ノルン
ノルン (古ノルド語:norn) は、北欧神話に登場する運命の女神。複数形はノルニル (古ノルド語:nornir) 。
その数は非常に多数とも言われ、アールヴ族や、アース神族、ドヴェルグ族の者もいる(『スノッリのエッダ』による)。しかし、通常は巨人族の3姉妹である長女ウルズ、次女ヴェルザンディ、三女スクルドのことのみを意味する場合が多い。 彼女ら3人の登場により、アースガルズの黄金の時代は終わりを告げたとされている。
世界樹ユグドラシルの根元にあるウルザルブルン(「ウルズの泉」)のほとりに住み、ユグドラシルに泉の水をかけて育てる。ウルズとヴェルザンディは木片にルーン文字を彫る。スクルドはワルキューレの一人。
概要
ノルンは北欧神話においてさまざまな血統の人々の運命を支配する多数の女性的存在、ディース(dísir)[1]の1種である。
イギリスの伝説は、3人の魔女たち(Weird Sisters。しばしばWyrd SistersやThree Weird Sistersと呼ばれる)のことを語るが、そこでは、その名自体が「運命(fate)」を意味する名前を付けられたノルニルの1柱の名前「Urðr」の英語形「Wyrd」が登場する。
スノッリ・ストゥルルソンによる『古エッダ』の『巫女の予言』の解説によれば、最も重要視される3柱のノルニル、ウルズ(古ノルド語:Urðr、英語:Wyrd)、ヴェルザンディ(古ノルド語:Verðandi)、スクルド(古ノルド語:Skuld)は、ウルズの泉(運命の泉)の畔の住居から出てきて、泉から水を汲み上げ、泥をすくい、それらを混ぜたものをユグドラシルに注ぐことで樹勢を保たせている[2]。 彼女たちノルニルは、ヨトゥンヘイムからやって来て神々の黄金時代を終わらせた、3人の手強い巨人の乙女(ヨトゥン)であると説明される[2] [3]。
また彼女たちは、『ヴァフスルーズニルの言葉』(下記参照)で説明される、「メグスラシル(Mögþrasir)の娘たち」と同一のものかもしれない[2]。 彼女たち3柱のノルニルに加えて、人が生まれたときその人の将来を予め定めるために、多くの他のノルニルがその場に到着する[2]。 悪意あるノルニルと善意のノルニルがおり、後者がいわゆる守護女神である一方で、前者は世界中にすべての悪意と悲惨な出来事をもたらしたという[2]。
利益と損失の両方をノルニルが運んで来るという言い伝えは、キリスト教が入ってきたあとも信じられていた。 その証拠として、ボルグンド・スターヴ教会で見つかった「ルーン文字銘 N 351 M」(en)が挙げられる。
語源の説明
ウルズ(Urðr、Wyrd、Weird)という名前が「運命(fate)」または単に「未来(future)」を意味する一方で、ヴェルザンディ(Verðandi)は、古ノルド語の単語で「~になる(to become)」という意味の動詞「verða」から派生し、スクルド(Skuld)は動詞「~だろう(shall)」に関連がある[2]。 過去を司るウルズ、現在を司るヴェルザンディ、未来を司るスクルド、という解釈が一般的であるものの、その根拠は北欧神話にはない。むしろ3柱全員が未来を象徴している[2]。 さらに、3柱の主要なノルニルがいるという考え方は、ギリシア神話・ローマ神話において同様に糸を紡いでいる運命の女神モイライ・パルカイ(Parcae)が後世に及ぼした影響である可能性がある[2]。 ノルン(norn)の名の起源は確かではない。 しかし、その名は「編む(to twine)」という意味の単語に由来している可能性がある。 そしてそのことは、彼女らが運命の糸を編んでいるとされることに当てはまるだろう[2]。
他のゲルマン民族の女神との関係
ノルニル、フィルギャ、ハミンギャ、ワルキューレの間に、さらにこれらの総称語「ディース(複数形:ディーシル)」(dísir)との間にも、はっきりとした区別はない。 さらに、詩的許容(en:artistic licence)は、このような語が古ノルド語詩(Old Norse poetry)で死すべき運命の女性を言い表すのに使われることを認め、また女性のために使用される多様な名前についてスノッリ・ストゥルルソンの『詩語法』を引き合いに出す。 すなわち、女性はアース女神(Asynjur)やワルキューレ、ノルニル、または超自然的な種族の女性に拠って隠喩で呼ばれることがあるとする[5]。
主要な出典
