打ち歩詰め

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打ち歩詰め(うちふづめ、打歩詰打ち歩詰とも)とは、将棋において、持ち駒歩兵を打って相手の玉将詰みの状態にすること。将棋では禁じ手(反則)であり、打ち歩詰めの手を指した対局者の負けとなる。

概説

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将棋において、打ち歩詰めはルールで禁止されている。盤上にある歩兵を動かして玉を詰ますのはかまわない(突き歩詰め)。

上の図1で、▲1五歩と打つのは打ち歩詰めの反則である。図2で1六の歩を▲1五歩と進めるのは突き歩詰めで、これは反則ではない。図3で▲1五歩と打つのも、このあと△同銀▲同金と進んで詰み上がりになるので、打ち歩詰めではない。

実戦ではまず発生しないが、持ち駒の歩を打って相手玉をステイルメイトの状態にすることが打ち歩詰めにあたるのかは、正式な見解は出されていない。ただし、詰みの定義が「王手をかけている」ことを前提とするならば(詰みの項を参照)ステイルメイトは詰みではないため、この解釈に基づけば「打ち歩ステイルメイト」は禁じ手ではないことになる。また持ち駒の歩を打って王手をかけることにより、相手が指せる手を「連続王手の千日手となる逆王手」しかない状態にすることが打ち歩詰めにあたるのかについても、正式な見解は出されていない(最後の審判 (詰将棋)を参照)。

歴史

打ち歩詰めが禁じ手となったのがいつのことかは、明らかになっていない。初代大橋宗桂が1602年に献上したとされる詰将棋『象戯造物』に打ち歩詰め回避の問題が含まれているため、少なくともそれ以前には成立していたということになる。

最初に打ち歩詰めについて明文化されたのは、二世名人大橋宗古による『象戯図式』(寛永13 (1636) 年)である[1]。宗古は従来の慣習を明文化したとされ、行き所のない駒打ち、二歩、打ち歩詰め、千日手を禁じ手としている(現在は王手の連続による千日手が禁じ手であり、千日手そのものは指し直しとなるが、大正時代までは千日手は攻めている側が打開するものとされていた)。

なお、「打ち歩詰めが禁じ手となった理由は最下級の兵士(=歩兵)が大将の首を取るなどまかりならないとされたためである」という俗説があるが、その説の裏付けとなる資料・文献等は無く、真偽のほどは定かではない。また、この説では、禁じ手ではない突き歩詰め(盤上の歩を前進させて玉を詰ませる)も禁じ手になってしまうため、説明としては整合性を欠いている。 また戦国時代に将兵が寝返って主を討つというのは有りだが、最下級の兵士が寝返って主を討つというのはないとされたため、打ち歩詰めのみが禁じ手になったという説があるテンプレート:要出典

また、歩の駒数は両軍合わせて18枚もあり対局の最終局面において手駒にある確率が非常に高く、それによって勝敗を決することが将棋のゲーム性を著しく損なうことが打ち歩詰めを禁じる理由との考察があるテンプレート:要出典

実戦における打ち歩詰め

プロ棋士の対局では実際に打ち歩詰めの歩を打って反則負けになった例は、2008年9月現在までに存在しない。ただし、打ち歩詰めが関わる局面自体はいくつか存在しており、

  • 打ち歩詰め回避の手順が連続王手の千日手となり、反則負けとなった事例(昭和52年4月12日・日本将棋連盟杯戦・▲山口千嶺六段対△松田茂役八段、山口の反則負け)[2]
  • 投了時、あるいは投了後の変化で相手玉が打ち歩詰めの状態になった事例
  • 打ち歩詰めを回避して詰める必要のある事例
  • 自玉を打ち歩詰めの形にして詰みを逃れるという事例

などがある。

打ち歩詰めが関わらない限りまず見られない「角行不成」が実戦で現れたケースもわずかながらある。下図左は打ち歩詰めを避けるために角の不成が指された事例である。図の局面から先手(谷川)が▲4三角引成とすると、△5四歩▲6六銀打△同と▲同歩△5五玉で、次の▲5六歩が打ち歩詰めとなるため、実戦では▲4三角引不成とし、同様に進んで▲5六歩まで(下図右)で後手(大山)が投了した(以下△4四玉▲4五歩△3三玉▲2三角成△同玉▲3四角成以下、即詰みがある)[3]。局面図以前の指し手から王手が続いており、39手詰めであった。

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下図は自玉を打ち歩詰めにする形の受けとしての角不成が指された局面で、▲1五同角成でも詰みはないが、実戦は先手(杉本)が▲1五同角不成とすることで△1六歩が打ち歩詰めになり、後手(渡辺)はここで投了している(数手前に▲4二角と打った局面が後手玉は▲2二銀以下の詰めろで、ほぼ必死に近い状態)[4]

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打ち歩詰めは二歩と同じく禁手(反則、ルール違反)であってそれを指した者はその局において負けとなるが、通常はそれ以上の罰則(対局停止など)は科されない。Yahoo!ゲーム(既にサービス終了)では打ち歩詰めを始めとする禁手は「不正行為」とされ、公式のヘルプにて「Yahoo! JAPAN IDが削除されることもある」と明言されていた。インターネット将棋の仕組み上、反則した当人が負けを認めるか、そのまま対局を継続するかの選択しかできない(対局者や第三者が相手に負けを宣告する仕組みがない)ことがあり、打ち歩詰めをした側が負けを認めないとゲームが進行できなくなるという問題がある。

