ルシファー

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氷地獄コーキュートスの最深層にいる悪魔大王(ディーテ)。『神曲』地獄篇を描いたギュスターヴ・ドレの連作の34番。
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ギュスターヴ・ドレによる『失楽園』の挿絵。地球へ向かうルシファー。

ルシファー (Lucifer) は、明けの明星を指すラテン語であり、光をもたらす者という意味をもつ悪魔堕天使の名である。キリスト教、特に西方教会カトリック教会プロテスタント)において、堕天使の長であるサタンの別名であり[1]、魔王サタンの堕落前の天使としての呼称である[2]

「ルシファー」は英語からの音訳で、古典ラテン語読みではルキフェルルーキフェルテンプレート:Lang-la-short)、その他日本ではルシフェルテンプレート:Lang-fr-short[3], テンプレート:Lang-es-short, テンプレート:Lang-pt-short)、ルチーフェロ(テンプレート:Lang-it-short)、リュツィフェール(テンプレート:Lang-ru-short)などとも表記される。

概説

キリスト教の伝統においては、ルシファーは堕天使の長であり、サタン、悪魔と同一視される[4]

悪魔にルシファーの名を適用したのは教父たちであった。たとえばヒエロニムスは金星を指すラテン語であったルーキフェルを、明けの明星としての輝きの喪失に悲嘆することになる、かつて大天使であった堕天使長の名とした。この光の堕天使としてのルシファーの名がサタンの別称として普及したが、教父たちはルシファーを悪魔の固有名詞としてでなく悪魔の堕天前の状態を示す言葉として用いた[5]

神学で定式化された観念においては、悪魔はサタンともルシファーとも呼ばれる単一の人格であった。しかし一方で中世の民衆レベルでは、ルシファーとサタンの人格の同一性については必ずしも首尾一貫していなかったことをジェフリー・バートン・ラッセルらは指摘している。たとえば中世の民話や文学ではサタンがルシファーの配下とされる場合もあった[6]

天使たちの中で最も美しい大天使であったが、創造主である神に対して謀反を起こし、自ら堕天使となったと言われる。堕天使となった理由や経緯については様々な説がある。テンプレート:要出典範囲

キリスト教神学におけるルシファー

聖句

イザヤ

イザヤ書の聖句は第一義的にはバビロンの王を指しているものであるが、アウグスティヌスはこれは預言者イザヤが悪魔をバビロニアの君主の人格をもって象徴的にあらわしていると説明している[7]ビリー・グラハムはここにルシファーの5つの「私は行おう」という罪が見られると解説している[8]

エゼキエル

エゼキエル書28章12-17節は堕落前のルシファーの輝かしい記録といわれている[9]エゼキエル書28章1-10節はティルス(ツロ)の君主、12-19はティルス(ツロ)の王である[10]。ここでティルス(ツロ)に述べられていることは、悪魔にあてはめられる[11]テンプレート:Quotation

歴史

キリスト教の教父たちはルシファーをサタン、堕天使、悪魔と結び付けている[12]。これは今日でもキリスト教会で採用される理解であるが[13][14][15]、サタンや堕天使を伝説とする考えもある。

キリスト教会はルシファーがサタンであると認識してきた。教父テルトゥリアヌス("Contra Marcionem," v. 11, 17)、オリゲネス(Homilies on Ezekiel 13)らがそうであり、ヨハネの黙示録12:7、ルカによる福音書10:18が根拠の聖句である。

キリスト教の伝統的解釈によれば、ルシファーは元々全天使の長であったが、土から作られたアダムとイブに仕えよという命令に不満を感じて反発したのがきっかけで神と対立し、天を追放されて神の敵対者となったとされる。「ヨハネの黙示録」の12章7節をその追放劇と同定する場合もある。

オリゲネスアウグスティヌスディオニュシオス・アレオパギテス大グレゴリオスヨハネス・ダマスケヌスらは天使の罪について論じた[16]。さらに4世紀末、ヒエロニムスは、聖書のラテン語訳(ヴルガータ)において、ヘブライ語の「明けの明星」を意味する言葉 הֵילֵל(イザヤ書 14章12節)を、lucifer の語を当てて訳した。旧約聖書ヘブライ語アラム語で書かれており、ギリシャ語新約聖書にもラテン語は使われていないため、ルシファーの語は教父たちの訳語である。

