メダカ
メダカ(目高)またはニホンメダカは、ダツ目 メダカ科(アドリアニクチス科)に属する魚であるミナミメダカ テンプレート:Snameiと、キタノメダカ テンプレート:Snamei 2種の総称。体長 4 cm 程の淡水魚。ミナミメダカの学名である Oryzias latipes は『稲の周りにいる足(ヒレ)の広い』という意味である[1]。また、キタノメダカの種小名である「sakaizumii 」は、メダカの研究に貢献した酒泉満への献名である。また、ヒメダカなど観賞魚として品種改良されたメダカが広く流通している。本記事では広義のメダカについて記述する。
目が大きく、頭部の上端から飛び出していることが、名前の由来になっている。飼育が簡単なため、キンギョ同様、観賞魚として古くから日本人に親しまれてきたほか、様々な目的の科学研究用に用いられている。西欧世界には、江戸時代に来日したシーボルトによって、1823年に初めて報告された。
目次
分布
日本、台湾、朝鮮半島、中国、ベトナム、スリランカなどに分布する。この他、イラン、トルクメニスタンなどにも移入されている。北アメリカにも移入された地域がある。
日本では本州から琉球列島にかけて分布する。北海道の一部地域にも移入されて分布している[2]。
形態
体長3.5cmほどの小型の魚[3]。側線はない。背びれはかなり後ろにあり、腹びれの前端より後ろとなる。腹びれは前後に長い。オスの背びれの膜には欠ける部分があるが、メスには無い。胸びれと腹びれはメスの方が大きいが、背びれと尻びれはメスのほうが大きい。[4]
ミナミメダカに比べ、キタノメダカでは体側後半に黒色の網目模様と斑紋があり、オスの背びれの欠けが浅く軟条の半分以下とされている[5]。
体色
メダカの体色は、野生型では淡い黄色を帯びる灰褐色で背中には暗褐色の線があるが[4]、突然変異型では体表の、黒色、黄色、白色、虹色の4種類の色素胞の有無あるいは反応性の違いによって様々な色調を示し、カラーメダカと呼ばれる。突然変異型には以下のものがある。
- ヒメダカ(緋目高) - 黒色素胞(メラノフォア)が無く黄色が目立つため体色がオレンジ色をしている。観賞用や教材用に流通している[3]。黒色素を作れない系統と、黒色素の生成を抑制する遺伝子を持つ系統がある。後者は斑メダカ(ブチメダカ)とよばれる。本来は前者だけがヒメダカであるが、格安のヒメダカとして後者が混ざったまま販売されることも多い。
- シロメダカ(白目高) - 黒色素胞がなく黄色素胞(キサントフォア)が発達していないため、体は白い。黄色色素を全く作れない変異を固定した系統と、黄色色素を僅かしか作らない個体の選抜によって固定した系統が含まれる。後者の系統は色素を作る能力を持つため繁殖の際に適切な選別淘汰を業は無い行わないと徐々にヒメダカに戻ることがある。白色色素をもつ系統は特に白くなる。
- アオメダカ(青目高) - 野生型のメダカから黄色色素を引いたもの。黒色素や虹色色素の影響で青く見える。青メダカに青い色素は無い。
- アルビノ(白子) - 黒色と黄色の色素細胞が全くない。体が白いだけでなく、眼が血液の色で赤い。実験用に作製された。
- 透明メダカ - 黒色、白色(ロイコフォア)、虹色(イリドフォア)の3種の色素胞を持っておらず、体が透けて脳や内臓まで見えるため、解剖を行わなくても生きている生物の内臓を研究できるようになった。名古屋大学の若松佑子によって作出された。
これらと区別するため、野生型のメダカを通称クロメダカ[3]、野メダカ、昔メダカともいう。しかし観賞用メダカの中に野生型より黒く改良された品種があり混乱の原因になっている。さらに野生のメダカにはメダカあるいはニホンメダカという名前が付いており、これを黒メダカとするのはカラスを黒カラスと呼ぶのと同じで間違いである。「野生のメダカ」と「野生型メダカ」は異なる。野生のメダカと同じ型のメダカを「野生型メダカ(クロメダカ)」と称しているのであって、観賞用メダカから選別漏れした個体を含めていることもある。従ってクロメダカであっても自然界に放してはならない。
遺伝子操作されたメダカ
発光遺伝子を持った「光るメダカ」などが台湾などから輸入され一部の業者で販売されている。「光るメダカ」とはメダカの受精卵のDNAの一部を、発光クラゲから取り出した蛍光起因を持つDNAと組み換えて作り出す遺伝子組み換え生物である。人為的に作られた生物のため、野生には存在しない。