詰将棋における打ち歩詰め

詰将棋では、この打ち歩詰めを題材とした作品がある。初形や途中の状態で生じる打ち歩詰め局面を打開したり、打ち歩詰め局面の生成を回避することがテーマとなる。

打ち歩詰めの局面の解決法は何種類もある。主な解決法は以下のとおりである。

玉の逃げ場を作る

最も頻繁に現れるのは、歩を打っても詰まないように玉の逃げ道を作っておく方法である。

  • 不成(ならず)
  • 駒の移動
  • 捨て駒

などがある。例題を以下に示す。

不成を用いた解決法

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不成を用いた解決法は、大駒や歩のように成ると利きが多くなる駒をわざと成らないでおくことにより、玉が逃げる場所を用意する方法である。五世名人二代目伊藤宗印は、不成を用いた問題のみを集めた作品集『将棋精妙』を著している。

上の図4で▲2三角成では△2五玉とされて▲2六歩が打ち歩詰めとなるので失敗する。

そこで最初に戻って▲2三角不成と指すと、△2五玉に▲2六歩(図5)としても△2四玉と応じることができ、打ち歩詰めにならないので手が続けられる。以下▲3四金まで(図6)の5手詰となる。

駒の移動による解決法

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駒の移動による解決法は、玉の逃げ道にある駒を先に動かしておき、そこに玉が逃げられるようにする方法である。

上の図7では▲2三銀成△2一玉の局面で▲2二歩が打ち歩詰めとなるが、▲3二角成(図8)△同歩と捨てて歩を動かすと、▲2二歩と打っても△3一玉と逃げられるため、打ち歩詰めが解消される。以下▲4二歩成まで(図9)の7手詰である。なお、3手目の▲3二角は成っても不成でも良い非限定である。

捨駒による解決法

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捨駒による解決法は、玉の逃げ道に利いている自分の駒を捨てておき、そこに玉が逃げられるようにする方法である。前項と似ているが、この場合は玉方の駒を動かす必要がない。

図10ですぐに▲7四歩と打つのは打ち歩詰である。そこで、8四の逃げ道をふさいでいる龍を▲8二龍△8四玉▲7三龍(図11)と捨てる。△同玉とした図は龍がなくなっているので▲7四歩と打つことができる(図12)。以下△8四玉に▲ 9三角成△8五玉▲7五馬(図13)までの9手詰である。

詰将棋における打ち歩詰回避の最初の問題は、この捨て駒による方法である(初代大橋宗桂『象戯造物』第三十番)。

打歩を取らせる

玉方の駒を動かす

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打った歩を玉方に取らせることができれば、打ち歩で玉は詰んでいないことになる。このため、玉方の駒を動かして打ち歩を取らせるようにする問題もある。

図14ですぐに▲1三歩と打つのは打ち歩詰めである。先に▲2四桂△同龍としてから▲1三歩と打つ(図15)と、この歩を△同龍と取らせることができるので打ち歩詰めではなくなる。以下▲2一銀不成(図16)までの5手詰である。

趣向手順により玉方の角を動かす伊藤看寿の作品や、歩を取らせることができる合い駒を発生させる「森田手筋」(この名称は最初に作品を発表した森田正司にちなむ)などがある。

攻方の駒の利き筋を遮る

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持駒を打つことによって別の攻方の駒の利き筋を遮り、将来歩を打つところに攻方の駒が利かなくなるようにして玉が歩を取れるようにする問題もある。

図17で▲2五飛と打つと△1二玉で▲1三歩が打ち歩詰めになってしまう。そこで▲2四飛と打ってわざと馬筋を遮り、△1二玉に対して▲1三歩(図18)と打つと、この歩が△同玉と取れるため打ち歩詰めではなくなる。以下▲2一飛成(図19)までの5手詰である。

▲2四飛は2五より下に打っては詰まなくなるため、飛車の打ち場所は限定されている。このようなものを限定打という。

その他

上に分類されないものとしては、先に歩を打っておいて後からその歩を突く「先打ち突き歩詰め」などがある。

玉方不成による打ち歩詰め誘導

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攻め方の不成とは逆に、玉方が不成で打ち歩詰めに誘致する問題もある。玉方が駒を成らないことで打ち歩詰めになって詰まなかったり、玉方が駒を成っても成らなくても詰むものの詰み手順が大きく変化する(打診 (詰将棋)を参照)というものである。

図14の2七にある玉方の駒が龍ではなく成っていない飛車だった場合(図20)、▲2四桂に△同飛成と応じれば▲1三歩で図15とまったく同じになって詰むが、△2四同飛不成(図21)が妙手で、▲1三歩が取れないために打ち歩詰めとなって詰まない。

攻方玉への打ち歩詰め

双玉詰将棋においては、攻方の玉に対する打ち歩詰めを題材とした作品もある。この場合、攻方は自玉が打ち歩詰めになるようにして玉方の受けに制約を与えたり、玉方が攻方の玉への打ち歩詰めを避けるように応接する解決法が求められる。

攻方玉への打ち歩詰め局面においては、玉方は飛、金、銀、香を持ち駒にできないので、必然的に盤面の駒配置は多くなる。このため、一般向けに出題されることは、ほとんどない。

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図22で▲6八角引とすれば、△5七歩合が打ち歩詰めのため桂合を余儀なくされて3手詰となる。▲6八角上では△5七歩合で失敗する。原理図のため省略したが、詰将棋とするためには残りの飛、金、銀、香をどこかに配置しなくてはならない。

脚注

  1. 木村義徳『持駒使用の謎 日本将棋の起源』(日本将棋連盟、1999年、ISBN 4-8197-0067-7)、291・294~295ページ。
  2. 『将棋世界』2009年2月号152〜161ページ、「打歩詰物語」、上地隆蔵。同誌の記事中では詳細不明としている。
  3. 『将棋世界』2009年2月号152〜161ページ、「打歩詰物語」、上地隆蔵。
  4. 『将棋世界』2008年11月号80〜87ページ、杉本昌隆七段によるリレー自戦記より。

関連項目

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