BMP-1

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テンプレート:戦闘車両 BMP-1テンプレート:Lang-ru:ベエームペー・アヂーン)は、ソビエト連邦が初めて開発した歩兵戦闘車である。

概要

BMP」とは「(テンプレート:Lang-ruキリル文字アルファベット表記するとBoyevay Mashina Pekhoty):バエヴァヤ・マシーナ・ピェホートゥィ」の頭文字をとったもので、ロシア語で「歩兵用戦闘車両」の意味である。

それまでの、敵戦車や敵陣地への攻撃は随伴する戦車が行い、自身は兵士を戦場まで輸送して降車するまでの間に敵の砲火から防護するだけであった装甲兵員輸送車と違い、敵戦車を直接攻撃することのできるだけの武装を持ち、歩兵を乗車させた状態で戦闘を行わせることができる、という本車の登場は、従来の装甲輸送車両に比べて非常に画期的とされ、いわゆる「BMPショック」を西側諸国にもたらした[1]

1950年代末に西ドイツフランス両国が相次いで開発した先駆者たちと共に、BMP-1は"重武装の砲塔を搭載して戦闘に積極的に参加する能力を持ち、かつ輸送する歩兵にも乗車させたまま戦闘を行わせることができる"という「歩兵戦闘車IFVInfantry Fighting Vehicle/ICVInfantry Combat Vehicle)」と呼ばれる新たな装甲戦闘車両の分野を生み出すこととなった。

開発

ソ連地上軍は、機械化歩兵用にBTR-50を用いていたが、火力・防御力・機動力のいずれも劣っており、火力を強化した歩兵用の車両が求められていた[1]。そこで、ソ連では1950年代の終わりから、各地のトラクター工場で各種の歩兵用装甲車が試作された。

1964年、チェリャビンスク・トラクタ工場設計局ではP・P・イサコフを主任設計技師とした設計チームが新型車両の開発を始めた。最初に試作した「オブイェークト764」は、車体前部に300馬力のディーゼルエンジンを配置し、車体後部に兵員室を設けた。さらに、後方に延長したシャフトで兵員室床下のウォータージェットを駆動させ、水上浮行させることが可能であった。機関室の直後には操縦士車長がややシフトした状態で座り、その後方に戦闘室、さらに後方に兵員室があり、8名の歩兵が座るようになっていた。「オブイェークト764」案は仮採用されたものの、兵員室が著しく狭いため、更なる改良型の設計が求められた。それを受けて開発された「オブイェークト765」は、ウォータージェットを廃した代わりに、キャタピラの駆動で浮行できるよう特殊なスカートを装備した。また、エンジンを車体前部右側に寄せ、左側に操縦席と車長席を配置することで、兵員室の容積を僅かながら拡大させることができた[2]

オブイェークト765は1966年に制式採用され、「BMP-1」の制式名称が与えられた。

設計

武装

BMP-1の最大の特徴は、装甲兵員輸送車に比べ、歩兵支援の為の強力な攻撃能力を有することであった。

主砲の73mm低圧滑腔砲2A28は、SPG-9無反動砲と同型で、最大射程は1,000m。少量の装薬で発射された後にロケットブースターで加速される榴弾(HE)および装甲貫徹力400mmの対戦車榴弾(HEAT)が用いられた。ただし、無反動砲と砲塔に搭載する車載砲の違いから薬莢の形状が異なるため、直接的な意味での弾薬の互換性は無い。装填は自動で行われ、砲塔バスケットに40発の砲弾が格納される。もう一つの主兵装として、主砲基部には9M14 マリョートカNATOコードネーム:AT-3 サガー)対戦車ミサイルの発射レールを装備した。ミサイルの飛翔体は、砲塔に2発、兵員室に2発を格納しており、砲塔上のハッチから装填が可能である。9M14の最大射程は500-3,000mである[2]

さらに、副武装として主砲同軸に7.62mmPKT機関銃を装備した。2,000発の銃弾が1条のベルトリンクに結合されて格納される。なお、砲塔と主砲・機関銃の上下動は電動と手動を併用式である。これらの武装の照準には、砲塔左側上方に搭載されたテレスコープ照準器1PN22M1が用いられた。1PN22M1にはスタジア式の測距目盛が書かれており、パッシブ式の暗視装置で夜戦能力も備えてある[2]

