キャブオーバー
キャブオーバー、またはキャブオーバー型とは、自動車の構造上の分類の一つである。フロントエンジン車でありながら、外見上はボンネットのない形状であるが、本来はパワートレーン(エンジン + トランスミッション)と運転席の位置関係を示す用語で、形態上の分類ではない。
概要
英語では Cab over the Engine と呼ばれ、運転席(cabin:キャビン)がエンジンの上にある(over:オーバー)形式の車両の総称で、COEと略されることも多い。商標としては、ジープやランドローバーの「フォワードコントロール」(略称 FC = エンジンやトランスミッションを前方から操作する)という表現もある。
車体のスタイルにかかわらず、エンジンと車軸や運転席(あるいは助手席を含む一列目の席)との位置関係など、構造で区別する用法は、リアエンジンやミッドシップなどといった分類に準ずる。したがってフロントにエンジンのないものは、本来キャブオーバーとは呼ばない。
日本車では採用例が非常に多く、ほとんどのクラスで見られるが、欧州車やアメリカでは中型以上のトラックや、バス以外ではほとんど例はなく、アメリカやオーストラリアでは大型トラックでさえボンネット型が多い。以前は日欧米メーカーともにキャブオーバーの小型車を生産していた。
北米やオーストラリアなどでは、国土が広大で道路が広く、全長に対する制限が緩いことや、空気抵抗の低減による燃費改善、特に衝突安全性の面で優位であることから、ボンネット型のトラックが主流である。いすゞや三菱ふそう、日産ディーゼル(当時、現「UDトラックス」)といった日本のメーカーは、北米などでも日本で主流のキャブオーバー型のトラックを導入しているが、あまり普及していない。ただし、北米においても、ごみ収集車の場合は、備え付けのクレーンを使ってごみを車体前方から回収する必要があるため、例外的にキャブオーバー型である。
前二軸車の場合、前前軸の位置が大きく後退し、エンジンは完全にフロントオーバーハングに位置することになるが、キャブとエンジンの位置関係は保たれている。キャブオーバーやセミキャブオーバーは車両の前方の形状しか規定していないため、後方がトラック荷台でもバンボディでも架装されていないフレームのみでもキャブオーバー車である。キャブオーバーのバンタイプの車両で、バンボディがキャブと一体の形状で、ボディ全体が一つの箱状となった車両は「ワンボックスカー」とも呼ばれ、特に個人向けの小型車を主としたものが該当する。
FR、FF共にほぼすべてが縦置きエンジンである。欧州製ノンステップバスに横置きエンジンのFFが存在するが、これはパワートレーンを床置きとしたもので、エンジンカバー上はデッドスペースとなっている。
形状のみに着目し、同様のシルエットを持つものであればリアエンジンなどの場合でもキャブオーバー型に分類される場合がある。統計を取る際など、便宜的におこなわれるが、これが専門的ではない、世間一般のクルマ好き同士の会話などで、分類が混乱する大きな原因となっている。
日本のバスの場合、キャブオーバーレイアウトでははしご型フレームを持つものがほとんどであり、モノコックや マルチチューブラーフレーム(スケルトン)方式を採るリアエンジンやミッドシップレイアウトとの構造上の差異が大きいため、区別されている(北米製のRV / モーターホームでは、マルチチューブラーフレームの車体とキャブオーバーレイアウトのパワートレーンの組み合わせが一般的である)。
日本や欧州の大型トラックでは一般的なスタイルであり、特に日本の貨物車で、大型から小型までキャブオーバーが主流である理由は、全長に対する荷室長の大きさと、狭い場所での取り回しに有利なためで、大型以外でも「軽自動車枠」や「小型車枠」という「縛り」があるため、決められた寸法内で定員や積載量が多くとれる車型が好まれ、業務用はもとより、個人向けの乗用モデルとしても、1990年代半ばまではごく一般的な形式となっていた。
