オールカマー

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オールカマーは競馬の競走。


テンプレート:競馬の競走 オールカマーは、日本中央競馬会(JRA)中山競馬場外回り2200メートルで施行する中央競馬重賞GII競走である。産経新聞社が賞を提供しているため、正式名称は産経賞オールカマーと表記される。

概要

1955年に4歳(現3歳)以上のハンデキャップの重賞競走・産経賞オールカマー[1] [2]として創設。中山競馬場・芝2000mにて施行された。1978年には混合競走となり外国産馬が出走可能になった。

1984年にグレード制導入によりGIIIに格付けされ、また負担重量を別定に、施行距離を現行の芝2200m外回りコースに変更された。1986年より負担重量を馬齢重量に変更、1995年にGII に格上げされ、負担重量も再び別定重量に戻されるとともに、国際競走に指定され、外国調教馬の出走が可能になったほか、地方競馬招待競走から指定競走へと変更された。2007年よりの日本のパートI国昇格に伴い国際格付けとなっている。

天皇賞(秋)へのステップレースに位置付けられており、特に1980年代後半から1990年代にかけての優勝馬にはスズパレードオグリキャップビワハヤヒデヒシアマゾンサクラローレルメジロドーベルといった名馬が名を連ねていたが、宝塚記念が7月(現在は6月最終週)に行われるようになると、有力馬陣営の多くは夏の休養を十分に取れるようになり毎日王冠または京都大賞典を秋初戦として選ぶようになったため、しばらく優勝馬から同年のGI優勝馬は出ていなかった。2007年の優勝馬マツリダゴッホが同年の有馬記念を勝利し、久々のオールカマー勝利後のGI優勝馬となった。 [3]また同年のGI勝利馬ではないものの、2000年優勝馬メイショウドトウが翌年の宝塚記念を制覇している。

中央競馬と地方競馬との交流が盛んになるまでは大井競馬場帝王賞(中央競馬招待競走)とこのオールカマー程度しか両者間での交流はなかった。当初より出走馬に広く門戸をあけた競走で、サラ系にアラブ馬が挑む年もあった。テンプレート:要出典範囲

1986年から1994年までの間、地方競馬招待競走となって帝王賞ブリーダーズゴールドカップと当競走を制すると地方交流三冠(交流三冠)と呼ばれ、また地方競馬所属馬のジャパンカップへの選考競走の意味合いを持つ競走となり、ジュサブロー(愛知競馬)・ジョージモナーク(大井競馬)の2頭が地方馬として勝利を収めた。現在は地方所属馬に限られるが、上位2着まで天皇賞(秋)への出走権(優先出走権ではない)が与えられるトライアル競走である。

出走資格はサラ系3歳(旧4歳)以上のJRA所属馬(未出走馬及び未勝利馬は除く)、地方所属の競走馬(2頭まで)及び外国調教馬(9頭まで)。

負担重量は3歳53kg、4歳上56kg、牝馬2kg減を基本とし、

  • 施行日当日から1年前の開催週以降のGI競走(牝馬限定競走を除く)1着馬は2kg増
  • 施行日当日から1年前の開催週以降の牝馬限定GI競走またはGII競走(牝馬限定競走を除く)1着馬は1kg増
  • 施行日当日から1年前の開催週より過去のGI競走(牝馬限定競走を除く)1着馬は1kg増

