テイチクエンタテインメント

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テンプレート:Infobox 株式会社テイチクエンタテインメント英語TEICHIKU ENTERTAINMENT, INC.)は、音楽ソフト発売・販売業務を行うJVCケンウッドの子会社である。「テイチク」とは設立時の社名「音機商會(帝国蓄音機商会、ていこくちくおんきしょうかい)」の略称であり、2011年(平成23年)10月までは日本ビクターの子会社であった。

概要

本社は東京都渋谷区神宮前。現在の社長石橋誠一

会社設立が戦前という歴史のある会社で、特に演歌に強くNHK紅白歌合戦の出場歌手が多数所属している。石原裕次郎が所属していたレコード会社としても有名。カラオケや落語、鉄道関連の商品も多数発売しており、またBEGINをはじめとした沖縄音楽を歌うアーティストが多く所属していることも特徴的。海外のレコード会社との結びつきは大きくないが、近年では映画『20世紀少年』のテーマソングを歌うT.REXなどの洋楽アーティストも扱っている。

JVCケンウッドが親会社であることから、JVCケンウッド・ビクターエンタテインメントは兄弟会社にあたる。

2010年(平成22年)4月16日 一部報道機関で「ソフトバンクが5月を目処にJVC・ケンウッド・ホールディングスの子会社である当社とビクターエンタテインメントを過半数の株式を取得し子会社化、年内に残りの株式も取得し完全子会社化することで大筋合意した[1]」と報じられたが、両社共にニュースリリースで否定した[2][3]。しかし、29日に交渉が打ち切られたと報じられた[4]

歴史

南口重太郎が大阪にスタンダード・レコードというレコード会社を設立。この会社はのちにテイチクの一工場となる。南口は忠臣楠木正成を崇拝しており、このとき「楠公印」のレーベルマークを商標登録、のちにテイチクでも使われる。

1931年(昭和6年)2月、吉川島次と南口重太郎が合資會社帝國蓄音器商會を設立。本社・工場を奈良県奈良市に、事務所・録音スタジオを川西市花屋敷においた。当時、吉川は現在の大和郡山市で、農業を営みながら蚊帳などの問屋をしており、副業として、この会社で蓄音器(ハードウェア)の販売を始めた。一般にいわれる11月説(「合資會社帝國蓄音器商會」の設立が11月という説)は、和数字の二の誤読と推測される。</br> なお、東京に同名の帝国蓄音器商会(ヒコーキレコード)というレコード会社があったが、1925年(大正14年)には他社と合併して合同蓄音器となっており無関係である。

