三位一体
テンプレート:Otheruseslist テンプレート:キリスト教 三位一体(さんみいったい、テンプレート:Lang-el[1], テンプレート:Lang-la[2], テンプレート:Lang-en, テンプレート:Lang-de[3], テンプレート:Lang-ru[4])とは、キリスト教において「父」と「子」と「聖霊(聖神)[5]」が「一体(唯一の神)」であるとする教え。正教会[6]・東方諸教会[7]・カトリック教会[8]・聖公会[9]・プロテスタント[10][11][12][13]といった大半の教派が、この教えを共有している。
三位一体は、「三神」(三つの神々)ではない[14][15][16][17]。
正教会(日本ハリストス正教会)では「至聖三者(しせいさんしゃ)」と訳される(但し「三位一体」の表記も用いられないわけではない)[18]。聖公会(日本聖公会)等では聖堂名・学園名など主に固有名詞の一部として、「聖三一」の語も使われる[19]。
この語は、キリスト教神学を離れて、三者が心を合わせることや、3つのものを一つに併せることを指して用いられる場合もある。
目次
概要
「三位一体」は、正教会[6]・東方諸教会[20]・カトリック教会[2]・聖公会[9]・プロテスタント[10][11][12][13]といった、キリスト教における中心的な教えの1つであり、正統教義のひとつである。4世紀に公会議において明文化された。但し上記諸教派に比較すれば極めて少数であるが、ユニテリアンなど三位一体を認めない派もある[21]。
三位一体論をめぐり整理された定式において、神は、一つの実体(テンプレート:Lang-el-short[22], テンプレート:Lang-la-short)と、「父なる神」・「ロゴス」(λόγος) である子なる神(イエス・キリスト)・および「聖霊(聖神)[5]」の三つの位格(テンプレート:Lang-el-short[23], テンプレート:Lang-la-short)において、永遠に存在すると言い表されている[3][24]。なお東方諸教会(非カルケドン派)も三位一体論においては他派と異なるところはない。東方諸教会が他派と異なるのはキリスト論(合性論)においてである。
第1ニカイア公会議(第一全地公会、325年)の頃から第1コンスタンティノポリス公会議(第二全地公会、381年)の頃にかけて、こうした三位一体論の定式が(論争はこの二つの公会議が終わった後もなお続いていたが)整理されていった[6][25]。
こうした定式が教会の発展の中で確認されてきたが、三位一体論が難解であることは、各教派において前提となっている。
正教会においては、「三つが一つであり、一つが三つというのは理解を超えていること」とし、三位一体についても「理解する」対象ではなく「信じる」対象としての神秘であると強調される[6]。
西方教会においては、16世紀から19世紀にかけて、三位一体論は不合理であるとしたり、信仰者の生活への実際的意味が見出せないとしたりする批判が多くなされた。しかし近年では、共同体における生き方のパラダイムとして捉えたり、単純な非三位一体的唯一神論よりも権威主義に通じにくい神の唯一性の再定義を求めるものとして捉えるといったかたちで、三位一体論に対する関心の復興がみられる[26]。
歴史
初期
「Trinitas(三位一体)」という語は教父のテルトゥリアヌスによる造語で、「ヨハネによる福音書」の一節に、神である父が神であることば(=子)を遣わし、見えざる父を子が顕わし、子は天の父のもとへ帰るが、父のもとから子の名によって「助け主」なる聖霊を遣わす(ヨハ1:1, 14, 14:12, 16-17、26)という構図からによると言われている。