ノルニルに関する古ノルド語の出典元が多数残っている。ほとんどの重要な出典は、『散文エッダ』(スノッリのエッダ)と『詩のエッダ』である。前者が古い詩に加えて12世紀から13世紀にかけての族長であり学者であるスノッリ・ストゥルルソンによって改作された物語、説明、解説を含んでいる一方で、後者はノルニルが頻繁に引き合いに出される古い詩を含んでいる。
散文エッダ
スノッリ・ストゥルルソンの『散文エッダ』の一部は『ギュルヴィたぶらかし』と呼ばれているが、その中でスウェーデンの王ギュルヴィが自分をガングレリ(Gangleri)と名乗ってヴァルハラを訪ねる。 そこで彼は、3人の男の姿をとったオーディンから、北欧神話についての教養を得る。 3人の男は、3柱の主要なノルニルがいること、しかしさらに、アース神族、エルフ、小人といった、それ以外のさまざまな血統の者がいることを、ギュルヴィに説明する。
- その時、ガングレリが言った。「もしノルニルが人間の運命を左右するならば、その時、彼女たちは非常にむらのある振り分けをします。何人かには楽しくて豪華な人生があるが、他の人々にはほとんど財産や名声がありません。何人かには長い人生があって、他の人々には短い人生があります。」ハールは言った。「高潔な血統の良いノルニルは、楽しい人生を定める。しかし、凶悪な運命によって苦しめられるそうした人々は、凶悪なノルニルによって支配されている。」[6]
3柱の主要なノルンたちが、ウルズの泉から水を汲み、ユグドラシルに水をやる。
- さらに言おう、ウルズの泉のそばにこれらのノルニルが住んでおり、毎日、泉の水を汲み、泉の周りにある土とともに、いつまでもその枝を衰えさせも腐敗もさせないためにトネリコの上にそれを撒く。その水がとても神聖であるため、すべてのものが泉に入ることで卵殻の内側にある膜と同じぐらいに白くなる、――ここに言われているように。
スノッリは、最も若いノルンのスクルドが、また実質的にはワルキューレであること、殺害された者から戦士を選り抜くことに参加することを読者に知らせる。
詩のエッダ
『詩のエッダ』は、スノッリが『散文エッダ』に記載した情報の元になった詩がより古い文献の代わりとなることから、価値がある。『ギュルヴィたぶらかし』にあるように、『詩のエッダ』は3柱の主要なノルニルに加えて、より目立たない多くのノルニルが存在することに言及する。 さらに、小人のノルニルは小人の娘であるなど、彼らがいくつかの血統の出身であると話されることにより、『ギュルヴィたぶらかし』と一致する。 また、3柱の主要なノルニルが女巨人たち(女性のヨトゥンたち)であったことを暗示している[7]。
『ファーヴニルの言葉』(en)は、シグルズによる致命傷で死んでいくドラゴンのファーヴニルとシグルズとの間のやりとりを含んでいる。英雄は多くの事柄についてファーヴニルに尋ね、その事柄の1つがノルニルの本質であった。ファーヴニルは彼らがたくさんいること、いくつかの血統があることを説明する。
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3柱の主要なノルニルが元来は女神ではなく女巨人(ヨトゥン)であったことは、『巫女の予言』と『ヴァフスルーズニルの言葉』(en)で明らかにされている。彼女たちの到着は神々の初期の幸福な時代を終焉させたが、しかし彼女たちは人間の幸福のためにやって来たのである。
『巫女の予言』は、ヨトゥンヘイムから神々の元にやって来たと報告される、3人のおそろしく力強い女巨人たちを関連づける。
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『ヴァフスルーズニルの言葉』(en)は、守護霊(ハミンギャ)として地上の人々を守るためにやって来た乙女の巨人たちについて話す時、おそらくノルニルに言及しているだろう[2][10]。
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『巫女の予言』は、『ヴァルズルーズニルの言葉』がたぶんしただろうと同様に乙女としての彼女たちを指す3柱の主要なノルニルの名前を含んでいる。
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ノルニルは、新しく生まれた子供に、彼または彼女の未来を割り当てるべく、その家を訪ねる。 そして『フンディング殺しのヘルギの歌 その1』(en)にあるように、ノルニルがその屋敷に到着すると、英雄ヘルギ(en)がちょうど生まれた。
