羽咋市
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羽咋市(はくいし)は、北陸地方の西部に位置し、石川県に属する市である。
目次
[非表示]地理
能登半島の西の付根に位置し、七尾市に向かって延びる邑知潟地溝帯に沿って市域が広がる。西は日本海に面し、千里浜と呼ばれる砂浜が南北に連なる。東は富山県氷見市と接する。北は羽咋郡志賀町、鹿島郡中能登町と接し南は羽咋郡宝達志水町と接する。
自然地理
- 山:碁石が峰
- 河川:羽咋川、子浦川
- 湖沼:邑知潟
歴史
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気多大社・神門(国の重要文化財)
古代の能登国羽咋郡の地であり、海浜の寺家集落に延喜式名神大社・能登国一ノ宮気多大社が鎮座する。寺家は7世紀から14世紀にかけての祭祀遺跡である「汀の正倉院」として有名な寺家遺跡でも名高い。また周辺には全長50メートルの山伏山古墳(前方後円墳)など古墳も多く、古代豪族・羽咋君に関わるとされる。
なお羽咋の地名の由来は垂仁天皇の皇子磐衝別命がこの辺の領民を苦しめていた怪鳥を退治し、このとき皇子の連れてきた3匹の犬が怪鳥の羽を食い破ったという伝説がもととなっているとされる。それが「羽喰」の地名が起こりであり、現在の「羽咋」になったのではないかと伝えられる。
沿革
- 1889年(明治22年)4月1日、町村制施行に伴い、羽咋町が誕生。(第一次羽咋町)
- 1954年(昭和29年)11月3日、羽咋町・粟ノ保村・富永村・一ノ宮村・越路野村・千里浜村・上甘田村の1町6村と下甘田村の一部(上中山地区)が合併し羽咋町になる。(第二次羽咋町)
- 1955年(昭和30年)8月10日、犱谷(くるみだに)を甘田と改称して高浜町(現・志賀町)へ編入。
- 1956年(昭和31年)9月30日、羽咋町・邑知町と鹿島郡余喜村・鹿島路村の2町2村が合併し羽咋町となる。(第三次羽咋町)
- 1958年(昭和33年)7月1日に市制施行し、羽咋市が誕生。
2005年には押水町と志雄町(現・宝達志水町)との1市2町合併を目指していたが、実現には至らなかった。
人口
行政
市長
代 | 人 | 氏名 | 就任 | 退任 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
1 | 1 | 小倉健蔵 | 1889年(明治22年)5月21日 | 1889年(明治22年)5月25日 | |
2 | 2 | 和田次郎三郎 | 1889年(明治22年)6月7日 | 1889年(明治22年)11月8日 | |
3 | 3 | 松井八三郎 | 1889年(明治22年)12月18日 | 1893年(明治26年)12月18日 | |
4 | 1894年(明治27年)4月18日 | 1896年(明治29年)4月18日 | |||
樺木則保 | 1896年(明治29年)2月22日 | 1896年(明治29年)5月12日 | 職務管掌 | ||
5 | 4 | 寺島脩作 | 1896年(明治29年)5月12日 | 1898年(明治31年)6月10日 | |
5 | 和田吉郎兵衛 | 1898年(明治31年)6月30日 | 1898年(明治31年)9月24日 | 臨時代理 | |
6 | 1898年(明治31年)9月24日 | 1902年(明治35年)8月31日 | |||
1902年(明治35年)9月24日 | 1902年(明治35年)10月20日 | 臨時代理 | |||
7 | 1902年(明治35年)10月20日 | 1904年(明治37年)8月17日 | |||
8 | 6 | 山崎峻雄 | 1904年(明治37年)9月1日 | 1907年(明治40年)8月22日 | |
中田毅 | 1908年(明治41年)3月20日 | 1908年(明治41年)3月31日 | 職務管掌 | ||
9 | 7 | 角尾於菟次郎 | 1908年(明治41年)3月31日 | 1912年(明治45年)3月29日 | |
10 | 1912年(明治45年)4月10日 | 1912年(大正元年)8月21日 | |||
11 | 8 | 本多佐吉郎 | 1913年(大正2年)1月7日 | 1917年(大正6年)1月25日 | |
12 | 1917年(大正6年)1月25日 | 1917年(大正6年)10月1日 | |||