アウグスティヌスは三位格の関係を「言葉を出すもの」父、「言葉」子、「言葉によって伝えられる愛」聖霊という類比によって捉えた(『三位一体論』)。三者はそれぞれ独立の相をなしつつ、一体として働き、本質において同一である。これは西方神学における三位一体理解の基礎となる。また西方では「力」である父、「愛」である子、「善」である聖霊という理解も見られる。
第1ニカイア公会議(ニケア公会議)
キリスト教が広がる過程で、教理解釈のさまざまな異論が生まれていった。4世紀初め頃、アレイオスによって説かれた「御子は御父と同一の実体ではなく (έτεροούσιος) 神性を持たない」と考えるアリウス派が、当時は神学において首位を担っていたアレクサンドリア学派と激しく対立した。教理の混乱に収拾がつかず社会問題にまで発展したため、ローマ帝国皇帝コンスタンティヌス1世は公会議を召集、325年第1ニカイア公会議(ニケア公会議)において、アレクサンドリア教会の助祭アタナシウスらの論駁により、アリウス派側が異端として敗北した。アタナシウスはさらに書簡などの中で、聖霊が御父と同一の実体 (同本質: όμοούσιος) とすることを説いた。後、彼はアレクサンドリア教会の総主教(総大司教)に叙階され、三位一体の教理において第一人者となった。
ニカイア・コンスタンティノポリス信条
4世紀後半から5世紀の初め頃には「聖霊は神性を持たない (Pneumatomachi)」とする考えが、ヘレスポントスに隣接している国々のマケドニア人の間で普及した。そして、御父と御子と聖霊の実体は同本質ではなく類似 (ὁμοιούσιος) とする類似派、「御父と御子と聖霊は、一つの神の性質に過ぎず、御父みずから受肉(藉身)しキリストとなった」と考えるサベリウス派などが現れた。これらは、381年の第1回コンスタンティノポリス公会議で異端として排斥された。そしてこの公会議の際、ニカイア信条は拡張されニカイア・コンスタンティノポリス信条が採択され、三位一体の教理はほぼ完成に達した。このときも、アレクサンドリア学派の教父ら(特にカッパドキアの三教父が知られている)が活躍したとされる。 テンプレート:Main
フィリオクェ問題
しかしながら、ラテン系の西方教会において、ニカイア・コンスタンティノポリス信条がラテン語に翻訳される際、ギリシャ語本文の聖霊に関する箇所において、「父から発出する」を意味する “έκ τού Πατρός έκπορευόμενον” を「父と子から発出する」の “ex Patre Filioque” と訳し、「子とともに」の Filioqueを付加した。Filioqueとは、「子」を意味する名詞filiusに「ともに」を意味する接尾辞的接続詞queが附加されたものである。ローマ司教会議はFilioqueを正文と決定したが、公会議を通さずに行われたこの変更に、ギリシャ系の東方教会は強く反対した。これがいわゆるフィリオクェ問題 (Filioque) である。フィリオクェ問題は、やがて東西合同で執り行われたフィレンツェ公会議で採り上げられ、一旦ギリシャ系の主教らは「父から子を通して」を承認したが、ロシア正教会は公会議に出席したキエフ主教を破門し、決議の承認を撤回した。
これによって東西教会の分裂はそのままにされることとなった。ローマ教会ではトリエント公会議の第2回総会で、“Filioque” を加えたラテン語の信条が改めて承認された。 テンプレート:Main
近世以降
エホバの証人など三位一体を否定するグループからは、三位一体の根拠は聖書にないと主張されるが、三位一体を信じるキリスト教の立場では三位一体の根拠が聖書におかれており、三位一体を否定するグループはキリスト教ではない異端と判断される[27][28][29][30]。聖書のみをかかげるプロテスタントにおいては宗教改革者ジャン・カルヴァンが三位一体を否定する者に対して、『キリスト教綱要』で三位一体の語を使う妥当性について弁護している。ミシェル・セルヴェは、三位一体を否定したため、ジャン・カルヴァンの手のものに火刑に処せられている。
用例
祈祷文
