コイ目
テンプレート:生物分類表 コイ目(Cypriniformes、Carp)は、硬骨魚類の分類群の一つ。6科321属で構成され、コイ・フナ・タナゴ・ドジョウなどの淡水魚を中心に、およそ3,268種が所属する大きなグループである。中でもコイ科の仲間は世界で2,400種以上が知られ、魚類で最大の科を構成する。食用あるいは観賞魚として利用される種類も数多く、人間にとっても馴染み深い分類群となっている。
本稿では分類群としてのコイ目の構成(Nelson, 2006の分類体系に基づく)[1]、およびコイ類全般の特徴について記述する。日本を含む世界各地に分布するコイ科魚類の1種、コイ(Cyprinus carpio)および関連する文化については、コイの項目を参照のこと。
目次
概要
コイ目には2006年の時点で3,200を超える種が記載され、魚類の目の中ではスズキ目(約1万種)に次いで2番目に大きな一群となっている。現生の魚類2万8,000種の1割以上、淡水産種(約1万2,400種)に限れば四分の一以上がコイ目の仲間で占められる[1]。1994年の時点(約2,600種)[2]から10年余りの間に新たに600種以上が新種記載されるなど、分類の拡大傾向が続いている。
所属する魚類はほぼすべてが淡水魚で、熱帯から寒帯にかけての河川や湖沼、さらには山岳地帯の渓流に至るまで、その生息域は幅広い。ユーラシア大陸・北アメリカ大陸・アフリカ大陸および周辺の島嶼地域を中心に繁栄する一方、南アメリカ大陸には分布しない。強酸性の湖にも生息できるウグイ[3]など、水質の悪い環境への適応もしばしば認められる。成魚の大きさは1cm程度の超小型種から3mに達するものまでおり、体色・食性・繁殖形態なども多種多彩である。
形態
コイ目魚類に共通する重要な特徴として、咽頭歯の存在がある。本目の魚は口の中に歯(顎歯および口蓋歯)をもたず、喉の部分に咽頭歯と呼ばれる歯が発達している。咽頭歯は大きく発達した咽頭骨に形成される。咽頭歯の本数や配列、成長段階での形成過程は詳細に調べられており[4]、特にコイ科では重要な分類形質として利用されている。
多くの種類は口ヒゲをもち、上顎を突き出すことができる。頭部には鱗がない。鰭は棘条をもたず軟条のみからなるが、一部の種類の背鰭には棘条に似た頑丈な鰭条がみられる。背鰭は1つだけで、ドジョウ科の一部を除いて脂鰭を欠く。口蓋骨は内翼状骨と接続する。下咽頭骨に形成された咽頭歯は、パッド状に拡張した基後頭骨突起とかみ合い、飲み込んだ餌はこの部分ですりつぶされる。
コイ目はカラシン目やナマズ目などとともに骨鰾上目と呼ばれるグループに属し、この仲間に共通する特徴としてウェーベル氏器官(ウェーバー器官とも)と呼ばれる独特の構造を有している。ウェーベル氏器官は変形した4つの脊椎骨によって構成され、内耳と浮き袋を連絡し、脳に音を伝える機能をもつ。
分類
コイ目は2上科6科321属3,268種で構成される[1]。コイ目は同じ骨鰾上目のネズミギス目・カラシン目・ナマズ目・デンキウナギ目と近縁である。近年、アメリカ国立科学財団(NSF)によってコイ目の詳細な系統解析プロジェクト(Cypriniformes Tree of Life、CToL)[5]が進められるなど、本目の生物多様性を解明するための努力が続けられている[1]。
コイ上科
コイ上科 Cyprinoidea は2科222属2,426種で構成される。
コイ科
コイ科 Cyprinidae は11亜科220属2,420種を含み、淡水魚として最大の科となっている。1,950種が記載されるハゼ科(スズキ目)と並び、脊椎動物全体で最大の科でもある。メキシコ南部までの北アメリカ、アフリカおよびユーラシア大陸に分布する。ほぼすべてが淡水産であるが、ごく一部に汽水域に進出する種類が知られる。北アメリカで「ミノー minnow」、ユーラシア地域では「カープ carp」と総称される。
多数の水産重要種を含み、アクアリウムなどで飼育される観賞魚も多い。ゼブラフィッシュ(Danio rerio)など、一部の魚種は生物学における重要なモデル動物として利用されている。
