背広
背広(せびろ)とはスーツ(suit Suit.ogg 聞く </span>)一般(主としてビジネス用)を指す言葉で、男子が平服として用いる洋服である。suitには「一揃い」の意味もあるように、共布で作った上着(jacket,coat)、スラックス(slacks)で一組となったものを言う。更に、共布のウェストコート(チョッキ、アメリカ英語ではヴェスト(vest))を加えてスリーピース・スーツ(日本では「三つ揃い」)という。上着の下にはワイシャツを着用し、ネクタイを結ぶ。また、単に上着のみを指す場合もある。最近の日本では、特に若い世代では背広と言う事は少なくなっており、スーツを用いるのが一般的である。
目次
- 1 語源
- 2 歴史
- 3 種類
- 4 上着のボタン数とシルエット
- 5 細部
- 5.1 襟
- 5.2 襟刻み(ゴージライン)
- 5.3 フラワーホール
- 5.4 正面ボタン(フロント・ボタン)
- 5.5 腰部(ウエスト、waist)の絞り
- 5.6 肩幅
- 5.7 胴回り
- 5.8 裾丈
- 5.9 フロントカット
- 5.10 ベント(vent)
- 5.11 バックスタイル
- 5.12 袖丈(裄丈)
- 5.13 お台場仕立て
- 5.14 ショルダーライン
- 5.15 柄
- 5.16 裏地
- 5.17 袖口ボタン(カフ・ボタン)
- 5.18 本切羽
- 5.19 材質
- 5.20 スラックス
- 5.21 ファスナー
- 5.22 胸のポケット
- 5.23 背広のポケット
- 5.24 スラックスのポケット
- 5.25 ノーフォーク仕様
- 6 参考資料
- 7 関連項目
- 8 外部リンク
語源
語源については、次のような諸説がある。
- 英語の軍服に対比される市民服「シビル・クロウズ」(civil clothes)が日本語にカナ読みされ、さらにその中の「シビル」が「セビロ」と訛り、それに音の合う「背広」の漢字が充てられたという説。
- 背広服を売り出したスーツの発祥地でもあるロンドンの仕立屋街「サヴィル・ロウ」(Savile Row(英語版))が訛ったという説。
- モーニングコートの背幅が細身で狭いのに対して背幅が広かったから背広と呼んだ、仕立て職人の慣用語から一般化したという説。
- 紳士服の源流である燕尾服に用いられるテイルコートは背面から見たときに背の部分が広く見えるためという説。
歴史
モーニングコートの裾を切り落とした上着が19世紀のイギリスで生まれた。イギリスではラウンジ・スーツ(Lounge Suit)、アメリカではサック・スーツ(Sack Suit)と呼ばれ、当初は寝間着・部屋着、次いでレジャー用だった。しかし19世紀末から20世紀の初頭にかけてアメリカのビジネスマンがビジネスウェアとして着用し始め、その後世界的に普及した。
襟は軍服の立襟から変化したと言われている。この上襟(カラー)が折り返された折襟(ギリーカラー)の狩猟用コートがビクトリア王朝時代のイギリスで流行し、この第1ボタンを外して外側へ折り返された部分が下襟(ラペル)となった。その後あらかじめ襟上部を外側へ開襟して仕立てたものがモーニングコートの襟となり、現在のスーツにも受け継がれた。
スーツの元祖である正統派スーツはスリーピース・スーツであり、イギリスで生まれたスーツは貴族紳士の嗜みとされていた。アメリカ人も入植初期の頃はイギリス様式そのままのスリーピース・スーツを着用し、ツーピース・スーツなど存在しなかった。ツーピース・スーツは正統派スーツを簡略化したもので着用様式も簡略化したものである。
日本では幕末末期~明治時代以降着られるようになる。その頃のスーツはイギリス製、アメリカ製、フランス製が主流だったが、当時はスリーピース・スーツしかなかったので当時の日本人が着たスーツはいずれもスリーピース・スーツであった。ただし、明治時代の日本では男性の洋装としてはむしろフロックコートが主流で、大半の日本人は和装だった。
