緊急消防援助隊
緊急消防援助隊(きんきゅうしょうぼうえんじょたい)とは、日本における全国的な消防応援の制度及び同制度に基づく消防部隊である。被災地の消防力のみでは対応困難な大規模・特殊な災害の発生に際して、発災地の市町村長・都道府県知事あるいは消防庁長官の要請により出動し、現地で都道府県単位の部隊編成がなされた後、災害活動を行う[1]。消防関係者の間では「緊援隊」(きんえんたい)と呼称されることも多い[2]。
目次
制度の経緯
契機
1995年1月の阪神・淡路大震災は、死者6,000人、負傷者40,000人、家屋被害500,000棟を超える被害をもたらし、兵庫県内の消防応援と併せて全国41都道府県延べ約30,000人の消防応援が実施された。しかし、戦後空前の大災害、加えて初めての事案だったこともあり、応援部隊の初動・編成・活動等に関する規定やマニュアルが整備されておらず、主に指揮統制や運用面で多くの課題を残した。
これを契機に1995年6月、全国の消防機関による消防応援を迅速・円滑に実施するため、緊急消防援助隊制度が発足した。当時の制度は消防庁の要綱に基づいていた。この制度下での緊急消防援助隊の出動は2001年の芸予地震や2003年の苫小牧出光石油タンク火災等であり、総出動回数は10回程度と決して多くなかった。
法制化
2002年頃から学者により、東海地震、南関東直下型地震、東南海地震・南海地震等をはじめとする大規模地震の発生切迫性が高まっていることが指摘されはじめ、特に東海地震発生時の想定では、現状の緊急消防援助隊体制では消防力が不足することが判明した。そこで、消防庁にて検討が重ねられ、発生が懸念される大規模地震にも対応しうる緊急消防援助隊を再編成することが決定された。
2003年6月、消防組織法上に緊急消防援助隊が正式に位置づけられることとなり、緊急消防援助隊車両に対する消防庁補助金も義務的補助金として優先的に扱われることとなった。
法令上の施行は2004年4月1日からであり、同日付で新たな緊急消防援助隊が発足した。同月14日には全国の都道府県隊長が出席し、麻生太郎総務大臣が臨席して発足式が挙行された。登録隊数は、従前の約2200隊から2800隊に大幅に増強され、2008年度まで約4000隊の登録が目標とされ、2010年10月現在785消防本部(全国の消防本部の98%)4278隊が登録されており人員は約5万1600人となっている[3]。さらに総務消防庁は2013年までに4500隊の登録を目指している。以降、この体制で各地の大規模災害へ出動し、被災地の応急対策に実績を残している。
制度の概要
現行の緊急消防援助隊制度は、消防組織法及び関連要綱等に基づいている。消火・救助・救急等の部隊に区分されており、災害の種類・態様に応じて出動できるよう、部隊種別ごとに全国の消防本部が部隊登録を行っている(消防団による登録はない)。
部隊種別
- 消火部隊 - 消防ポンプ車・水槽車・化学消防車等に搭乗する消火隊・警防隊(ポンプ隊)より編成する。消火が主たる任務となるが、災害状況により他の任務を行うこともある。
- 救助部隊 - 救助工作車(レスキュー車)に搭乗する救助資機材を装備した特別救助隊や特別高度救助隊などの救助隊により編成する。救助が主たる任務である。近年は高度救助資機材を有する特別高度救助隊・高度救助隊を中心に編成されている。
- 救急部隊 - 救急自動車に搭乗する救急隊・救急救命士により編成する。救急業務が主たる任務である。
- 指揮支援部隊 - 被災地消防本部の指揮や連絡調整を支援することを任務とする。政令指定都市の消防局が登録している。
- 都道府県指揮隊 - 被災地では、緊急消防援助隊は都道府県隊単位で活動することから、都道府県隊の指揮や連絡調整を任務とするのが都道府県指揮隊である。
- 後方支援部隊 - 出動元の後方支援本部から食糧・物資の補給を受けて、各活動部隊へ食糧・物資を支給するのが任務である。被災地に余計な負荷を与えない観点から設置されている。支援車を使用する。
- 特殊災害部隊 - テロ災害や原子力災害等のNBC災害、石油タンク火災など、特殊災害に対処することを任務とする。対処する災害に応じて隊が区分されており、毒劇物等対応隊(NBCテロ対応)や密閉空間火災対応隊などがある。
- 特殊装備部隊 - 特殊装備を使用して活動することを任務とする。はしご車隊、水難救助隊、遠距離送水隊などがある。
