梅田淳

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テンプレート:存命人物の出典明記 テンプレート:基礎情報 アナウンサー 梅田 淳(うめだ じゅん、1961年1月10日 - )は、フリーアナウンサー。元関西テレビアナウンサー

岐阜県岐阜市出身。愛称は梅淳(うめじゅん)身長は174cm、所属事務所は有限会社オフィスうめじゅん(本社:大阪府大阪市)。

来歴・人物

岐阜県立長良高等学校から日本大学藝術学部放送学科へ進学。大学生時代には、アナウンサーになることを志しながら、アルバイトで『プロ野球ニュース』(フジテレビ)のアシスタント・ディレクターを務めていた。その時期に露木茂(当時は同局アナウンサー)から「君のキャラクターは大阪に向いている」というアドバイスを受けたことをきっかけに、関西テレビのアナウンサー試験を受験。地元局・中部日本放送のアナウンサー試験にも合格していたが、1983年に、アナウンサーとして関西テレビへ入社した。ただし、入社直後の健康診断急性肝炎への罹患が判明したため、実際には半年もの休養を余儀なくされた[1][2]

休養から復帰してからは、アナウンサーとして、バラエティ、スポーツ、報道などの番組を幅広く担当。夕方のローカルワイドニュース『アタック600』では、中継リポーターやスポーツキャスターを歴任したほか、天気予報でも解説役の福井敏雄と共演。独特の調子で語る福井に合いの手を入れる役割として、一躍人気コンビとなる。また、1991年4月から2年間は、平日早朝のローカルワイドニュース番組『FNN World Uplink おおさか』のメインキャスターを担当。FNSアナウンス大賞で「優秀CM賞」を受賞したこともある。

全国ネットの番組にも数多く出演。フジテレビ系列で毎年夏に放送中の『FNSの日』では、数回にわたって、関西テレビからの中継アナウンサーとして登場した。その一方で、2003年9月15日には、プロ野球中継の実況アナウンサーとして阪神タイガースの18年振りセントラル・リーグ優勝決定の瞬間を伝えた。

2004年3月31日付で関西テレビを退職。同時期に朝日放送を退社した宮根誠司と共に、フリーアナウンサーへ転身した。転身後は、講演会・アナウンスセミナーの講師、『サンケイスポーツ』のコメンテーター、イベントの司会としても活動している。また、2012年からは、大阪市内で「梅田塾」というアナウンススクールを主宰。卒業生の一部は、静岡放送愛媛朝日テレビ(以上、2014年度入社)・朝日放送(2015年度入社予定)にアナウンサーとして採用されている[1]

現在のレギュラー

テレビ

新聞・雑誌

携帯サイト

  • 阪神タイガース タイガースFUN内 絶叫リポート

過去

テレビ

関西テレビアナウンサー時代

フリーアナウンサー転向後

以下の番組にはいずれも、実況担当で出演。

ラジオ

映画

  • 白い手(1990年、東宝)関西テレビが製作に出資していた関係で、同局のアナウンサーを代表して、医師役でエキストラ出演。

脚注

  1. 1.0 1.1 『桑原征平粋も甘いも』(ABCラジオ)2014年5月7日放送分「私の通信簿」より。
  2. ちなみに桑原征平も梅田と同じく関西テレビ入社直後に急性肝炎を患ったことを同番組の同年6月19日放送分「征平の、私は忘れない」にて明かしている(桑原は中途採用という入社の経緯から、梅田と異なり点滴治療をしながら出勤した。その代償として黄疸指数が長らく高いままだったという)。

外部リンク