祈祷においては、正教会の奉神礼で「父と子と聖神(せいしん)の名に依る(よる)」[31]、カトリック教会の典礼・祈祷、聖公会および一部プロテスタントの祈りにおいて「父と子と聖霊の御名において」と唱えられることに反映されている(テンプレート:Lang-el、テンプレート:Lang-la)。
図像における表現
正教会では、アンドレイ・ルブリョフが描いたものが代表的な、アブラハムを訪ねる三人の天使(『創世記』)に拠る『至聖三者』の聖像が、唯一正当な至聖三者の図像表現として公認される。これは西方にも伝わり、聖像を用いる教派で使われている。[32]
西方ではルブリョフとともに「老人の姿の父、キリスト、鳩または火の姿で表される聖霊」の図像も広く用いられている。代表的な作例にマザッチオの『聖三位一体』がある。これは十字架上のキリストとともに父および鳩の形をした聖霊を描いたものである。
このほかに、正教会でも近代に西方から入った「老人の姿の父、全能者ハリストス(キリスト)、鳩または火の形をした聖霊」という図像もある。これは公認されていないが、ロシアを中心に伝播している。それより古く西方から入った「老人の姿の父、幼子キリスト、鳩または火の形をした聖霊」の図像は、1667年のモスクワ教会会議により、「見えざる父を描くことはできない。父を顕わす事が出来るのはキリストだけである」との理由にもとづき禁止された。[33]
非キリスト教の三位一体
テンプレート:出典の明記 キリスト教以外の思想が類似性から三位一体と呼ばれる事がある。
フェミニストのバーバラ・ウォーカーなどは、三位一体は本来古代オリエントにおいて、父と母と子、あるいは乙女と母と老婆が同一の存在として君臨する様であると指摘する。即ち、ギリシャ神話や北欧神話に見られる運命を司る三姉妹の女神(モイライ、ノルニル)である。
ヒンドゥー教のトリムールティと三位一体の相同については、論者により意見が分かれる。 なおイスラム教では、キリスト教徒のとなえる三位一体とは神とイエス(イーサー)とマリア(マルヤム)の三人のことだと認識され、そのような信仰を持つキリスト教徒を異端であるとクルアーンでも非難している。しかし実際にはキリスト教徒のとなえる三位一体とは神とイエスと聖霊である。しかしそのことはあまりイスラム教徒の間では理解されておらず、キリスト教徒が、神とイエスとマリアの三人をひとつだと思うようになった経緯を物語る民間伝承まで存在する。
その他
以下は、固有名詞・キャッチフレーズに用いられた例。
- 特に三位一体を記念して捧げられた教会・大学寮などが存在する。ダブリンのトリニティ・カレッジなどが有名。
- 1945年7月16日にアメリカ合衆国ニューメキシコ州アラモゴードで行われた世界初の核実験は、これに因んで「トリニティ実験」と命名された。
- ソニー社のトリニトロン(TRINITRON、一つの電子銃から三原色分の電子線を放ち、電子レンズは大口径のものを用い、簾状のアパーチャグリルを用いるブラウン管)は三位一体を表す英語TRINITYと電子を表す英語ELECTRONから作られた造語である。[1]参照。
- トリニダード・トバゴを構成するトリニダード島の名前はスペイン語で「三位一体島」という意味である。
- 小泉純一郎が内閣総理大臣であったときに提唱した「三位一体の改革」。
- 宗教の用語としては、浄土真宗における他力本願と共に、本来の意味とかけ離れて誤用される代表的用語である。
脚注
参考文献
- ウラジーミル・ロースキイ『キリスト教東方の神秘思想』、宮本久雄訳、1986年
- フスト・ゴンサレス 著、鈴木浩 訳『キリスト教神学基本用語集』p255 - p256, 教文館 (2010/11)、ISBN 9784764240353
- 『新聖書辞典』いのちのことば社
- L. Ouspensky & V. Lossky, The Meaning of Icons, 1969, 1982.
