東釧路駅
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東釧路駅(ひがしくしろえき)は、北海道釧路市にある北海道旅客鉄道(JR北海道)の駅。電報略号はヒク。
概要
当駅の所属線である根室本線[1]に、釧網本線を加えた2路線が乗り入れている。根室本線の当駅前後は「花咲線」の愛称の区間に含まれている。釧網本線は線路名称上は当駅が起点であるが、全列車が根室本線経由で釧路駅まで乗り入れている。駅番号はB54が釧網本線の駅として付番され、花咲線としての駅番号はない。
かつては釧路臨港鉄道の接続駅としての役割があった。また現在、複数の鉄道路線が接続する駅としては日本最東端[2][3]にあたる。
歴史
- 1923年(大正12年)9月25日 : 貨物支線開業(釧路 - 上別保間から釧路駅に向かって分岐)に伴い天寧駅を設置。支線の起点は釧路駅。距離は2.0M≒3.0km。
- 1925年(大正14年)3月16日 - 国有鉄道の別保信号場(べっぽしんごうじょう)として開設[4]。同時に天寧駅への施設上の分岐点となる。釧路臨港鉄道が乗り入れ。
- 1927年(昭和2年)9月15日 - 釧網線開業、同線と根室本線の施設上の分岐点となる。
- 1928年(昭和3年)11月11日 - 東釧路駅として開業、釧網線分岐駅となる[5]。一般駅。
- 1957年(昭和32年)1月17日 - 駅舎改築[6]。
- 1962年(昭和37年)1月15日 - 車扱い貨物取扱い廃止。釧路臨港鉄道との連絡貨物は継続。
- 1963年(昭和38年)11月1日 - 釧路臨港鉄道の旅客営業廃止。
- 1984年(昭和59年)2月1日 - 荷物取扱い廃止[7]。天寧貨物駅廃止。
- 1986年(昭和61年)11月1日 - 駅員配置が運転扱い要員のみとなる[8]。釧路臨港鉄道乗り入れ廃止。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化によりJR北海道が継承。
- 1994年(平成6年)3月15日 - 無人化[9]。
駅構造
島式ホーム1面2線の地上駅。駅舎とホームの間はかつて側線などが敷かれていたためやや距離があり、通路と構内踏切で結ばれる。原則として1番のりばが釧網本線、2番のりばが花咲線となるが、両線ともどの方向にも発着できる構造となっている[10]。釧路駅管理下の無人駅となっている。
駅名の由来
別保信号場から駅になる際、釧路市の東方に位置することから名付けられた[10]。
駅周辺
かつて駅周辺は、太平洋炭礦の関連各社のオフィスや工場が立地していたが、現在は郊外への移転により大型小売店や宅地などへと転換されている。
さらに、駅構内の土地のほとんどが国鉄清算事業団の払い下げで、急速に宅地化が進んでいる[11]。
隣の駅
- 北海道旅客鉄道
- テンプレート:Color根室本線(花咲線)
- テンプレート:Color釧網本線(当駅 - 釧路駅間は根室本線)
- 遠矢駅 (B55) - 東釧路駅 (B54) - 釧路駅 (K53)
脚注
- ↑ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB 1998年
- ↑ 1959年に根室拓殖鉄道が廃止されるまでは根室駅、その後1989年に標津線が廃止されるまでは、厚床駅が最東端だった。
- ↑ 純粋な最東端は東根室駅(鉄道に関する日本一の一覧#地理も参照)。
- ↑ 『鉄道百年の歩み』 p. 83
- ↑ 『鉄道百年の歩み』 p. 85
- ↑ 『鉄道百年の歩み』 p. 93
- ↑ 『鉄道百年の歩み』 p. 113
- ↑ 『鉄道百年の歩み』 p. 116
- ↑ 『鉄道百年の歩み』 p. 129
- ↑ 10.0 10.1 『北海道 釧網本線』 p. 89
- ↑ 『北海道鉄道駅大図鑑』 p. 269
参考文献
- グループ169.1『北海道 釧網本線』(1999年)
- 北海道旅客鉄道釧路支社『JR釧路支社 鉄道百年の歩み』(2001年)
- 本久公洋『北海道鉄道駅大図鑑』 北海道新聞社(2008年) ISBN 978-4-89453-464-3
関連項目
外部リンク
- 東釧路駅 - JR北海道釧路支社(釧網本線)
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