ルシファーの語はキリスト教以前から「明けの明星」である金星を指すものとして用いられ[17]オウィディウスウェルギリウスなどの詩歌にも見られる。レスリー・ミラーは『天使のすべて』で、聖書が天使を星として表現していると指摘する[18]

これらの理解に対する否定論として、バルト主義者山本和は、日本キリスト教協議会(NCC)編纂の『キリスト教大事典』の悪魔の項目で、キリスト教の伝統的理解を否定している。また、イエス・キリストはルシファーだとする主張がある[19]自由主義神学(リベラル)ではサタンの人格性を否定する傾向がある[20]

宗教史学上のルシファーの来歴

原義

Lucifer はもともと、ラテン語で「光をもたらす者」(lux 光 + fero 運ぶ)を意味する語であり、当初は悪魔や堕天使を指す固有名詞ではなかった。

ラテン語としてのルキフェルが見出されるのは、ウルガータ聖書の以下の箇所においてである。 テンプレート:Quotation ここでの明けの明星は或るバビロニアの専制君主のことを指し、輝く者を意味するヘブライ語の「ヘレル」が明けの明星 lucifer と訳されている[21]テンプレート:Quotation

この一節では、明けの明星を意味するギリシア語の「ポースポロス」(Φωσφόρος)が lucifer とラテン語訳されている。このように、悪魔や堕天使を含意せず、時にはキリストをも指すルシファーの語が用いられた事例としては、4世紀のサルデーニャの聖人である司教ルキフェルの名や、賛美歌カルメン・アウローラCarmen aurorae)などがある。イギリスの詩人シェリーは、地獄の第9層に拘束されているルシファーをおぞましい怪物として描いたダンテを「星たちの群れの中のルシファー」とほめたたえた[22][23]

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神曲』地獄篇・第34曲に登場する「ルチフェル」[24]ウィリアム・ブレイクによる挿絵(水彩画)。

悪魔としてのルシファー

ルシファーの名の悪魔たるゆえんは、旧約聖書「イザヤ書」14章12節にあらわれる「輝く者が天より墜ちた」という比喩表現に端を発する。これはもともと、ひとりのバビロニア王かアッシリア王(サルゴン2世ネブカドネツァルであろうと言われる[25])について述べたものであった。キリスト教の教父たちの時代には、これは悪魔をバビロニアの王になぞらえたものであり、神に創造された者が堕ちて悪魔となることを示すものと解釈された。堕天使ないし悪魔とされたこの「輝く者」は、ヒエロニムスによるラテン語訳聖書において、明けの明星を指す「ルキフェル」の語をもって翻訳された。以上の経緯をもってルシファーは悪魔の名となったとされる[26]

美術史家のルーサー・リンクは著書『悪魔』の中で、サタンという言葉とデヴィル(悪魔)という言葉はほとんど同じものとして扱われるが、必ずしも初めから軌を一にした言葉ではないと指摘し[27]、さらに同様にサタンの同義語として扱われるルシファーについて論を進めている。ルシファーが悪魔の名とされるようになった由来はイザヤ書の一節の誤読にしか見出せないと述べた詩人シェリーの悪魔論[28]を引き合いに出し[29]、また、ルシファーが天を逐われた経緯を最初に決定づけたのは5世紀の教父たちであったことを多くの人は知らないとして、教父たちの解釈とその背景について論じている[30]

教父たちによるイザヤ14:12の解釈

テルトゥリアヌスやアウグスティヌスなどの教父たちは「イザヤ書」14:12の墜ちた星ないし墜ちた王をサタンとして論じている。中でもオリゲネスは、前述のイザヤ書の1節と「ルカによる福音書」10章18節にみる「わたしはサタンが電光のように天から落ちるのを見た」[31]というイエスの言葉とを結び付け、ともにサタンの堕落を示すものと解釈した。しかしながら、黙示文学にみられるいくつかの記述と、この「ルカによる福音書」の1節の示唆するところ、イザヤ書における墜落した輝く星が堕天使を指し示すという理解は、黙示文学の時代にはすでにあらわれており、初期のキリスト教にもこの見方は共有されていたのではないか、とする向きもある[32]

