汲み取り式便所
テンプレート:独自研究 汲み取り式便所(くみとりしきべんじょ)は、日本で使われてきた落下式便所の一つ。擬音語を使って、「ポットン便所」、「ボットン便所」、「ポットントイレ」、「ボットントイレ」、「ボッタン便所」、「スットン便所」、「ドッポン便所」、「ドボン便所」、「ポッチャントイレ」とも呼ばれ、単に「ポットン」、「ボットン」、「ボッタン」、「ゴットン」、「スットン」、「ドッポン」、「ドボン」と呼ばれることもある。
なお落下式便所には汲み取り式の他に、垂れ流し式便所やトンネル式便所もあるが、それも汚物が落下するので広い意味ではボットン便所には含まれる。汲み取り式便所の俗称はすべて落下音の擬音語を使っているため、落下式の便所すべてを含めることとなる。ただしこの場合は汚物が直下に落ちるのは共通しているが、後から汲み取らないので、汲み取り式便所とは少し異なる(詳しくは落下式便所を参照)。
名称からも分かるように、汲み取り式便所は後から貯留された汚物を汲み取る方式なので、広義には簡易水洗式便所も含まれる。非水洗便所という言い方は、汲み取り式だけでなく、バイオトイレのことも示す。
目次
構造
大便器
便器内の半分(半穴または丸穴)、若しくは全体に穴が開いてあり(全穴)、その穴を通って排泄物が便槽に貯留される仕組み。汲み取り式に使われる便器は基本的に和式便器であるが、洋式便器も身体障害者専用のトイレや老人が同居している住宅に見られる。また、和式便器に洋式便器を被せた「簡易洋式トイレ」というものもある。
小便器
江戸時代ごろまでは、壁式や木製ストール式が存在していた。現在は陶器製朝顔形が多いが、その他に陶器製またはプラスチック製のストール式小便器が存在し、一部の施設ではトラップの無い水洗用のストール式小便器を汲み取り式に使用している例も見られる。
臭突
大抵、外気に臭いを排出する煙突式の臭突(しゅうとつ)がある。旧式の汲み取り式便所は水で洗浄しないことに衛生上に問題があったが、近年では簡易水洗式が増えたため、水洗便所と余り変わらない清潔さがある。簡易式水洗には臭気を外に出す臭突を必要としない場合もある。臭突にはかつて石綿管が使われていたが、後にほとんどが塩ビ管となっている。 臭突の先端には雨水が便槽に入るのを防ぐための傘が付けられるが、風力式もしくは電動式のファンが多く付けられる。後述の無臭トイレにはヒーター式の脱臭装置がついている場合もあるが、後に電動ファンに交換される場合が少なくない。
スパッター
便器と直下管を接続するための短い継ぎ手管。穴を小さくするので、小児の転落防止に役立つ。
直下管
いわゆるスットン管(ボットン管)のこと。水洗便所の排水管よりも太い。コンクリート、陶器など様々な材質の物があるが、近年は塩ビなどプラスチック製のものが多く採用されている。U字型トラップを含む無臭トイレになくてはならない必須部材である。または汲み取り式便所を2階以上の高さに設置する場合に、1階下に埋まっている便槽まで直下管をつなげる役割も果たす。
便槽(し尿層)
汚物を貯留しておく槽で、材質はコンクリートや塩化ビニール、FRPが用いられるが、古くは木や陶器が用いられていた。 便槽も構造によりいくつか種類が存在する。
直下式
便器の真下に便槽を設ける構造で、簡易かつ古くから存在する構造である。仮設便所もこの部類である。深い物も浅い物もあり、浅い方は便器が地面よりも一段高く、地面と同じ平面に便槽があり、そのまま取り出して肥料にできた。
内務省式改良便所
1927年に内務省衛生局実験所から公表されたもの。消化器系の伝染病や寄生虫病対策として研究され考案された。 それによれば、構造は、コンクリートの密閉式の便槽、大便器、両者を連結する陶製円筒、小便器から成る。便槽は中隔壁で5槽に分かれ、内面は防水モルタル塗り。第1槽に投入された糞尿は嫌気性菌によって腐敗液化し、第2、第3、第4の便槽を経て第5槽に流入し、第5槽に溜まった最も腐熟の進んだものが汲み取られる。糞尿は投入されてから汲み取られるまでに少なくとも1ヶ月間は便槽内で腐熟するように、使用者の人数に応じて便槽の大きさは考慮する。糞尿は空気から遮断され放置されれば、その中の嫌気性菌によって固形汚物は腐敗液化し、病原菌、寄生虫卵などは嫌気性菌によって死滅するから、糞尿は嫌気性菌によって長く腐熟させるほど安全である。糞尿中の病原菌、寄生虫卵が完全に死滅するのに要する時間は研究の結果、内務省改良便所の場合、汚物投入後1ヶ月以上経過したのち汲み取るように便槽の大きさは定められた。便槽内に投入された糞尿は空気との接触をできるだけ少なくして嫌気性菌を繁殖させるために大便器と便槽内液面とを陶製円筒で連結させ、便槽は汲み取り口を除けば密閉され空気の出入りを防ぐ構造である。汲み出されるものは完全に液化し、病原菌は殺滅されているからただちに肥料として耕地などに使用することができる。
