安土町

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テンプレート:Infobox 安土町(あづちちょう)は、滋賀県東部の、琵琶湖東岸に位置していた日本史の時代区分の一つである安土桃山時代の語源ともなった安土城が建てられた地として知られる。2010年平成22年)3月21日に新設合併により近江八幡市となり、旧町域に安土町地域自治区が設けられた。

共通語では「あ」を高く読む頭高型、もしくは「づ」を高く読む中高型で発音されるが、地元でのアクセントはすべての音を高く読む平板型である。

地理

  • 琵琶湖
  • 西の湖
  • 繖山(きぬがさやま) - 標高432.7m
  • 箕作山(みつくりやま) - 標高375.3m
  • 安土山(あづちやま) - 標高198.9m

隣接する自治体

歴史

安土城を中心とする歴史については、安土城を参照。

近江八幡市との合併

2000年平成12年)から2004年にかけて、能登川町および五個荘町との合併が検討されたが断念した(安土市構想)。2005年に近江八幡市に合併を申し入れ、合併協議会まで設置されたが、この時は町内の反対が強かったため断念し、合併協議会は解散している。

2008年平成20年)9月に再び近江八幡市に合併を申し入れ、2009年平成21年)3月には合併協議会が設置される。合併の是非を問う住民投票を求める直接請求がなされたが、4月に町議会で住民投票条例案が否決され、6月15日に町議会が合併を決議した。6月24日に合併を進める町長に対する解職(リコール)請求がなされるものの、7月15日には県議会において合併承認の議決がなされ、7月31日の総務省告示で2010年平成22年)3月21日の合併が確定した。

しかしその後、2009年平成21年)8月23日に合併推進の町長のリコールが成立した。これを受けた10月4日の出直し町長選挙では、合併反対派の候補が当選した。新町長は合併の是非を問う住民投票条例案を町議会に提出したが、10月23日に町議会はこれを否決した。その後、町長提案の住民アンケート議案の否決、反対派による議会の自主解散議案の否決などを経て、2010年平成22年)1月5日に住民による町議会の解散の住民投票の請求がなされる。同年2月14日に行われた住民投票で、解散賛成が過半数を占め、町議会が即日解散する事態となった。2010年3月21日に予定された合併の直前になり、町政に混乱が生じた。

2010年3月14日に出直し町議会議員選挙がおこなわれ、合併賛成派から4名、合併反対派から6名が当選し、解散前とは議会の構成が逆転して反対派が多数となった。そして2010年3月16日に、合併反対派議員の提案により、町議会で合併停止を求める決議がなされた。しかし、総務省告示で合併は確定しており、停止決議は合併の効力には影響せず、3月21日に(新)近江八幡市となった。なお、合併後の新市長選出までの市長職務代行者については、近江八幡市長と安土町長の双方が自らの就任を主張して譲らず、合併前日に滋賀県知事の裁定で近江八幡市長が就任することとなった。合併後も、合併反対派に(新)近江八幡市からの分立(分割)を求める活動を続ける動きがある。合併を推進してリコールされた元町長は、2011年6月14日に、(新)近江八幡市の副市長に就任している[2]

行政

姉妹都市・提携都市

国内

織田信長サミット


海外

学校

小学校

中学校

施設

  • 安土町立図書館
    蔵書能力は約11万冊。織田信長に関する資料を集めた「安土文庫」を持つ。
  • 安土町公民館
    町在住者・在勤者を対象に、定期的に公民館教室を開催。料理や郷土史の学習を推進している。
  • 匠の里
    町の歴史や文化の継承に資することを目的として建設。研修棟と専門棟を持つ。

交通

鉄道

道路

一般国道

主要地方道

一般地方道

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

観光

名所

著名人

脚注

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関連項目

織田信長に関連する都市

外部リンク

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  1. 新「近江八幡市」へ合併調印 近江八幡と安土 来年3月、人口8万に:京都新聞
  2. 併推進でリコール失職の町長、副市長に Yomiuri Online・2011年6月14日