生きる (映画)
テンプレート:Infobox Film 『生きる』(いきる)は、1952年(昭和27年)に公開された日本映画である。東宝創立20周年記念映画。監督は黒澤明。昭和27年度芸術祭参加作品。
概要
数ある黒澤明監督作品の中でも、そのヒューマニズムが頂点に達した作品と評価される名作。その題名通り「生きる」という普遍的なテーマに真っ向から切り込んだ作品であり、時代劇の印象が強い黒澤の、現代劇での代表作である。1948年(昭和24年)の『醉いどれ天使』に出演以降、1965年(昭和40年)の『赤ひげ』まで黒澤映画の看板役者であった三船敏郎が、その間で唯一出演していない作品としても知られている。また、市民課長を演じた志村は若いころに実際に大阪市役所に勤務していた経験がある。
日本では「お役所仕事批判の作品」と捉えられる傾向も強いが、この作品で舞台を市役所に置いたのは、そのテーマをあぶりだすのに最適な場所という以上の意味は無い。この映画で皮肉られている形式主義的な仕事のやり方、上司に気に入られるための部下のお追従などは、民間企業ひいては日本人の集団行動の底辺に横たわるものの発現としてしばしば見受けられるものである。
黒澤はこの当時、東宝争議の影響で、映画界入り以来所属してきた東宝を去り、独立プロ「映画芸術協会」を設立して、他社で『野良犬』、『羅生門』、『白痴』などを制作していた(『野良犬』以外の監督作品は、いずれも配給は大映・松竹である)。労働争議が終息した後の1952年(昭和27年)に、東宝復帰第1作として制作されたのが本作『生きる』である。
黒澤は作中で積極的に流行歌を取り入れているが、「生きる」では作中に絶望した初老の主人公が口ずさむ歌として「ゴンドラの唄」が選ばれた。「ゴンドラの唄」は吉井勇の作詞、中山晋平の作曲で1915年(大正4年)に芸術座の第5回公演『その前夜』(ツルゲーネフ作)の劇中歌として用いられ、のちに流行歌となった。また志村演じる主人公がこの歌を口ずさみながらブランコをこぐシーンは、名シーンとしてよく知られている。
1952年度のキネマ旬報ベストテン第1位にランクインされたほか、同年度の毎日映画コンクール日本映画大賞を受賞した。海外では、1953年度の第4回ベルリン国際映画祭においてベルリン市政府特別賞を受賞した(日本では銀熊賞を受賞したとされることがあるが誤り)[1]。
ストーリー
市役所で市民課長を務める渡辺勘治は、かつて持っていた仕事への熱情を忘れ去り、毎日書類の山を相手に黙々と判子を押すだけの無気力な日々を送っていた。市役所内部は縄張り意識で縛られ、住民の陳情は市役所や市議会の中でたらいまわしにされるなど、形式主義がはびこっていた。
ある日、体調不良で診察を受けた渡辺は自分が胃癌だと悟り、余命いくばくもないと考える。不意に訪れた死への不安などから、これまでの自分の人生の意味を見失った渡辺は、市役所を無断欠勤し、これまで貯めた金をおろして夜の街をさまよう。そんな中、飲み屋で偶然知り合った小説家の案内でパチンコやダンスホール、ストリップなどを巡る。しかし、一時の放蕩も虚しさだけが残り、事情を知らない家族には白い目で見られるようになる。
その翌日、渡辺は市役所を辞めて玩具工場に転職していようとしていた部下の小田切とよと偶然に行きあう。何度か食事を共にし、一緒に時間を過ごすうちに渡辺は若い彼女の奔放な生き方、その生命力に惹かれる。自分が胃癌であることを渡辺がとよに伝えると、とよは自分が工場でつくっている玩具を見せて「あなたも何か作ってみたら」といった。その言葉に心を動かされた渡辺は「まだできることがある」と気付き、次の日市役所に復帰する。
それから5ヶ月がたち、渡辺は死んだ。渡辺の通夜では、同僚たちが、役所に復帰したあとの渡辺の様子を語り始める。渡辺は復帰後、頭の固い役所の上司らを相手に粘り強く働きかけ、脅迫にも屈せず、ついに住民の要望だった公園を完成させ、雪の降る夜に完成した公園のブランコに揺られて息をひきとったのだった。新公園の周辺に住む住民も焼香に訪れ、渡辺の遺影に泣いて感謝した。いたたまれなくなった助役など上司たちが退出すると、市役所の同僚たちは実は常日頃から感じていた「お役所仕事」への疑問を吐き出し、口々に渡辺の功績を讃え、これまでの自分たちが行ってきたやり方の批判を始めた。
通夜の翌日市役所では、通夜の席で渡辺を讃えていた同僚たちが新しい課長の下、相変わらずの「お役所仕事」を続けている。しかし、渡辺のつくった新しい公園は、子供たちの笑い声で溢れていた。
受賞歴
- 1952年度:キネマ旬報ベストテン第1位
- 1952年度:毎日映画コンクール
- 1954年:第4回ベルリン国際映画祭市政府特別賞
ランキング
- 1959年:「日本映画60年を代表する最高作品ベストテン」(キネマ旬報発表)第7位
- 1979年:「日本公開外国映画ベストテン(キネ旬戦後復刊800号記念)」(キネ旬発表)第2位
- 1989年:「日本映画史上ベストテン(キネ旬戦後復刊1000号記念)」(キネ旬発表)第3位
- 1989年:「大アンケートによる日本映画ベスト150」(文藝春秋発表)第3位
- 1995年:「オールタイムベストテン」(キネ旬発表)
