野口悠紀雄
野口 悠紀雄(のぐち ゆきお、1940年12月20日 - )は、日本の元官僚、経済学者。専門は、日本経済論、ファイナンス理論。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学教授を経て、早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問、一橋大学名誉教授。
行政法学者の野口貴公美(中央大学法学部教授、博士(法学)(一橋大学))は実子[1]。
目次
経歴
- 幼いころに父親がフィリピンで戦死し、母親に育てられる。
- 都立日比谷高校卒業
- 1963年 東京大学工学部卒業 同大学大学院工学系研究科修士課程へ入学
- 1964年 大学院を中退し、大蔵省(現・財務省)に入省。同期には野田毅、田波耕治、秋山昌廣、涌井洋治など
- 1968年 カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)より経済学修士号取得
- 1972年 イェール大学より経済学博士号取得
- 帰国後大蔵省に戻ったのち文部省に出向
- 1974年 埼玉大学教養学部助教授(大蔵省より出向)
- 1978年 一橋大学経済学部助教授
- 1981年 一橋大学経済学部教授
- 1996年 東京大学先端科学技術研究センター教授
- 1999年 東京大学先端経済工学研究センター長
- 東京大学先端経済工学研究センター長を最後に退官[2]
- 2000年 青山学院大学大学院国際マネジメント研究科教授
- 2004年 スタンフォード大学客員教授、一橋大学名誉教授
- 2005年4月 早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授
- 2011年4月 早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問
人物
大蔵省在職中の1967年に政府主催明治100年記念論文最優秀総理大臣賞を受賞。『情報の経済理論』では日経・経済図書文化賞(第17回、1974年)を受賞。一橋大学助教授時代に『財政危機の構造』などに対してサントリー学芸賞受賞(1980年、政治・経済部門)[3]。
1987年11月に『週刊東洋経済・近代経済学シリーズ』で「バブルで膨らんだ地価」という論文を掲載しており、「私の知る限り、この時期の地価高騰を「バブル」という言葉で規定したのは、これが最初だ」と述べている[4]。
「超」整理手帳(ちょうせいりてちょう)を1996年に考案した。当時、手帳としては異色のA4横四つ折というサイズで、8週間が一覧できるジャバラ式のスケジュールシート4つで構成される。
「超」整理法シリーズはベストセラーになっており、毎年発売され、基本的な形は当初のままである。これは従来の整理法(京大式カードなど)は、個人では実行困難(個人で図書館のように整然と分類する必要はない)として、考案したシステムである。使ったファイルは手前に置くという「押出しファイリング」とパソコンの全文検索機能を利用した方法を提案している。
趣味は天体観測である。20年前に直径2mの開閉式ドーム天文台を自宅屋上に作り、口径20cmの反射望遠鏡[5]を設置している[6]。
主張
1940年体制
1990年代以降に続いた長期不況に関して、その原因を戦時中に構築されたシステム(「1940年体制」)の非効率さにあるとして、経済論壇において一大センセーションを巻き起こした。
1940年体制とは、日本的な企業、経営、労使関係、官民関係、金融制度など日本経済の特徴とされる様々な要素が、1940年頃に戦時体制の一環として導入されたとする概念である[7]。
野口は、
- 高度経済成長は、戦時体制によって実現された。戦時体制は、敗戦後も生き残り、高度経済成長を実現する上で、本質的な役割を果たした。
- 日本経済の特徴とされる要素は、戦時経済の要請によって導入されたものであり、日本の歴史の中では比較的新しいものである。
としており、「戦時体制からの脱却(構造改革)」を主張している[8]。
著書の『1940年体制』は、いわゆる「構造改革論」のバイブルと目されている。野口らの提議した構造改革論に対しては、岩田規久男や野口旭らから痛烈な批判が寄せられたが、2004年以降の景気回復局面においては、議論は一時期雲散霧消してしまった感が否めない。なお、「1940年体制」に対して、堺屋太一は「昭和十六年体制」と呼称した理論を展開している[9]。
TPP
デフレーション