遺伝子組換え生物は自然界に放たれた際の遺伝子汚染が危険視され、日本では遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律(カルタヘナ法)によって規制されている。この光るメダカは同法の承認がない状態で輸入・流通している違法な商品であるため、環境省及び農林水産省が同生物の回収を呼びかけている[6]。
生態
流れのゆるい小川や水路などに生息し、動物プランクトンなどを食べる。蚊の幼虫ボウフラを好んで食するため、ボウフラを退治する益魚としても知られている。
1回の産卵で、約10個の卵を産む。球形の卵の直径は1-1.5mmで、卵黄は淡黄色、卵膜は透明で厚く、表面に長さ0.5mmほどの細かい毛があり、長さ10-20mmの付着糸が数十本ある[4]。通常、春から夏にかけて産卵し、孵った仔魚は夏、秋の間をかけて成長し、次の年に産卵する。早い時期に孵化したもののなかには、その年の秋に産卵をする個体もある。メダカの産卵時期と水田に水が張られる時期は一致しており、日本の稲作文化と共存してきた「水田の魚」とも称される[3]。
また、腎機能が発達しているため耐塩性が非常に高く、慣れさせれば、海水で生活することも可能である[7][8]。 この体質を利用し、台風などの洪水で海に流されても河口付近の汽水域に駐留し、流水量が緩やかになってから遡上することができる。
一般にメダカの寿命は1年と数か月ほどといわれているが、人工的な飼育下ではその限りではなく、長いものでは3 - 5年程度生きる[3]。
絶滅危惧と保護活動
絶滅危惧となった経緯
かつて日本では、童謡「めだかの学校」にも歌われたように、小川にはごく普通にメダカの群れが見られた。しかし、1980年代あたりから野生のメダカが各地で減少し始め、姿を見ることが難しくなった[3]。減少の主な原因は、農薬の使用や生活排水などによる環境の悪化、護岸工事や水路の整備などによる流れの緩やかな小川の減少、繁殖力の強い外来種(ブルーギルやカダヤシなど)による影響が挙げられている[3]。また、メダカは水田のような一時的水域に侵入して繁殖する性質が強く、近年の農地改良に伴う用排分離により、用排水路から繁殖時に水田内に進入することが困難になっていることが特に致命的となっており、メダカの繁殖力を著しく削いでいる[3]。
こうしたメダカを取り巻く環境の変化により、1999年2月に環境庁(当時)が発表したレッドリストにて絶滅危惧II類(VU)(環境省レッドリスト)(絶滅の危険が増大している種)にメダカが記載され、メダカは2003年5月に環境省が発表したレッドデータブックに絶滅危惧種として指定された。身近な生き物だったメダカが絶滅危惧種となったことはマスメディアにも大きく取り上げられ、日本各地で保護活動が活発に行われるようになった[3]。
メダカの地理的変異と保護活動の問題
しかし、絶滅危惧種であるメダカを守ろうとする保護活動が、メダカの遺伝的多様性を減少させる遺伝子汚染という新たな問題を起こしている[3]。
メダカの生息水域ごとの遺伝的な違いは詳しく研究されており、アロザイム分析により遺伝的に近いグループごとにまとめると、北日本集団と南日本集団に大別される。2007年8月のレッドリスト見直しの際は、メダカの絶滅危惧II類(VU)の指定が「メダカ北日本集団(Oryzias latipes subsp.)」と「メダカ南日本集団(Oryzias latipes latipes)」の2つに、2013年2月の第4次レッドリストでは、「メダカ北日本集団(Oryzias sakaizumii )」と「メダカ南日本集団(Oryzias latipes)」の2つに分けて記載された[9]。北日本集団と南日本集団は遺伝的には別種といってよいほど分化がみられるが、生殖的隔離は認められておらず、両者の分布境界にあたる丹後・但馬地方では雑種の存在が確認されている[3]。この大きな遺伝的分化は少なくとも数百万年前には発生していたといわれている[3]。アロザイム分析によれば、南日本集団については生息している水域ごとに「東日本型」、「東瀬戸内型」、「西瀬戸内型」、「山陰型」、「北部九州型」、「大隅型」、「有明型」、「薩摩型」、「琉球型」の9種類の地域型に細分されるとの結果がでている[3]。さらに、ミトコンドリアDNAの解析からはこれらの水域ごとの遺伝的に異なる個体群にはそれぞれ相互に異なる環境適応の構造が検出されている[3]。