以上の条件で斤量が課せられる。ただし2歳時の成績を除く。

歴史

  • 1955年 - 4歳(現3歳)以上の競走馬によるハンデキャップの混合の重賞競走として第1回産経賞オールカマー[1]が創設され、中山競馬場・芝2000mで施行された。
  • 1963年 - 名称をサンケイ賞オールカマー[2]に変更。
  • 1968年 - 東京競馬場のスタンド増築工事に伴う振替開催により、東京競馬場・芝2000mで施行。
  • 1970年 - 施行場を東京競馬場・芝2000mに変更。
  • 1974年 - 施行場を中山競馬場・芝2000mに戻す。
  • 1975年 - 京葉労働組合の労働協議の影響による開催中止の振替開催により、東京競馬場・芝2000mで施行。
  • 1978年 - 混合競走に指定。
  • 1980年 - 東京競馬場・芝2000mで施行。
  • 1981年 - 負担重量を別定に変更。
  • 1984年
    • 施行距離を芝2200mに変更。
    • グレード制施行によりGIIIに格付け。
    • 増沢末夫が騎手として史上初の連覇。
  • 1986年
    • 指定交流競走に指定、サンケイ賞オールカマー(地方競馬招待)に表記変更。
    • 負担重量を馬齢重量に変更。
    • 地方愛知所属のジュサブローが地方所属馬として史上初の優勝。
  • 1988年 - 中山競馬場のスタンド改築工事に伴う振替開催により、新潟競馬場・芝2200mで施行。
  • 1989年 - 名称・表記を産経賞オールカマー(地方競馬招待)[2]に変更。
  • 1991年 - 地方大井所属のジョージモナークが地方所属馬として史上2頭目の優勝。
  • 1994年 - 「JRA創設40周年記念 産経賞オールカマー(地方競馬招待)」と銘打ち施行。
  • 1995年
    • グレードをGIIに格上げ。
    • 混合競走から国際競走に変更され、外国調教馬は5頭まで出走可能となる。
    • 指定交流競走に指定され、地方所属馬は2頭まで出走可能となる。
    • 負担重量を別定に変更。
    • 台風12号の関東圏接近の影響で翌9月18日月曜日に延期。
  • 2001年 - 馬齢表示の国際基準への変更に伴い、出走資格が「4歳以上」から「3歳以上」に変更。
  • 2002年 - 東京競馬場の改修工事による振替開催により、新潟競馬場・芝2200mで施行。
  • 2006年
  • 2007年 - 日本のパートI国昇格に伴い、外国調教馬の出走枠が9頭に拡大。
  • 2008年
  • 2009年
    • マツリダゴッホが史上初の3連覇。
    • 国枝栄が調教師として史上初の3連覇。
  • 2012年 - 基本負担重量をは3歳54kg、4歳上57kg(牝馬は2kg減)から3歳53kg、4歳上56kg(牝馬は2kg減)に変更。
  • 2014年
    • 中山競馬場のスタンド改築工事に伴う振替開催により、新潟競馬場・芝2200mで開催予定[4]
    • この年から当競走の1着馬に天皇賞(秋)への優先出走権が付与される。