また、後部に配された兵員室には小さな銃眼(ガンポート)が設けられており、搭乗している兵士も携行している銃で発砲できる。銃眼は車体左右に4箇所ずつ、後部乗降ハッチに1箇所あり、左右最前方の2基は分隊支援火器であったPK/PKM用に台形をしており、残りの6基はAKMAK-74S用に円形をしている。後部乗降ハッチを除き、それぞれの銃眼には発砲した際に排莢口から洩れてくる発射煙を吸引して車外に排出するための吸気装置が備えられ、排煙の為にハッチを開けて車内の気密状態を阻害することがないように配慮されている。これは、戦闘で核兵器が用いられた際に、放射能で汚染された地域でも歩兵部隊を展開できるよう、完全気密状態で戦闘が行えるように考慮されたものである。これは、世界初の歩兵戦闘車であったドイツのHS.30にはない特長であった。車体には、分隊支援火器のPKM用に7.62x54mmR弾の950発ベルトリンクが2条搭載されており、下車戦闘時にはPKMごと持ち出すことができた[2]

このほか、配備されたBMP-1の約3分の2には、携行式地対空ミサイルである9K32が標準装備されていた。

車体

ファイル:Bundesarchiv Bild 183-1988-1007-009, Berlin, 39. Jahrestag DDR-Gründung, Parade crop.jpg
東ドイツの軍事パレードに登場したBMP-1(1988年)。8名の兵士が搭乗している。戦車兵姿で立っているのが車長

歩兵戦闘車の特徴として、歩兵が搭乗する場所を内部に確保しながら、同時に軽快な運動性能を保つ必要があるため、装甲は比較的薄く設計されるが、これは生残性の低下という弱点につながる。BMP-1ではこれに対処するため、砲塔を含めた車高を低く抑えて正面面積を減らし被弾率を下げ、また、車体全部を大きく傾斜させることで避弾経始を良好にしている。また、この舟型形状は水上航行時の安定性にも貢献している。兵員の乗降車に用いる後部ドアは副燃料タンクを兼ねており、視察窓と銃眼を備える。

エンジンのUTD-20液冷ディーゼルエンジンは、本車のために開発された新型エンジンで、車体前部右側に配置された。その左側には操縦席があり、オートバイ形のハンドルで操縦する。動力伝達や操行機構は水圧によるバックアップが施され、操縦を容易なものにしている[2]

BMP-1で問題となった設計の1つに、操縦席後方にある車長席がある。この車長席には赤外線サーチライトが付属した旋回式キューポラがあったが、ペリスコープは3個のみで、しかも右側後方の砲塔が邪魔になって全周の視界が確保されていないという重大な欠陥があった。1960年代の演習映像では戦車兵姿の士官が乗車していたが、1970年代中期以降になると、このハッチから歩兵装備の分隊長が飛び出して下車戦闘する姿が映っている[2]。しかし、戦闘の度に車体上方から下車する状態が、後に実戦運用して問題があることが露呈する。

車体中央には戦闘室があり、ここに1人用の砲塔がある。その直後に後部扉に続く兵員室がある。兵員室は中央を燃料タンクと蓄電池で仕切られ、その左右に各4名分の兵員席が設けられている。

運用

ファイル:Wreck of a Soviet armored vehicle in Afghanistan.jpg
アフガニスタンで撃破され、放置されたままのBMP-1
ファイル:BMP 1.JPG
砲塔をZU-23-2に取り替えたBMP-1(奥の車両)
現在のアフガニスタン政府軍で運用されている

ソ連の新型兵器としては珍しく、翌1967年には早くも赤の広場での革命記念パレードで公開され、当初西側諸国では「M1967」、後に主砲口径を76mmと予想して「BMP-76」と呼称した。「BMP-1」の制式名称が判明したのは1980年代になってからである[1]

