豊橋鉄道渥美線
|} 渥美線(あつみせん)は、愛知県豊橋市の新豊橋駅から田原市の三河田原駅までを結ぶ豊橋鉄道の鉄道路線である。
渥美半島に延びる鉄道で、同半島の城下町として発展した田原市や開発が進む沿線からの豊橋などへの通勤・通学路線となっている。三河田原駅で豊鉄バスの伊良湖岬方面とのバスと連絡しており、豊橋駅 - 伊良湖岬間のバスを補完する行楽路線を目指している。
目次
路線データ
- 路線距離(営業キロ):18.0km
- 軌間:1067mm
- 駅数:16駅(起終点駅含む)
- 複線区間:なし(全線単線)
- 電化区間:全線電化(直流1500V)
- 閉塞方式:自動閉塞式(特殊)
- 保安装置:名鉄式ATS(M式ATS)
- 最高速度:75km/h
運行形態
すべて各駅に停車する普通列車である。23時台の最終列車が新豊橋発高師行きで運行される以外は全線を通して運行される。新豊橋発8 - 22時台と三河田原発8 - 21時台は完全な15分間隔となっており、これ以外の時間帯では間隔は一定でない。ワンマン運転は行われていない。新豊橋駅移転前は23時台後半に(三河田原駅からの回送列車→)高師駅→新豊橋駅→高師駅間の列車があった。
営業列車の行き違いは大半が小池駅・芦原駅・大清水駅・杉山駅・神戸駅で行われ、高師駅では6時台に、植田駅では23時台にそれぞれ1度だけ行われる。新豊橋駅では2つの線路に列車を交互に発着させることで、乗客が着席して発車を待つことができるようにしている。
日中は高師駅以北や老津駅以南で非営業列車を運行する余地がないため、試運転や企画列車は原則として高師駅 - 老津駅間で運行される。
運賃
利用状況
輸送実績
輸送量が増加した時期もあったが、最近では若干減少している。ただし、他の中小私鉄路線で見られるような通学定期の減少があまりない上に、輸送量全体の落ち込みも他線区と比較すれば少なく、非常に健闘している。
渥美線の近年の輸送実績を下表に記す。表中、輸送人員の単位は万人。輸送人員は年度での値。表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。
年 度 | 輸送実績(乗車人員):万人/年度 | 輸送密度 人/1日 |
貨物輸送量 万t/年度 |
特 記 事 項 | |||
---|---|---|---|---|---|---|---|
通勤定期 | 通学定期 | 定 期 外 | 合 計 | ||||
1975年(昭和50年) | 168.3 | 271.4 | 343.0 | 782.7 | 6,949 | 20.7 | |
1976年(昭和51年) | 147.6 | 262.0 | 329.1 | 738.7 | 6,334 | 22.7 | |
1977年(昭和52年) | 147.5 | 276.1 | 321.6 | 745.3 | 6,301 | 21.6 | |
1978年(昭和53年) | 136.9 | 288.7 | 310.3 | 736.1 | 6,124 | 22.1 | |
1979年(昭和54年) | 137.6 | 284.3 | 319.1 | 741.1 | 6,051 | 21.4 | |
1980年(昭和55年) | 135.3 | 276.5 | 330.7 | 742.5 | 6,168 | 14.9 | |
1981年(昭和56年) | 131.9 | 270.4 | 335.8 | 738.2 | 6,229 | 10.1 | |
1982年(昭和57年) | 129.6 | 243.5 | 319.9 | 693.0 | 5,837 | 8.3 | |
1983年(昭和58年) | 120.4 | 244.5 | 313.9 | 678.8 | 5,611 | 5.2 | 貨物営業廃止 |
1984年(昭和59年) | 114.7 | 229.9 | 295.3 | 639.9 | 5,284 | 0.0 | |
1985年(昭和60年) | 107.3 | 223.8 | 307.4 | 638.5 | 5,321 | 0.0 | 急行を廃止 |
1986年(昭和61年) | 107.3 | 225.5 | 323.9 | 656.7 | 5,521 | 0.0 | |
1987年(昭和62年) | 109.3 | 223.4 | 322.9 | 655.6 | 5,604 | 0.0 | |
