期日前投票制度
テンプレート:Ambox 期日前投票制度(きじつぜんとうひょうせいど)とは、日本の選挙または国民投票における事前投票制度の一つ。公職選挙法48条の2において2003年(平成15年)12月1日から設けられた制度および日本国憲法の改正手続に関する法律60条において設けられた制度。なお、マスメディアによっては、「きじつまえとうひょうせいど」と読まれることもある[1]。
概要
選挙の期日(いわゆる「投票日」)に投票できない有権者が、公示日又は告示日[2]の翌日から選挙期日の前日までの期間に、選挙人名簿に登録されている市区町村と同じ市区町村において投票することができる制度である。[3]
2003年の公職選挙法改正により、これまでの不在者投票制度のうち「選挙人名簿に登録されている市町村と同じ市町村において有権者が投票する」場合について要件を緩和する形で新しく設けられた。従来あった不在者投票制度は、その対象となる有権者の範囲を縮小して存続している。
制度開始以来、期日前投票の利用は順調に広まった。東京都選挙管理委員会の調べによれば、2007年(平成19年)の参議院議員選挙では、東京都の当日有権者のうち10.81%, 投票者のうち18.68%が期日前投票を利用した[4]。これらの割合は2004年(平成16年)の参議院議員選挙と比較してそれぞれ3.92ポイント、6.39ポイント上昇している。同選挙管理委員会はこの増加について、不在者投票からの制度改正の目的どおり、それまで多忙のため棄権していた有権者を投票に向かわせることができたためだと分析している[4]。
特徴
- 通常の選挙では自書式投票、最高裁判所裁判官国民審査では記号式投票である。投票用紙を裸でそのまま投票箱に投入する。投入した時点から、選挙期日当日の投票と同様に正式な投票として取り扱われる。
- 正式な投票とするためには、投票所では確定した候補者全員の氏名を一覧として示す必要がある。したがって、公示日又は告示日の当日(立候補受付中)ではなく、翌日からの実施となった[5]。
- 候補者の一覧を念頭に置いた期日前投票の新設実施について、選挙関係者・識者の間には「将来の電子投票の導入拡大を見据えたもの」とする分析がある。総務省としては制度開始に当たってのチラシにおいて、期日前投票も電子投票で実施できることをうたっている[6]。期日前投票での全国初の電子投票は、2004年(平成16年)1月18日執行の六戸町(青森県)町長選挙において実施された。
- 正式な投票とするため、期日前投票所には期日前投票立会人を置く。投票の際に、第三者が投票を受理するかどうかについて意見を述べる機会を保障するもの。
- 期日前投票後、投票日までに被選挙人(候補者)がその資格を喪失した場合や死亡した場合は、その候補者に投じられた票は無効票となる。この扱いは、不在者投票においても同様である。
- 期日前投票後、有権者が投票日日までに選挙権を喪失した場合(死亡、地方選挙で選挙区外への転居など)、投票は有効となる。
不在者投票との違い
- 投票用紙は、裸でそのまま投票箱に投入する。
- 自分が選挙人名簿に登録されている市町村の選挙管理委員会の管理する投票所において投票する。
- 期日前投票をしようとする者については、選挙期日ではなく「期日前投票をしようとする日」において、投票しようとする者が選挙権を有するかどうかを判定する。
投票の手続
基本的な手続は次のとおりである。
- 選挙人は期日前投票所に出向き、投票所入場券又はその他の手段で身分証明を行う。
- 選挙期日に投票できない見込みであることを書面で宣誓する。
- その後、通常の投票と同じ要領で、投票用紙を係員から受け取って投票する。
以下、個々の点について詳しく述べる。
通常の投票との違いの一つは、「宣誓書」を提出しなければならない点である。「レジャー・観光・買い物」などの曖昧・簡潔な理由でよい。このことについて、公職選挙法施行令49条の8では「選挙の当日自らが該当すると見込まれる事由を申し立て、かつ、申立てが真正であることを誓う旨の宣誓書を提出しなければならない」と定められている[9]。