- 水上部隊 - 消防艇に搭乗する水上隊により編成する。海上火災への対処などを任務とする。
- 航空部隊 - 消防防災ヘリコプターに搭乗する航空隊により編成する。上空からの情報収集や消火活動、物資運搬などを任務としている。消防防災ヘリコプターのほとんどが都道府県(防災担当部門)所有であることから、航空部隊だけは都道府県が部隊登録を行っていたが、近年では政令指定都市所有(つまり消防局所有)の消防防災ヘリコプターも登録されている。
部隊登録
緊急消防援助隊の登録は、義務ではなく各消防本部の自主的な判断によるものである。新規に部隊登録したい場合は、毎年2月頃、各消防本部から都道府県を経由して消防庁へ登録申請書が提出され、審査を経た上で同年4月1日付けで正式登録されることとなる。部隊登録されると、緊急消防援助隊車両の整備費用として消防庁補助金の交付を受けることができる。ただし、災害時の出動要請があった時は地元の消防力に支障がない限り被災地への出動が義務づけられる。
出動の流れ
出動要請
大規模・特殊災害が発生したときの緊急消防援助隊の出動要請手順には、大きく2つの流れがある。
- 被災地の市町村長の要請。原則としては、被災地の市町村長が都道府県知事を通じて消防庁長官へ応援要請する流れである。消防庁長官は要請を受けた後、適切な都道府県知事へ出動要請を行い、要請を受けた都道府県知事は県内消防本部へ出動を依頼することとなる。
- 消防庁長官による要請。被災地の状況により、応援要請を待っていては被害が拡大する恐れがある・通信途絶や混乱でその余裕がないものと判断される場合、消防庁長官は自らの判断で都道府県知事へ出動要請できるとされている。2004年10月の新潟県中越地震において、消防庁は新潟県からの応援要請前にいくつかの県へ出動要請を行っている。
現地集結・活動
出動依頼を受けた各消防本部は、一旦、都道府県内で部隊集結し、必要事項を確認した後に現地へ出発する。その後、被災地近くの集結場所(被災地が用意する)に集まり、被災地消防本部(又は指揮支援部隊による指揮支援本部)の指示を受けて、実際の活動に入ることとなる。
被災地では各応援部隊を円滑に受け入れるため、受援体制を布く。緊急消防援助隊の割り振りを行うため、被災地が中心となって消防庁職員や指揮支援部隊長を含む緊急消防援助隊調整本部を設置することとなる。また、受け入れのための集結場所を準備する必要も生じる。また、緊急消防援助隊へ物資補給するための調達もある程度行う。
災害がある程度収束したら、被災地消防本部の指示により緊急消防援助隊が現地引き上げを行うこととなる。基本的に応援に要した費用は被災地が負担する。
以上の応援出動や受援体制については、各都道府県において「緊急消防援助隊応援等実施計画」「緊急消防援助隊受援計画」を定めた上で、これらの計画に基づいて活動することとされている。
訓練
いつでも緊急消防援助隊が迅速かつ的確に活動できるよう、毎年各地方ブロックごとにブロック内各県の部隊が集結して合同訓練を実施している。また、5年に1回、全国の合同訓練も実施されている。
活動実績
2004年10月23日の新潟中越地震では、新潟県内の消防本部による消防応援が実施されたのと併せて、総務省消防庁などの調整のもと、東日本各都県の消防本部による緊急消防援助隊が派遣された。長岡市の土砂崩れ現場では緊急消防援助隊東京隊の東京消防庁の消防救助機動部隊(ハイパーレスキュー)が中心になり、緊急消防援助隊長野県隊や栃木県隊と新潟県各消防本部の救助隊と共に救助活動を行い、崖崩れで埋没していた乗用車から地震発生から92時間後に2歳の男児を救助した。 緊急消防援助隊の10月23日から11月1日の10日間の活動で453人を救助。
2005年のJR福知山線脱線事故では気化したガスで二次災害の危険の高い中、緊急消防援助隊大阪府隊、京都府隊、岡山県隊が地元尼崎市消防局と県内応援隊と協力し救助活動を行った。
2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う東日本大震災では被災地の宮城、福島、岩手を除く44都道府県、712消防本部から3月11日から6月6日までの88日間で7577部隊が捜索救助・救急活動を行い派遣人員総数は延べで10万人を超えた。また、東北地方での捜索救助だけではなく地震に伴う市原の石油コンビナート火災にも出場したほか、福島第一原子力発電所事故にも緊急消防援助隊として東京消防庁の消防救助機動部隊(ハイパーレスキュー)が出動し冷却機能が失われた使用済み核燃料プールへの放水活動を行った。大阪市消防局、横浜市消防局、川崎市消防局、名古屋市消防局、京都市消防局、神戸市消防局、新潟市消防局、浜松市消防局の緊急消防援助隊も福島第一原子力発電所事故に派遣され放水や除染活動に従事した。