1988年(昭和63年) | 111.2 | 233.1 | 333.7 | 678.0 | 5,976 | 0.0 | |
1989年(平成元年) | 112.0 | 239.7 | 345.2 | 696.9 | 6,194 | 0.0 | 神戸駅開業 |
1990年(平成2年) | 112.0 | 256.5 | 366.6 | 735.1 | 6,682 | 0.0 | |
1991年(平成3年) | 112.8 | 269.2 | 388.7 | 770.7 | 6,957 | 0.0 | |
1992年(平成4年) | 108.9 | 274.6 | 400.4 | 783.9 | 7,225 | 0.0 | |
1993年(平成5年) | 104.0 | 276.1 | 410.0 | 790.1 | 7,258 | 0.0 | |
1994年(平成6年) | 100.6 | 283.6 | 403.9 | 788.1 | 7,268 | 0.0 | |
1995年(平成7年) | 99.4 | 277.3 | 402.0 | 778.7 | 7,176 | 0.0 | |
1996年(平成8年) | 98.9 | 272.6 | 406.1 | 777.6 | 7,302 | 0.0 | |
1997年(平成9年) | 99.1 | 264.9 | 403.2 | 767.2 | 7,133 | 0.0 | 架線電圧昇圧 全車両冷房化 |
1998年(平成10年) | 98.6 | 266.5 | 394.4 | 759.5 | 7,184 | 0.0 | |
1999年(平成11年) | 93.5 | 263.8 | 386.2 | 743.5 | 7,007 | 0.0 | |
2000年(平成12年) | 90.7 | 272.7 | 383.2 | 746.6 | 7,072 | 0.0 | |
2001年(平成13年) | 91.9 | 273.9 | 377.9 | 743.7 | 7,036 | 0.0 | |
2002年(平成14年) | 88.9 | 274.0 | 371.5 | 734.4 | 6,988 | 0.0 | |
2003年(平成15年) | 84.5 | 279.5 | 369.6 | 733.6 | 6,996 | 0.0 | |
2004年(平成16年) | 88.3 | 271.4 | 363.1 | 722.8 | 6,967 | 0.0 | |
2005年(平成17年) | 98.7 | 271.0 | 361.8 | 731.5 | 7,068 | 0.0 | |
2006年(平成18年) | 101.9 | 271.5 | 361.9 | 735.3 | 7,097 | 0.0 | |
2007年(平成19年) | 750.5 | 7,225 | 0.0 | ||||
2008年(平成20年) | 782.3 | 7,551 | 0.0 | ||||
2009年(平成21年) | 115.3 | 284.6 | 359.8 | 759.7 | 7,232 | 0.0 |
収入実績
最近では、収入総合計額の変動は少なく、比較的良好な運営状態といえる。
渥美線の近年の収入実績を下表に記す。 表中、収入の単位は千円。数値は年度での値。表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。
年 度 | 旅客運賃収入:千円/年度 | 貨物運輸 収入 千円/年度 |
運輸雑収 千円/年度 |
総合計 千円/年度 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
通勤定期 | 通学定期 | 定 期 外 | 手小荷物 | 合 計 | ||||
1975年(昭和50年) | 243,363 | ←←←← | 321,504 | 9,170 | 574,037 | 38,641 | 27,194 | 639,872 |
1976年(昭和51年) | 281,390 | ←←←← | 359,780 | 11,592 | 652,762 | 52,064 | 30,190 | 735,016 |
1977年(昭和52年) | 288,888 | ←←←← | 375,306 | 13,679 | 677,874 | 61,639 | 13,821 | 753,335 |