  • 1932年(昭和7年)5月 新譜を第一回発売とし、1枚80銭の黒盤(5000番台)を標準規格商品とする。
  • 1934年(昭和9年)2月 株式会社に改組し、帝國蓄音器株式會社と改めた。本社を奈良県奈良市に移した。1枚1円の緑盤(15000番台)を発売。
  • 1934年(昭和9年) 日本コロムビアから作曲家の古賀政男を抜擢して重役に任用し、同社から録音技師と社員も呼び寄せた。東京進出に際して文芸部を銀座に、録音スタジオを杉並堀之内に置く。文芸部は、後に録音スタジオの地へ移転。楠木繁夫、松島詩子を専属として主力歌手とし、年末にはディック・ミネも専属とした。
  • 1936年(昭和11年) 藤山一郎、美ち奴が入社。本社を奈良市肘塚町へ移転し、工場も設備拡大を行う。
  • 1938年(昭和13年) 古賀政男退職。満洲国の新京に録音スタジオを新設して11月15日から録音を開始する。
  • 1943年(昭和18年) 10月6日に工場を失火で全焼。
  • 1944年(昭和19年)5月25日 帝蓄工業株式會社と改称。
  • 1945年(昭和20年)3月13日 この日の録音をもって録音を休止(この日録音の5面は未発売に終わる)。レコードの製造は継続。終戦後は、直ちに標準盤の新規格を制定して代表作品の再発売を開始する。
  • 1946年(昭和21年)3月21日 戦後の新録音を再開する。同年10月には社章を新しくしたが、レコードのレーベルは在庫分と新規分が混在しており一斉変更ではない。
  • 1950年(昭和25年)12月18日 社長の南口重太郎が死去。
  • 1951年(昭和26年)1月6日 南口重治が新社長に就任。同年9月に米国デッカとの契約成立。それに伴いSPレコードの品質が格段に向上する。
  • 1952年(昭和27年)2月 デッカレコードを発売。
  • 1953年(昭和28年)4月1日 社名をテイチク株式会社に変更。同年、レコードの録音に磁気テープの使用を開始。
  • 1954年(昭和29年) LPレコード・EPレコードの発売を開始。
  • 1961年(昭和36年) 杉並堀之内の録音スタジオ改築完成。同年9月11日に松下電器産業と提携。
  • 1985年(昭和60年) グロビュール音楽出版株式会社設立。
  • 1987年(昭和62年) バイディス・レーベル新設。
  • 1989年 ブラゾーン・レーベル新設、株式会社近畿ゼネラルサービス(現:パナソニックAVCディスクサービス株式会社)設立。
  • 1993年(平成5年) CD製造ライン設置。株式会社テイチク・ミュージック・コーポレーション、株式会社トライクル設立。
  • 1998年(平成10年) go-toレーベル、KID'DOMレーベル新設。株式会社トライクル、株式会社デヴォンポート解散。
  • 1999年(平成11年) 経営不振のため同じ松下電器の子会社だった日本ビクターに経営権を譲渡。ビクターはテイチクに飯田久彦を社長として送り込んだ。その際、現在の社名:株式会社テイチクエンタテインメントに改称した。
  • 1999年(平成11年) テイチク興業株式会社、スタジオ「グリーン・バード杉並」解散。エムシーエー・パナソニック・ミュージック株式会社解散。
ワンダーエンターテイメント株式会社解散。株式会社テイチク・ミュージック・コーポレイション解散。
奈良事業部(ディスク製造工場)を株式会社近畿ゼネラルサービスへ営業譲渡。
本社ビルを京セラ原宿ビルに移転。
  • 2000年(平成12年)4月 インペリアルレコード新設。
  • 2006年(平成18年)4月 タクミノート新設。
  • 2008年(平成20年) 日本ビクターがパナソニックグループから離脱してケンウッドと経営統合したことに伴い、テイチクもその傘下となり、パナソニックグループから離れた。
  • 2009年(平成21年)7月 関連会社のグロビュール音楽出版株式会社が、株式会社テイチクミュージックに社名変更。
  • 2010年(平成22年)4月16日 ソフトバンクが子会社化すると新聞で報じられたが親会社がニュースリリースで否定。後に交渉が決裂した。
  • 2011年(平成23年)10月1日 JVCケンウッドが傘下の事業会社であった日本ビクターを合併したことに伴い、親会社となった。

レーベル

現存

  • テイチクレコード:主に演歌歌謡曲
  • インペリアルレコードJ-POP
  • ユニオンレコード:かつてのアイドル系レーベルとして使用され、現在は和田アキ子専用
  • タクミノート:「大人のライフスタイルに寄り添う音楽を提案する」レーベル
  • インペリアルレコードインターナショナル:海外ポピュラー
  • コンチネンタル・スター:80年代の黄金ポップス時代、そして現在に至るまで活動を続けるアーティストを中心にリリースするレーベル。

廃止

  • TMC
  • TGM(ティー・グランド・ミュージック)
  • TRYCLE
上記3社は、テイチクの子会社として1994年(平成6年)に設立したJ-POP専門のレコードレーベル、後にテイチクに吸収合併された。
  • BLACK
  • NON STANDARD細野晴臣主宰のレーベル)
  • MONAD(細野晴臣主宰のレーベル)
  • BAIDIS
  • Bi-tam-ing
  • réveil
  • WONDER
  • Zeebra Zone

所属アーティスト

テイチクレコード

他。

インペリアルレコード

タクミノート

ユニオンレコード(かつてのテイチクのサブレーベルだった)

インペリアルレコードインターナショナル

コンチネンタル・スター

過去に所属していたアーティスト

ゲームソフト

1992年(平成4年)以降、以下に挙げるゲームソフトを発売した。現在はゲームソフトの開発・販売は行っていない。

スーパーファミコン
PCエンジン
プレイステーション
  • ウキウキ釣り天国シリーズ
  • 水族館プロジェクト
  • モンスターパニッシュ
  • レストランドリーム

鉄道関係

脚注

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  1. ソフトバンク、「ビクター」「テイチク」買収へ、読売新聞、2010年4月16日
  2. 本日の一部報道に関して、ソフトバンク、2010年4月16日
  3. 本日の一部報道に関して、JVC・ケンウッド・ホールディングス、2010年4月16日
  4. ソフトバンク、音楽事業進出ならず…買収破談、読売新聞、2010年4月29日
  5. スリー・ステップ・トゥ・ヘブン名義として在籍していた。

関連項目

外部リンク


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