絶滅危惧に指摘されたことで、にわかに保護熱が高まった結果、こうした遺伝的な違いなどへの配慮をせずにメダカ池やビオトープ池を作り、誤って本来その地域に放流すべきでない他の地域産のメダカや、観賞魚として品種改良を施された飼育品種であるヒメダカを放流した例が多数ある[3]。実際に、関東地方の荒川・利根川水系に生息する個体群のほとんどは、瀬戸内地方や九州北部に分布するはずのメダカであることが判明している[3]。ひどいところでは、誤ってカダヤシをメダカのいる池に放流してしまった例もある。
現在は、地域ごとに遺伝的に大きな多様性を持った地域個体群の局所的な絶滅の進行が危惧されており、遺伝的多様性に配慮した保護活動が望まれている。メダカの保護には生息地の保全がまず重要とされ、安易な放流は慎むことが求められる[3]。生態系全体を考慮したうえでやむを得ず放流が必要な場合は、日本魚類学会が示した「生物多様性の保全をめざした魚類の放流ガイドライン」などを参考にしつつ、専門家の意見を聞くべきである[3]。
利用
モデル生物
メダカをめぐる生物学は、明治時代以来、会田龍雄、山本時男、江上信雄などをはじめとする、日本の生物学者達の研究によって発展してきた。
日本のメダカは生物学でモデル生物として用いられており、海外でも"medaka"という語が使われるほどで、日本の生物学が主導力をもって世界に貢献した数少ないテンプレート:要出典例である。モデル生物として優れている点を下に挙げる。
- 日本全国に分布しており、かつては入手が容易だった。
- 温度耐性(4-30°C)、耐塩性があるため、丈夫である。
- 飼育費用が安価で、周年繁殖が容易なため、遺伝学的研究に適する。
- 卵と胚の体が透明なため、発生の観察に適する。
- 日本では江戸時代から観賞魚として親しまれており、様々な突然変異体が潰えることなく存在している。
- 近年の自然発生突然変異体の収集と保存は富田英夫の努力による。
- 近交系メダカが作られ、保存・提供されている。
- 田口泰子による。
- 近縁種や自然集団が収集・保存・提供されている。
- 平成14年度文部科学省ナショナルバイオリソースプロジェクト「ゲノム解析等」によってゲノム解析がなされている。
また、体軸や器官形成などの発生研究の他、脊椎動物では2番目、哺乳類以外では初めてとなる性決定遺伝子 DMY が発見されたことから、哺乳類以外の脊椎動物での性決定機構を研究する上で注目されている。
脊椎動物の発生のモデル生物として、魚類では国際的にはゼブラフィッシュが良く用いられているが、日本国内ではその歴史的背景からメダカを用いる研究者も多い。現在、ゼブラフィッシュではHaffterら(1996年)やDrieverら(1996年)によって大規模スクリーニングが成功しており、メダカでも小規模では石川裕二らや、大規模では近藤寿人、古谷・清木誠ら(2004年)によって多くの突然変異体が見つけ出されている。
食用
新潟県の見附市や阿賀町などでは佃煮にして冬場のタンパク質源として保存食にする習慣があり[10]、新潟県中越地方ではうるめとよばれている。新潟市にある福島潟周辺でも、メダカをとって佃煮にしていた。少量しかとれず、少し季節がずれると味が苦くなるので、春の一時期だけ自家で消費した[11]。長岡市付近では、味噌汁の具にも使われていた。
近年では養殖も行われているが、これはメダカではなく、養殖が容易なヒメダカである[12]。
その他
愛知県ではメダカを生きたまま飲み込むと婦人病に効くとの伝承があった。その他、地域によっては泳ぎがうまくなる、目がよくなるなどの伝承もあったらしい[13]。
名称
メダカは日本各地に広く分布し、身近にあって親しまれたが、旧来から全国での名前の統一はされてこなかった。これらは、各地で独立の方言名を発生させるには極めて有効な条件であり、メダカの方言名は世界中の魚類で最も数が多いとされる[14]。 辛川十歩は4680の方言名を日本全国から調査収集した。短いものではメ・ウキから始まり、長いものではオキンチョコバイ・カンカンビイチャコなどというものまで記録されている。 一方、理科教育や図鑑の流通によって、そのような方言名が生き延びる可能性も少なくなっている。
メダカの分類とメダカ類
メダカ類という言葉を用いる場合には、狭い意味から広い意味までいくつかの異なった魚のグループを指していることがある。
メダカ属
メダカにごく近縁な種は、メダカと同じメダカ属(学名 Oryzias)に分類されている。メダカ属には、東アジアから東南アジアにかけて分布している10数種が含まれる。日本産はメダカ(Oryzias latipes)1種であると考えられていたが、2011年12月に青森県から兵庫県の日本海側に生息する「北日本集団」が別種(Oryzias sakaizumii)として記載され、日本産は2種類ということになった[5]。そして2013年にOryzias sakaizumiiをキタノメダカ、Oryzias latipesをミナミメダカと呼称することが提案された[15]。