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『フンディング殺しのヘルギの歌 その2』(en)において、ヘルギ(en)は、シグルーン(Sigrún)と結婚するために彼女の父ヘグニ(Högni)と兄弟のブラギ(Bragi) を殺してしまった事実に対し、ノルニルを呪う。
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スノッリ・ストゥルルソンが『ギュルヴィたぶらかし』の中で明示したように、人々の運命は各自のノルニルの慈悲深さや悪意に左右された。 『レギンの歌』(en)において、水に住む小人のアンドヴァリ(en)は、自分の境遇を、おそらくは小人ドヴァリン(en)の娘の1人であった悪いノルニルのせいにした。
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悪い境遇の原因となっているノルニルのもう1つの例が、『シグルズの短い歌』(en)にみられる。そこでは、ワルキューレのブリュンヒルドが、シグルズの抱擁を求めるその長い切望のために、悪意あるノルニルを呪っている。
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ブリュンヒルドについては、ブルグント族の王グンナルおよびその兄弟がシグルズを殺したこと、その後、来世でシグルズと一緒になるために自殺することが説明される。 彼女の兄アトリ(アッティラ)は、ブルグントの王を殺して彼女の死の復讐をなしたが、アトリが彼らの姉妹のグズルーン(Guðrún)と結婚していたことから、アトリは間もなく彼女によって殺された。 『グズルーンの歌 その2』(en)において、ノルニルは夢の中で、アトリの妻がアトリを殺すということをアトリに教えるというかたちで、積極的に一連の事件に参加してくる。夢の描写はこの節から始まる。
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彼女の夫アトリと2人の間の息子たちを殺してしまった後、グズルーンは『グズルーンの煽動』(en)にあるように、彼女の不幸を理由にノルニルを呪う。 そこではグズルーンは、自殺を試みることによってノルニルの怒りを逃れようとしてみることについて話す。
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『グズルーンの扇動』では、グズルーンの息子たち(父はヨーナク王)が彼らの姉妹スヴァンヒルド(en)の無惨な死に復讐するよう、グズルーンが彼らをどのように扇動したかを報告している。 『ハムジルの言葉』(en)において、まさにその復讐に至るまでのゴート族の王イェルムンレク(en)の元への彼女の息子たちの遠征は、破滅的なものであった。 自分がゴート族の手で死ぬことを知って、グズルーンの息子セルリ(Sörli)は、ノルニルの無慈悲さを語る。
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ノルニルが隠れて作用する究極的な権威ある存在であった上は、彼女らが魔力として言及される可能性があることは驚くべきことではない。 たとえば『シグルドリーヴァの言葉』(en)においてシグルドリーヴァ(en)によって彼女たちについて言われるように。
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伝説のサガ
伝説のサガ(legendary saga)のいくつかも、ノルニルについて参考になることを含んでいる。 『ヘルヴォルとヘイズレク王のサガ』は、『フレズの歌』(Hlöðskviða。『フン戦争の歌』とも)と呼ばれる詩を含んでおり、そこでは、ゴート族の王アンガンチュール(en)が、フン族であり彼の腹違いの兄弟であるフレズ(en)によって指揮されたフン族軍の侵攻を破る。 彼の姉妹、 盾持つ乙女(en)のヘルヴォル(en)が犠牲者の1人と知っているアンガンチュールは、彼の兄弟の死んだのを直視し、ノルニルの残虐さを嘆く。
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より新しい時代に成立した伝説のサガにおいて、たとえば『ノルナゲストの話』と『フロールヴ・クラキのサガ』(en)で、ノルニルはヴォルヴァ(en。魔女、巫女)と同義だったようである。 『ノルナゲストの話』では、彼女たちは彼の運命をかたちづくるために英雄の誕生の時に到着するが、ノルニルは運命の織物を織るとは説明されず、代わりに、巫女(vala、völva)の同義語としてあっさりと現れる。