1978年(昭和53年) | 316,442 | ←←←← | 403,076 | 12,568 | 732,087 | 66,561 | 15,845 | 814,494 |
1979年(昭和54年) | 338,470 | ←←←← | 436,749 | 11,220 | 786,439 | 70,655 | 16,696 | 873,792 |
1980年(昭和55年) | 374,413 | ←←←← | 495,106 | 8,464 | 877,983 | 59,709 | 15,902 | 953,595 |
1981年(昭和56年) | 371,049 | ←←←← | 500,216 | 6,493 | 877,758 | 47,293 | 13,480 | 938,532 |
1982年(昭和57年) | 385,806 | ←←←← | 541,397 | 3,886 | 931,089 | 39,623 | 15,034 | 985,746 |
1983年(昭和58年) | 371,305 | ←←←← | 530,411 | 2,214 | 903,929 | 24,614 | 14,282 | 942,825 |
1984年(昭和59年) | 372,296 | ←←←← | 537,148 | 1,784 | 911,227 | 0 | 12,943 | 924,170 |
1985年(昭和60年) | 358,759 | ←←←← | 563,183 | 1,979 | 923,921 | 0 | 12,470 | 936,391 |
1986年(昭和61年) | 362,167 | ←←←← | 595,933 | 1,750 | 959,850 | 0 | 11,967 | 971,817 |
1987年(昭和62年) | 160,268 | 202,630 | 595,483 | 1,342 | 959,723 | 0 | 11,087 | 970,810 |
1988年(昭和63年) | 162,085 | 216,868 | 520,166 | 1,255 | 1,000,374 | 0 | 11,392 | 1,011,766 |
1989年(平成元年) | 165,246 | 224,636 | 658,010 | 1,316 | 1,049,208 | 0 | 12,520 | 1,061,728 |
1990年(平成2年) | 165,321 | 247,200 | 708,621 | 1,253 | 1,122,395 | 0 | 16,192 | 1,138,587 |
1991年(平成3年) | 165,949 | 256,767 | 753,357 | 1,223 | 1,177,296 | 0 | 16,980 | 1,194,276 |
1992年(平成4年) | 160,449 | 265,503 | 774,250 | 1,322 | 1,201,524 | 0 | 16,259 | 1,217,783 |
1993年(平成5年) | 154,090 | 267,782 | 791,882 | 1,292 | 1,215,046 | 0 | 16,432 | 1,231,478 |
1994年(平成6年) | 147,965 | 277,354 | 782,522 | 1,254 | 1,209,095 | 0 | 15,355 | 1,224,450 |
1995年(平成7年) | 145,660 | 273,111 | 779,641 | 1,294 | 1,199,706 | 0 | 17,305 | 1,217,011 |
1996年(平成8年) | 143,254 | 274,457 | 795,706 | 1,174 | 1,214,591 | 0 | 15,966 | 1,230,557 |
1997年(平成9年) | 139,996 | 265,102 | 796,366 | 1,116 | 1,202,580 | 0 | 17,472 | 1,220,052 |
1998年(平成10年) | 140,439 | 262,161 | 786,456 | 1,089 | 1,190,145 | 0 | 15,510 | 1,205,655 |
1999年(平成11年) | 138,009 | 259,496 | 772,878 | 1,115 | 1,171,498 | 0 | 16,161 | 1,187,659 |