歴代優勝馬

回数 施行日 優勝馬 性齢 勝時計 優勝騎手 管理調教師 馬主テンプレート:要出典
第1回 1955年10月16日 メイヂヒカリ 牡3 2:04.0 蛯名武五郎 藤本冨良 新田松江
第2回 1956年11月11日 トヨタニ 牡4 2:10.4 高橋英夫 鈴木信太郎 中村勝五郎
第3回 1957年10月20日 キタノオー 牡4 2:04.4 勝尾竹男 久保田金造 田中留治
第4回 1958年10月19日 マサタカラ 牡4 2:07.0 保田隆芳 古賀嘉蔵 西博
第5回 1959年10月18日 ウネビヒカリ 牡3 2:06.0 野平祐二 野平省三 山之内喜代子
第6回 1960年10月16日 ヤシマフアースト 牡4 2:02.5 保田隆芳 尾形藤吉 小林庄平
第7回 1961年10月15日 アズマテンラン 牡3 2:02.7 野平好男 二本柳俊夫 堀平四郎
第8回 1962年10月14日 リユウムサシ 牡3 2:03.4 森安弘明 元石正雄 田中彰治
第9回 1963年10月27日 ミオソチス 牝3 2:05.6 高松三太 川上武一 伊達政志
第10回 1964年10月18日 フラワーウツド 牝3 2:09.5 野平祐二 尾形藤吉 永田雅一
第11回 1965年10月10日 ミハルカス 牡5 2:04.6 加賀武見 小西喜蔵 平井太郎
第12回 1966年11月27日 ヒシマサヒデ 牡4 2:04.2 小野定夫 稗田敏男 阿部雅信
第13回 1967年10月22日 オンワードウエル 牡4 2:03.9 大和田稔 二本柳俊夫 樫山純三
第14回 1968年[[9月29日|テンプレート:09月29日]] スイートフラッグ 牝4 2:01.1 野平祐二 野平省三 和田共弘
第15回 1969年10月26日 ライトワールド 牡4 2:05.6 吉永正人 三井末太郎 渡辺光一
第16回 1970年10月25日 マキノホープ 牡4 2:01.8 加賀武見 田中和夫 田中角栄
第17回 1971年10月17日 キクノハッピー 牡3 2:01.5 波多野浩久 山岡寿恵次 田中伊三郎
第18回 1972年10月22日 イナボレス 牡3 2:01.4 宮田仁 大久保末吉 稲富稜人
第19回 1973年10月14日 ハクホオショウ 牡4 2:01.7 池上昌弘 尾形藤吉 西博
第20回 1974年10月13日 イチフジイサミ 牡4 2:04.4 郷原洋行 松永光雄 保坂勇
第21回 1975年10月12日 キクノオー 牡4 2:01.9 横山富雄 山岡寿恵次 田中伊三郎
第22回 1976年10月17日 グレートセイカン 牡4 2:02.2 郷原洋行 大久保房松 鈴木一朗
第23回 1977年10月16日 トウフクセダン 牡4 2:01.1 宮田仁 大久保末吉 井上芳春
第24回 1978年10月15日 ハセオーマ 牡3 2:01.4 柴田政人 佐藤勝美 長南鶴雄
第25回 1979年10月14日 ユキフクオー 牡4 2:02.0 小島太 古山良司 加藤友三郎
第26回 1980年10月12日 ブルーマックス 牡5 2:00.4 東信二 境勝太郎 角隆司
第27回 1981年[[9月20日|テンプレート:09月20日]] ハセシノブ 牝4 2:04.3 田村正光 畠山重則 長南鶴雄
第28回 1982年[[9月26日|テンプレート:09月26日]] トドロキヒホウ 牡4 2:02.7 安田富男 元石孝昭 町田圭三
第29回 1983年[[9月25日|テンプレート:09月25日]] スイートカーソン 牝4 2:03.6 増沢末夫 大和田稔 和田共弘
第30回 1984年[[9月23日|テンプレート:09月23日]] アサカシルバー 牡5 2:13.9 増沢末夫 高橋英夫 佐久間有寿
第31回 1985年[[9月22日|テンプレート:09月22日]] アサカサイレント 牡3 2:15.0 安田富男 元石孝昭 佐久間有寿
第32回 1986年[[9月21日|テンプレート:09月21日]] ジュサブロー 牡4 2:15.2 鈴木純児 安達小八 角田哲男
第33回 1987年テンプレート:09月20日 ダイナフェアリー 牝4 2:14.5 増沢末夫 鈴木康弘 (有)社台レースホース
第34回 1988年[[9月18日|テンプレート:09月18日]] スズパレード 牡7 2:12.3 蛯沢誠治 富田六郎 小紫芳夫
第35回 1989年[[9月17日|テンプレート:09月17日]] オグリキャップ 牡4 2:12.4 南井克巳 瀬戸口勉 近藤俊典
第36回 1990年[[9月16日|テンプレート:09月16日]] ラケットボール 牡5 2:13.3 坂井千明 松山康久 栗山博
第37回 1991年[[9月15日|テンプレート:09月15日]] ジョージモナーク 牡6 2:12.4 早田秀治 赤間清松 須原秀晴
第38回 1992年テンプレート:09月20日 イクノディクタス 牝5 2:12.1 村本善之 福島信晴 勝野憲明
第39回 1993年[[9月19日|テンプレート:09月19日]] ツインターボ 牡5 2:12.6 中舘英二 笹倉武久 黒岩晴男
第40回 1994年テンプレート:09月18日 ビワハヤヒデ 牡4 2:14.5 岡部幸雄 浜田光正 (有)ビワ
第41回 1995年テンプレート:09月18日 テンプレート:Flagicon ヒシアマゾン 牝4 2:16.3 中舘英二 中野隆良 阿部雅一郎
第42回 1996年テンプレート:09月15日 テンプレート:Flagicon サクラローレル 牡5 2:16.7 横山典弘 境勝太郎 (株)さくらコマース
第43回 1997年[[9月14日|テンプレート:09月14日]] テンプレート:Flagicon メジロドーベル 牝3 2:16.6 吉田豊 大久保洋吉 メジロ商事(株)
第44回 1998年テンプレート:09月20日 テンプレート:Flagicon ダイワテキサス 牡5 2:13.6 武豊 増沢末夫 大和商事(株)
第45回 1999年テンプレート:09月19日 テンプレート:Flagicon ホッカイルソー 牡7 2:12.0 江田照男 田中清隆 (有)北海牧場
第46回 2000年[[9月24日|テンプレート:09月24日]] テンプレート:Flagicon メイショウドトウ 牡4 2:15.8 的場均 安田伊佐夫 松本好雄
第47回 2001年テンプレート:09月23日 テンプレート:Flagicon エアスマップ 牡6 2:13.9 柴田善臣 藤沢和雄 (株)ラッキーフィールド
第48回 2002年テンプレート:09月22日 テンプレート:Flagicon ロサード 牡6 2:11.7 後藤浩輝 橋口弘次郎 (有)社台レースホース
第49回 2003年[[9月28日|テンプレート:09月28日]] テンプレート:Flagicon エアエミネム 牡5 2:14.4 蛯名正義 伊藤雄二 (株)ラッキーフィールド
第50回 2004年テンプレート:09月26日 テンプレート:Flagicon トーセンダンディ 牡6 2:13.4 勝浦正樹 森秀行 島川隆哉
第51回 2005年テンプレート:09月25日 テンプレート:Flagicon ホオキパウェーブ 牡4 2:16.7 後藤浩輝 二ノ宮敬宇 金子真人ホールディングス(株)
第52回 2006年テンプレート:09月24日 テンプレート:Flagicon バランスオブゲーム 牡7 2:12.1 田中勝春 宗像義忠 薗部博之
第53回 2007年テンプレート:09月23日 テンプレート:Flagicon マツリダゴッホ 牡4 2:12.5 蛯名正義 国枝栄 高橋文枝
第54回 2008年テンプレート:09月28日 テンプレート:Flagicon マツリダゴッホ 牡5 2:12.0 蛯名正義 国枝栄 高橋文枝
第55回 2009年[[9月27日|テンプレート:09月27日]] テンプレート:Flagicon マツリダゴッホ 牡6 2:11.4 横山典弘 国枝栄 高橋文枝
第56回 2010年テンプレート:09月26日 テンプレート:Flagicon シンゲン 牡7 2:11.4 藤田伸二 戸田博文 吉田千津
第57回 2011年テンプレート:09月25日 テンプレート:Flagicon アーネストリー 牡6 2:11.2 佐藤哲三 佐々木晶三 前田幸治
第58回 2012年テンプレート:09月23日 テンプレート:Flagicon ナカヤマナイト 牡4 2:15.5 柴田善臣 二ノ宮敬宇 和泉信一
第59回 2013年テンプレート:09月22日 テンプレート:Flagicon ヴェルデグリーン 牡5 2:12.0 田辺裕信 相沢郁 斎藤光政

