悪魔が来りて笛を吹く
テンプレート:基礎情報 書籍 『悪魔が来りて笛を吹く』(あくまがきたりてふえをふく)は、推理作家横溝正史が著した長編推理小説。
本作を原作とした映画2本、テレビドラマ4本、舞台が1作品、現在(2014年3月)までに制作されている。
目次
ストーリー
昭和22年(1947年)9月28日、金田一耕助の元を訪れたのは、この春、世間をにぎわした天銀堂事件の容疑を受け失踪し、4月14日、信州・霧ヶ峰でその遺体が発見された椿英輔・元子爵の娘、美禰子(みねこ)だった。
「父はこれ以上の屈辱、不名誉に耐えていくことは出来ないのだ。由緒ある椿の家名も、これが暴露されると、泥沼のなかへ落ちてしまう。ああ、悪魔が来りて笛を吹く。」
父が残した遺書を持参した美禰子は、母・秌子(あきこ、以下「秋子」[1])が父らしい人物を目撃したと怯えていることから、父が本当に生きているのかどうか、明晩、砂占いを行うことになったことを説明した後、金田一耕助にその砂占いへの同席を依頼する。
椿家に出向いた金田一は、家族とともに砂占いに同席するが、途中で停電が発生。その回復後に、家の中に椿子爵作曲になる「悪魔が来りて笛を吹く」のフルート演奏が響く。これはレコードプレーヤーによる仕掛けだったが、その間に、砂占いに出た火焔太鼓のような模様に、家族の一部の者は深刻な表情をみせる。
そしてその夜、椿子爵と思しき男が、子爵のフルートを持って屋敷に出現。翌朝、椿邸に居候している玉虫公丸・元伯爵が何者かによって殺されているのが発見される。これが世にも陰惨な連続殺人の幕開けであった。
登場人物
- 主要人物
- 金田一耕助(きんだいち こうすけ) - 私立探偵
- 等々力大志(とどろき だいし) - 警視庁警部
- 出川(でがわ) - 警視庁刑事
- 椿家
- 椿英輔(つばき ひですけ) - 椿家当主、元子爵、約半年前に自殺
- 椿秋子(つばき あきこ) - 英輔の妻
- 椿美禰子(つばき みねこ) - 英輔の娘、依頼人
-
- お種(おたね) - 椿家女中
- 三島東太郎(みしま とうたろう) - 椿家書生、英輔の旧友の息子
- 信乃(しの) - 秋子の乳母
- 目賀重亮(めが じゅうすけ) - 秋子の主治医
- 新宮家
- 新宮利彦(しんぐう としひこ) - 秋子の兄、元子爵
- 新宮華子(しんぐう はなこ) - 利彦の妻
- 新宮一彦(しんぐう かずひこ) - 利彦の息子、美禰子の従兄
- 玉虫家
- 河村家
- 飯尾豊三郎(いいお とよさぶろう) - 天銀堂事件の最有力容疑者
概要
探偵小説雑誌『宝石』において、昭和26年11月から昭和28年11月まで連載された。
大戦後の混乱の時期、『黒猫亭事件』と『夜歩く』の事件の間頃に起きた事件を扱った、貴族没落、インモラルな性描写を濃厚に示す作品である。帝銀事件や斜陽などの要素を取り込み横溝が得意とした田舎の因習とはまた異なった陰惨さや本格推理小説の定番「密室殺人」を扱い、他作品とは異なった雰囲気をかもし出し作者の人気作品のひとつとなっている。作者は本作を「金田一もの自選ベスト10」の6位に推している[2]。
天銀堂事件
これは、宝石店「天銀堂」で「保健所から伝染病予防のために来た」と称する男が、店員全員に毒薬を飲ませて殺し、宝石を奪った事件で、実在の事件である帝銀事件をそのままに借用している。また、帝銀事件はモンタージュ写真を捜査のために用いたことでも知られ、この点もこの作品に取り入れられている。
横溝正史による解説
横溝正史が雑誌『宝石』の求めに応じて本作の第1稿を起したのは昭和26年9月のことで、完結篇を書きあげたのは2年後の昭和28年の同じ9月のことだった。「時日も20日前後のことで、稿を起した日も、書き上げた日も、ともに、秋雨のしとど降る日であったと憶えている」と振り返っている。