2000年(平成12年) | 135,237 | 267,117 | 769,992 | 1,134 | 1,173,480 | 0 | 16,093 | 1,189,573 |
2001年(平成13年) | 136,050 | 268,567 | 760,794 | 1,066 | 1,166,477 | 0 | 17,250 | 1,183,727 |
2002年(平成14年) | 129,957 | 269,126 | 754,767 | 893 | 1,154,443 | 0 | 15,300 | 1,169,743 |
2003年(平成15年) | 120,999 | 276,959 | 758,996 | 876 | 1,157,830 | 0 | 20,455 | 1,178,285 |
2004年(平成16年) | 127,555 | 270,871 | 750,060 | 904 | 1,149,390 | 0 | 30,117 | 1,179,507 |
2005年(平成17年) | 143,381 | 270,391 | 754,956 | 901 | 1,169,629 | 0 | 29,178 | 1,198,807 |
2006年(平成18年) | 150,404 | 262,203 | 756,499 | 883 | 1,169,989 | 0 | 29,774 | 1,199,763 |
2007年(平成19年) | ||||||||
2008年(平成20年) |
営業成績
渥美線の近年の営業成績を下表に記す。表中、収入の単位は千円。数値は年度での値。表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。
年 度 | 営業収益 千円/年度 |
営業経費:千円/年度 | 営業損益 千円/年度 |
営業 係数 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
人件費 | 修繕費 | 経 費 | 諸 税 | 減 価 償却費 |
一 般 管理費 |
合 計 | ||||
2004年(平成16年) | ||||||||||
2005年(平成17年) | ||||||||||
2006年(平成18年) | 1,199,763 | 402.612 | 249,987 | 105,253 | 40,896 | 98,637 | 115,152 | 1,012,537 | 187,226 | 84.4 |
2007年(平成19年) | ||||||||||
2008年(平成20年) |
車両
現在運用中の車両
現在はすべて元東京急行電鉄の7200系が1800系と改称され、3両編成で運用されている。全車両ともワンマン運転には対応していないので、すべての列車に車掌も乗務する。
渥美線では、代々譲渡車を使用している関係で、1968年の大改番以降、車両形式4桁のうち千の位と百の位で車体長(全長)を表している(例外は7300系)。すなわち、1800系は「18m車」ということを表している。また、付随車は電動車の形式に1000をプラスした2000番台を附番する慣例であり、1800系の制御付随車はク2800形となる。
過去に運用された車両
- 7300系:28両、昇圧当初の運用車両
- 1900系:12両、初の冷房車・カルダン駆動車
- 1810系:2両、全金属製2扉ロングシート車
- 1800系(初代):4両、初の18m級電車、後年3扉化
- 1750系:2両、初の転換クロスシート車、後年冷房化
- 1730系:2両、東急3000系(初代)の全金属化標準車体
- 1720系:2両、元・名鉄3800系(1991年廃車)
- モ1710形:3両、元・田口鉄道および豊川鉄道モハ30形(1988年廃車)
- 1700系:2両、元・旧西武鉄道モハ200形
- 1600系:2両、元・静岡電気鉄道120形、1931年製→(1両は渥美電鉄時代にデホハ120形として導入、もう1両は西武鉄道経由)→豊鉄モ1200形(1988年廃車)
- モ1400形:1両、元・渥美電鉄デテハ1001(1986年廃車)
- ク2400形:2両、元・神中鉄道(現・相模鉄道)キハ40形→同キハ50形→豊鉄ク1500形(1986年廃車)
- ク2310形:1両、元・西武モハ50形→西武モハ101形→豊鉄モ1300形(1987年廃車)
- ク2300形:1両、元・旧西武キハ20形→西武クハ1121形→豊鉄ク1500形(1982年廃車)
