よみうりオープンゴルフトーナメント
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よみうりオープンゴルフトーナメントは、1974年から2006年まで、毎年6月第3週に讀賣テレビ放送などの主催により開催されていた日本ゴルフツアー機構(JGTO)公認の男子プロゴルフトーナメントの一つである。
概要
1974年に「ウィザードゴルフトーナメント」として発足した。第1回の優勝者は杉原輝雄。
1996年だけ東京都江東区の埋立地・臨海副都心にある若洲ゴルフリンクス[1]での開催だったが、それ以外は毎年読売テレビと読売新聞大阪本社が共同で運営する読売ゴルフ所有で、兵庫県西宮市にあるよみうりカントリークラブ(読売ゴルフメンバーコース)[2]で開かれていた。この大会はシーズン前半戦のヤマとなる大会で、内外の主力選手が多数出場していた。
特に近年は全英オープン大会の日本代表予選も兼ねている事から、日本ツアー所属者にとってはこの大会で賞金を獲得して全英出場に近づけようとする選手の白熱した攻防が展開されていた。
2006年大会は天候不順などの影響を受けて中断する時間が多数発生したため、日本男子ツアー史上初の3日間連続サスペンデッドとなった。また当時の冠スポンサーだったマンダムの撤退を受けて、2006年の大会で打ち切り。2007年からは「全英への道 ミズノオープンゴルフトーナメント」と統合され、全英への道 ミズノオープンよみうりクラシックとして行われ、会場も引き続きよみうりカントリークラブで行われていたが、読売グループ企業の共催からの撤退を受け(ただし読売新聞大阪本社・報知新聞社・読売テレビは引き続き特別協力として関与)、「全英への道 ミズノオープン」となり、会場も岡山県笠岡市の「JFE瀬戸内海ゴルフ倶楽部」に舞台を移して開催されるようになった。
協賛スポンサー
- サッポロビール(1979年~1993年)-「よみうりサッポロビールオープン」
- 大塚製薬(1995年・1996年)-「ポカリスエットよみうりオープン」
- 前年(1994年)までの広島で行われた「ポカリスエットオープンゴルフトーナメント」(テレビ新広島と共催・フジテレビ系列で放送)を廃止・統合した為名称変更。
- 任天堂(1999年)-「スーパーマリオよみうりオープン」
- タマノイ酢(2000年~2002年)-「タマノイ酢よみうりオープン」
- マンダム(2003年~2006年)「マンダムルシードよみうりオープン」
歴代優勝者
ウィザードゴルフトーナメント
- 1974年:テンプレート:Flagicon 杉原輝雄
- 1975年:[[]]
- 1976年:[[]]
- 1977年:[[]]
- 1978年:テンプレート:Flagicon 中村通
よみうりオープンゴルフトーナメント
- 1979年:テンプレート:Flagicon 杉原輝雄
- 1980年:テンプレート:Flagicon 青木功
- 1981年:テンプレート:Flagicon 鷹巣南雄
- 1982年:テンプレート:Flagicon テリー・ゲール
- 1983年:テンプレート:Flagicon グラハム・マーシュ
- 1984年:テンプレート:Flagicon 藤木三郎
- 1985年:テンプレート:Flagicon 中嶋常幸
- 1986年:テンプレート:Flagicon 鈴木弘一
- 1987年:テンプレート:Flagicon 東聡
- 1988年:テンプレート:Flagicon 倉本昌弘
- 1989年:テンプレート:Flagicon 飯合肇
- 1990年:テンプレート:Flagicon 藤木三郎
- 1991年:テンプレート:Flagicon 中嶋常幸
- 1992年:テンプレート:Flagicon デビッド・イシイ
- 1993年:テンプレート:Flagicon 長谷川勝治
- 1994年:テンプレート:Flagicon 渡辺司 (関東)[3]
- 1995年:テンプレート:Flagicon エドアルド・エレラ
- 1996年:テンプレート:Flagicon 福永和宏
- 1997年:テンプレート:Flagicon 丸山茂樹
- 1998年:テンプレート:Flagicon ブライアン・ワッツ ※最終日が雨と霧のため中止、54ホールに短縮
- 1999年:テンプレート:Flagicon 金鍾徳
- 2000年:テンプレート:Flagicon 水巻善典
- 2001年:テンプレート:Flagicon 福沢義光
- 2002年:テンプレート:Flagicon 谷口徹
- 2003年:テンプレート:Flagicon 谷原秀人 ※初日が雨のため中止、54ホールに短縮
- 2004年:テンプレート:Flagicon ディネッシュ・チャンド
- 2005年:テンプレート:Flagicon 広田悟
- 2006年:テンプレート:Flagicon 増田伸洋
テレビ中継
- 決勝ラウンドの2日間、読売テレビを制作局として日本テレビ系列全国28局ネット(クロスネット局のテレビ大分とテレビ宮崎はこの週の日曜日に東海テレビ制作・フジテレビ系列の番組に当たるため放送なし)している。
- 基本的にはVTR(録画)放送だが、生放送の回が何度かある。
- 1998年の最終日は霧のための競技中断の関係
- 2002年の最終日は前番組(野球中継)放送の関係
- 2006年は3日目・最終日が先述の通り霧によるサスペンデッドの関係で異例の2日連続生放送になった。優勝決定を最終組の結果が進行途中だった為だった。その為、エンディングで放送時間の関係で表彰式が出来ないため、テレビ放送向けに賞品を渡すシーンを放送。
脚注
- ↑ この時は日本テレビが製作協力という形で携わっているが、読売テレビが主管製作している。
- ↑ よみうりカントリークラブと名乗っているコースは東京(稲城市)、千葉(市原市)、静岡(掛川市)にもあるが、これらは株式会社よみうりランド(日本テレビ、読売新聞東京本社等が事業主体)運営による。
- ↑ かつては関西にも同姓同名の「渡辺司」選手がおり、新聞等では混乱防止のため「渡辺司・東」「渡辺司・西」と区別して記述していた。しかしトーナメントに常時出場していたのは関東の渡辺司であり、新聞等での記述もいつしか東西の区別を付けなくなったが、関東の渡辺司も2005年の賞金ランクが103位に終わった事により、この年をもってツアー競技の第一線から退いた。