バッファロー (ニューヨーク州)
バッファロー(Buffalo)はアメリカ合衆国ニューヨーク州北西部エリー郡の都市である。同名の都市はアメリカ国内に多数存在するが、そのうち最大の人口を抱え、知名度が最も高い都市である。ニューヨーク州第2の都市であり、重要な工業都市である。2000年現在の国勢調査で人口は292,648人。エリー郡とナイアガラ郡にまたがる都市圏では人口1,170,111人(2000年)である。これは、都市圏人口としては全米で51番目であり、そこまで多いものではない。しかしながら、これはあくまで米国における人口統計の数値である。実際のバッファローは、ナイアガラ川を挟み、カナダのオンタリオ州南東部にまで都市域が拡がっており、この一帯には約45万人が住んでいるため、カナダの統計を加味すると実質180万人弱(ナッシュビルに匹敵する)の大都市圏となっている。
概要
同市は五大湖のひとつエリー湖の東端に接し、ナイアガラ川の始点をもつ。ナイアガラ川はナイアガラ滝を経てオンタリオ湖に達する。そのためバッファローはアメリカ側におけるナイアガラ観光の基地としての役割をも有する。また、エリー湖とハドソン川を結ぶエリー運河の起点でもあり、五大湖の水上交通においても重要な都市である。
同市はまた、文化・教育・医療の中心地でもある。一時は主要産業であった鉄鋼、製粉業の衰退によって治安悪化と市街地荒廃が深刻となっていたが、近年の市街地再開発と医療、教育分野の育成が実を結び、今日では大都市でも治安はかなりいい方に数えられる。2001年にはUSAトゥデイ紙で「アメリカで最もフレンドリーな都市」であるとされた。また、2005年には、リーダーズ・ダイジェスト誌で同市は全米で3番目に清潔な都市、と評された。
市の名前は、地元を流れる小川の名に由来する。これは一般にはフランス語 beau fleuve (美しい流れ)が転訛したものと考えられている。
なお、同市郊外のアマースト市は、「全米で最も安全な都市」として知られる。モーガン・クイットノー社[1]の「全米の安全な都市」ランキングでは1996年から2005年までの10年間において7度のベスト1を含め、常にベスト3位以内を維持している。その反面、バッファロー中心部の治安はアメリカの中でも特に最悪で年々悪化している状態であるため、十分な注意が必要である。また、火事等の後放棄されるビルが多く、事態を一層悪化させている。
歴史
この地方におけるヨーロッパ人の入植は、1758年のフランス人による入植地の開基をはじめとする。バッファロー川の河口に築かれたこの入植地一帯は、現在はエリー郡となっている。翌年この入植地はイギリスの攻撃により崩壊した。
1789年にアメリカ人が初めてバッファローに入植した。コルネリウス・ウィニーが丸太小屋を建てて住み、地元のアメリカ原住民の集落と交易しつつ生活した。バッファロー周辺は1801年に始まるオランダ土地会社の売却対象となった。その結果、1811年にはイギリス系アメリカ人500人ほどが居住する村が築かれた。1808年にはニューヨーク州ナイアガラ郡(現在のエリー郡を含む)が設置され、バッファローはその郡都となった。
1812年に始まった米英戦争では、1813年12月30日にイギリス軍と地元アメリカ原住民の連合軍による攻撃を受け、バッファローの村は焼失した。
1816年にバッファローは町(Town)に昇格した。
1825年にエリー運河が開通すると、バッファローはニューヨーク市と水路により直結され、その商業上の価値を増した。このとき約2400人だったバッファローの人口は急速に増加し、1832年に市に昇格した時の人口は1万人を超えた。
奴隷開放運動時代、バッファローはいわゆる「地下鉄道」の終着点であった。南部から脱出した黒人奴隷たちは、バプテスト教会に匿われたのち、フェリーでカナダ・オンタリオ州のフォートエリーへ逃亡して自由の身となったのである。
バッファローに所縁のあるアメリカ大統領には、大統領就任前にバッファロー住民だったミリヤード・フィルモア、バッファロー市長を務めたグロヴァー・クリーヴランド、バッファローで1901年9月5日に狙撃されたウィリアム・マッキンリー、通常はワシントンで行われる大統領就任式を1901年9月14日にバッファローで行ったセオドア・ルーズヴェルトがいる。20世紀初頭のバッファローは、人口50万を超え、アイルランド、イタリア、ドイツ、ポーランドからの移民が多数住む、アメリカの主要都市のひとつだった。
1927年にはピース・ブリッジ橋によりカナダのフォートエリー市と結ばれた。これは当時の一大国家事業であり、開通式には英国側からイギリス皇太子(後のエドワード7世)、弟アルバート・ジョージ王子(後のジョージ5世)、イギリス首相、およびカナダ首相が、米国側からは副大統領およびニューヨーク州知事が出席した。
バッファローの現在の市庁舎は1932年に建築された。30階建てで、展望デッキからはエリー湖を含む眺望が得られる。またバッファロー動物園は全米で3番目に古い歴史を持つ。
地理
バッファローはエリー湖の東端に位置している。北緯42度54分17秒、西経78度50分58秒 (42.904657, -78.849405)1に位置し、帯広市や釧路市(ともに北海道)とほぼ同緯度にある。同市はアメリカ合衆国内の他の主要都市よりカナダのトロント市に地理的に近い。同市はカナダ・オンタリオ州フォートエリー市の反対側にあたる。
アメリカ合衆国統計局によると、バッファロー市は総面積136.0 km² (52.5 mi²) である。このうち105.2 km² (40.6 mi²) が陸地で30.8 km² (11.9 mi²) が水域である。総面積の22.66%が水域となっている。