ここでは1970年代以降に在籍した車両のうち全長13m級以上の旅客電車のみを挙げたが、過去に運用された車両は、電気機関車や電動貨車デワ10形を含めて上記のほかにも多数存在する。なお、7300系をのぞき600V時代の車両で、モ1710形、1600系、モ1400形、ク2400形、ク2310形、ク2300形以外は、他社から譲受けた車体に国鉄型の走行機器を組合わせて使用していた(ただし1700系と1730系は当初原型の走行機器のまま運用し、後年国鉄型に交換)。
車両運用
日中は7編成使用され、残りは高師駅及び車両区で検査・留置されている。日中に車両交換が行われる場合は高師駅で行われる。
なお、車両交換は事故、車両故障などの非常時をのぞいて、必ず上り列車(新豊橋行き)で行う。これは、高師駅下り列車に対する場内・出発信号機が下り本線進入・進出の1進路のみに対して、上り列車に対する場内・出発信号機は上り・下り本線進入・進出の2進路に対応しているためである。
歴史
渥美半島を縦貫する鉄道として計画され、渥美電鉄により師団口(のちの高師口) - 三河田原間が1924年中に開業した。豊橋への乗り入れは、市街地であるため土地取得に手間取ったものの、1927年に現在の新豊橋駅まで開業した。
路線は後に黒川原駅まで延伸されたが、資金難から黒川原以西への延長は1934年に断念。渥美電鉄は名古屋鉄道(名鉄)の経営傘下に入った後、1940年に合併され名鉄渥美線となった。
しかし、鉄道敷設法で「愛知県豊橋ヨリ伊良湖岬ニ至ル鉄道」として挙げられ、陸軍技術研究所(伊良湖試砲場)などもあることから国鉄線として建設することになり、黒川原 - 三河福江 - 堀切間が新設線として着工されたが、戦局の悪化から建設は中断。三河田原 - 黒川原間が不要不急路線として休止された。豊橋 - 黒川原間は渥美線を国有化する予定であったが終戦により立ち消えとなった。
名古屋鉄道は1954年10月に渥美線新豊橋 - 三河田原間を豊橋鉄道に譲渡し、豊橋鉄道渥美線となった。休止中の三河田原 - 黒川原間については名鉄籍のまま、同年11月に廃止された。
線路敷設予定地と思われるところが愛知県田原市石神町の国道259号線付近にある。伊良湖岬方面に向かう方は左側を、豊橋方面に向かう方は右側を見ると判りにくいが確かに線路敷設予定地と思われるものが見える。
年表
- 1921年(大正10年)4月12日 軌道特許状下付(豊橋市大字花田-渥美郡福江町間)[1][2]
- 1924年(大正13年)
- 1925年(大正14年)
- この年から1927年までに田原駅を三河田原駅に改称
- 5月1日 新豊橋(後の花田) - 師団口間が開業
- 1926年(大正15年)4月10日 三河田原 - 黒川原間が開業
- 1927年(昭和2年)10月1日 新豊橋 - 花田間が開業、これまでの新豊橋駅を花田駅に改称
- 1930年(昭和5年)5月29日 高師 - 黒川原間を軌道法による軌道から地方鉄道法による鉄道に変更[3][4]
- 1931年(昭和6年)5月9日 新豊橋 - 高師間を軌道法による軌道から地方鉄道法による鉄道に変更[3][5]
- 1937年(昭和12年)
- 陸軍病院前駅開業。
- 10月9日 起業廃止(許可)(1921年4月12日免許 豊橋市渥美郡田原町-同郡福江町間)[6]
- 1940年(昭和15年)9月1日 名古屋鉄道が渥美電鉄を合併、渥美線となる
- 1943年(昭和18年)11月1日 師団口駅を高師口駅に、兵器廠前駅を町畑駅に改称
- 1944年(昭和19年)6月5日 名古屋鉄道が渥美線三河田原 - 黒川原間、および花田駅、高師口駅、町畑駅、空池駅、芦原駅、谷熊駅、天白駅、神戸駅休止
- 1946年(昭和21年)以前 陸軍病院前駅を病院前に改称
- 1947年(昭和22年)1月10日 病院前駅を南栄駅に改称
- 時期不明 花田駅、司令部前駅営業再開、天白駅廃止
- 1954年(昭和29年)
- 1959年(昭和34年)1月16日 向ヶ丘駅開業
- 1962年(昭和37年)3月15日 芦原駅営業再開[7]
- 1965年(昭和40年)10月1日 急行を運転開始
- 1966年(昭和41年)以前 花田駅、休止中の町畑駅、空池駅廃止
- 1968年(昭和43年)4月1日 高師口駅を大学前駅として営業再開
- 1971年(昭和46年)4月1日 谷熊駅をやぐま台駅として営業再開
