谷本正憲
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テンプレート:政治家 谷本 正憲(たにもと まさのり、1945年(昭和20年)4月16日 - )は、日本の政治家。石川県知事(6期 第55-60代)公選では4人目、全国知事会副会長(東海北陸ブロック)。
来歴・人物
兵庫県西脇市に生まれ、高校卒業まで西脇市で育つ。兵庫県立西脇高等学校、京都大学法学部卒業。1968年4月、京大を卒業し自治省(現総務省)に入省。同期に早川忠孝(前衆議院議員)、西川一誠(福井県知事)、井戸敏三(兵庫県知事)らがいる。1991年、石川県に出向し、中西陽一石川県知事の下で副知事に就任。
1994年、中西知事が任期中に死去したため新生・公明・民社・日本新・社会の非自民5党推薦で石川県知事選挙に出馬。当時、自由民主党幹事長を務めていた森喜朗が推す元農水事務次官の石川弘を破り、初当選を果たした。なお新生党には、石川県における森のライバルである奥田敬和が所属しており、県知事選でも一種の森奥戦争が繰り広げられた。以後連続5回当選。1998年の知事選では自由民主党が独自候補の擁立を断念し、自民・民主・民政・自由・公明・社民・新進石川7党推薦で再選。3期目以降も日本共産党を除く主要政党の推薦や支持を得て、再選を続けている。2006年と2010年の知事選挙では民主党本部の4選以上は推薦しないという党規により、民主党石川県連が独自に支持を表明した。2012年の第46回衆議院議員総選挙では馳を支援し2013年の第23回参議院議員通常選挙では自民党候補の山田修路を支持するなど、最近では自民党寄りの姿勢を見せることも多くなった。2014年3月16日の知事選挙で現職最多となる6選(茨城県橋本昌知事と並ぶ)を果たした[1]。
エピソード
- 兵庫県南東部出身で、1991年から石川県に居住後も暖冬続きだったこともあり、雪に不慣れなため2002年1月、2011年2月にいずれも散歩中に転倒し、それぞれ左手首[2]、左脚腓骨[3]を骨折した。
- 毎週金曜日を県庁職員のカジュアルデーとした[4]ことから、1996年にベストドレッサー賞を受賞した[5][6]。
後援会をめぐる問題
- 谷本の後援会「イヌワシ会」が、会員が経営する飲食店などで、会員のみ割引が受けられる特典を設けていたことが明らかになった。公職選挙法で禁止されている寄付行為には該当しないとされているが、後援会は、疑いを招きかねないとして、特典を廃止した[7]。
脚注
外部リンク
- 谷本正憲プロフィール - 石川県
- 谷本正憲 石川県連合後援会
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