- 通貨が減価し、東アジア諸国の価格競争力が高まりつつあった2009年当時のデフレーションにおいて、次の様に主張した。「東アジア諸国と日本企業が競争しようとしても、勝ち目はない。対応しようとすれば、生産拠点の海外転を促進するしかない。日本国内で見た輸入品の価格は安くなる。これを利用した経済活動に転換することが重要である。」、「『よいデフレ』とか『悪いデフレ』と言われることがあるがそうした区別は存在しない。立場によって評価が異なるだけである[11]」
- 「必要なのは、『デフレからの脱却』ではなく、『所得低下からの脱却』である。、工業製品の価格低下は、実質所得をさらに引き上げる望ましい現象として、歓迎されることになるだろう[12]」と述べている。
食料自給率
その他
- 野口の著書のほとんどに、経済専門著書のほかエッセイにあたる『超』整理日誌シリーズでも巻末に索引が明記されている。テンプレート:要出典範囲。
- 極端なテレビ嫌いで知られる[15]。テンプレート:要出典範囲。
- 本人がアメリカ留学中に娘が北海道で生まれたため、電報でその旨を知らされたという。
著書
- 「超」整理法シリーズ
- 「超」整理法 - 情報検索と発想の新システム(1993年)
- 続「超」整理法・時間編 - タイム・マネジメントの新技法(1995年)
- 「超」整理法 3 - とりあえず捨てる技術(1999年)(以上、中公新書)
- (中公文庫版では「超」整理法 1 - 押し出しファイリング、2 - 捨てる技術、3 - タイム・マネジメント、4 - コミュニケーションの4冊)
- 超「超」整理法(2008年、講談社)
- 「超」勉強法シリーズ
- 「超」勉強法(1995年、講談社)
- 「超」勉強法 実践編(1997年、講談社)
- 「超」整理日誌シリーズ
- 「超」整理日誌(1995年、ダイヤモンド社)
- 無人島に持ってゆく本~「超」整理日誌2(1997年、ダイヤモンド社)
- 時間旅行の愉しみ~「超」整理日誌3(1998年、ダイヤモンド社)
- 「鏡の国」の経済学者~「超」整理日誌4(1999年、ダイヤモンド社)
- IT時代の社会のスピード -「超」整理日誌5(2000年、ダイヤモンド社)
- 「超」整理日誌6 正確に間違う人、漠然と正しい人(2001年、ダイヤモンド社)
- 日本にも夢はあるはず -「超」整理日誌7(2002年、ダイヤモンド社)
- デフレとラブストーリーの経済法則 -「超」整理日誌8(2003年、ダイヤモンド社)
- 地動説を疑う 「超」整理日誌9(2004年、ダイヤモンド社)
- 「超」アメリカ整理日誌(2005年、ダイヤモンド社)
- 「超」シリーズ
- 「超」自分史ガイド(1998年、ダイヤモンド社)
- 「超」旅行法(1999年、新潮社)
- 「超」発想法(2000年、講談社)
- 「超」文章法(2002年、中公新書)
- 「超」納税法(2003年、新潮社)
- 「超」税金学(2003年、新潮社)
- 「超」英語法(2004年、講談社)
- 「超」リタイア術(2004年、新潮社)
- 「超」時間管理法2006(2005年、アスコム)
- 「超」手帳法(2006年、講談社)
- 「超」説得法(2013年、講談社)
コンピュータ関連
- パソコン「超」仕事法
- ホームページにオフィスを作る
- インターネット「超」活用法
- インターネット「超」活用法2001
- クラウド「超」仕事法 - スマ-トフォンを制する者が、未来を制する
- 図解スマ-トフォン「超」活用法
経済関連
- 『土地の経済学』(日本経済新聞社、1989年)
- 『バブルの経済学―日本経済に何が起こったのか』(日本経済新聞社、1992年)
- 『日本経済 改革の構図』(東洋経済新報社、1993年)
- 『税制改革のビジョン―消費税増税路線を見直す』(日本経済新聞社、1994年)
- 『1940年体制―さらば戦時経済』(東洋経済新報社、1995年、その後2002年に新版、2010年に増補版)
- 『日本経済再生の戦略―21世紀への海図』(中央公論新新社、中公新書、1999年)
- 『金融工学―ポートフォリオ選択と派生資産の経済分析』(藤井眞理子との共著、ダイヤモンド社、2000年)
- 『金融工学、こんなに面白い』(文藝春秋、文春新書、2000年)
- 『日本経済 企業からの革命―大組織から小組織へ』(日本経済新聞社、2002年)
- 「超」納税法(2003年 新潮社 ISBN 4104329029 2004年 新潮文庫 ISBN 410125625X)
- 『「超」税金学』(新潮社、2003年 ISBN 4104329037)