- 1972年度(昭和47年度) 新豊橋駅付近、0.1km短縮[8]
- 1984年(昭和59年)2月1日 貨物営業廃止、花田操車場を花田信号所に変更
- 1985年(昭和60年)9月1日 急行を廃止
- 1986年(昭和61年) 小池 - 大学前間に小池隧道を設置し、新線切り替え(国道259号バイパス建設のため)
- 1989年(平成元年)7月10日 神戸駅開業(神戸信号所から変更)
- 1997年(平成9年)7月2日 架線電圧を1500Vに昇圧、名鉄7300系(計28両)に全車置き換え、全車両冷房化、「なのはな号」と「なぎさ号」が登場。最高速度を60km/hから75km/hに向上
- 2000年(平成12年)12月22日 元東急7200系の1800系営業運転開始(当時2編成)
- 2002年(平成14年)3月31日 7300系で最後まで残った7304F(初代なのはな号)が引退(解体済み)
- 2005年(平成17年)1月29日 大学前駅を愛知大学前駅に改称
- 2008年(平成20年)6月5日 新豊橋駅移転
駅一覧
駅番号 | 駅名 | 駅間キロ | 営業キロ | 接続路線 | 列車交換可能 | 所在地 |
---|---|---|---|---|---|---|
営業中の区間 | ||||||
1 | 新豊橋駅* | - | 0.0 | 東海旅客鉄道:東海道新幹線・東海道本線・飯田線(豊橋駅) 名古屋鉄道:名古屋本線(豊橋駅) 豊橋鉄道:東田本線(駅前停留場) |
○ | 豊橋市 |
花田信号所 | - | (0.4) | ||||
2 | 柳生橋駅* | 1.0 | 1.0 | |||
3 | 小池駅 | 0.7 | 1.7 | ○ | ||
4 | 愛知大学前駅* | 0.8 | 2.5 | |||
5 | 南栄駅* | 0.7 | 3.2 | |||
6 | 高師駅* | 1.1 | 4.3 | ○ | ||
7 | 芦原駅 | 1.0 | 5.3 | ○ | ||
8 | 植田駅 | 1.0 | 6.3 | ○ | ||
9 | 向ヶ丘駅 | 0.8 | 7.1 | |||
10 | 大清水駅* | 1.4 | 8.5 | ○ | ||
11 | 老津駅 | 2.2 | 10.7 | ○ | ||
12 | 杉山駅 | 2.0 | 12.7 | ○ | ||
13 | やぐま台駅 | 1.3 | 14.0 | 田原市 | ||
14 | 豊島駅 | 1.6 | 15.6 | |||
15 | 神戸駅 | 1.5 | 17.1 | ○ | ||
16 | 三河田原駅* | 0.9 | 18.0 | |||
廃止区間 | ||||||
加治駅 | 1.4 | 19.4 | 田原市 | |||
黒川原駅 | 1.4 | 20.8 |
廃駅
廃止区間の駅は上表を参照。
- 花田駅(新豊橋駅 - 花田信号所間) - 1966年以前に廃止。
- 司令部前駅(愛知大学前駅 - 町畑駅間) - 廃止日不明。
- 町畑駅(司令部前駅 - 南栄駅) - 1944年6月5日休止、1966年以前に廃止。
- 空池駅(南栄駅 - 高師駅) - 1944年6月5日休止、1966年以前に廃止。
- 天白駅(豊島駅 - 神戸駅) - 1944年6月5日休止、1952年以後に廃止。
施設
線形
- 曲線半径160mの急曲線が小池駅 - 愛知大学前駅間の地下線内にある。
- 最急勾配は柳生橋駅 - 小池駅間で東海道本線を乗り越す部分の新豊橋方に30‰(パーミル)がある。
軌道
- 軌間は1067mmである。
- 使用軌条(レール)は、本線では50Nレールを使用する区間が増え、40Nレールを淘汰しつつあり、重軌条化が進んでいる。
- 枕木は、本線においてはPCマクラギの使用が増え、木マクラギの使用は少なくなった。
分岐器・転轍器
橋梁
- 柳生川橋梁
隧道
- 小池隧道
駅設備
- 行き違い可能駅は、新豊橋(2008年6月の移転後より)、小池・高師・芦原・植田・大清水・老津・杉山・神戸の9駅である。
- 新豊橋・高師は1面2線の島式ホーム、柳生橋・南栄・向ヶ丘・やぐま台・豊島は単式ホームである。三河田原は2013年10月ごろまで工事のため暫定的に単式ホームの状態だったが、2013年12月15日時点では1面2線の島式ホームとなっている。その他の駅は2面2線の対面式ホームである。
- 一部の駅(新豊橋・小池・高師・三河田原など)には自動券売機(トランパス・TOICAなどには非対応)が設置されているが、自動改札機が設置された駅はない。全駅にmanaca用簡易改札機が設置されている。