13 | 9 | 若狭羊太郎 | 1920年(大正9年)8月30日 | 1924年(大正13年)8月29日 | 佐兵衛に改名 |
14 | 若狭佐兵衛 | 1924年(大正13年)9月13日 | 1928年(昭和3年)9月12日 | ||
15 | 10 | 小倉小太郎 | 1928年(昭和3年)2月6日 | 1931年(昭和6年)1月22日 | |
中田覚重 | 1931年(昭和6年)1月23日 | 1931年(昭和6年)2月2日 | 職務管掌 | ||
16 | 11 | 釜谷七太郎 | 1931年(昭和6年)2月2日 | 1935年(昭和10年)2月1日 | |
17 | 1935年(昭和10年)2月 | 1938年(昭和13年)4月30日 | |||
18 | 12 | 寺島他男造 | 1938年(昭和13年)5月17日 | 1942年(昭和17年)5月16日 | |
19 | 13 | 山森石太郎 | 1942年(昭和17年)5月17日 | 1946年(昭和21年)5月16日 | |
20 | 14 | 貫伝松 | 1947年(昭和22年)4月6日 | 1949年(昭和24年)8月11日 | |
21 | 15 | 坂本長ェ右門 | 1949年(昭和24年)10月10日 | 1952年(昭和27年)10月7日 | |
22 | 16 | 本多六郎 | 1952年(昭和27年)10月25日 | 1954年(昭和29年)11月2日 |
代 | 人 | 氏名 | 就任 | 退任 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
本多六郎 | 1954年(昭和29年)11月3日 | 1954年(昭和29年)12月7日 | 町長職務執行者 | ||
1 | 1 | 西外居 | 1954年(昭和29年)12月7日 | 1956年(昭和31年)9月29日 |
代 | 人 | 氏名 | 就任 | 退任 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
西外居 | 1956年(昭和31年)9月30日 | 1956年(昭和31年)10月24日 | 町長職務執行者 | ||
1 | 1 | 上井彦之焏 | 1956年(昭和31年)11月1日 | 1958年(昭和33年)6月30日 |
代 | 人 | 氏名 | 就任 | 退任 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
1 | 1 | 上井彦之焏 | 1958年(昭和33年)7月1日 | 1960年(昭和35年)10月31日 | |
2 | 1960年(昭和35年)11月1日 | 1964年(昭和39年)10月31日 | |||
3 | 1964年(昭和39年)11月1日 | 1968年(昭和43年)10月31日 | |||
4 | 2 | 西橋義一 | 1968年(昭和43年)11月1日 | 1972年(昭和47年)10月31日 | |
5 | 3 | 本吉二六 | 1972年(昭和47年)11月1日 | 1976年(昭和51年)10月31日 | |
6 | 1976年(昭和51年)11月1日 | 1980年(昭和55年)10月31日 | |||
7 | 1980年(昭和55年)11月1日 | 1984年(昭和59年)10月31日 | |||
8 | 1984年(昭和59年)11月1日 | 1988年(昭和63年)10月31日 | |||
9 | 4 | 塩谷一雄 | 1988年(昭和63年)11月1日 | 1992年(平成4年)10月31日 | |
10 | 1992年(平成4年)11月1日 | 1996年(平成8年)10月31日 | |||
11 | 5 | 本吉達也 | 1996年(平成8年)11月1日 | 2000年(平成12年)10月31日 | |
12 | 2000年(平成12年)11月1日 | 2004年(平成16年)10月31日 | |||
13 | 6 | 橋中義憲 | 2004年(平成16年)11月1日 | 2008年(平成20年)10月31日 | |
14 | 7 | 山辺芳宣 | 2008年(平成20年)11月1日 | 2012年(平成24年)10月31日 | |
15 | 2012年(平成24年)11月1日 | 現職 |
- 市長 - 山辺 芳宣(やまべ・よしのぶ)
市長選挙結果
- 第1回 - 1956年11月1日:投票率87.23%(前述の「大羽咋町」の町長選挙として実施)