気候は冬季は寒冷であり、湖水効果による影響から年間降雪量は244.1㎝と全米有数の積雪量となっている。
産業
バッファローはナイアガラの電力を利用した工業が盛んである。とりわけ、20世紀初頭では鉄鋼都市として知られ、数カ所の製鉄所が煙を上げていた。また、製粉工業でも知られ、穀物倉庫が多い。その他、化学、電器・機械工業などがあるが、今日では地位が低下している。
交通
市の玄関口となっている空港はバッファロー国際空港である。アメリカ国内線およびカナダへの便が発着する。
アムトラックのバッファロー駅があり、シカゴとニューヨークおよびボストンを結ぶ遠距離列車レイクショア・リミテッド号や、トロントとニューヨークを結ぶ国際列車メイプルリーフ号が停車する。特に後者はナイアガラフォールズを通るため、観光需要が高い。
ダウンタウンにあるグレイハウンドのターミナルからは、クリーブランド・ニューヨーク・ボストンなどの主要都市のほか、ロチェスター・シラキューズ・州都オールバニといった州内主要都市、さらにはナイアガラフォールズへもバスの便がある。
市内および周辺の交通としては、ナイアガラ・フロンティア交通局(NFTA)[1]が路線バスと地下鉄を運営している。同局はナイアガラフォールズへのバスや無料のメインストリート・メトロレールも運営している。
道路は、ニューヨーク・ステート・スルーウェイが通っており、ニューヨーク州の主要都市と結ばれている。
大学
全米でも有数の教育機関であるニューヨーク州立大学バッファロー校がある。
スポーツ
バッファロー市はNFLのバッファロー・ビルズ、及びNHLのバッファロー・セイバーズの本拠地である。
他のローカルチームは野球のインターナショナルリーグのバッファロー・バイソンズ、及び インドアラクロスのバッファロー・バンディッツも含んでいる。
2008年現在NBAでプレイするロサンゼルス・クリッパーズは、1970年から1978年までバッファロー・ブレーブスとして活動していた。その後サンディエゴに移転し、現在はロサンゼルスにある。AFLのバッファロー・デストロイヤーズは移動しバッファローを長く本拠地としていない。
また、バッファローはアメリカ北東部と五大湖地区をテリトリーとしたプロレス団体『NWF』(National Wrestling Federation)の本部所在地でもあり、1970年代にはジョニー・パワーズらを中心に盛んに興行が行われたところでもあった。
人口動勢
以下は2000年現在の国勢調査における人口統計データである。 テンプレート:Col-begin テンプレート:Col-2 基礎データ
- 人口: 292,648人
- 世帯数: 122,720世帯
- 家族数: 67,005家族
- 人口密度: 2,782.4/km²(7,205.8/mi²)
収入と家計
- 収入の中央値
- 世帯: 24,536米ドル
- 家族: 30,614米ドル
- 性別
- 男性: 30,938米ドル
- 女性: 23,982米ドル
- 人口1人当たりの収入: 14,991米ドル
- 貧困線以下
- 対人口: 26.6%
- 対家族数: 23.0%
- 18歳未満: 38.4%
- 65歳以上: 14.0%
テンプレート:Col-2 年齢別人口構成
- 18歳未満: 26.3%
- 18-24歳: 11.3%
- 25-44歳: 29.3%
- 45-64歳: 19.6%
- 65歳以上: 13.4%
- 年齢の中央値: 34歳
- 性比(女性100人あたりの男性の人口)
- 総人口: 88.6
- 18歳以上: 83.5
人種別人口構成
- 白人: 54.43%
- アフリカン・アメリカン: 37.23%
- ネイティブ・アメリカン: 0.77%
- アジア人: 1.40%
- 太平洋諸島系: 0.04%
- その他の人種: 3.68%
- 混血: 2.45%である
- ヒスパニック・ラテン系: 7.54%
姉妹都市・提携都市
- テンプレート:Flagicon ケープ・コースト、ガーナ
- テンプレート:Flagicon 金沢市、日本 (1962年12月18日)
- テンプレート:Flagicon キリャト・ガト、イスラエル
- テンプレート:Flagicon ジュバ、南スーダン
- テンプレート:Flagicon ジェシュフ、ポーランド (1975年6月2月)
- テンプレート:Flagicon シエーナ、イタリア (1961年)
- テンプレート:Flagicon セント・アン教区、ジャマイカ (2007年)
- テンプレート:Flagicon 全州市、大韓民国 (2011年)
- テンプレート:Flagicon トヴェリ、ロシア (1989年)
- テンプレート:Flagicon ドルトムント、ドイツ (1972年)
- テンプレート:Flagicon トッレマッジョーレ、イタリア
- テンプレート:Flagicon ドロホブィチ、ウクライナ (2001年)
- テンプレート:Flagicon ホールリウカ、ウクライナ (2007年)
- テンプレート:Flagicon ペスカッセロリ、イタリア
- テンプレート:Flagicon マリリア、ブラジル
- テンプレート:Flagicon リール、フランス (1989年)
- テンプレート:Flagicon ロンドンデリー (北アイルランド)、イギリス
参照
外部リンク
- City of Buffalo(英語版)
- Buffalo Convention and Visitors Bureau(英語版)
- ClassicBuffalo.com(英語版)
- The Buffalo News(英語版)