- 各駅に防犯カメラが設置されている。
車庫・留置線
- 高師駅構内に車両区があり、検査等はすべてここで行う。旧ユニチカ専用線の途中まで留置線として使用できる。
- 留置線は三河田原駅にもあり、夜間の停泊はここで行うことが多い(現在は工事中)。
- 新豊橋 - 柳生橋間の花田信号所にも留置線がある。ここはかつて国鉄との貨物のやりとりをしていた場所だが、現在は留置線跡の大部分が駐車場となっている。
変電所
- 柳生橋変電所(出力1000kW)、植田変電所(出力1000kW×2)、杉山変電所(出力1000kW×2)の3箇所の変電所がある。
電路設備
- 架線は、シンプルカテナリー方式である。
- 電柱の木柱→コンクリート柱化工事が進行中であるが、木柱もかなりの本数が残存している。コンクリート柱は、名鉄で採用されているものと同じである。
- 架線自動張力調整装置(テンションバランサー)が一部区間に設置されている。
信号・連動装置・CTC
- 常置信号機として、場内信号機・出発信号機・誘導信号機・入換信号機・遠方信号機が設けられている。
- 信号機は、2位式(緑色・赤色)となっている。
- 場内信号機が警戒信号を現示する行き違い可能駅においては、対向列車同士の同時進入が可能である。
- 高師駅では列車折り返しが可能である(下り列車については場内・出発信号機が下り本線進入・進出の1進路しか無いのに対して、上り列車については場内・出発信号機は上り・下り本線進入・進出の2進路に対応している)。
- 列車集中制御装置 (CTC) が設置されている。
- 連動装置は、第一種継電連動装置および第三種継電連動装置が使用されている。
ATS
- 1500V昇圧後の1997年に名鉄と同じ単変周点制御式(点照査型)の「名鉄式ATS」が設置された。車上タイマー方式の自動列車停止装置である。
- 7300系の車上装置は名鉄時代に設置されたものがそのまま使用されたが、1800系の車上装置は改造によって取り付けられた。
- 名鉄式ATS(M式ATS)であるため地上子はJR等で使用されているATS-Sxとは異なり、進行方向に向かって右側に設置されている。
踏切
標識
標識は名鉄タイプのものが使用されている。
線路わきの柵
こちらも名鉄タイプのものが採用されている。色も「名鉄ブルー」で同じである。
脚注
参考文献
- テンプレート:Cite journal(再録:テンプレート:Cite book)
- テンプレート:Cite journal(再録:テンプレート:Cite book)
- テンプレート:Cite book
- テンプレート:Cite book
関連項目
テンプレート:名古屋鉄道路線- ↑ 『鉄道省鉄道統計資料. 大正10年度』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
- ↑ 官報では4月13日「軌道特許状下付」『官報』1921年4月14日(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ↑ 3.0 3.1 1930年4月2日変更許可「軌道を地方鐵道に変更許可」『官報』1930年4月5日(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ↑ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1930年6月14日(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ↑ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1931年5月19日(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ↑ 「鉄道起業廃止」『官報』1937年10月13日(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ↑ 7.0 7.1 寺田裕一『データブック日本の私鉄』ネコ・パブリッシング、2002年、p.223
- ↑ 短縮箇所は今尾恵介監修『日本鉄道旅行地図帳』(新潮社、2008年)p.38、年は和久田康雄『私鉄史ハンドブック』(電気車研究会、1993年)p.106による。