- 上井彦之焏(元冨永村長):8,534票、西外居(羽咋町長):6,584票
- 第2回 - 1960年10月2日:投票率/%
- 上井彦之焏:無投票
- 第3回 - 1964年10月5日:投票率60.65%
- 上井彦之焏:6,734票、疋島忠順:4,236票
- 第4回 - 1968年10月20日:投票率92.24%
- 西橋義一:8,731票、岩田一朗:8,221票
- 第5回 - 1972年10月15日:投票率93.80%
- 本吉二六:10,867票、稲村建男:7,235票
- 第6回 - 1976年:投票率/%
- 本吉二六:無投票
- 第7回 - 1980年:投票率/%
- 本吉二六:無投票
- 第8回 - 1984年10月7日:投票率93.43%
- 本吉二六:11,225票、酒井甚市:8,008票
- 第9回 - 1988年:投票率88.86%
- 塩谷一雄:11,183票、本吉奨:7,113票
- 第10回 - 1992年:投票率/%
- 塩谷一雄:無投票
- 第11回 - 1996年:投票率84.10%
- 本吉達也:9,359票、塩谷一雄:8,391票
- 第12回 - 2000年:投票率/%
- 本吉達也:無投票
- 第13回 - 2004年:投票率82.38%
- 橋中義憲:8,645票、本吉達也:8,442票
- 第14回 - 2008年10月5日:投票率77.44%
- 山辺芳宣:8,135票、橋中義憲:7,479票
- 第15回 - 2012年10月7日:投票率80.51%
- 山辺芳宣:8,362票、山本泰夫:7,314票
経済
産業
主な事業所
- EIZOエムエス
- NTN羽咋製作所
- 久世ベローズ工業所羽咋工場
- 創和テキスタイル(東レの関連企業)
- 日本ロバロ羽咋工場(ドイツのティッセンクルップのグループ会社)
- ハクイ村田製作所
- 八幡(石川県内にて飲食店をチェーン展開)
- 福井鋲螺能登工場
- 北陸モンベル(アウトドア用品の製造)
姉妹都市・提携都市
国内
海外
地域
警察
- 飯山駐在所
- 一ノ宮駐在所
- 大町駐在所
消防
羽咋郡市広域圏事務組合消防本部が管轄している。
- 羽咋消防署
医療
- 公立羽咋病院(羽咋郡市広域圏事務組合)
教育
高等学校
中学校
- 羽咋市立邑知中学校
- 羽咋市立羽咋中学校
小学校
- 羽咋市立粟ノ保小学校
- 羽咋市立邑知小学校
- 羽咋市立西北台小学校
- 羽咋市立羽咋小学校
- 羽咋市立瑞穂小学校
- 羽咋市立余喜小学校
交通
鉄道
道路
船舶
- 滝港(地方港湾)
バス
観光
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千里浜なぎさドライブウェイ
ファイル:Myojoji.jpg
妙成寺・五重塔(国の重要文化財)
ファイル:Cosmo Isle Hakui.jpg
コスモアイル羽咋
名所
- 千里浜なぎさドライブウェイ
- 長手島
- 柴垣海岸
史跡・旧跡
- 気多大社 - 能登国一宮
- 妙成寺
- 永光寺
- 正覚院
- 碧流寺
- 羽咋神社 - 日本三大辻の1つ(他2つは群馬県藤岡市の土師神社、大阪府の住吉神社)
- 唐戸山相撲場
- 羽咋七塚 - 垂仁天皇皇子・磐衝別命ゆかりの7つの古墳・塚
祭礼
施設
- コスモアイル羽咋(宇宙科学博物館)
- 羽咋市歴史民俗資料館
- ユーフォリア千里浜
- 朱鷺の台カントリークラブ
名産品
羽咋市を舞台とした作品
- DeepLoveシリーズで知られるスターツ出版の携帯小説サイト野いちごにて掲載されたミステリー。主な舞台が、石川県「根尾羽咋市(ねおはくいし)」という日本海に面した地方都市となっており、作品中に「UFOの目撃件数国内第一位のまち」といった記述がある。
出身有名人
- 稲村佐近四郎(政治家、元衆議院議員)
- 上野晃(フリーアナウンサー)
- 折口春洋(国文学者)
- 西村忠兵衛(実業家)
- 芝田勝茂(児童文学作家)
- 滝口れもん(漫画家)
- 寺島拓篤 (声優)
- 野村直吉(探検家、白瀬矗南極探検隊の船長)
- 松本筑峯(書家)
- 宮崎謙吉(医師)
- 向江璋悦(法学者)
- 山崎雲山(書家、画家)
- 米沢外秋(実業家、米沢電気工事創業者)
- 雷電震右衛門(明治初期の力士、「能登雷電」の異名をとる)
- 高野誠鮮(スーパー公務員)
脚注
関連項目
- 国立能登青少年交流の家 - 青少年用教育・研修施設
外部リンク