大きさは、10人として、長さ2.5m内外、幅約1m、深さ約1.3m(深いほど効果は大きい)。壁の厚さは底面9〜12cm、側壁および被蓋7〜9cm、中隔4〜6cm。内径は幅、水深各室とも約1m、長さ第1槽0.6〜0.9m、第2槽0.3m、第3槽および第4槽0.2m、第5槽0.6m内外。容積(便池が十分に満たされた場合の包擁容積)は第1槽0.5〜0.7立方メートル、第2槽0.3立方メートル、第3槽および第4槽0.2立方メートル、小計1.14〜1.39立方メートル有効容積、第5槽約0.3立方メートル汲取室容積。ただしなるべく広いほうが便利である。1家族10人、1人1日平均1リットルの排泄量として第1槽から第4槽に約120〜150日の糞尿を貯えることができる。すなわち約4ヶ月〜5ヶ月後に汲み出される。第1槽と大便器との連結である糞尿落込口は内径約1mの土管。その下端は汚物面に接触させない。大便器には蓋をする。小便器の流口は大便落込土管の上方を開口させる。汲取口は第5槽の上方にマンホールを付ける。その他に非常掃除口、換気装置などを付ける。
厚生省式改良便所
厚生省式以前の既存の非水洗便所は便槽にし尿が積み上がっていき、汲み取り時に新しいし尿も同時に汲み上げてしまう構造のために寄生虫卵や法定伝染病菌が死滅する以前に汲み取られてしまい、衛生上の問題が発生するので、屎尿を100日・3ヵ月以上貯留できる構造とし、また臭気の問題も軽減させる事が考えられた便所。厚生省により提唱されたのでこの名称がある。 便器から土管・コンクリート管の直下管を設け、仕切り板により気密にされ臭突により直下管へ臭気の逆流を防ぐ構造の第一の貯留層と、堰により隔てた第二の汲み取り槽により長期間に亘り屎尿を順序良く腐敗させる構造である。当初は複数の仕切り板が設けられたが詰りなどの問題が起こり現代の形態を見るに至った。戦後に於いては最も普及した形態である。
無臭便槽(無臭トイレ)
厚生省式改良便所を参考に、便槽と便器の間にU字管(トラップ)を設けてある構造の汲み取り式便所である。便器の直下に臭突へ分岐する管があり、そこからヒーターや換気扇(脱臭扇)を経て臭気を排出するため直下式便槽より臭気が少なく、それが無臭トイレの名前の由来となっている。前澤化成工業が製造したのを皮切りに積水化学工業・日立化成工業・ハマネツ・東亞合成・信越ポリマー・ネポン・永大産業・クボタ・大建工業・松下電工(現パナソニック電工)など化学・建材メーカーなどからも発売されたが、地方でも水洗化されるようになると需要は減少していくとともに、一部のメーカーでは生産から撤退している。
U字管(トラップ)に便が溜まると詰まる場合があるので、時折便器などから水を入れて詰まりを解消する必要がある。そのため直下式より汲み取る量が多くなる。
なお無臭便槽を使ったまま改造(リフォーム)などで簡易水洗便器が備え付けられる場合も少なくないが、当然便槽に溜まる水量が多くなるためバキュームカーの汲み取り回数が増えることになる。ただし臭突から殆どの臭気が排出されるため便所内が快適になる場合が多い。洋式便器では水洗と同様、暖房便座や温水洗浄便座が装備される場合が多い。
殺虫剤
蛆などの害虫や悪臭を防ぐために便槽に殺虫剤や消臭剤を投入することがある。古くは蛆殺しとしてハエドクソウやレンゲツツジ、ハナヒリノキ等の植物や樟脳油が用いられたが、後にクレゾールやオルトジクロロベンゼン、有機リン系を成分にした殺蛆剤が使われるようになった。
汲み取りの方法