ルドルフ・シュタイナーにおけるルシファー概念

ルシファーはルドルフ・シュタイナーの提唱した人智学で用いられる概念であり、悪の二大原理の一つである(もう一つはアーリマン)。ドイツ語で Luzifer と綴り、日本ではドイツ語風にルツィフェルと表記することもある。シュタイナーは宇宙と人間の進化の過程で人間存在にはたらきかけたさまざまな存在に言及しており、ルツィフェル(的な霊たち)もそのひとつである。ルツィフェルの影響によって人間は能動性と自由意志を獲得したが、同時にそれは悪の契機となった、と論じている[33]

啓蒙の隠喩・象徴としてのルシファー

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叛逆天使たちを奮起させるサタン(ルシファー)。ウィリアム・ブレイクによる『失楽園』の挿画。

超常現象などに関するライターであるテンプレート:仮リンクは、ルシファーは進歩と知的探求心の神であるとしている[34]

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アラディアの神話におけるルシファー

19世紀アメリカの民俗学者チャールズ・ゴッドフリー・リーランドがトスカーナ地方の女性より入手した古写本と主張する『アラディア、あるいは魔女の福音』に語られる神話においては、ルシファーは闇である女神ディアーナと対となる光を象徴する男神である。ディアーナ自身より分かたれて生まれた息子であるルシファーは、かの女と結ばれ、ふたりは魔女の女神アラディアとその他の万物を生んだという[35]

その他

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マリオ・ラピサルディの詩集『ルチーフェロ』

ルシファーは中世以来、神秘劇や文学作品の登場人物としてあらわれ、ルシファーをめぐる一連のエピソードがさまざまに変奏されて物語られた。

西欧文学において、ルシファーが登場する名高い文学作品としては、ダンテの『神曲』とジョン・ミルトンの『失楽園』が挙げられる。特に後者は、神に叛逆するルシファー(作中ではサタン)を中心に据えて英雄的に歌い上げたため、その後のルシファーにまつわる逸話に多く寄与することになる。

キリスト教の聖書正典に存在せず、主なキリスト教会が公式の教えとして認めたことはないが、アダムの最初の妻リリスが夫の許から離れた後ルシファーと結婚したという伝説がある。この伝説に基づいた文学作品に、ジョージ・マクドナルドの『リリス』がある。

ルシファーと大天使ミカエルは双子の兄弟だという説があるが、これについて由緒ある典拠は見当たらず、20世紀以降のフィクション作品から広まった話ではないか、とライターの森瀬瞭は述べている[36]

脚注

テンプレート:脚注ヘルプ テンプレート:Reflist

参考文献

関連項目

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  • 『岩波 キリスト教辞典』p.1202
  • フェルナン・コント 『ヴィジュアル版 ラルース 世界の神々 神話百科』 蔵持不三也訳、554頁。
  • リュシフェル。
  • 『現代カトリック事典』エンデルレ書店p.9
  • テンプレート:CathEncy
  • ラッセル 『悪魔の系譜』 p.183
  • アウグスティヌス『神の国』第十一巻第15章、服部栄次郎訳
  • ビリー・グラハム『天使』pp.83-84
  • グラハム『天使』p.81
  • 新共同訳聖書ティルス、新改訳聖書ツロ
  • 『キリスト者の戦い』
  • 『天使論序説』稲垣良典著 講談社学術文庫
  • ビリー・グラハム『天使』いのちのことば社
  • ヘンリー・シーセン『組織神学』聖書図書刊行会
  • マーティン・ロイドジョンズ『キリスト者の戦い』いのちのことば社
  • 『天使論序説』p.141
  • ヘンリー・シーセン『組織神学』p.334
  • ビリー・グラハム『天使』「ルシファーと天使の反逆」 p.82
  • 『週刊聖書』なあぷる社 p.319
  • シーセン『組織神学』p.333
  • リンク 『悪魔』 p.39
  • リンク 『悪魔』 p.39
  • テンプレート:Cite wikisource
  • 寿岳文章訳『神曲』での表記。
  • 南條 『悪魔学入門』 p.78
  • リンク 『悪魔』 pp.38-42
  • 『悪魔』p.33
  • テンプレート:Cite web
  • 『悪魔』p.39
  • 『悪魔』p.46
  • テンプレート:Cite wikisource
  • ラッセル 『悪魔の系譜』 p.63, p.77
  • テンプレート:Cite book
  • テンプレート:Cite book
  • テンプレート:Cite book
  • 森瀬瞭 『いちばん詳しい「堕天使」がわかる事典』 SBクリエイティブ、2014年、36頁。