福知山線脱線事故の活動概要
- 25日の出場部隊:緊急消防援助隊大阪府隊42隊136名、京都府隊1隊5名、岡山県隊1隊5名の44隊146名。尼崎市消防局と県内応援隊と合わせて139隊508名で活動。
- 26日の出場部隊:大阪府隊として大阪市消防局、堺市消防局、枚方寝屋川消防組合から計8隊44名。尼崎市消防局と県内応援隊と合わせて55隊223名で活動。
- 27日の出場部隊:大阪府隊として大阪市消防局、堺市消防局、枚方寝屋川消防組合から計11隊42名。尼崎市消防局と県内応援隊と合わせて59隊223名で活動。
- 28日の出場部隊:大阪府隊として大阪市消防局、堺市消防局、枚方寝屋川消防組合から計11隊38名。尼崎市消防局と県内応援隊と合わせて40隊141名で活動。
- 活動実績:消防機関のべ293隊1095名が活動しそのうち緊急消防援助隊は74隊270名であった。消防機関による救出実績は約240名であった。
東日本大震災の活動概要
- 派遣期間:3月11日~6月6日の88日間
- 総派遣人員数:3万463人(712消防本部)、総派遣部隊数:7577隊
- のべ派遣人員:10万4093人、のべ派遣部隊数:2万7544隊
- 最大時派遣人員:6099人、派遣隊数:1558隊
- 緊急消防援助隊による救助・救出実績:5064人
これまでに出動した 災害・事故
- 1996年長野県小谷村蒲原沢土石流災害
- 1998年岩手県内陸北部地震
- 2000年有珠山噴火災害
- 2000年鳥取県西部地震
- 2001年芸予地震災害
- 2003年三重県廃棄物固形燃料発電所火災
- 2003年栃木県黒磯市ブリヂストン栃木工場火災
- 2003年出光興産北海道製油所原油貯蔵タンク火災
- 2003年宮城県北部地震
- 2003年十勝沖地震及び苫小牧出光興産石油タンク火災
- 2004年新潟・福島豪雨災害
- 2004年福井豪雨災害
- 2004年平成16年台風第23号災害
- 2004年新潟県中越地震災害
- 2005年JR福知山線脱線事故
- 2005年福岡県西方沖を震源とする地震災害
- 2005年奈良県吉野郡上北山村土砂崩れによる車両埋没事故
- 2007年能登半島地震
- 2007年新潟県中越沖地震
- 2007年三重県中部を震源とする地震
- 2008年岩手・宮城内陸地震
- 2008年岩手県沿岸北部地震
- 2009年駿河湾地震
- 2011年3月:東北地方太平洋沖地震に伴う東日本大震災(東北地方での捜索・救助・救急活動)、福島第一原子力発電所事故(使用済み核燃料プールへの放水活動)
- 2013年10月:平成25年台風第26号災害(伊豆大島)
- 2014年8月平成26年8月豪雨に伴う広島土砂災害
など
脚注
関連項目
- 特別高度救助隊(全国消防)
- 国際消防救助隊(全国消防)
- 特別救助隊(全国消防)
- 消防防災ヘリコプター(総務省消防庁、地方自治体)
- 災害派遣医療チーム(通称DMAT)
- 広域緊急援助隊(全国警察)
- 緊急災害対策派遣隊(国交省)
- 災害対策用ヘリコプター(国交省)
- 消防救助機動部隊(東京消防庁)
- 埼玉県特別機動援助隊(埼玉県)
外部リンク
テンプレート:日本のドクターヘリ- ↑ 発災都道府県内の部隊のみで完結する規模の応援の場合、緊急消防援助隊制度ではなく、消防機関の都道府県単位での相互応援協定に基づく出動となる。たとえば2005年のJR羽越本線脱線事故では県内消防機関の部隊で編成された山形県消防広域応援隊のみで救助活動が可能だったために緊急消防援助隊は出動しなかった。
- ↑ 総務省消防庁のパンフレット(pdfファイル)「Emergency Fire Response Teams 緊(KIN)急消防援(EN)助隊(TAI)」とある。
- ↑ http://www.47news.jp/CN/201010/CN2010102001000568.html 被災地への緊急援助隊4278に 消防本部の98%が登録