制服(軍服)としては長らく立襟型のジャケットが用いられてきたが、市民服としての背広の一般化に伴い制服として背広型が採用されることも多くなってきた(詳細については軍服・学生服の項も参照)。
第二次世界大戦以前の1930年代頃は3つボタンのスーツが主流。その後次第に「ローリングダウン(段返り)」と呼ばれる、第2ボタンを止めて第1ボタン部はラペル(下襟の返し)と一緒に開襟する着用方法がアメリカを中心に流行し、やがて段返り着用を前提に仕立てられた3つボタンスタイルのスーツ(襟のアイロンが第2ボタン直上までかけられていて、第1ボタンを閉めない上着)が登場した。その後段返りスーツから第1ボタンが省略され2つボタンスーツが誕生。同大戦後はほぼ2つボタンが主流の座となるものの、1960年代初めより後半にかけ世界的に3つボタンが流行。その後日本では1990年代半ばより3つボタンが再度普及していった。
日本ではバブル期にルーズなシルエットのダブルが流行した。現在は若い世代がシングル2つボタン、中年以上の世代ではシングル3つボタンと2000年代初め頃までとは立場が逆転したが、2007年末ころから段返りシングル2つボタンも次第に復活してきている。ダブルも壮年層を中心に根強い固定支持層がある。
背広の一般化
20世紀半ばの礼装の簡略化に伴い、従来はモーニングコート、ディレクターズスーツ又はタキシードを着用すべき場合にあっても、黒色や紺など濃色の背広で許される場合が増えている。
種類
素材
背広に用いられる最も一般的なのは、ウールだが、麻や綿、アクリル、ウールとポリエステルやモヘアとの混紡なども用いられる。 オールシーズンではサージ、ウールのギャバジン。秋冬生地としては毛織物のツイードやラシャ、カシミア等、綿織物では平織り・綾織りのフランネル、厚手のサキソニー。夏にはモヘアを混紡したものの他、麻織物のリンネルや毛織物のトロピカル、ギャバジン、薄手のサキソニー等が代表的である。 ウールは保温性に優れ、通気性にも富んでいるので良く用いられる、綿は一年中使える素材で水に強く通気性や放熱性が高く、麻は通気性が良く、綿同様皺になりやすい、ポリエステルは皺になりにくく、通気性や放熱性が悪いという特徴がある。
背広の色
背広では主にネイビー(紺)、黒、チャコールグレイ、灰色(ライトグレー)、茶色(ブラウン)、ベージュ等が用いられるが稀に深緑(モスグリーンを含め)等もある。
素材と織物
- 正装に用いる
- ウールのしゅす織りが多い、織物はドスキン、ラシャ、ベルベット。色は黒、濃紺など。
- ビジネスに用いる
- ウールや麻の平織、綾織りが多い。織物は上記に加えて、ツイード、カシミヤ、モヘア、リンネル、トロピカル、サキソニー、ラシャ、フランネル、マットウース、シャークスキン、ポーラ、フレスコ。色は上記の物に加えてチャコールグレイ、ライトグレー、茶色、ベージュなど。
- カジュアルに用いる
- 綿が多い、織物は様々、綿ネル、フランネル、綿サージ、綿ギャバジン、ジャージー、ベッチン、コーデュロイが用いられることが多い。色は深緑を始め様々な色が存在する。
- その他
- 混紡が多い、丈夫で汚れに強いポリエステル、伸縮性のあるポリウレタン、ウールの代わりで安価なアクリルなど。
上着のボタン数とシルエット
シングルスーツ
日本語では片前と呼んでいた(現代では殆ど使われない)。
ボタンの数によって次の様に分ける事ができる。
- シングル3つボタン
- 上着の打合せ部にボタンが縦1列で3つ配置されたシルエットのスーツ。着用方法は第2ボタンのみを掛け、第1・3ボタンは掛けないでおくのが本来だが、第1・2ボタンを掛け第3ボタンは掛けなくても問題はない(いずれにしても一番下のボタンは掛けない)。但し、今日の日本においては第1ボタンを外した着用方法が無礼にあたると勘違いされている節もあるため注意が必要である。座ったときやスリーピース・スーツのときは上着を傷めないためにボタンを外して着用するのが本来であるが、同様にマナー違反と勘違いされる事もあるため、特に目上の人の前や会議、面接などではボタンを掛けたままにしても構わない。