書き残された最近の伝説のサガの1つ、『フロールヴ・クラキのサガ』は、単に凶悪な魔女だとしてノルニルについて語っている。 邪悪な半エルフ(en)の王女スクルド(en)がフロールヴ・クラキ(en)を攻撃すべく彼女の軍を集める時、死せる戦士に加えて、エルフとノルニルも軍勢に含まれる。
脚注
関連項目
テンプレート:北欧神話- ↑ Nordisk familjebok の Dis(1907年)の記事による。
- ↑ 2.0 2.1 2.2 2.3 2.4 2.5 2.6 2.7 2.8 2.9 Nordisk familjebok(1913年)のNornorの記事による。
- ↑ 『巫女の予言』に登場する3人の巨人女性がノルニルの3柱であるという解釈は一般的である。しかしシーグルズル・ノルダルは、『巫女の予言 エッダ詩校訂本』(東海大学出版会、1993年)145-147頁において、ミュレンホフが3人の巨人女性をノルニルと理解したことに反対するオールセンに同意している。オールセンは「巨人」「手強い」といった単語が軽蔑的な語であることから、人々のノルンへの概念に適合しないと指摘した。ノルダルは、神々より古くからおり力もあるノルン=運命とは永遠に存在しているものであり、突然現れるものではないと考え、また、ノルンが登場することで神々が黄金に不足し始めるという理解は不条理であると主張する。ノルダルは、3人の巨人女性とはノルンではなく、破壊のために神々の元へ送り込まれた美しいが狡猾な巨人女性たちだと推測し、その候補としてスカジと、彼女との結婚のためにフレイが剣を失うこととなったゲルズを挙げている。彼女たちの要求によって神々は貪欲となり自分たちの財産で満足ができなくなり、グルヴェイグの殺害に至ってしまう。さらに、このグルヴェイグを呼び込んだのも、ヘイズという女性の魔法で淫らな喜びに浸ったのも、3人の巨人女性であったとノルダルは考えている。
- ↑ en:Norn 2008-01-04 01:38 UTC の版に掲載された、北欧ルーネ文書データベース(en)によって提供された「ルーン文字銘 N 351 M」の英訳の翻訳。
- ↑ Arthur Gilchrist BrodeurによるSkáldskaparmálの翻訳、1916年、Northvegr掲載。
- ↑ 6.0 6.1 6.2 en:Norn 2008-01-04 01:38 UTC の版に掲載されたGylfaginning (Arthur Gilchrist Brodeurによる英訳、1916年、Sacred Textsより)の翻訳。
- ↑ ベロウズのコメンタリーを参照。
- ↑ Fáfnismál 標準化された綴りによるテキストのGuðni Jónssonの版。
- ↑ 9.0 9.1 Völuspá 標準化された綴りによるテキストのGuðni Jónssonの版。
- ↑ ベロウズのコメンタリーを参照。
- ↑ Vafþrúðnismál 標準化された綴りによるテキストのGuðni Jónssonの版。
- ↑ Helgakviða Hundingsbana I 標準化された綴りによるテキストのGuðni Jónssonの版。
- ↑ 『エッダ 古代北欧歌謡集』(谷口幸男訳、新潮社)108頁の註釈による。
- ↑ Völsungakviða in forna 標準化された綴りによるテキストのGuðni Jónssonの版
- ↑ Reginsmál 標準化された綴りによるテキストのGuðni Jónssonの版。
- ↑ Sigurðarkviða in skamma 標準化された綴りによるテキストのGuðni Jónssonの版。
- ↑ ノルウェーの«Norrøne Tekster og Kvad»、Guðrúnarkviða in forna。
- ↑ 『エッダ 古代北欧歌謡集』(谷口幸男訳、新潮社)では第38節目となっている。
- ↑ Guðrúnarhvöt 標準化された綴りによるテキストのGuðni Jónssonの版。
- ↑ Hamðismál 標準化された綴りによるテキストのGuðni Jónssonの版。
- ↑ Sigrdrífumál 標準化された綴りによるテキストのGuðni Jónssonの版。
- ↑ Hlöðskviða 標準化された綴りによるテキストのGuðni Jónssonの版。