本科に所属するパーカーホ(ジャイアント・バルブ、Catlocarpio siamensis)は、コイ目中の最大種である。タイに分布する本種は少なくとも体長2.5mに達し、3mに及ぶこともある[1]。インドのブラマプトラ川に生息する Tor putitora も最大で2.7mに達するとみられるほか、2mを超える大型種はアジアから他に2種が知られる。コロラド川に分布する Ptychocheilus lucius は、北アメリカにおける最大のコイ科魚類である。ほとんどの一般的なコイ科魚類は体長5cm未満で、ミャンマーの河川から知られる Danionella 属の2種(D. translucida および D. mirifer)は体長1cm強で成熟する超小型種である。
コイ科魚類の最古の化石は、アジアにおける始新世の地層から出土している。ヨーロッパおよび北アメリカからはやや遅れ、漸新世のものがもっとも古い。北アメリカには始新世に他の骨鰾類は既に存在していたが、コイ類は分布していなかったとみられている[1]。魚類化石があまりみられない台湾島から、鮮新世の数種の化石(咽頭歯)が報告されている。
本科の咽頭歯は1-3列で、各列とも8本を超えることはない。多くの種類では唇は薄く、ひだや突起はない。口ヒゲの有無はさまざま。上顎はほぼ完全に前上顎骨のみによって縁取られ、前に突き出すことが可能である。200本以上の鰓耙をもつ種類(Pectenocypris balaena)が知られる。
かつては餌をとるときに素早く遊泳し頭部が可動性をもつグループと、比較的ゆっくり泳ぎ頭部が固定されたグループという、シンプルな2亜科に分割されていたが、現在ではより詳細に11の亜科に分けられている[1]。しかし、現在でも亜科間の系統関係や単系統性については議論が多く、広範囲な見直しが進められている。各亜科に含まれる属の配置もきわめて不安定であり、いずれの亜科にも含められず、帰属の定まらない属が少なくとも20以上存在する。
- タナゴ亜科 Acheilognathinae 3属を含み、中央アジアを除くユーラシア大陸、および日本列島に分布する。雌は産卵管をもち、二枚貝の外套腔に産卵する習性がある。日本にはアブラボテ・ヤリタナゴ・タナゴ・バラタナゴ・カネヒラ・ゼニタナゴ・イタセンパラなど15の種(あるいは亜種)が知られる[6]。
- アブラボテ属 Tanakia
- タナゴ属 Acheilognathus
- バラタナゴ属 Rhodeus
- カワヒラ亜科 Cultrinae 東アジアに分布する。体は側扁し、腹部は竜骨状に隆起している。日本には琵琶湖固有種のワタカが分布する。
- ワタカ属 Ischikauia
- Culter 属
- 他4属以上
- コイ亜科 Cyprininae コイ・フナの仲間が所属する。金魚や錦鯉など、観賞用品種もここに含まれる。フナ属はコイ属やタナゴ亜科の仲間と似ているが、フナ類はヒゲをもたず背鰭と臀鰭の鰭条が固いことから区別できる。フナ属の分類は非常に難しく、学名の定まっていないものが多数知られる。日本にはコイ・フナの他、ギンブナ・ゲンゴロウブナなどが分布する。
- コイ属 Cyprinus
- フナ属 Carassius
- バルブス亜科 Barbinae 高標高地域に分布する Schizothorax 属、中国の洞窟に住む仲間を多数含む Sinocyclocheilus 属など6属が知られる。
- Barbus 属
- Diptychus 属
- Pseudobarbus 属
- Puntius 属
- Schizothorax 属
- Sinocyclocheilus 属
- ラベオ亜科 Labeoninae 2属。
- Labeo 属
- Osteochilus 属
- ソウギョ亜科 Squaliobarbinae 3属が知られ、日本にはソウギョ・アオウオが分布する。外見はコイに似ているが、ヒゲをもたず背鰭の基底は短い。ソウギョ・アオウオにハクレン・コクレン(いずれもアブラミス亜科)を加えた4種は中国で「四大家魚」と呼ばれ、古代から養殖の対象とされた。
- アオウオ属 Mylopharyngodon
- カワアカメ属 Squaliobarbus
- ソウギョ属 Ctenopharyngodon
- Tincinae 亜科 1属のみ。
- Tinca 属
- アブラミス亜科 Xenocyprinae 咽頭歯は平たく、主列には6本が並ぶ。コクレンおよびハクレンは北アメリカ・インド・東南アジアなどに移植されている。日本にはコクレンおよびハクレンが分布し、いずれも中国からの移入種である。