- 開襟部のVゾーンが小さく、体を全体的に引き締めてスマートに見せることが出来、痩身であっても美しいシルエットとなる。ウエストを絞り体のラインをスマートに見せる伝統的な英国風スタイルのスーツはシングル3つボタンが多い。[1]
- 段返りシングル3つボタン
- 段返り着用(3つボタンのうち第2ボタンだけをかけ、第1ボタン部は襟と一緒に返して大きく開襟する着用方法)を前提とした仕立てのシングル3つボタンスーツ。第1ボタンはあるが襟のプレスが第2ボタン直上の位置まで来ていて、第1ボタンとホールは襟の一部として飾りになっている。
- 着用は第2ボタンのみを掛けるのが一般的である。従ってシルエットはシングル2つボタンに近くなる。第1ボタンとボタンホールがかさばるおかげで襟元がふんわりと立体的になり、純3つボタンよりもややラフな着こなしのイメージになる。伝統的なアメリカンスタイルによく見られるが、ナポリなど南部イタリアの特徴でもある。
- シングル2つボタン
- 上着の打合せ部にボタンが縦1列で2つ配置されたシルエットのスーツ。段返り3つボタンのスタイルから派生したもので、第1ボタンが段返り3つボタンよりも更に下方に下がっているため胸元のVゾーンが大きく開き、特に頭の大きな人にとってはすっきりと見えるため最適であり、ネクタイを引き立て体全体のシルエットを縦長に見せる効果がある。第二次世界大戦後に主流として着用されてきたシルエットである。また、1960年代後半に一時的に流行したボタン位置の高いハイ・ツーがローツーに替わり2008年頃よりリバイバルしつつある。
- 着用は第1ボタンのみを掛けるのが一般的で下のボタンは掛けない(掛けるとシルエットが崩れたり、そもそも掛けられない位置にボタンやホールが設えられたものもある)。
- シングル4つボタン
- 上着の打合せ部にボタンが縦1列で4つ配置されたシルエットのスーツ。体の前面をほぼ閉じてしまうためVゾーンは極めて小さく、外套に似た印象となる。スーツの原型である軍服のシルエットに比較的近いが非常にタイトな外観から来る独特の印象によりあまり一般的ではなく、いわゆる「吊し商品」として4つボタンスーツを製造しているメーカーは少ない。1960年代後半にステージ衣装やファンシーなタウンスーツとして一時的に流通したがVゾーンが広くボタン間隔の狭まったスタイルであった。
- 他と同様、着用方法は第4ボタンを掛けないのが一般的。
- シングル1つボタン
- 上着の打合せ部にボタンが縦1列で1つ配置されたシルエットのスーツ。胸元のVゾーンが大きく開く。礼服やファンシーなタウンスーツに多いスタイル。
ダブル・スーツ
- ダブルスーツについて
- 上着の打合せ部を大きく重ね合わせるシルエットで、ボタンが縦2列あるスーツの総称。ボタンの数は一般的に各列1~4個程度、ボタンの掛け合わせとデザインによってばらつきがある。コートに似た外観のためシングルよりも容姿に派手さが増し、身体を大きく見せる効果があるため、1970年代までとは異なり現在では教師や警察官、官僚など他人より優位に立つべき職種に就く人々に好まれる傾向へと変化している。着用方法は第1ボタンと第2ボタンをとめ、第3ボタンは空けたままにしておくか、第2ボタンと第3ボタンを留め、第1ボタンを開けたままにする。シングルスーツと違い、座ったときやスリーピース・スーツの時でもボタンは閉めたままにする。また、スリーピース・スーツの場合はウェストコートを見せない、もしくはウェストコートを着用しない(ツーピース)とされている
- 日本語では両前と呼んでいた。現在は片方にしかボタンを閉じられない物が多いが、元々は左右両方でボタンを閉じることが出来た。
