入玉
テンプレート:出典の明記 入玉(にゅうぎょく)とは、将棋で一方の玉将(玉)または王将(王)が敵陣(相手側の3段以内、自分の駒が成れるところ)に入ることを言う。
目次
概説
将棋の駒は、玉将・飛車(竜王)・角行(竜馬)以外のほとんどの駒は前方には強いが後方には弱い上、敵陣内では歩兵・香車などを容易に成らせることができるため、相手の玉将が入玉し、後方に陣取られてしまうと、詰めるのが非常に困難になる。このため、両者の玉将が入玉したときは、両者の合意によって対局を中断して点数計算を行う。
点数計算は、自分の盤上の駒と持ち駒を、大駒(飛車・角行)を5点、玉将を0点、小駒(金将・銀将・桂馬・香車・歩兵)を1点として合計する(駒落ち将棋の場合は、落とした駒が上手にあると仮定して計算する[1]。また駒落ち将棋の場合、相入玉した場合は無条件で上手の勝ちとするルールもある)。この方法で点数を計算し、24点に満たないほうを負けとし[2]、両者とも24点以上の場合は引き分けになる。この引き分けを持将棋(じしょうぎ)と言う。
公式戦では、通常は先手と後手を入れ替えて指し直す。ただし、タイトル戦の番勝負においては、独立した1局と数えるため(千日手の場合は、千日手局と指し直し局を合わせて1局と数える)、即日指し直しは行われない(その代わり番勝負の本来の局数を超え、例えば七番勝負で第8局に突入する可能性がある)。
千日手と比べると持将棋の頻度は少なく、タイトル戦での持将棋は過去11例のみ[3]。直近では1992年度後期の棋聖戦第2局(谷川浩司棋聖対郷田真隆五段)のあと、2014年の王位戦第3局(羽生善治王位対木村一基八段)まで約22年間も間隔が空いている。
アマチュアの場合は、時間短縮の目的で引き分けを極力なくすため、27点法を採用することがある(駒の損得が全くない場合、先手・後手とも27点になる)。得点計算は同じであるが、27点未満の方を負けとし、同点の場合を後手の勝ちとする場合が多い。また、宣言法を取り入れることもある。
公式なルールではないが、一部の将棋クラブではトライルールを採用するところもある。
合意による持将棋
持将棋は対局者両者の合意によって取り決められるが、まだ敵陣に玉将が入っていない段階でも、入玉が確実であれば入玉したものと見なして合意に至ることもある。2007年2月16日に行われた朝日オープン将棋選手権の久保利明対阿久津主税戦[4]では、久保玉が入玉、阿久津玉が自陣3段目にあり、駒数の点数は久保が大きく足りない状態であったが、阿久津の提案によって持将棋となった。
このタイミングでの持将棋の提案は早すぎるのではないかとして話題になった[5]が、対局中は常に局面をリードし、駒数でも有利であった阿久津側からの提案であったことと、持将棋のルールが合意によるものであるため問題にはならなかった。なお、持将棋指し直し局は阿久津が勝利している。
入玉将棋の宣言法について
宣言しようとする者が、次の各条件を満たしたときに、自分の手番で着手せずに宣言を行うと勝ちとなるルール。宣言をしようとする場合、宣言する旨告げ、対局時計を止める。
- 条件
- 宣言する者の玉が入玉している。
- 「宣言する者の敵陣にいる駒」と「宣言する者の持ち駒」を対象に前述の点数計算を行ったとき、宣言する者が先手の場合28点以上、後手の場合27点以上ある。
- 宣言する者の敵陣にいる駒は、玉を除いて10枚以上である。
- 宣言する者の玉に王手がかかっていない。
- 切れ負け将棋の場合、宣言する者の持ち時間が切れていない。
宣言をして、以上の条件を一つでも満たしていない場合は宣言した者の負けとなる。
トライルール
トライルールとは、初期配置の相手玉の位置(先手なら5一、後手なら5九)に相手の駒が利いていないとき、その位置に自分の玉を進めるとトライとなり、その場で勝ちとなるルールである。
トライルールの歴史
トライルールの初出は『近代将棋』1983年11月号でプロ棋士の武者野勝巳が、読者投稿の入玉規定の改善案として2案を紹介した記事のうちの1案[6]であり、「持将棋“トライ”勝利案」という名称がつけられている。
また『将棋世界』1996年8月号でプロ棋士の先崎学が、前述の記事とは独立に(あるいは知らず知らずのうちに影響を受けて)自著のコラム上で発表したものであり(後に『世界は右に回る 将棋指しの優雅な日々』に収録)、「トライルール」という名称もそのときに使用された。