- 『ビジネスに活かすファイナンス理論入門―ここまでは知っておきたい基本』(ダイヤモンド社、2004年)
- 『公共政策の新たな展開―転換期の財政運営を考える』(東京大学出版会、2005年)
- 『ゴールドラッシュの「超」ビジネスモデル』(新潮社、2005年)
- 『日本経済改造論―いかにして未来を切り開くか』(東洋経済新報社、2005年)
- 『知っているようで知らない消費税―「超」税金学講座』(新潮社、新潮文庫、2006年)
- 『日本経済は本当に復活したのか』(ダイヤモンド社、2006年)
- 『資本開国論―新たなグローバル化時代の経済戦略』(ダイヤモンド社、2007年)
- 『野口悠紀雄の「超」経済脳で考える』(東洋経済新報社、2007年)
- 『モノづくり幻想が日本をダメにする』(ダイヤモンド社、2007年)
- 『戦後日本経済史』(新潮社、2008年)
- 『ジェネラルパーパス・テクノロジー 日本の停滞を打破する究極手段』(遠藤諭との共著、アスキー・メディアワークス、2008年)
- 『円安バブル崩壊―金融緩和政策の大失敗』(ダイヤモンド社、2008年)
- 『世界経済危機 日本の罪と罰』(ダイヤモンド社、2008年)
- 『金融危機の本質は何か―ファイナンス理論からのアプローチ』(東洋経済新報社、2009年)
- 『未曾有の経済危機 克服の処方箋』(ダイヤモンド社、2009年)
- 『経済危機のルーツ―モノづくりはグーグルとウォール街に負けたのか』(東洋経済新報社、2010年)
- 『世界経済が回復する中、なぜ日本だけが取り残されるのか』(ダイヤモンド社、2010年)
- 『日本を破滅から救うための経済学』(ダイヤモンド社、2010年)
- 『大震災後の日本経済―100年に1度のターニングポイント』(東洋経済新報社、2011年)
- 『大震災からの出発―ビジネスモデルの大転換は可能か』(東洋経済新報社、2011年)
- 『消費増税では財政再建できない』(ダイヤモンド社、2012年)
- 『製造業が日本を滅ぼす』(ダイヤモンド社、2012年)
脚注
- ↑ 野口悠紀雄、野口貴公美「親子のカタチ:野口悠紀雄×野口貴公美」『週刊朝日』2008年10月17日号。
- ↑ 野口悠紀雄web R25 2006年11月9日
- ↑ 野口 悠紀夫 サントリー学芸賞 - サントリー文化財団ウェブサイト、熊谷尚夫による評
- ↑ テンプレート:Cite
- ↑ 数十万円
- ↑ 「たからもの 野口悠紀雄さんの望遠鏡」読売新聞2014年8月4日朝刊14面
- ↑ 野口悠紀雄 『日本経済再生の戦略-21世紀への海図』 中央公論新社〈中公新書〉、1999年、119頁。
- ↑ 野口悠紀雄 『日本経済再生の戦略-21世紀への海図』 中央公論新社〈中公新書〉、1999年、120-121頁。
- ↑ テンプレート:Cite
- ↑ 日本のTPP交渉参加を、中国はどう見ているか?ダイヤモンド・オンライン 2013年3月21日
- ↑ デフレ脱却など無意味! 重要なのはドル安に対応できる経済への転換だダイヤモンド・オンライン 2009年11月28日
- ↑ 日本の「デフレ」のメカニズム --財対サービス、製造業対サービス産業の差が重要ダイヤモンド・オンライン 2012年6月21日
- ↑ 『資本開国論』テンプレート:要ページ番号など。
- ↑ TTPと農業問題の本質:農業七不思議:農水省が仕組んだ食料自給率が引き起こす混乱 その2誠ブログ2012年2月15日 の「出典:野口悠紀雄 食料問題の本質は量不足でなく高価格」の引用部
- ↑ 著書:「超」勉強法テンプレート:要ページ番号より。
関連人物
- 榊原英資 - 大蔵省に在籍時、米国留学時に数々の助言をしたとされる。上記の「1940年体制」に関係する論文を共著で発表した。
- 高木文雄 - 野口を大蔵省に無理矢理入省させたとされる。
- 坪内祐三 - 『「超」勉強法』を、読まなくとも内容がわかるくだらない本と批判した。
外部リンク
- 野口悠紀雄Online
- 早稲田大学大学院ファイナンス研究科
- 野口悠紀雄 未曾有の経済危機を読む - ダイヤモンド・オンライン
- 野口悠紀雄の「経済大転換論」 - ダイヤモンド・オンライン
- 中国語ができなくても大丈夫 野口悠紀雄の中国経済統計「超」読解法 - ダイヤモンド・オンライン
- 野口悠紀雄「日銀が引き金を引く日本崩壊」 - ダイヤモンド・オンライン
- 野口悠紀雄の「震災復興とグローバル経済~~日本の選択」(野口悠紀雄の「経済危機後の大転換~~ニッポンの選択」) - 東洋経済オンライン