斬新なコンセプトを持つBMP-1だったが、初の実戦運用であるアフガニスタン侵攻では少なからず問題を露呈した。中途半端な位置にあった車長席は分隊長席となったが、下車時に車体の上から降りるため下車時に狙撃される確率が高くなり、下車後に指揮官を失った兵員達が右往左往することになった。兵員は後部の観音開き式ドアか上部ハッチから乗降するが、両方とも狭く、特に重量がある後部ドアは開閉に力を要し、かがむように乗り降りしなければならなかったため乗下車に時間がかかり、戦闘時に降車する場合の兵員被弾率は高くなってしまった。また、燃料タンク兼用の後部ドアは被弾時に簡単に引火した。これに対応するために一定以上の衝撃が加わると自動的に後部ドアを車体から切り離す機構が追加で装着されたが、ドアからの燃料配管の遮断バルブの作動が不完全なことが多く、タンク内に燃料が入っている場合には却って燃料を車内に撒き散らし、そこに着火して一挙に車内が炎上した上に兵員室の仕切りの燃料タンクに誘爆して車体が火だるまになるという最悪の結果を多発させた。燃料として使われる軽油ガソリンに比べ引火点が高く炎上しにくいといわれるが、榴弾の爆発で発生する高温によって着火してしまうため、第二次世界大戦当時からディーゼルエンジン搭載のソ連軍製戦闘車輌が多数炎上して失われている。

防御力においては車体サイズのわりに重量が軽いことにより当初より疑問符がついていたが、RPGの直撃に耐えられないのはもちろん、車体上部のエンジン区画や兵員室側面の銃眼付近の装甲ゲリラ側が使う12.7mm重機関銃や14.5mm対物ライフル程度にも貫通されることがあった。そのため次期モデルのBMP-2を含めて該当部位にボルト止め増加装甲が取り付けた車両も多数存在する。

主兵装の73mm低圧滑腔砲から発射される砲弾は、低速で横風の影響を受けやすいため500m以上の命中率は50%と著しく低く、最大射程1,500m程の重機関銃にアウトレンジされる始末であった。また、主砲の仰角が33°までしか取れなかったため、近距離で高所に陣取る敵には効率の良い攻撃が不可能だった。対戦車ミサイル9M14の再発射には、停車した状態でわざわざ砲塔から砲手が身を乗り出して飛翔体をレールに装填した上で4枚の翼を取り付ける必要があり、9M14の飛翔速度は遅く、発射時には大量の噴煙を出すため、位置を露呈させることになった[2]。こうした武装を有する低平な砲塔を操作するのは1名のみであり、砲手の負担も大きかった。こうした問題から、高角度への有効な攻撃手段を確保するために現地改造で砲塔の9M14発射機をAGS-17自動擲弾発射器に取り替えたり、兵員室の屋根に2B9自動迫撃砲を装着したりして対応した。

試作車両に比べて拡大したとはいえ、全高が2mに満たない兵員室は窮屈で、長時間車内に搭乗することが苦痛であった。さらに、ベトナム戦争におけるアメリカM113同様に、地雷により車内の歩兵に大きな損害が生じたため、実戦においては兵員は砲塔後方に跨乗して、アフガンゲリラが攻撃してきたら散開して反撃するという、本来の「装甲に守られた状態で乗車戦闘を行なう」というコンセプト自体が消えうせてしまった[2]

BMP-1は画期的な車両ではあったが、高価すぎてソビエト軍でも配備がままならず、従来の装甲兵員輸送車と並行して装備されることとなった[2]。また、先述したとおり問題が続出したため、後継のBMP-2では、砲塔が車長と砲手の二人用に大型化、後部ドアの燃料タンクの廃止、対戦車ミサイルの9M14から9M113 コンクールス(「競技会」の意)(NATOコードネーム:AT-5 スパンドレル)への換装などの改善が試みられたが、ヨーロッパ地域での西側陣営との機甲戦を想定して設計されたために、抜本的な見直しにはBMP-3の登場まで待つ必要があった。

BMP-1は、ソビエト連邦の友好国に対する輸出も行われ、現在でも旧ソ連諸国など多くの国で現役である。1980年代に入ってからは中国でコピー生産も行われている。アフガニスタンにおいて本車を鹵獲したムジャーヒディーンは砲塔を撤去してZU-23-2対空機関砲を搭載した現地改造型を製作しており、ソ連軍との戦闘やソ連軍撤退後のアフガニスタン内戦において使用している。