- コクレン属 Aristichthys
- ハクレン属 Hypophthalmichthys
- Xenocypris 属
- カマツカ亜科 Gobioninae ユーラシア全域に産するが、Gobio 属以外のほとんどの属は東南アジアおよび日本に限局する。タモロコが所属するタモロコ属はバルブス亜科に含められることもあり、またヒガイ属・ムギツク属・モツゴ属は独立のヒガイ亜科 Sarcocheilichthyinae として分類されることもある。日本にはヒガイ・モツゴ・ムギツク・カマツカ・スゴモロコ・ニゴイなどが分布する。
- カマツカ属 Pseudogobio
- コブクロカマツカ属 Microphysogobio
- スゴモロコ属 Squalidus
- タモロコ属 Gnathopogon
- ツチフキ属 Abbottina
- ニゴイ属 Hemibarbus
- ヒガイ属 Sarcocheilichthys
- ムギツク属 Pungtungia
- モツゴ属 Pseudorasbora
- Coreius 属
- Gobio 属
- Gobiobotia 属
- Romanogobio 属
- Saurogobio 属
- ダニオ亜科 Rasborinae (Danioninae) インドネシアを含むユーラシア南部、アフリカに分布する。亜科の単系統性と内部構成が特に不明瞭な一群。日本産の仲間にはハス・オイカワ・カワムツ・カワバタモロコなどがある。
- オイカワ属 Zacco
- カワバタモロコ属 Hemigrammocypris
- ハス属 Opsariichthys
- ヒナモロコ属 Aphyocypris
- ウグイ亜科 Leuciscinae 北アメリカとユーラシアに分布するが、インドおよび東南アジアにはいない。複数の単系統群を内包するが、全体としての単系統性が否定されている一群[1]。日本にはウグイ・アブラハヤなど。
- ウグイ属 Tribolodon
- ヒメハヤ属 Phoxinus
プシロリンクス科
プシロリンクス科 Psilorhynchidae は2属6種を含み、体長8cm程度の小型魚類である。ネパールおよび隣接するインド・ミャンマーの山岳地帯に分布し、流れの速い渓流での生活に適応している。かつてはコイ科の亜科として分類されていた。
頭部腹面が平らで口は小さく、肉質の唇をもつ。口ヒゲはない。鰓の開口部は小さい。咽頭歯は1列4本。側線が発達する一方、浮き袋は退化的である。
- Psilorhynchoides 属
- Psilorhynchus 属
ドジョウ上科
ドジョウ上科 Cobitoidea は4科99属842種で構成される。フクドジョウの仲間はかつてドジョウ科に所属していたが、現在ではタニノボリ科に移されている。間在骨(opisthotic)を欠き、眼窩蝶形骨が上篩骨・篩骨複合体と接続するなどの特徴がある。
ギュリノケイルス科
ギュリノケイルス科 Gyrinocheilidae は1属3種からなり、東南アジア山岳地帯の渓流に分布する。いずれも藻類のみを摂食し、観賞魚として人気のある種類である。
咽頭歯および口ヒゲをもたない。口は下向きで吸盤状に変化しており、岩などに張り付くことで急流をやり過ごす。鰓の開口部は小さく、2列のスリット状になっている。
- ギュリノケイルス属 Gyrinocheilus
サッカー科
サッカー科(ヌメリゴイ科) Catostomidae には4亜科13属72種が記載される。北アメリカ・シベリア北東部・中国に分布し、体長1mに達する大型種を含む。ほとんどの種類は底生魚で、口は下向きについていることが多い。始新世から漸新世にかけての絶滅属が2属(Amyzon、Vasnetzovia)知られている。
咽頭歯は1列16本以上。唇は厚く肉質で、ひだや突起をもつものが多い。上顎は前上顎骨と主上顎骨によって縁取られる。
- Myxocyprininae 亜科 1属1種で、中国東部の長江および黄河水系に分布するイェンツーユイ(M. asiaticus)のみが所属する。未成魚は体高が高い。背鰭・臀鰭の鰭条数はそれぞれ52-57本・12-14本。
- Myxocyprinus 属
- Ictiobinae 亜科 2属8種。カナダからグアテマラにかけての北アメリカに分布する。咽頭歯の数は非常に多く、115-190本に達する。背鰭・臀鰭の鰭条数はそれぞれ22-32本・7-11本。