トライルールのメリットとデメリット
テンプレート:独自研究 先崎によれば、トライルールには以下のメリットがあるとされている[7]。
- 両対戦者が入玉した後の、無用の駒取り合戦をなくすことができる
- アマとプロで(持将棋の勝敗決定点数を変えているような)異なるところがなく、同一のルールになる
- 将棋の、ゲームとしての本質は(ほとんど)変わらない
- 現在のルールにない、駒落ち対局の入玉後のルールが一挙に解決する
これに対し、電子掲示板上で以下のデメリットが指摘されている。
- 将棋の勝敗決定条件に「詰み」以外の目的ができてしまうのはどうか。また、それによって将棋のゲーム性が変わる可能性があるのではないか。
- 将棋の勝敗決定条件を変更してまで引き分けをなくすことは、果たして重要なのか。
- トライルール採用前の数々の対局の勝敗がトライルールによりひっくり返ると、後々になって混乱が生じないか。
- 入玉形や長編の詰将棋において、トライルールのために作品として成立しなくなることがあるのではないか。
- トライルールでも、お互いに5一や5九を固め合ってしまえば、容易に終わらなくなるのではないか。そのようにすれば永遠に決着がつかなくなり、結果として引き分けにせざるを得なくなる状況が発生するのではないか。
- 序盤や中盤で、故意にトライを狙う指し方が発生すると、将棋がゲームとして面白くなくなるのではないか。
- 詰み手順の途中で敵玉が5一や5九を通過することで、従来ルールと勝敗が変わってしまう場合がある。
しかし、実際にトライルールを採用した将棋クラブでは、その分かりやすさもあり「非常に優れたルールである」との評価がされている[8]。そこでは上記デメリットへの反論も提示されていて、例えば5.については、実際に運用してきた経験上、決着はつくと指摘されている。また6.については、故意にトライを狙っても棋力の差が大きくないと成功せず、詰みを狙ったほうがはるかに早く決着するという。
また、敵玉にトライされても、そこから敵玉を即詰みに討ち取れば勝ちとする改正ルールも一部で運用されている。その場合、4.と7.のデメリットの多くが解消される。
実戦で玉が5一または5九に到達した例
2013年9月18日の王座戦第2局では、後手の中村太地挑戦者が入玉し5九に到達した(162手目)ものの、羽生善治王座がその後後手玉を2五まで押し返して勝利した。入玉して5一や5九に到達することが必ずしも勝利を意味しないことを示す例の一つとされる。
その他
どうぶつしょうぎにおいてはトライルールに近い勝利条件が採用されており、相手のライオン(玉将に相当)を詰めるほかに、自分のライオンを敵陣1段目まで進めても勝利となる(その場所に相手の駒が利いていない場合に限る)。
コンピュータ将棋
コンピュータ将棋はプロとも互角に戦えるほどに進化したが、評価関数を機械学習させる場合、過去のプロ棋士の対戦棋譜から教師あり学習を採用するのが一般的である。しかしプロ同士の対局でも入玉となったケースはそれほど多くないため、結果として学習が他の戦法と比べて不十分になり入玉ケースになると急に棋力が落ちる現象が発生する。これを利用して対コンピュータ将棋の戦法として使われることがある。
脚注
- ↑ たとえば六枚落ちの場合は、落とした飛車(5点)・角行(5点)・桂馬(1点)2枚・香車(1点)2枚の計14点を上手に加える。
- ↑ プロの場合、この規定により勝敗が決まることはまれで、通常は点数が足りない側が投了することでゲーム終了となる。
- ↑ 将棋:王位戦第3局は持将棋に 1勝1敗1分け - 毎日新聞・2014年8月7日
- ↑ asahi.com :第25回朝日オープン将棋選手権 準々決勝第3局 - 将棋
- ↑ 『将棋世界』2007年11月号82ページ、「イメージと読みの将棋観」テーマ5。
- ↑ 提案者のウェブサイトとして、持将棋と千日手および持将棋近将記事が公開されている。読者の提案では「敵陣3段目に入れば勝ち」というものと「5一・5九に入れば勝ち」という形が示されている。
- ↑ 勝手に考察文その一、持将棋とトライルール参照。このサイトの管理者が運営する将棋道場では、トライルールを採用している。
- ↑ 勝手に考察文その九、トライルール運用状況。