奥秩父山塊
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奥秩父山塊(おくちちぶさんかい)とは、野辺山高原の南東に位置する飯盛山(1643m)から雲取山(2017m)および南は三窪高原まで、広くはそれに東は奥多摩エリア、北は両神山(1723m)付近、南は大菩薩連嶺までを加えた山塊。関東山地の中心部をなす。奥秩父山地(おくちちぶさんち)ともいう。千曲川(信濃川上流)、荒川、笛吹川(富士川上流)、多摩川の4河川の水源域であり、山域に火山を殆ど含まないことも特徴となっている。
奥秩父は山域が比較的広く、2600m圏の高峰を含め、2000m級の山々が多数連なっていることから、北アルプス、中央アルプス、南アルプスに比して東アルプスと、この山域の山小屋関係者などは称している[1]。
大きな保水力を持った森林と、その水が川となって流れ出る渓谷の美がこの山域の魅力であるとして、英文学者で山旅を楽しんだ田部重治(1884-1972)は、雄大な日本アルプスの山々の特徴と並べて、1919年に『日本アルプスと秩父巡礼』を刊行、1930年にそれは『山と渓谷』として出版された。
目次
奥秩父山塊の主な山・峠・峡谷
主脈
- 雲取山 (2017m) 東京都の最高峰 本主脈の東端
- 飛竜山 (2077m)
- 将監峠
- 唐松尾山 (2109m)
- 笠取山 (1953m)
- 水晶山 (2158m)
- 雁坂峠 (2082m)
- 木賊山(雲切山) (2468m)
- 甲武信ヶ岳 (2475m)
- 三宝山 (2483m) 埼玉県の最高峰
- 鶏冠山 (2177m)
- 国師岳(国師ヶ岳) (2591m)
- 北奥千丈岳 (2601m) 奥秩父山塊の最高峰
- 奥千丈岳 (2409m)
- 大弛峠 (2360m)
- 朝日岳(朝日山) (2579m)
- 金峰山 (2599m)
- 瑞牆山 (2230m)
- 小川山 (2418m)
上記の山々の連なりは「奥秩父主脈」とも呼ばれ、縦走登山の対象となることが多い。
北東部
- 四阿屋山 (772m)
- 両神山 (1723m)
- 南天山 (1483m)
- 秩父御岳山 (1081m)
- 中津峡
- 三峰山 妙法ヶ岳・白岩山・雲取山の総称。
- 白泰山 (1794m)
- 妙法が岳 (1332m)
- 霧藻ヶ峰 (1523m)
- 白岩山 (1921m)
- 熊倉山 (1427m)
- 和名倉山 (2036m)
- 芋木ノドッケ (1949m)
- 長沢山
- 水松山
- 酉谷山
- 七跳山 (1651m)
- 大平山 (1603m)
- 大栗山
- 蕎麦粒山 (1472.9m)
- 天目山 (三ツドッケ)
- 矢岳
北部
南部
西端部
周辺山域(広義の奥秩父山塊)
南西部エリア
小楢山、帯那山、茅ヶ岳、黒富士は古い火山。
- 小楢山 (1713m)
- 乙女高原 (1700m)
- 水ヶ森 (1553m)
- 帯那山 (1422m)
- 棚山 (1171m)
- 大蔵経寺山 (715m)
- 金ガ岳 (1764m)
- 茅ヶ岳 (1704m)
- 曲岳 (1642m)
- 黒富士 (1635m)
- 太刀岡山 (1295m)
- 弥三郎岳 (1058m)
- 御岳昇仙峡
大菩薩連嶺
詳細は大菩薩連嶺を参照
奥多摩エリア
詳細は奥多摩を参照
奥秩父の森林
樹種
利用と背景
- 1947年 - 戦後復興の需要による森林資源の開発始まる(拡大造林方式)。日本経済は続いて高度経済成長期へ。
- 1956年 - 経済白書に「もはや戦後ではない」という言葉(GNPが戦前の水準を上回ったとして)。
- 1964年 - 東京オリンピック開催。
- 1969年 - 輸入木材の量が、木材需要の50%を超える。
- 1970年 - 地元自然保護団体、森林伐採に反対を表明。
- 1970年7月 - 林野庁、森林伐採の縮小を表明。
- 1982年 - 自然保護運動再び起こる。
- 1984年 - 原生林の伐採、完全中止に。
関連著作
- 『山と渓谷-新編』 著:田部重治 岩波文庫 ISBN 4003114213
- 『山の憶い出』 著:木暮理太郎 平凡社ライブラリ-版 上:ISBN 458276293X 下:ISBN 4582762972
- 『日本の美林』 著:井原俊一 岩波新書 1997年 ISBN 4004305160 P29- 36
関連項目
- 秩父多摩甲斐国立公園
- 秩父山地
- 奥武蔵
- 奥多摩
- 西沢渓谷と東沢渓谷
- 昇仙峡
- 中津峡
- 日本の秘境100選
- 秩父市道大滝幹線17号線(中津川林道)
- 奥秩父林道