しかし、乗用モデルでは、衝突安全性やゆとりへの関心の高まりと共に、消費者のキャブオーバー離れが加速し、一部がFRのまま前軸を前進させてセミキャブオーバーに類似した外観を採ったのみで、その他のほとんどがFFのミニバンへと移行し、その流れは軽自動車にまで及んだ。
キャブオーバーレイアウトのままの車種では、クラッシャブルゾーンの拡大や、緻密な設計の衝撃吸収構造で衝突安全性に対応しているが、それでもボンネット型に比べると「つぶれしろ」が少ないことは事実である。欧米で上記のような状況になっている背景には、難しい設計や構造を避け、開発費を抑える目的のほか、日本に比べ長距離の移動が多く、使用速度域も高いこと(特に欧州)、商用車にも乗用車同様の安全基準が適用されていることなど、スペース効率より操縦安定性や居住性を優先し、メーカー、消費者共に人身(人命)に重きを置いていることがある。
日本では前記理由から、前車軸の位置が前席より前にあるものを「セミキャブオーバー」と恣意的に記述することがあるため、分類に混乱が生じている。
キャブオーバー型の例(日本の小型車)
軽トラ・軽バン
- スズキ・キャリイ(3代目 - 10代目、11代目のショートホイールベース車(DA65T型)、12代目)/エブリイ(3代目以前)
- マツダ・スクラム(トラック:3代目除く、バン:2代目以前)
- 日産・NT100クリッパー(2代目以降)
- 三菱・ミニキャブトラック(6代目、およびMiEVトラック(電気自動車は除く。7代目以降よりスズキ・キャリイのOEM)
- 三菱・ミニキャブバン(5代目以前)
- ダイハツ・ハイゼットトラック(2代目以降)/ハイゼットバン(現・カーゴ)(初代および9代目以降は除く)/アトレー(3代目まで)
- トヨタ・ピクシストラック(ダイハツ・ハイゼットトラックのOEM)
- スバル・サンバートラック(7代目以降よりダイハツ・ハイゼットトラックのOEM) - 6代目(トラック・TT型、バン・TV型)まではリアエンジン車両であり原義のキャブオーバーには該当しないが、車体形状からキャブオーバーに分類される場合がある。
- ホンダ・アクティトラック(3代目を除く) - ミッドシップであるため、原義のキャブオーバーには該当しない。
4ナンバートラック、ライトバン、ミニバン
- マツダ・ボンゴ
- 三菱・デリカ/スターワゴン(国内販売終了)
- 日産・キャラバン
- 日産・バネット
- トヨタ・ハイエース/レジアスエース
- トヨタ・タウンエース(初代および2代目)/ライトエース(初代~4代目まで)/マスターエース
路線バスでの採用
バスにキャブオーバーレイアウトを採用した場合、同一全長のボンネットバスに比較して客室面積を大きく取れることから、日本では1950年代頃から採用例が増え、ボンネット型バスと並行して使用された。その後、日本のバスは、よりスペース利用効率に優れ、ワンマン化に対応した前扉配置をとりやすいリアエンジンレイアウトが主流となり、キャブオーバーレイアウトのバスは、小型車を除き特種用途車などに残るのみとなっている。
タイの首都バンコクで路線バスを運行するバンコク大量輸送公社(BMTA)では、ワンマン化が進んでいないこともあり、多数のキャブオーバー型バスを保有・運行している。一部には冷房つきの車両も存在する。
- Hino AK.jpg
日野AK176</br>(非冷房・扇風機なし)</br>バンコク大量輸送公社
- Isuzu MT111QB.jpg
いすゞMT111QB</br>(非冷房・扇風機なし)</br>バンコク大量輸送公社
- PICZ 040.jpg
メルセデス・ベンツOH360i</br>(非冷房・扇風機つき)</br>バンコク大量輸送公社
- Hino40G.jpg
日野AK176</br>(非冷房・扇風機つき)</br>バンコク大量輸送公社
- PICZ 057.jpg
メルセデス・ベンツOF1617(冷房つき)</br>バンコク大量輸送公社