性は失われていた。[8]。そのため、ホンダマチックは時代遅れの感が否めなくなり、徐々にユーザーから敬遠されるようになる。

この市場の要求に対応すべく、1982年(昭和57年)11月、アコード/ビガーの1,800ccモデルに「ホンダマチック4速フルオート」を導入する。これは P-R-N-D-☆-L の6ポジションを持ち、Dレンジは1~4速の自動変速、☆レンジは1~3速の自動変速、Lレンジは2速固定である。従来と同じ「ホンダマチック」の名称を用いながら、「フルオート」を付け加えることにより、セミオート式と区別していた。また、同時期に登場した2代目プレリュードには、それとほぼ同じながら、ロックアップ機構を追加した、より高度なものが用いられた。

これらは、フルオート式のホンダマチックとしては、ホンダが軽乗用車から一旦撤退した1974年以来のものであるが、海外輸出向けには1982年以前から3速のフルオート式が用いられていた。

その後、1983年(昭和58年)にCR-X/シビックのPGM-FI(インジェクション)モデルに「ホンダマチック3速フルオート」を採用するなど順次採用機種を増やし、1988年(昭和63年)のアクティ/ストリートのフルモデルチェンジをもって、セミオートマチックモデルは姿を消した。

全てフルオートマチック化された後も、しばらく「ホンダマチック」の名称は使用されていたが、徐々に単に「オートマチック」と呼ばれるようになり、特徴的だった☆レンジも、1985年(昭和60年)のアコード/ビガーのフルモデルチェンジ、シビック/CR-Xのマイナーチェンジ、レジェンドの発売に伴い、現在のホンダ車に近い P-R-N-D4-D3-2 の表示へと順次変更されていった。現在も生産・販売されている車種で、D4-D3-2 と表示されているのは、バモスのみである。

後継機構

1995年(平成7年)発売のEK型シビック(愛称:ミラクル シビック)の1.5Lモデル一部グレードに、ホンダ4輪車で初のCVTである「ホンダマルチマチック」が搭載された。以後、フィットなど代表的車種の主力トランスミッションとして使われている。

脚注

  1. 他社のATには、遊星歯車機構が用いられることが多い。
  2. 当初は「ホンダマチック」とは名乗らず、単に「オートマチック」と称していた。「ホンダマチック」を名乗ったのは1973年12月にシビックに4ドアが追加された時からである。
  3. 宣伝等ではそのように謳われたが、実際は☆レンジでの発進はトルクコンバータのスリップが大きく加速は緩慢であり、取扱説明書では燃費および排ガス浄化のために発進時と40km/h以下ではLレンジの使用を推奨していた。
  4. ☆レンジのみで走行した場合、ギアの切り替えが無いのでそれは当然である。
  5. 1973年当時、シビックのMTとATの価格差は2.9万円。
  6. ただし、PGM-FI仕様はロックアップ機構付フルオートマチックである。
  7. ダイハツ・シャレードG10型、スズキ・アルトの2ストロークモデルなど
  8. 1980年当時、MTとATの価格差はトヨタ・ターセル/コルサで3.5万円、マツダ・ファミリアで4万円などであったのに対し、ホンダ・バラードは5万円でむしろ価格差は大であり、しかも前2車はフルオート式であった。

外部リンク