- Carpiodes 属
- Ictiobus 属
- Cycleptinae 亜科 1属2種。ミシシッピ川水系など、アメリカ合衆国南部およびメキシコに分布する。背鰭・臀鰭の鰭条数はそれぞれ28-37本・7本。
- Cycleptus 属
- Catostominae 亜科 4族9属61種。シベリア北東部・アラスカ・カナダ北部など寒冷な地域からメキシコにかけて分布する。背鰭・臀鰭の鰭条数はそれぞれ10-18本・7本。
- Catostomini 族 4属30種。ほとんどの種類は北アメリカ西部に分布する。Chasmistes 属の仲間は湖の中層を遊泳して生活し、大きな口をもつプランクトン食性の魚類である。
- Catostomus 属
- 他3属
- Erimyzonini 族 2属4種で、カナダ東部とアメリカ合衆国に分布する。側線はないか、あっても不完全。
- Erimyzon 属
- Minytrema 属
- Thoburnini 族 2属6種。カナダ東部とアメリカ合衆国に生息する。
- Hypentelium 属
- Thoburnia 属
- Moxostomatini 族 1属21種。カナダからメキシコにかけての北アメリカに分布する。完全な側線をもつ。
- Moxostoma 属
- Catostomini 族 4属30種。ほとんどの種類は北アメリカ西部に分布する。Chasmistes 属の仲間は湖の中層を遊泳して生活し、大きな口をもつプランクトン食性の魚類である。
ドジョウ科
ドジョウ科 Cobitidae は2亜科26属177種で構成され、ドジョウ・シマドジョウなどが所属する。日本を含めたユーラシア地域およびモロッコに分布し、特に南アジアで多様な種分化が認められる。底生性で、体長は最大種で40cmほどになる。Pangio 属(クーリーローチ)や Botia 属(クラウンローチ)など、観賞魚として知られる仲間も多い。本科は Cobitididae と綴られることもあるが、現在ではこのアルファベット表記は受けいれられていない[1]。
体は細長いか、あるいは紡錘形。口はやや下向きで、3-6対の口ヒゲをもつ。眼の下にトゲ状の突起をもつ。咽頭歯は一列。
- ドジョウ亜科 Cobitidae 19属130種。多くの種類は吻に1対のヒゲを有する。頭部の側線系が明瞭で、尾鰭はやや丸みを帯びる。
- アユモドキ亜科 Botiinae 7属47種を含み、インド・中国・日本および東南アジアの島嶼域に分布する。体は側扁し、吻のヒゲは2対。頭部側線系は不明瞭で、尾鰭は二又に分かれる。日本からはアユモドキ(固有種)が知られる。
- アユモドキ属 Leptobotia
- 他6属
タニノボリ科
タニノボリ科 Balitoridae は2亜科59属590種で構成され、ユーラシア地域に広く分布する。フクドジョウ亜科はかつてドジョウ科に含められていたが、ウェーベル氏器官の形態上の特徴から、現在ではタニノボリ亜科と併せて単系統群を構成するとみられている。590という種数は概算値であり、有効魚種の全体的な再検討が望まれている。新種の記載も近年相次いでおり、多くの未発見種が存在すると考えられている。
- フクドジョウ亜科 Nemacheilinae
- ホトケドジョウ属 Lefua
- Schistura 属
- 他27属
- タニノボリ亜科 Balitorinae
- Balitora 属
- 他28属
出典・脚注
関連項目
参考文献
- Nelson JS, Fishes of the World (4th ed), New York, John Wiley & Sons INC, 2006, ISBN 0-471-25031-7
- 上野輝彌・坂本一男 『新版 魚の分類の図鑑』 東海大学出版会 2005年 ISBN 978-4-486-01700-4
- 川那部浩哉・水野信彦・細谷和海 編・監修 『日本の淡水魚 改訂版』 山と溪谷社 1989年 ISBN 4-635-09021-3
- 松浦啓一編著 『魚の形を考える』 東海大学出版会 2005年 ISBN 4-486-01674-2
- 岩井保 『魚学入門』 恒星社厚生閣 2005年 ISBN 978-4-7699-1012-1
外部リンク
- FishBase‐コイ目 (英語)
- コイ目専門・コイ目一覧表