派生型

大量かつ多数の国で運用されたため、ソ連だけでなく個々の運用国で多くの派生型が開発・生産されている。

BMP-1P
搭載するミサイル9M14から9M113 コンクールス(NATOコードネーム:AT-5 シュパンダー)もしくは9M111 ファゴットNATOコードネーム:AT-4 スピゴット)に換装した型。現在でも使用されているBMP-1はこのタイプに改修されているものが多い[2]
BMP-1D
対戦車ミサイルの換装、及びBMP-2の増加装甲型に準じた装甲の強化を図った改修型。サイドスカートを大型のものに変更しているのが外見上の識別点である。
BMP-1K
自動車化狙撃兵機械化歩兵連隊の移動司令部として使用される指揮官用車両[1]。武装は通常型と同一だが通信機器を強化し、後部兵員室には連隊長及び副官など3名が乗車する。
BMP-1KSh
自動車化狙撃兵(機械化歩兵)師団の移動司令部用として使用される野戦指揮所車両。武装は7.62mm機関銃PKTを1挺装備するのみだが、通信設備を大幅に強化しており、各種有線野戦電話や、軍用/民間用有線電信回線との接続装置も搭載している。また、伸縮式アンテナマストを装備し、車体後部には発電機を搭載している。操縦手の他、指揮官や参謀6-7名を搭乗させることが可能である。「Potok(小川 の意)」の愛称で呼ばれる。

テンプレート:-

BRM-1K
司令部付偵察隊用の偵察車両で、砲塔砲手の他に偵察要員が搭乗できる大型の2名用砲塔となっている。武装は歩兵戦闘車型と同一の73mm低圧滑腔砲2A28と7.62mm機関銃PKTを装備し、砲塔が大きくなった分狭くなった後部兵員室には2名の偵察要員が搭乗する。搭乗員は計6名である。なお、この二名用大型砲塔はBMP-2の砲塔の原型となった。

テンプレート:-

PRP-3(オブイェークト767)
「ヴァル(堡塁 の意)」の愛称で呼ばれる砲兵/偵察部隊用観測車両[1]で、ソビエト(ロシア)軍での分類名称は「機動戦場観測システム搭載車」BRM-1Kと同じ大型砲塔に各種光学精密観測機器と方位指示機を搭載し、弾道探知レーダを砲塔後部に搭載している。武装は7.62mm機関銃PKTのみを装備し、73mm低圧砲は撤去している。
PRP-4/PRP-4M
PRP-3の搭載機器をより能力の高いものに換装した型[1]。PRP-4Mはレーザー測遠機と熱線暗視機能付き光学精密観測機器を搭載して更に能力を向上させたものである。
RTV
野戦工作車型[1]。各種整備機材を搭載。
BRDM-2ARV
ウクライナハリコフ機関車工場が開発した装甲回収車両。砲塔を撤去した上に1.5トンジブ・クレーン、6.5トンウインチ、VG-7500溶接機などの修理・回収機器を有し、1.5トン分の積載スペースを持つ[1]
BMP-SVO
スロバキア製の地雷処理車両。兵員室に24連装の爆薬発射機を装備し、100mx5mの範囲を啓開することが可能[1]
AMB-S
スロバキアのポドポリャンスケ・ストラヤルネ・デトバ社が開発した装甲救急車。後部車体を拡張した上で、担架4台と負傷兵9名を収容可[1]
2B9M(BMP-1ベース型)
ハンガリー軍自走迫撃砲。調達の動きに合わせて開発された。後部兵員室を拡張した上にシャッターを備え、2B9 82mm自動迫撃砲を装備する[1]
MLI-84
ルーマニアにおけるBMP-1のライセンス生産版装備。エンジンがルーマニア産に交換されている。

BWP-1

ポーランド軍での名称。基本的には原型のBMP-1と同仕様だが、近年ではBMP-1Pに準じた改修が行われた他、発煙弾発射機が追加されている。

BWP-1M Puma
BMP-1Dに準じた近代化改修型。対戦車ミサイルの換装、増加装甲の装着などの改修が図られている。

この他、近年ポーランドでは40mm機関砲装備の新型砲塔に換装したBWP-40、新設計の車体上部に新型砲塔を搭載した発展型であるBWP-2000など、独自の改良型がいくつか試作・計画されている[1]

テンプレート:-

OT-90

チェコのVOP026工場による装甲兵員輸送車型。ヨーロッパ通常戦力条約に対応するための策で、砲塔OT-64装輪装甲車KPVT重機関銃装備のタイプに交換[1]