- シングルと比較して面積が大きいため、腹が出たのを隠しやすいことからバブル景気の頃より流行したルーズなダブルはスポーツマンなどの太目体型や中高年以上に好まれることが多かった。また1980年代半ば頃より暴力団関係者や金融業者などは威圧感を高めるために前述のルーズなダブルを着用することが多い。1990年代中頃からはマオカラースーツ(別名ネール・ジャケット、インドのネール首相が着用していたことから)を着用する暴力団関係者も増えている。最近は1960年代後半に流行したXラインのタイトなダブルスーツがリバイバルしつつある。[2]
- ダブル2つボタン
- 上着の打合せ部にボタンが縦2列で1つ配置されたシルエットのスーツ。
- ダブル4つボタン
- 上着の打合せ部にボタンが縦2列で2つ配置されたシルエットのスーツ。
- 4ボタン1つ掛け(スプレッドアウト)…ボタンが左右に開いて付いている物。
- 4ボタン2つ掛け(オールインライン)…ボタンが左右同幅の物。
- ダブル6つボタン
- 上着の打合せ部にボタンが縦2列で3つ配置されたシルエットのスーツ。2つ掛け以外は現在は余り見掛けない。
- 6つボタン1つ掛け
- 6つボタン2つ掛け
- 6つボタン3つ掛け
- ダブル8つボタン
- 上着の打合せ部にボタンが縦2列で4つ配置されたシルエットのスーツ。現在は余り見掛けない。
- 8つボタン1つ掛け
- 8つボタン2つ掛け
- 8つボタン3つ掛け
- 8つボタン4つ掛け
- ダブル10個ボタン
- 上着の打合せ部にボタンが縦2列で5つ配置されたシルエットのスーツ。現在は余り見掛けない。
- 10個ボタン1つ掛け
- 10個ボタン2つ掛け
- 10個ボタン3つ掛け
- 10個ボタン4つ掛け
- 10個ボタン5つ掛け
その他
- ズート・スーツ(en:Zoot suit)
- 戦前のアメリカで誕生したスーツのバリエーションの一つ。上着はかなり大きめに肩パットが入り、ウエスト部が大きく絞られていて、ハーフコート並に裾が長い。ズボンは胸に近い位置まで来るような極端に高い股上で、太股部はダブついて太く、下は足首に行くに従って急激に絞られるシルエットが一般的。
- マオカラースーツ
- 毛沢東が着ていた人民服が元になったスーツ。ボタン数は5個が基本。ネクタイが見える範囲が非常に狭いので、カフリンクスやポケットチーフがアクセントになる。ネクタイを締める場合、第一ボタンを外す着方もある。スタンドカラーのワイシャツを合わせることもある。黒無地であれば準礼服として慶事での使用も可能。
- 特徴的な外観であるため、芸能人やデザイナーなど個性的な服装を好む職種に就く人々が着ることが多い。また、暴力団や右翼関係者などが威圧感を与えるために着ることもある。その形状から、映画や漫画などでは中国マフィアが着ていることが多い。余談だが、マオカラースーツは立襟だが、人民服は折襟である。[4]
細部
襟
下襟(ラペル)と上襟(カラー)からできている。ノッチドラペル(菱形襟)・ピークドラペル(剣襟)・ショールカラー(へちま襟)・バルカラー(ナポレオンカラー、ボナパルトカラーとも呼ばれる)・マオカラー(立ち襟)などがある。シングルはノッチドラペル、ダブルはピークドラペルが本来の形状だが、現在はどちらも関係なく使用される。ラペルの幅によってもシルエットは変わる。ラペルの幅は細身が5cm~7.5cm、中間は8cm~8.5cm、太めは9cm~10cm辺りとなっている。
- Notch lapel.svg
ノッチドラペル
- Peak lapel.svg
ピークドラペル
- Shawl lapel.svg
ショールカラー
襟刻み(ゴージライン)
下襟(ラペル)と上襟(カラー)の境界線の事をゴージラインと呼ぶ。高めの襟(ハイゴージ)にすることで見た目が引き締まった印象を与えるため、ハイゴージは若年層に人気が高い傾向がある。一方、低めの襟(ローゴージ)は下記のフラワーホールを強調出来るため、議員などバッヂなどを着用する職業や中高年に人気が高い傾向がある。
- レギュラーゴージ
- 通常の高さの襟
- ハイゴージ
- 高めの襟
- ローゴージ
- 低めの襟
フラワーホール
