コルサコフ (サハリン州)
コルサコフ(Корсаков, Korsakov)は、ロシア連邦が極東連邦管区のサハリン州の一部として実効支配している都市である。日本語では日本統治時代の名称である大泊とも呼ぶ。サハリン(樺太)の玄関となる港湾都市である。
概説
人口約36,000人(2005年)。ユジノサハリンスク(豊原)、ホルムスク(真岡)に次ぐ、サハリン州第3の規模の都市である。市の名称は、ロシアの東シベリア総督の名前に由来する。
1945年からは宗谷海峡 (Пролив Лаперуза, La Pérouse Strait) の制海権を巡ってソ連が日本と対峙する軍港都市であり、外国人の立ち入りが一切禁止されていた。しかし、ソ連崩壊後は、所定の手続きをとれば誰でも自由に訪問できるようになり、稚内とのフェリー航路が開設されるなど、交流も活発化している。
市内には、日本統治時代の遺構として、旧北海道拓殖銀行大泊支店、港湾の倉庫、中学校の奉安殿などが残存する。
気候
沿岸部に位置するためサハリンでは最も温暖な気候である。 テンプレート:Weather box
歴史
- 1679年 - 松前藩の穴陣屋が久春古丹(大泊町楠渓)に設けられ、日本の漁場としての開拓が始まる。
- 1853年 - ロシア軍が、この地に軍事施設を建設する。
- 1875年 - 千島樺太交換条約により、ロシア領となる。
- 1905年 - ポーツマス条約により、日本領となる。日本語による名称は大泊。
- 1945年 - 日ソ中立条約を破棄して侵攻してきたソ連軍(赤軍)により占領される。
- 1946年 - ソ連によりコルサコフと改称される。
- 1952年 - サンフランシスコ講和条約参加国に対し、日本が南樺太の領有権を放棄する。
姉妹都市・友好都市
交通・宿泊
鉄道・バス路線
ユジノサハリンスクとの間に日本時代に建設された鉄道があるが、現在は貨物列車と観光客向けの臨時列車だけで、定期旅客列車の運行は廃止された。現在、軌間をロシア本土と同じ1520mmに拡幅する工事が進行している。
コルサコフとユジノサハリンスク間の主な交通手段は、約30分に1本運行され、42kmの距離を所要時間が約40分で結ぶ路線バス(系統番号115)である。コルサコフバスターミナルは街の中心にあり、港からは2kmほど離れている。また、ユジノサハリンスクでは、駅前から発車する。テンプレート:See also
船舶
- ハートランドフェリーが、戦前の稚泊連絡船[1]と同じ航路を、週およそ2回運航(ただし冬季は運休)している。運賃は、往復割引を使用すると往復で40000円。冬季は運休するので、その間は函館空港か新千歳空港からユジノサハリンスク間の航空便を使うか、他のロシア本土の空港からの経由航空便を使わざるを得ない。
- ロシアが実効支配している千島列島のうち北方四島との間は、サハリンクリル海運の貨客船「イゴール・ファルハトディノフ」号で結ばれている。この船は、稚内ゆきフェリーと同じターミナルから月曜日に出帆、火曜日に択捉島、水曜日に色丹島ならびに国後島に寄港、木曜日にコルサコフ帰着、金曜日にコルサコフ発、土曜日に国後島と色丹島、日曜日に択捉島に寄港、月曜日にコルサコフに戻るというスケジュールで、3月~12月まで運航する。日本国籍者も乗船できるが、乗船には、ロシアのビザのほか、上陸希望の島に有効な通行許可証をあらかじめユジノサハリンスクで取得しておく必要がある。なお、この方法で北方諸島に渡航することは、北方領土においてロシアの主権に服する行為であるとして内閣が1989年以来「自粛」を要請している。
ホテル
市内に、「アルファ」という名前のホテルがあり、外国人も宿泊できる。