通常の投票と同じく、投票所入場券が既に郵送されている場合はそれを持参することによって、入場券がまだ届いていない又は持参できなかった場合はその他の方法で、選挙人の本人確認が行われる。印鑑などは必要とされない。身分証明の方法については選挙事務を処理する現場の各市町村選挙管理委員会によって判断が分かれており、運転免許証などの身分証明書の提示を求められる場合も少数ながら存在する。
投票を行うことができるのは、平日・土曜日・日曜日・祝日・休日のどの日であっても原則として、期間中の毎日8時30分から20時までである。ただし、一部の地方自治体や施設では若干異なる場合がある。期日前投票に出向く都合が限られるなどの必要に応じて、選挙管理委員会に問い合わせをするのが望ましい。特に最近では市町村合併の影響で、同一市町村であっても衆議院議員選挙区が違う場合などがある。
要件と経緯
選挙期日に次の各号に掲げる事由のいずれかに該当すると見込まれていて、期日前投票日に選挙権がある有権者は、期日前投票をすることができる。
- (公職選挙法48条の2の第1項第1号から第5号を引用して、以下に示す)
- 一 職務若しくは業務又は総務省令で定める用務[10]に従事すること。
- 二 用務(前号の総務省令で定めるものを除く。)又は事故のためその属する投票区の区域外に旅行又は滞在をすること。
- 三 疾病、負傷、妊娠、老衰若しくは身体の障害のため若しくは産褥にあるため歩行が困難であること又は刑事施設、労役場、監置場、少年院若しくは婦人補導院に収容されていること。
- 四 交通至難の島その他の地で総務省令で定める地域に居住していること又は当該地域に滞在をすること。
- 五 その属する投票区のある市町村の区域外の住所に居住していること。
1998年(平成10年)の公職選挙法改正以前の不在者投票制度においては、「見込み」ではなく「確実に選挙期日の投票が困難」であることが必要条件であった。さらに上記のうち第1号については投票区の区域外に行くこと、第2号については市町村の区域外に行くことも条件であった。このように要件は極めて限定的であり、実際の運用でも不在者投票の窓口で行き先や理由をしつこく尋ねられたりする場合が多く、有権者にはプライバシーの侵害だと感じられることもあった。また不在者投票の管理運営がずさんであったとして、選挙そのものが無効になったものもあった。
1998年(平成10年)の公職選挙法改正では、不在者投票制度の利用に必要な条件が現在と同じ程度に緩和された。これにより、不在者投票の利用者は大幅に増えた。しかし不在者投票制度の実務面では投票・開票に関わる事務手続について、手間を要することに変わりはなかった。また、選挙管理委員会が不在者投票について、開票するのを忘れたまま選挙結果を確定させてしまうなど、不在者投票にからんだ事件・事故が依然として続いた。
2003年(平成15年)12月の公職選挙法改正により、現在の期日前投票制度が設けられた。投票率の上昇を追求する総務省・選挙管理委員会、選挙管理事務の簡素化を求める選挙管理委員会より、利用しやすい投票制度を求める有権者らの要望が一致した結果だといえる。
問題点
不在者投票と異なり、本制度は投票箱に直接票を投じることで投票行動が完遂する。同時に、平等選挙と秘密選挙であるため、いかなる理由があろうとも有権者が期日前投票後に投票の取り消しや再投票を行うことができない。そのため、以下のような事態が生じる。
- 立候補者が死亡した場合など立候補者が欠けた場合、その立候補者に投じられた票は無効となる[11]。
- ただし、不在者投票の場合でも同様に無効となるため、本制度固有の問題というわけではない。
- 選挙管理委員会の明らかなミスにより有効票としての要件が満たされなかった場合[12]も、同様に無効となる。
- 特に近年多発傾向にある。
- 投票した有権者が選挙期日までに選挙権を喪失した場合[13]に、期日前投票ではそのまま有効な投票となって開票される。
- 不在者投票では開票管理者の受理・不受理決定、更に投票管理者の受理・不受理決定を経て、選挙期日に選挙権を有している者の投票のみを開票する。この取り扱いの違いは不公平だとする問題提起がある[14]。