左襟のみ又は両襟に第一ボタンの名残の穴がある。これがフラワーホールであり、勲章の略綬やバッジ(社章記章、花、ラペルピン)などを挿す。花を差し留めるために「止め」が付いている物もある。ノッチドラペルは左襟のみ、ピークドラペルは両襟にあることが多い。
正面ボタン(フロント・ボタン)
材質はプラスチックや金属、貝殻、動物の角、植物(椰子など硬質なもの)など様々。前打合せのボタンの数はシングルが1~4個、ダブルが2~6個。ダブルは4つボタン1つ掛け、6つボタン1つ掛け、4つボタン2つ掛け、6つボタン2つ掛け、6つボタン3つ掛け、2つボタン1つ掛けに分かれる。シングル、ダブル共に2つ掛け以上の場合は最下部のボタンを外すのが正式。しかしバランスの問題からか、ダブル6つボタン2つ掛けの場合のみ全てのボタンを留めるのが現在の主流となっている。
腰部(ウエスト、waist)の絞り
ダーツ(dart)によって腰部を絞る。座るときにややきつめに感じるのが丁度良いサイズ(座ってもきつくないのは緩めのサイズで背広が少し大きい)。
肩幅
ボタンを締めた状態で着用し肩幅を抓む、人差し指の第一関節あたりが望ましい(抓めなければ小さく、第一関節以上だとサイズが大きい)。
胴回り
上着の内側に握り拳を入れて、漸く入るあたりが望ましい(握り拳1個分が望ましい、2個だとサイズが大きい)。大きすぎるとボタンを留めた時にたるみ出て、小さすぎても襟が開いてしまう。
裾丈
前も後ろも腰丈まで(お尻が完全に隠れるくらいの長さで背中に皺がないことが望ましい、背中に皺があるとサイズが大きい、両腕を下ろした時に裾丈が指先で軽く抓める程度)。そもそも、前後裾とも長いフロックコートの前裾が簡略化されてモーニングコートとなり、モーニングコートの後裾が簡略化されて背広型となった。モーニングコートの名残でシングルの背広の場合、前裾が丸く切られているものが多い。
フロントカット
ジャケットの前裾の形状のこと。
- レギュラーカット
- シングルジャケットによく見られる子丸カット
- ラウンドカット
- レギュラーカットよりさらに丸くカットしてあるもの
- カッタウェイ
- ラウンドカットよりさらに腰あたりから斜めに丸くカットしてあるもの。ベルトやワイシャツが見えやすくなる。モーニングコートの特徴的なスタイル
- スクエアカット
- ダブルジャケットによく見られる四角いカット、フロックコートの特徴的なスタイル。
ベント(vent)
馬乗り用の後裾の切込み。ないのがノーベント、中央に一本がセンターベント(日本名「馬乗り」)、両脇にあるのがサイドベンツ(同「剣吊り」)、また鍵状となっているフックベントもある。シングルには全て使われるが、通常ダブルにはセンターベント(フックベント含む)は使われず、サイドベンツがほとんどである。理由としてはダブルはもともと船乗り(水兵)の要望で作られたので馬に乗る(=センターベントにする)必要はないが、武器(主に剣)を抜き易くする(=サイドベンツにする)必要があったため、というのが有力である。現在は全体的にサイドベンツが主流となりつつあるが、細身のスーツにおいてはセンターベントが主流である。なお「ベント」(vent)は単数形なので、切れ目が複数の場合は「ベンツ」(vents)となる。ノーベントがフォーマルとされている。
センターベントに近い形状で、ベントの根本が鈎状になっているものをフックベントと呼ぶ。また、正式にはベントではないがインバーテッド・プリーツ(ボックス・プリーツ)はベントが入る場所を襞状に仕立てたもので、ノーベント比較すると着用者は動きやすくなる。
- ベントの種類
- ノーベント
- フックベント
- サイドベンツ
- センターベント
- インバーテッド・プリーツ(ボックス・プリーツ)
バックスタイル
スーツを動きやすくする為の部分、付けると外套に近い外見になる。別名「ドイツ背広」、「ピンチバックジャケット」、「ファンシーバックジャケット」、「バイスイングジャケット」、「サニングデールジャケット」などの名称がある。
- 背バンド付き
- 背中を動きやすくする。
- ヨーク
- 腕を動きやすくする。
