宗像郡

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宗像郡(むなかたぐん)は、日本の筑前国福岡県にあったである。2005年3月28日大島村宗像市に編入され、宗像郡は消滅した。

歴史

古代

宗像は古くは宗形胸形とも書き、7世紀に郡の前身たるとして設けられ、701年に郡になった。宗像神社(宗像大社)の所在地として重んじられ、文武天皇元年(698年)3月9日に、筑前国の宗形郡と出雲国意宇郡だけに近親者の連任を許す詔が下された[1]。一般に評を治める評司に近親者を続けて任命することは禁止されていたが、宗像郡では神社を代々まつってきた宗形氏が重視されたものである。宗像郡は、後に同様の扱いを受けた諸郡とともに、神郡と呼ばれた。8世紀には宗像神社の神官が郡の大領を兼任したが、この制度は延暦19年(800年)12月4日に廃止された。[2]

飛鳥時代に成立した宗像郡は、現在の宗像市から古賀市宮若市の一部・鞍手郡の一部・遠賀郡の一部・糟屋郡の一部を範囲とする。また、古代の遠賀郡(御牧郡)は宗像郡から分郡として支配されていた。分郡地域は現在の遠賀郡・中間市北九州市若松区八幡西区八幡東区戸畑区も支配地域であり、中心地域は現在の中間市域の宗像郷であった。

和名類聚抄』に記される郡内の

  • 秋郷(あきのさと)<現在の赤間・田久・陵厳寺・石丸・武丸・吉留辺り>
  • 山田郷(やまたのさと)<現在の山田・平等寺・三郎丸・土穴・須恵辺り>
  • 怡土郷(いとのさと)<現在の名残・徳重・冨地原辺り>
  • 荒自郷(あらしのさと)<現在の在自周辺>
  • 野坂郷(のさかのさと)<現在の野坂周辺>
  • 荒木郷(あらきのさと)<現在の宮若市宮田町上有木・下有木(笠松地区)周辺>
  • 海部郷(あまのさと)<現在の神湊・上八・鐘崎岡垣町波津辺り>
  • 席内郷(むしろうちのさと)<現在の筵内など現在の古賀市新宮町全域>
  • 深田郷(ふかたのさと)<現在の深田・牟田尻・江口・池田・田野辺り>
  • 蓑生郷(みのうのさと)<現在の宮司・手光・上西郷辺り>
  • 辛家郷(からやのさと)<現在の宮若市若宮町水原周辺>
  • 小荒郷(こあれのさと)<現在の勝浦・津屋崎周辺>
  • 大荒郷(おおあれのさと)<〃>
  • 津九郷(つくのさと)<現在の津丸周辺>

式内社

延喜式神名帳に記される郡内の式内社テンプレート:式内社一覧/header テンプレート:筑前国宗像郡の式内社一覧 テンプレート:式内社一覧/footer

近現代

に移行したかつての町

合併によって廃止された町村

  • 東郷町(とうごうまち) - 現在の宗像市東郷
  • 赤間町(あかままち) - 現在の宗像市赤間
  • 南郷村(なんごうむら) - 現在の宗像市南郷
  • 吉武村(よしたけむら) - 現在の宗像市赤間
  • 玄海町(げんかいまち)- 現在の宗像市玄海
    • 神湊町(こうのみなとまち)- 現在の宗像市玄海
    • 田島村(たじまむら) - 現在の宗像市玄海
    • 池野村(いけのむら) - 現在の宗像市玄海
    • 岬村(みさきむら) - 現在の宗像市玄海
  • 大島村(おおしまむら) - 現在の宗像市玄海
  • 福間町(ふくままち)- 現在の福津市神興(東福間)・福間・上西郷地区
    • 神興村(じんごうむら)- 現在の福津市神興(東福間)地区
    • 上西郷村(かみさいごうむら)- 現在の福津市西南部
  • 津屋崎町(つやざきまち)- 現在の福津市津屋崎・勝浦地区
    • 津屋崎村(つやざきむら)- 現在の福津市津屋崎地区
    • 勝浦村(かつうらむら)- 現在の福津市勝浦地区


明治22年以前 明治22年4月1日 明治22年 - 昭和19年 昭和20年 - 昭和34年 昭和35年 - 昭和64年 平成1年 - 現在 現在
津屋崎村 明治30年6月4日
町制
明治42年4月1日
津屋崎町
昭和30年3月1日
津屋崎町
津屋崎町 平成17年1月24日
福津市
福津市
宮地村 宮地村
勝浦村 勝浦村 勝浦村
下西郷村 明治42年4月1日
町制改称
福間町
昭和29年4月1日
福間町(神興村村山田を除く)
福間町
上西郷村 上西郷村

神興村 神興村

昭和29年4月1日
宗像町(神興村村山田を含む)
昭和56年4月1日
市制
平成15年4月1日
宗像市
宗像市
赤間村 明治31年6月25日
町制
東郷村 大正14年10月1日
町制
吉武村 吉武村
野坂村 明治44年6月1日
南郷村
宮田村
河東村 河東村
神湊村 明治39年5月1日
町制
昭和30年4月1日
玄海町
玄海町
池野村 池野村
岬村 岬村
田島村 田島村
大島村 大島村 大島村 大島村 平成17年3月28日
宗像市に編入

郡司

大領

人名 年代 備考
宗形等抒 709年  
宗形鳥麻呂 729年 738年  
宗形与呂志 745年  
宗形深津 767年 「保津」とも
宗形大徳 778年  

  1. 続日本紀』文武天皇元年三月己巳条。ここに「郡」とあるのは「評」を続日本紀が改めたもの。
  2. 新日本古典文学大系版『続日本紀』、岩波書店、1989年、補注1-56、1-57、258-259頁。

関連項目

テンプレート:筑紫二国の郡