期日前投票の要件が緩やかであることは、各陣営の戦術にも影響を及ぼしている。すなわち、組織票をもっている陣営は選挙期間の途中で気が変わらないよう早めに投票を呼び掛けている陣営が多く出ており、情報が不十分の中で安易に投票させたり組織票の囲い込みに利用される危険性があるのではないかという点ではデメリットである(一例として、2009年(平成21年)の兵庫県知事選挙で同県姫路市家島町での期日前投票において地元の漁協が、投票所に来た有権者や清掃奉仕活動に来た有権者に現金2,000円を渡し投票を呼び掛けていたケースがあり、公職選挙法に抵触するおそれがあるとして問題となっている[15][16])。
公職選挙法には、投票するに当たって身分証明書の提示を求める規定は設けられていない。期日前投票所の現場では投票所入場券を持参しなかった有権者について、宣誓書の提出と生年月日などの口頭での確認だけで投票できる場合が多く、身分証明書の提示を求められることは少ない。東京都選挙管理委員会の調べによれば、選挙人が入場整理券を持参しなかった際の本人確認の方法に関して、東京都内の地方公共団体のうち17.5%のみが身分証明書を要求するとしている。残りの82.5%のうちの多くは、身分証明書を要求しない理由として、宣誓書の提出で十分だと回答している[17]。本人確認が徹底されていないことは、選挙違反・不正投票の要因ともなっている[18]。このような状況を改善するため、総務省は通知(平成19年5月23日付総行管157号)を出し、本人確認の的確な実施を各選挙管理委員会に求めた[19]。
脚注
- ↑ 「前」の読み方について、法令用語としては「ぜん」だが、公職選挙法を所管する総務省は、同制度が国民に浸透するのであれば、一般用語としては「ぜん」でも「まえ」でもこだわらない、という態度。実際、同省の公式ウェブサイトではURLで"kijitsumae"としているものもある。片山総務大臣閣議後記者会見の概要2003年6月3日、期日前投票制度の創設について 選挙制度ニュース一覧 2003年(平成15年)12月1日
- ↑ 「公示」は、衆議院議員総選挙及び参議院議員通常選挙に限定した用語。それ以外(地方選挙、国会議員の再選挙及び補欠選挙、最高裁判所裁判官国民審査等)は「告示」を用いる。
- ↑ ただし、同様の制度がある最高裁判所裁判官国民審査においては、告示日も期日も衆議院議員総選挙と同じ日だが、期日前投票の期間は「審査期日の7日前から審査期日の前日」となる(最高裁判所裁判官国民審査法第26条)。これは、投票用紙に裁判官の氏名を印刷する必要があるため、投票用紙の製作・準備に時間が掛かることが理由とされている。
- ↑ 4.0 4.1 #東京都選管2008、6頁
- ↑ 第156回国会 政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会 第3号 衆議院 2003年(平成15年)5月21日
- ↑ 期日前投票制度(チラシ) (PDF)
- ↑ 例:期日前投票をした人が選挙期日より前に死亡した 等
- ↑ 秋田市 - 新☆選挙不思議発見!01年齢計算(秋田市選挙管理委員会)。満年齢、年齢計算ニ関スル法律の記事も参照
- ↑ #東京都選管2008、9-10頁
- ↑ 公職選挙法施行規則(昭和25年総理府令第13号)第15条の4で「葬式の喪主等冠婚葬祭の主宰をする者、その者の親族その他社会通念上これらの者に類する地位にあると認められる者が当該冠婚葬祭において行うべき用務」とされている。
- ↑ 例:2007年4月の長崎市長射殺事件
- ↑ 用紙の配布ミスや投票箱の取り違えなど
- ↑ 例:期日前投票後、選挙期日前に転居した場合など
- ↑ 投票日前に死亡なら 「期日前」有効「不在者」無効 遺族是正訴え 北海道新聞 2007年(平成19年)7月28日
- ↑ 姫路の漁協、期日前投票者に2000円渡す…兵庫県知事選 読売新聞 2009年(平成21年)6月27日
- ↑ 清掃活動で2千円渡し投票呼び掛け 姫路の漁協 神戸新聞 2009年(平成21年)6月27日
- ↑ #東京都選管2008、11頁
- ↑ テンプレート:Cite web(2007年(平成19年)4月8日執行の香川県議会議員選挙や2007年(平成19年)4月22日執行の高松市議会議員選挙での、期日前投票における詐偽投票事件を報じている)
- ↑ #東京都選管2008、10頁
参考文献
関連項目
外部リンク
- 期日前投票制度の創設について - 総務省