- 背バンドヨーク付き
- 背中と腕を動きやすくする。
袖丈(裄丈)
袖の丈は手首を90度外側に曲げた際、手の甲に袖口が僅かに触れるくらいの高さ(袖口が届かなければ短く、袖口が上がるなら長い)が適正で、ワイシャツが背広の袖口から概ね指1本分程度(約1.5センチ~2センチメートル)外へはみ出るのがフォーマル(前述の英国背広発祥の洋装店「サヴィル・ロウ」の説明による)。現在日本ではワイシャツが完全に隠れる程度の袖丈が主流であるが、本来のフォーマルスタイルはこの通りやや袖丈が短く、ワイシャツを袖口から2センチ程度突出させて着用する。
お台場仕立て
お台場仕立てには、
- 本台場
- つぎ台場(切り台場)
- 角台場
の三種類が存在する。
嘗てスーツの裏地というのは表生地を傷めないために役割を果たし、裏地は汚れたら取り換える物とされており、裏地を取り換えるときにお台場仕立てだと内ポケットまで作り直す必要があったが、ポケット周りをお台場仕立てにしておけば、ポケットは作り直さずそのままでよいし、またポケットも傷みにくいので、高級な仕立てとされてきた。
つぎ台場、角台場は内ポケット周りに表地を縫って継ぎ足したものであるが、本台場は表地をそのまま内ポケットにまで継ぎ接ぎをすることなく持ってきたものである。台場が大きくなると胸元のシルエットが強調され審美的になる反面、保温効果も高くなる。つぎ台場は切り台場とも呼ばれる。切り台場の中で特に細いものを細切台場とも呼ばれる。
ショルダーライン
- ナチュラルショルダー
- 通常の薄い肩パッドが入った丸いライン。
- スクエアショルダー
- 四角いライン。
- ビルトアップショルダー
- 厚い肩パッドを入れ肩を盛り上げたライン。
- ドロップショルダー
- 丸みのあるライン。
- コンケープショルダー(コンケープトショルダー)
- 肩口が跳ね上がるようなライン。
柄
ここでは模様について羅列する。
- 無地
- ストライプ
- ピンストライプ
- 細やかなドットが線状に並んでストライプを形成している柄
- ペンストライプ
- ペンで引いたようなくっきりとした線が並んでストライプを形成している柄
- オルタネイトストライプ
- 色彩、または形状が違う線が交互にストライプを形成している柄
- チョークストライプ
- チョークを引いたような太めで擦れたような線でストライプを形成している柄
- ペンシルストライプ
- 鉛筆を引いたような細めで少し擦れたような線でストライプを形成している柄
- シャドーストライプ
- 織りのパターンをストライプ状に変化を加えることで角度や光の加減によってストライプの柄が見えるようになるもの。生地の折り方でこのようなストライプになるため生地は必然的にウーステッドとなる。
- マルチストライプ
- 1つの生地に3色以上のストライプが使用されているもの。ストライプの形状や幅などは関係なく色の数が豊富な場合に定義される。
- ロンドンストライプ(ブロックストライプ)
- 地の部分と色の部分の幅が同じストライプ。必然的に非常に幅広いストライプとなる。
- ヘアラインストライプ
- 髪の毛のような非常に細い線を接近させた狭い間隔で密集させたストライプのこと。
- チェック
- グラフ(方眼紙)チェック
- グレンチェック
- タッタソールチェック
- ウインドウペーン
裏地
裏地は本来は型くずれやスーツを裏返しにし表地の傷みを防ぐために存在する。素材は安価で丈夫なポリエステルや高価な物は通気性の良いキュプラなど、オーダーメイドでは素材や柄を楽しむことも出来る。
- 総裏
- 裏地が背面に全て行き渡っている物、本場のスーツや真冬用に多い。裏地の中では一番丈夫である。生地を薄くすれば真夏でも用いることが出来る。
- 半裏
- オールシーズン用に用意されていることが多い。
- 背抜き
- 夏用に用意されていることが多い。比較的涼しいが欠点はワイシャツが透けやすい。
- 大身替えし