名称 | 学名 | 英名 | 生息地域 | 生息環境 |
---|---|---|---|---|
キタノメダカ | Oryzias sakaizumii | Northern medaka | 日本(本州の日本海側 東北・信越地方) | 淡水から汽水域 |
ミナミメダカ | Oryzias latipes | Japanese rice fish | 日本(本州の太平洋側、四国、九州、南西諸島) | 淡水から汽水域 |
チュウゴクメダカ (従来のメダカ中国-西韓集団) |
Oryzias sinensis | 中国、台湾、朝鮮半島西部 | 淡水から汽水域 | |
メダカ東韓集団 | Oryzias sp. | 朝鮮半島東・南部 | 淡水から汽水域 | |
セレベスメダカ | Oryzias celebensis | Celebes medaka | インドネシア、セレベス島 | 淡水に生息。 |
ハイナンメダカ | Oryzias curvinotus | 中国、ベトナム | 河口やマングローブなどの汽水域。 | |
ジャワメダカ | Oryzias javanicus | Javanese medaka | マレー半島、インドネシア | 湖沼、小川や水路、河口、マングローブの汽水域まで。 |
タイメダカ | Oryzias minutillus | Dwarf medaka | 中国、インドシナ、マレー半島 | 澄んだ沼に生息。 |
ティモールメダカ | Oryzias timorensis | ティモール島 | 淡水。 | |
フィリピンメダカ | Oryzias luzonensis | ルソン島北部 | 淡水。 | |
マタネンシスメダカ | Oryzias matanensis | Matano medaka | インドネシア | 淡水。 |
マルモラータスメダカ | Oryzias marmoratus | Marmorated medaka | インドネシア | 淡水。 |
メコンメダカ | Oryzias mekongensis | メコン川流域 | 小川や浅い湖沼などの淡水。 | |
インドメダカ[16] | Oryzias melastigma | インド東部 | 河川の中流域から下流域、河口、マングローブなどの汽水域まで。 |
メダカ科
メダカ科には、メダカ属以外に、クセノポエキルス属(Xenopoecilus)、ホライクティス属(Horaichthys)、アドリアニクティス属(Adrianichthys)の3属がある。かつてメダカ科は、メダカ属1属だけを含む科だったが、分類群の変更に伴い、これらの属をメダカ科に含めることになった。
旧メダカ目
メダカ科は、かつてカダヤシ目(キプリノドン目)に含められており、カダヤシ目は、メダカ目と呼ばれていた。「メダカ類」というときの最も広い意味は、メダカ科に加えて、カダヤシ目に含まれる魚を指す。カダヤシ目には、アプロケイルス類などのアフリカ、南アメリカなどに生息する卵生メダカ類、グッピーなどの卵胎生メダカ類など熱帯魚として親しまれている種類が数百種以上含まれる。詳細はカダヤシ目を参照。
脚注
関連項目
参考文献
- Nelson, J. S. (1994) Fishes of the World. (3rd edition) John Wiley & Sons, Inc., NY.
- テンプレート:Cite book
- 江上信雄 『中公新書931 メダカに学ぶ生物学』 中央公論社、1989年。
- 内山りゅう、『ヤマケイ情報箱 田んぼの生き物図鑑』、(2005)、山と渓谷社
- 奈良県大和川水系のメダカ集団から確認されたヒメダカ由来のミトコンドリアDNA 魚類学雑誌 Vol.56 (2009) No.2 p.153-157
外部リンク
- MEDAKAFISH HOMEPAGE - 名古屋大学のメダカHP(英語)
- National Bioresource Project Medaka - メダカの生物資源プロジェクト(研究用メダカの入手先など)
- 国立国会図書館-ヒメダカ 『梅園魚譜』毛利梅園画
- メダカ 日本のレッドデータ検索システム
- 生物多様性の保全をめざした魚類の放流ガイドライン 日本魚類学会