この小説が完結するまでまる2年と1か月を要したのは、『宝石』に合併号が出たり横溝が病気休載したことからで、このため連載回数は計21回とかなり長いものとなった。連載終了と同時に城昌幸編集長からは単行本化の慫慂をうけたというが、連載の長さと雑誌の都合で1回の枚数が違ってきたりしたため、テンポに狂いがありそうな気がした横溝はひとまず保留していた。
しかし、一度書きあげたものに手を加えるのは容易でないことと、読みなおしてテンポにそれほど狂いがなかったので、ごく僅少の手を加えるのみで昭和29年3月に単行本化することにした。横溝は「こんなことならもっと早く出版してもよかったのにと、いまさらながら苦笑ものである」と述懐している。
横溝によると、本作のテーマの胚種が頭に芽生え始めたのは昭和23年に岡山の疎開地から帰って間もないころのことだそうで、このとき『宝石』誌上で『落陽殺人事件』の題名で予告を行っている。が、うまくまとまらず、連載は開始されなかった。「担当者武田武彦君には大きな迷惑をかけてしまった」と振り返っている。その後もあたため続けていたこのテーマが結実しはじめたのは、昭和26年夏のことだった。
夏のことで、硝子戸を開けっぱなしにして横溝が物思いにふけっていると、夜毎フルートの音が聞こえてくる。家人に聞くと、「隣家の植村さん[3]の御令息泰一君が練習していらっしゃるのだ」ということだった。横溝はこのときの様子を、「隣家といってもテニス・コートひとつへだてているのだから、相当はなれているのだが、そして、それだけ離れて聞いているのでいっそう身にしみてよかったのだが」とし、「私はこのフルートの音に魅了されたのである」と語っている。
このフルートの音と『落陽殺人事件』のテーマを結び付けることを思い立ち、本作の第1弾とした横溝は、息子に命じて植村泰一氏の練習しているフランツ・ドップラーの『ハンガリー田園幻想曲』のレコードを買ってこさせ、何度か聞いた上に泰一氏にも聞いてもらった。また息子の友人でフルート作曲に興味を持っている笹森健英氏にも来てもらって、両者からいろいろとフルートの知識を受けた[4]。
このとき横溝は笹森氏に『悪魔が来りて笛を吹く』の曲を作曲してもらって、適当なところへ譜面を挿入するつもりだった。ところが横溝いわく「付け焼刃の悲しさには、フルートについてとんでもない錯誤を演じてしまい、しかも雑誌連載中そこを訂正すると、いっぺんにトリックが暴露する恐れがあるので、結局、譜面を挿入することは見合わせなければならなくなった」という。その後その部分は単行本化にあたって訂正されたが、結局譜面挿入は諦めている[5]。
横溝が「フルートについてとんでもない錯誤を演じてしまい」と語っているのは、右手と左手を間違って書いてしまったことである。横溝は最後に楽譜を付けようと作曲を頼んだところ、笹森氏に「右手の指2本ないんじゃ作曲しようがない」と言われたといい、「途中でそう言われたんでガッカリしちゃってね、途中から左でしたって書くわけにもいかないもんね」とこの失敗を笑っている。本作は華族階級の「斜陽」を描いているが、横溝には「トリックと同時にこういう斜陽の世界を書きたい」との思いがあったという。ちょうど太宰治の名前が出たころで、『落陽殺人事件』との当初の題名で「落陽」としたのも、「斜陽じゃ太宰の翻案みたいだから」という理由によった。執筆については「ぼくは歌舞伎のファンですから、歌舞伎でよく、世界って言いますね。今度は斜陽書いてみようかとか、今度農村書いてみようとか。」と本作取り組みのきっかけについて語っている[6]。
映画
1954年版
『悪魔が来りて笛を吹く』は1954年4月27日に公開された。東映、監督は松田定次、主演は片岡千恵蔵。
1979年版