- ジャケットの表側を裏地まで折り返したもの、裏側も表地と同じ素材で仕立てている。裏地を使わないため、通気性が高く真夏に用いられるが高価なことが多い。元々は外套に用いられていた。
- アンコン
- 裏地や肩パッドが存在しないもの、カジュアルな服装に好まれる。
袖口ボタン(カフ・ボタン)
袖口に付いているボタンで、数は1~4個。シングル2つボタンであれば2~3個、ダブル6つボタンであれば4個とジャケットのボタン数(ダブルは全ボタン数の半分)より1つ多い個数を付けるのが通常だが、3個でも問題はない(本来は3個)。例外としてシングル4つボタンの場合、袖ボタンが5個では数が多くバランスが悪くなるため、袖ボタンの数は4個が普通である。また、シングル1つボタンやダブル2つボタンの場合もバランスの問題からか袖ボタンは4個であることが多い。4個辺りが多いほどフォーマル。礼服では燕尾服やモーニングコート、フロックコートが3~5個(本来は5個)タキシードが3個~4個(本来は4個)、ダブルは3個が多い。正面ボタンと同じ材質を使うのが主流。袖口ボタンが増えるほどボタンは小さくなる。正面ボタンより小さめのボタンを使う。袖口のボタンから袖口までイギリス風だと2.7~3cm、イタリア風だとと4cm~4.5cmだが本来は4cm前後。
- 重ねボタン
- 飾りボタン
- 包みボタン
- 本切羽
本切羽
袖のボタンが開閉できるようになっている仕様。医者が手術の際、腕まくりをし易く工夫したのが始まり。正装に相応しい。
材質
表地は羊毛(ウール)(若しくはウールサージ、サキソニー)が多い。それ以外に化学繊維(ポリエステルなど)などが混紡されたものや麻(夏物に多い)、木綿、絹(シルク)のものもある。
スラックス
英語でトラウザーズ(trousers)、米語でパンツ(pants)。ベルト(belt)又はズボン吊り(英語braces、米語suspenders)を使用する。スリーピース・スーツの場合はズボン吊りを使用するのが正式。後ろから靴下が見えない程度の長さにする(見えるのは短すぎる)
ファスナー
スラックスのファスナーや前ボタンは以下の二通りが存在する。
- ボタン式
- ボタンの方がより正装に相応しい。
- ファスナー式
胸のポケット
フラワーポケットといい、パーティーで花を挿すためのポケット。花を簡略化して、代わりにチーフを代用することもある。パーティー以外の、ビジネスや会議などの場面ではしないのがTPO。舟底形の曲線を描くポケットを、特にバルカポケットという。
背広のポケット
表面は飾りのなので何も入れない、裏側に入れるのが一般的である。通常は左右に1つずつだが、右のみ上に「チェンジポケット」と呼ばれるポケットが追加されることがある。この「チェンジ」は釣銭のことである。ポケットは水平なものが多いが、傾斜を付けた「ハッキングポケット」と呼ばれるものもある。
スラックスのポケット
背面のポケットは飾りなので何も入れない。前面右ポケット内部には小さなポケットがついているが、これは懐中時計を入れるためのウォッチポケットである。ただし近年は懐中時計の衰退に伴い、硬貨を入れるためのコインポケットなどに流用されることが多い。形状はスラント(斜め)、バーチカル(垂直)、L字があるが、市販されているものはほとんどがスラントである。
ノーフォーク仕様
参考資料
- 辻元 よしふみ,辻元 玲子 『スーツ=軍服!?―スーツ・ファッションはミリタリー・ファッションの末裔だった!!』 彩流社、2008年3月。ISBN 978-4-7791-1305-5。
- ハーディ・エイミス 『ハーディ・エイミスのイギリスの紳士服』 森 秀樹訳、大修館書店、1997年3月。ISBN 978-4-469-24399-4。
関連項目
- ファッション
- 礼服
- 外套
- 革靴
- 服飾
- ブレザー
- リクルートスーツ
- ネクタイピン
- カフリンクス
- カラーピン
- カラーステイ
- フラワーホルダー
- ポケットチーフ
- ベルト
- サスペンダー
- クールビズ
- ブリーフケース
- レディーススーツ
- おとり商法