OT-R5
VOP026工場が開発したコマンドポスト車両。車体後部を大型化し、通信能力を強化。
DTP-90M
OT-R5に1トンクレーン、溶接・牽引機材を装備した野戦工作車両。

BMP-1砲塔換装案

LAV-25CV90と同型の砲塔と換装する案、ユナイテッド・ディフェンス社製の25mm機関砲搭載砲塔、イタリアのOTOブレーダ製60mm砲搭載砲塔、25mm機関砲を搭載したTC25砲塔、ポーランドのタルナウ社製砲塔(23mm機関砲と対空ミサイルを装備)やポーランド製の23mm機関砲・72mm無反動砲装備砲塔などの砲塔換装案がある[1]

86式歩兵戦闘車(WZ-501/ZBD-86)

ファイル:Chinese Type86.jpg
86式歩兵戦闘車 外見はBMP-1と同一

中国北方工業公司によるBMP-1のコピー車両。原型は1980年代エジプトから入手したとされる。対戦車ミサイル9M14(AT-3)のコピーであるYJ-73 レッドアロー73を装備する[1]

86式歩兵戦闘車(ZBD-86/WZ-501)
BMP-1のフルコピー車両。海軍陸戦隊でも使用され、海軍陸戦隊向けの車両はトリムベーンが大型化されている。
WZ-501A
WZ-501の砲塔を25mm機関砲装備の砲塔に換装した歩兵戦闘車型。BMP-2に倣って開発された。
86B式歩兵戦闘車(ZBD-86B)
海軍陸戦隊向けに開発された水陸両用装甲兵員輸送車。86式の水上航行性を改善した型で、車体後部に船外発動機を増設し、車体の前後に大型のフロートを増着して車体のアウトラインを舟型とし、フェンダーを大型化、延長された給排気筒を装着するなどの改良が行われている。水上航行時の速力は12km/h
86G式歩兵戦闘車(ZBD-86G)
30mm機関砲とHJ-73(紅箭73/9M14マリュートカ)対戦車ミサイルを搭載した新型砲塔(GCTWM)のテスト車両。その後制式化されて本格的に量産化され、既存の86式も順次砲塔をGCTWM砲塔に換装している。車体重量は14.8tに増加し、車体後部には86B式歩兵戦闘車と同じく外装式の船外発動機を搭載して高速水上航行が可能。
WZ-503
WZ-501を基にした装甲兵員輸送車型。砲塔を撤去して12.7mm重機関銃を装備し、車体高を高くした上で乗降ドアを大型化している。
WZ-504
YJ-73対戦車ミサイルの4連装発射機を装備した戦車駆逐車型。試作のみで本格量産はされていない。
  • この他、野戦指揮車型や装甲救急車型など、WZ-501/WZ-503を基にした多数の派生型が試作されている。

運用国

過去に配備していた国家

登場作品

東西ドイツ国境での戦車戦に登場。3M14で西側の戦車隊を撃破。
東側諸国の装備として登場。
反乱軍が使用。ロシアン・マフィアのSHOPからも購入可能。

参考文献・出典

テンプレート:Reflist

関連項目

外部リンク

テンプレート:Sister

テンプレート:第二次世界大戦後のソ連の装甲戦闘車両テンプレート:Link GA
  1. 1.00 1.01 1.02 1.03 1.04 1.05 1.06 1.07 1.08 1.09 1.10 1.11 1.12 1.13 1.14 日本兵器研究会 編『世界の装軌装甲車カタログ』アリアドネ企画 ISBN 4-384-02660-9 2001年
  2. 2.00 2.01 2.02 2.03 2.04 2.05 2.06 2.07 2.08 2.09 2.10 田中義夫 編『戦車名鑑 1946~2002 現用編』光栄 ISBN 4-87719-927-6 2002年
  3. w:en:Military of Abkhaziaを参照
  4. http://www.globalsecurity.org/military/world/belarus/army-equipment.htm
  5. http://www.globalsecurity.org/military/world/iran/ground-equipment.htm
  6. http://www.militarium.net/wojsko_polskie/uzbrojenie.php
  7. http://www.globalsecurity.org/military/world/centralasia/tajik-army-equipment.htm
  8. http://www.globalsecurity.org/military/world/centralasia/turkmen-army-equipment.htm
  9. http://www.globalsecurity.org/military/world/ukraine/groundforces-equipment.htm