- 「日本映画編」第8位
- 「世界映画編」第34位
- 1999年:「映画人が選ぶオールタイムベスト100・日本映画編(キネ旬創刊80周年記念)」(キネ旬発表)第11位
- 2009年:「映画人が選ぶオールタイムベスト100・日本映画編(キネ旬創刊90周年記念)」(キネ旬発表)第13位
以下は海外でのランキング
キャスト
クレジット順
- 渡邊勘治:志村喬
- 市役所の市民課長。
- 木村:日守新一(松竹)
- 市民課の職員。渾名は「糸こんにゃく」。
- 坂井:田中春男
- 市民課の職員。渾名は「こいのぼり」。
- 野口:千秋実
- 市民課の職員。渾名は「ハエ取り紙」。
- 小田切とよ:小田切みき
- 市役所臨時職員だったが、退官して玩具工場の作業員になった。
- 小原:左卜全
- 市民課の職員。渾名は「どぶ板」。
- 齋藤:山田巳之助
- 市民課の主任。渾名は「定食」。
- 大野:藤原釜足
- 市民課の係長。渾名は「ナマコ」。
- 渡邊喜一:小堀誠
- 勘治の兄。
- 渡邊光男:金子信雄
- 勘治の長男。
- 市役所助役:中村伸郎
- 渡辺の葬式で公園造りの一番の功労者は自分だと言わんばかりの発言をする。
- 患者:渡辺篤
- 渡辺に「(医師に)軽い胃潰瘍と言われたらそれは胃がんだ」と忠告する。
- 医師の助手:木村功
- 医師:清水将夫
- 末期の胃がんの渡辺に、胃潰瘍だと言ってとりすます。
- 小説家:伊藤雄之助
- 余命わずかの渡辺に最後の快楽を味わせようと、歓楽街に連れて行く。
- 渡邊たつ:浦辺粂子
- 喜一の妻。
- 陳情の主婦:三好栄子
- 陳情の主婦:本間文子
- 公園の建設と下水溜まりの埋め立てを陳情するが、たらいまわしにされる。
- スタンド・バーのマダム:丹阿弥谷津子
- 陳情の主婦:菅井きん
- 家政婦:南美江
- 渡邊一枝:関京子
- 光男の妻。
- 市会議員:阿部九洲男
- 新聞記者:永井智雄
- ヤクザの親分:宮口精二
- ヤクザの子分:加東大介
- 土木部長:林幹
- 新聞記者:村上冬樹
- 新聞記者:青野平義
- 公園課長:小川虎之助
- 公園建設をお願いした渡辺を無視するも、その努力に負けて陳情書に判を押す。
- 野球場の男:深見泰三
- 土木課職員:河崎堅男
- 公園課職員:勝本圭一郎
- 市役所職員:瀬良明
- 焼香する警官:千葉一郎
- 公園で渡辺の帽子を拾い、届けに来る。
- 飲み屋の親父:谷晃
- 下水課職員:長濱藤夫
- 総務課長:小島洋々
- 焼香の客:登山晴子
- 焼香の客:安雙三枝
※以下の3人は「特別出演」
- ジャズバー・ピアニスト:市村俊幸
- ジャズバー・ダンサー:倉本春枝
- ヌード・ダンサー:ラサ・サヤ
※以下ノンクレジット出演者
- やくざの子分:堺左千夫、広瀬正一、宇野晃司
- 陳情の主婦:一万慈多鶴恵、上遠野澄代
- 市役所幹部:光秋次郎
- 衛生課受付職員:鈴木治夫
- 予防課受付職員:今井和雄
- 防疫係受付職員:加藤茂雄
- 虫疫係受付所職員:安芸津広
- 道路課受付職員:川越一平
- 都市計画部受付職員:津田光男
- 区画整理課受付職員:榊田敬二
- 消防署職員:熊谷二良
- 病院待合所の患者:夏木順平
- ジャズバーの客:小泉博
- 映画館の客:向井淳一郎
ナレーターは製作者の本木荘二郎だが、クレジットはされていない[2]。
スタッフ
- 監督:黒澤明
- 製作:本木荘二郎
- 脚本:黒澤明、橋本忍、小国英雄
- 撮影:中井朝一
- 美術:松山崇
- 録音 : 矢野口文雄
- 照明:森茂
- 音楽 : 早坂文雄
- 監督助手:堀川弘通
- 編集 : 岩下広一
- 記録:野上照代
- 現像:東宝現像所
備考
- 作中に引用された「トウ・ヤング」「カモナ・マイ・ハウス」など、アメリカのポップスの著作権をめぐってトラブルが起こり、1974年(昭和49年)までリバイバル上映が出来なかった。
- 平和大橋 - イサム・ノグチが"生きる"をテーマ(命名)にデザインした橋であるが、橋完成後にこの映画が公開された事で意味を誤解されないようテーマを変更した経緯がある。詳細は当該リンク先参照。
リメイク
- 松本幸四郎主演。物語の舞台は現代(2007年)に設定されており、それに合わせて一部の登場人物や、終盤にかけての話の流れが変更されている。
- ハリウッドでは、ドリームワークスがリメイク権を獲得しており、2000年代前半に監督ジム・シェリダン、主演トム・ハンクス等のキャストでリメイクが行われると何度か報道されたことがあったが[3][4][5]、その後は続報もなく、名前が挙がった人物もそれぞれが別の仕事をこなしていることから、リメイクの計画は一旦頓挫したと考えられる。
脚注
- ↑ Special Prize of the Senate of Berlin. 参照:山本英司「徒然映画日記 考えるネコ」第61回「生きる」
- ↑ 藤川黎一『黒澤明vs.本木荘二郎 それは春の日の花と輝く』p.240
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外部リンク
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