関連項目
外部リンク
- 至聖三者(三位一体)のイコン - 大阪ハリストス正教会内のページ
- テンプレート:SEP
- ↑ Αγία Τριάδα orthodoxwiki, なお"Αγία Τριάδα"のうち"Αγία"は「聖なる」の意なので、"Αγία Τριάδα"は直訳的には聖三位一体とも表記し得る。日本正教会訳では「聖三者」となる。
- ↑ 2.0 2.1 Catholic Encyclopedia > T > The Blessed Trinity
- ↑ 3.0 3.1 『キリスト教大事典 改訂新版』451頁 - 453頁、教文館、昭和52年 改訂新版第四版
- ↑ Святая Троица (Православная энциклопедия "Азбука веры"), ギリシャ語"Αγία Τριάδα]"と同様、"Святая Троица"のうち"Святая"は「聖なる」の意なので、"Святая Троица"は直訳的には聖三位一体とも表記し得る。日本正教会訳では「聖三者」となる。
- ↑ 5.0 5.1 聖霊について、正教会の一員である日本ハリストス正教会は「聖霊」ではなく、「聖神(せいしん)」を訳語として採用している
- ↑ 6.0 6.1 6.2 6.3 正教会からの出典:信仰-信経:日本正教会 The Orthodox Church in Japan
- ↑ 東方諸教会:シリア正教会からの出典:■信仰と教義(シリア正教会)
- ↑ カトリック教会からの出典:教皇ベネディクト十六世の2006年6月11日の「お告げの祈り」のことば
- ↑ 9.0 9.1 聖公会からの出典:英国聖公会の39箇条(聖公会大綱)一1563年制定一
- ↑ 10.0 10.1 ルーテル教会からの出典:私たちルーテル教会の信仰
- ↑ 11.0 11.1 改革派教会からの出典:ウェストミンスター信仰基準
- ↑ 12.0 12.1 バプテストからの出典:Of God and of the Holy Trinity.
- ↑ 13.0 13.1 メソジストからの参照:フスト・ゴンサレス 著、鈴木浩 訳『キリスト教神学基本用語集』p103 - p105, 教文館 (2010/11)、ISBN 9784764240353
- ↑ 正教会からの出典 - 編著:司祭 ダヴィド水口優明『正教会の手引き』42頁、発行:日本ハリストス正教会 全国宣教委員会、改訂:2013年5月
- ↑ カトリック教会からの出典:カトリック教会のカテキズム #253(日本語版2008年第3刷80頁) カトリック中央協議会 ISBN 978-4877501013
- ↑ プロテスタントからの出典:『キリスト教大事典 改訂新版』452頁、教文館、昭和52年 改訂新版第四版
- ↑ プロテスタントからの出典:The Father, the Son, and the Holy Spirit: The Trinity as Theological Foundation for Family Ministry (Family Ministry Today - The Southern Baptist Theological Seminary)
- ↑ 至聖三者(三位一体)のイコン (大阪ハリストス正教会)
- ↑ 聖三一幼稚園、東京聖三一教会
- ↑ 東方諸教会:アルメニア使徒教会からの出典:St. Sahag & St. Mesrob Armenian Apostolic Church
- ↑ ゴンサレス、鈴木、p255 - p256
- ↑ (ousia):古典ギリシャ語再建音からはウーシア、現代ギリシャ語からはウシアもしくはウシーアと転写し得る(現代ギリシャ語のアクセントは長音のように転写されることも多いが、厳密には現代ギリシャ語には長短の区別は無い)。
- ↑ (hypostasis):古典ギリシャ語再建音からはヒュポスタシス、現代ギリシャ語からはイポスタシスと転写し得る。
- ↑ ゴンサレス、鈴木、p103
- ↑ ゴンサレス、鈴木、p104
- ↑ ゴンサレス、鈴木、p105
- ↑ ウィリアム・ウッド『異端の反三位一体論に答える「エホバの証人」を中心として』いのちのことば社
- ↑ ウィリアム・ウッド『「エホバの証人」の教えと聖書の教え』 いのちのことば社
- ↑ 内田和彦『キリストの神性と三位一体―「ものみの塔」の教えと聖書の教え』
- ↑ 尾形守『異端見分けハンドブック』 プレイズ出版
- ↑ 『小祈祷書』1頁、日本ハリストス正教会教団 府主教庁 平成三年四月再版
- ↑ L. Ouspensky, "The Holy Trinity", in: Ouspensky & Lossky, Meaning of Icons, 1952, 1982.
- ↑ ibid.