※1995年以降は国際重賞(国際GII)競走により国旗を表記。

本競走からの天皇賞(秋)優勝馬

天皇賞(秋)の前哨戦の1競走として施行され7頭が同年の天皇賞(秋)を制覇している。しかし1984年からの同競走が芝2000m短縮以降は1頭も優勝馬がいない。

回数 馬名 性齢 着順
第2回 ミツドフアーム 牡5 4着
第3回 ハクチカラ 牡4 2着
第7回 タカマガハラ 牡4 3着
第9回 リユウフオーレル 牡4 3着
第16回 メジロアサマ 牡4 3着
第27回 ホウヨウボーイ 牡6 5着
第28回 メジロティターン 牡4 5着

本競走からの他のGI級優勝馬

第1回から天皇賞(秋)以外で同年のGI級優勝馬が15頭、16例の優勝があるが、エリザベス女王杯ジャパンカップの優勝は過去1度もない。

回数 馬名 性齢 着順 優勝競走
第1回 メイヂヒカリ 牡3 1着 第16回菊花賞
第2回 メイヂヒカリ 牡4 2着 第1回中山グランプリ
第3回 ハクチカラ 牡4 2着 第2回有馬記念
第4回 オンワードゼア 牡4 5着 第3回有馬記念
第7回 アズマテンラン 牡3 1着 第22回菊花賞
第8回 ヒロキミ 牡3 6着 第23回菊花賞
第12回 コレヒデ 牡4 8着 第11回有馬記念
第19回 ストロングエイト 牡4 2着 第18回有馬記念
第32回 カウンテスアツプ 牡5 7着 第32回東京大賞典
第33回 テツノカチドキ 牡7 7着 第33回東京大賞典
第35回 オグリキャップ 牡4 1着 第6回マイルチャンピオンシップ
ロジータ 牝3 5着 第35回東京大賞典
第42回 サクラローレル 牡5 1着 第41回有馬記念
第43回 メジロドーベル 牝3 1着 第2回秋華賞
第53回 マツリダゴッホ 牡4 1着 第52回有馬記念
第55回 ドリームジャーニー 牡5 2着 第54回有馬記念

関連項目

脚注

テンプレート:脚注ヘルプ テンプレート:Reflist

外部リンク

テンプレート:中央競馬の重賞競走
  1. 1.0 1.1 当時は関東は「産経時事」、関西は「産業経済新聞」と題字が別個だった。1958年に「産経新聞」に統合。
  2. 2.0 2.1 2.2 2.3 産経新聞は1958年-1969年4月、及び1988年5月以後今日までは題字が漢字の「産経新聞」、1969年4月-1988年5月はカタカナの「サンケイ」となっているが、1958年に「産業経済新聞」からの題字変更当初から1988年の再改称までの期間、呼称としてカタカナの「サンケイ」を採用していた
  3. 尚マツリダゴッホは当レースの3連覇も達成している。
  4. 中山競馬場スタンド等整備工事について JRAホームページ 2013年2月15日