また、便槽に貯留された汚物は、定期的に便槽から取り出す必要がある。古くは柄の長い柄杓を用いて汚物を汲み取り、農業の肥料として使用された。「汲み取り式」と呼ばれる所以である。戦後はバキュームカーで回収するのが一般的となり、1本=36ℓとして料金が課せられる。
汲み取り口
便所の床下の腰壁に汲み取り口は設けられ、「けんどん」の木製の、のちに鉄製の蓋が付けられた。改良便所では、便槽の上面に地面とすれすれに設け、これに蓋をした。外部から賊などが侵入することもあり、また蓋のすき間から寒風の吹き入れなどの欠点もあり、その大きさは人体が通り得ないものがよく、蓋は密閉し得るものがよいとされた。
問題点
衛生面
汚物が放つ悪臭が遮るもの無く便所に立ち込めてしまう。また常に汚物を人家の近くに貯留するため、蛆・ハエの発生源になるなど衛生上の問題がある。従前は未使用時には便器にカバーをかぶせ、悪臭が便所内にこもらないようにすることが多かったが、近年では簡易水洗の普及により悪臭が個室内にこもらないようにすることができるようになり、また汚物と生活空間を分離することができ、衛生面で向上した。
東京や大阪などの大都市以外の下水道が発達していない地区で、1970年代あたりまで多く使われていたが、人糞の肥料としての価値(下肥)の低下と、公衆衛生上の問題、さらに下水道の整備や、浄化槽の設置により、地方でも減少している。
かつての汲み取り式便所では、大便が落下したときに飛沫が跳ね返ってくることもあった。これが俗に「お釣りがくる」と言われる状態である。これは便槽として使用されていた甕と便器の間に十分な空間が確保されていなかったことと、防水が不十分であったため雨天時に雨水が便槽内に混入してしまっていた事が原因とされる。
台風や河川氾濫による洪水で家屋に浸水が発生した場合、汲み取り式便所に大量の水が流れ込んであふれ、汚物が街に流出するケースもある。1959年の伊勢湾台風による洪水発生地域では、し尿があふれ出して混入した水が長期間引かず、著しい不衛生状態となり病気が蔓延した。無論、下水道であっても、処理能力を超える洪水が発生した場合は類似のケースも考えられるが、汲み取り式便所のほうが深刻な被害となる。
環境面
また、上記に加え、人糞の海洋投棄が問題となり環境問題へと発展している。2007年からは条約により海洋投棄ができなくなっている。このため、下水整備の遅れているところでは、浄化槽の設置に補助金を出し汲み取り式便所から水洗式便所への移行を推し進めている自治体が多い。
危険性
汲み取り便所は、構造上、便器の穴を抜けることが出来る乳幼児や小物などが転落する危険性がある。物品を落とした場合は汚物の貯留された便槽内から引き上げることになるため、一度落とした小物を回収することは非常に困難である。
さらに問題なのは乳幼児が転落するケースで、実際にこのような事故が何件か発生している。この場合は救助のために便器から便槽に通じるパイプ(直下管、俗に言うスットン管)や便槽を破壊しなければならない場合もあり、多大な時間や費用を要すことから、不幸にも転落した乳幼児が窒息や衰弱で死亡してしまうケースも複数報告されている。
対策として全穴式便器の半穴式便器への交換、洋式便座の設置、「スパッター」(半穴式便器の穴を狭める器具)の装着などにより便器の穴を小さくする方法がある。しかしながら、これらによって便器の穴を小径化しても、その穴を通過できるサイズの物や乳幼児の転落は許してしまうため、抜本的な対策手段となるには至っておらず、抜本的な問題解決には汲み取り式便所を水洗式や簡易水洗式に改めるよりほかない。これに落ちた人のことを「タチコマ」と呼ぶこともある。「立ち困る」からの由来と思われる(この言葉は、やや馬鹿にする意味合いを伴って使われることもあるので、注意を要する)。
また、糞尿が発酵してメタンが発生することがあり、それに静電気やタバコの火が引火して爆発する事故もある。
清掃
便槽にし尿がたまった場合には、バキュームカーでの汲み取り時に水を流す必要がある。
直下式・仮設便所
- 清掃作業者はバキュームカーに付属されているかっぱぎ棒で汚物を便槽の奥からかき出し、住人に水を流してもらう。
無臭トイレ
- U字トラップ内の汚物を吸い込み、住人に水を流してもらい汚物が無くなるまで吸い、最後に便槽内の汚物を吸い込む。
日本以外の地域の汲み取り式便所
日本以外でも同様の便所が見受けられる。