テンプレート:Infobox Film 『悪魔が来りて笛を吹く』は1979年1月20日に公開された。東映、監督は斎藤光正、音楽は山本邦山・今井裕。主演は西田敏行。
- キャスト
テレビドラマ
1977年版
『横溝正史シリーズI・悪魔が来りて笛を吹く』は、TBS系列で1977年6月25日から7月23日まで毎週土曜日22:00 - 22:55に放送された。全5回。
毎日放送製作。
- キャスト
1992年版
『名探偵・金田一耕助シリーズ・悪魔が来りて笛を吹く』は、TBS系列で1992年4月9日の木曜日21:00 - 22:54に放送された。
本作では、東太郎は美禰子の兄となっており、椿家の一員である。
- キャスト
1996年版
『横溝正史シリーズ・悪魔が来りて笛を吹く』は、フジテレビ系列の2時間ドラマ「金曜エンタテイメント」(毎週金曜日21:00 - 22:52)で1996年10月25日に放送された。
- キャスト
2007年版
『金田一耕助シリーズ・悪魔が来りて笛を吹く』は、フジテレビ系列の2時間ドラマ「金曜プレステージ」(毎週金曜日21:00 - 22:52)で2007年1月5日に放送された。視聴率14.4パーセント。
利彦と秋子との性描写のシーンは描かれておらず(事実の説明はある)、秋子は殺されていない。また、家族構成がやや異なっており、玉虫公丸は利彦と秋子の父親になっており、利彦や一彦の名字は「新宮」ではなく「玉虫」である。華子と信乃は登場しない。
原作で河村駒子は金田一が淡路島に到着した時既に殺害されているが、本作では金田一到着の翌日に殺害されている。
- キャスト
舞台
- 劇団ヘロヘロQカムパニー 悪魔が来りて笛を吹く (2010年8月8日 - 8月14日、 前進座劇場)
- ほぼ原作通りに舞台化されているが、タイプライターのトリック、ウィルヘルム・マイステルで金田一がヒントを得た件(くだり)は存在しない。
- ラストに一彦が「悪魔が来りて笛を吹く」を演奏するオリジナルの展開を見せる。
- キャスト
- 金田一耕助 - 関智一
- Y先生 - 中博史
- 椿美禰子 - 沢城みゆき
- 椿英輔 / 飯尾豊三郎 - 井上和彦
- 椿秋子 - 三石琴乃
- 三島東太郎 - 小西克幸
- お種 - 杉崎聡美
- 目賀重亮 - 楠見尚己
- 新宮利彦 - 世田壱恵
- 新宮華子 - 那珂村タカコ
- 新宮一彦 - 大谷秀一郎
- 玉虫公丸 - 近藤浩徳
- 菊江 - 長沢美樹
- 信乃 - 橋本亜紀
- 三春園女将 - 林智子
- おすみ - 松本和子
- 慈道 - 藤田けん
- 植松 - 松浦俊秀
- 松月の女中 - 沼田梨沙
- 河村小夜子 - 藤井京子
- 河村 駒子 - 盛田瑞恵(娘時代:安藤彩絵)
- 出川(刑事) - 永松寛隆
- 沢村(刑事) - 宇藤秀和
- 山田(巡査部長) - 上田伸哉
- 等々力(警部) - 辻親八
脚注
関連項目
外部リンク
テンプレート:Asboxテンプレート:リダイレクトの所属カテゴリ- ↑ 「秌」は火偏に禾だが、一部の日本語環境で表示できないため、「秋」の字で代用する。
- ↑ 『真説 金田一耕助』(横溝正史著・角川文庫、1979年)参照。正しくは、田中潤司が選んだベスト5(1.『獄門島』、2.『本陣殺人事件』、3.『犬神家の一族』、4.『悪魔の手毬唄』、5.『八つ墓村』)を「妥当なもの」とした上で、次にくるものとして本作を挙げている。
- ↑ 植村泰二。元ピー・シー・エル映画製作所社長
- ↑ 植村泰一は、その後東京芸術大学に進んでNHK交響楽団在籍のプロ奏者として活躍。1979年の本作映画化の際には招かれて山本邦山作曲のオリジナル主題曲を演奏している。
- ↑ 『悪魔が来りて笛を吹く』あとがき(昭和29年3月)
- ↑ 『歌手が来りて推理小説を語る』(『音楽の友』、昭和49年1月、大橋国一らとの対談)