平均律クラヴィーア曲集
平均律クラヴィーア曲集(へいきんりつクラヴィーアきょくしゅう、原題テンプレート:Lang-de-short[1])は、すべての長・短調が用いられた前奏曲とフーガから成るヨハン・ゼバスティアン・バッハの鍵盤楽器[2]のための作品集。
原題の"wohltemperiert(e)"は、鍵盤楽器があらゆる調で演奏可能となるよう「宜しく調律された(well-tempered)」を意味し、必ずしも平均律を意味するわけではないが、和訳は「平均律」が広く用いられている[3]。
1巻と2巻があり、それぞれ24曲構成で、第1巻 (BWV846〜869) は 1722年,第2巻 (BWV870〜893) は 1744年に完成した。
目次
概要
バッハは第1巻の自筆譜表紙に次のように記した:指導を求めて止まぬ音楽青年の利用と実用のため、又同様に既に今迄この研究を行ってきた人々に特別な娯楽として役立つために(徳永隆男訳)
第2巻には「24の前奏曲とフーガ」とだけ記した。
現代においてもピアノ演奏を学ぶものにとって最も重要な曲集の一つである。ハンス・フォン・ビューローは、この曲集とルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンのピアノソナタを、それぞれ、音楽の旧約聖書と新約聖書と呼び、賛賞した。
鍵盤楽器で調律を変更せずに、あらゆる調で演奏可能な調律法は、平均律の他にもヴェルクマイスターによる調律法 (en:Werckmeister_temperament) など、当時は様々な方法が提唱されていた。バッハが意図した調律法については諸説あるが[4]、近年では平均律クラヴィーア曲集第1巻自筆譜表紙にある手書きのループなどから、バッハの調律に対する指示を読み取ろうとする試みもなされている[5]。
バッハ以前にも何人かの作曲家が多くの長短調を駆使した作曲を試みている。中でもヨハン・カスパール・フェルディナント・フィッシャーの「アリアドネ・ムジカ」は、20の調による前奏曲とフーガを含んでおり、バッハがこれを参考にしたとの説もある。
フレデリック・ショパンの「24の前奏曲」や、ショスタコーヴィチの「24の前奏曲とフーガ」は、このバッハの曲集に触発されたものである。
第2巻の『前奏曲とフーガ ハ長調 BWV870』のグレン・グールドによる演奏の録音は、人類を代表する文化的作品の一つとして、ボイジャーのゴールデンレコードに収録されている。
各曲
第1巻(Erster Teil, BWV 846〜869)
長短24調による前奏曲(Preludium)とフーガ(Fuga)からなる曲集。1722年成立[6]。
単独に作曲された曲集ではなく、その多くは既存の前奏曲やフーガを編曲して集成されたものである。特に前奏曲の約半数は、1720年に息子の教育用として書き始められた「ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハのためのクラヴィーア小曲集」に初期稿が「プレアンブルム」として含まれている。
様々な様式のフーガが見られ、中でも3重フーガ(嬰ハ短調 BWV849)や拡大・縮小フーガ(嬰ニ短調 BWV853)は高度な対位法を駆使した傑作とされる。
- BWV 846 前奏曲 - 4声のフーガ ハ長調
前奏曲はシャルル・グノーがアヴェ・マリアの伴奏として用いた。 - BWV 847 前奏曲 - 3声のフーガ ハ短調
- BWV 848 前奏曲 - 3声のフーガ 嬰ハ長調
フランツ・クロールが変ニ長調に書き直した楽譜もある。 - BWV 849 前奏曲 - 5声のフーガ 嬰ハ短調
- BWV 850 前奏曲 - 4声のフーガ ニ長調
- BWV 851 前奏曲 - 3声のフーガ ニ短調
- BWV 852 前奏曲 - 3声のフーガ 変ホ長調
- BWV 853 前奏曲 変ホ短調 - 3声のフーガ 嬰ニ短調
フランツ・クロール版ではフーガも変ホ短調に書き直してある。 - BWV 854 前奏曲 - 3声のフーガ ホ長調
- BWV 855 前奏曲 - 2声のフーガ ホ短調
- BWV 856 前奏曲 - 3声のフーガ ヘ長調
- BWV 857 前奏曲 - 4声のフーガ ヘ短調
- BWV 858 前奏曲 - 3声のフーガ 嬰ヘ長調
- BWV 859 前奏曲 - 4声のフーガ 嬰ヘ短調
- BWV 860 前奏曲 - 3声のフーガ ト長調
- BWV 861 前奏曲 - 4声のフーガ ト短調
- BWV 862 前奏曲 - 4声のフーガ 変イ長調
- BWV 863 前奏曲 - 4声のフーガ 嬰ト短調
- BWV 864 前奏曲 - 3声のフーガ イ長調
- BWV 865 前奏曲 - 4声のフーガ イ短調
- BWV 866 前奏曲 - 3声のフーガ 変ロ長調
- BWV 867 前奏曲 - 5声のフーガ 変ロ短調
- BWV 868 前奏曲 - 4声のフーガ ロ長調
- BWV 869 前奏曲 - 4声のフーガ ロ短調
20px 平均律クラヴィーア曲集第1巻よりフーガ第2番ハ短調BWV847
第2巻(Zweiter Teil, BWV 870〜893)
第1巻同様に単独に作曲された曲集ではない。初稿を伝えるものを初め、多数の原典資料が現存する。ロンドン大英博物館に現存する自筆浄書譜は1738-42年頃に書かれ、1742年に完成した[6]。しかし弟子のアルトニコル(Johann Christoph Artnicol, 1719-1759)による1744年の筆写譜は、バッハによる散逸した修正稿に基づくものと考えられている[7]。新バッハ全集(Neuen Bach-Ausgabe, NBA: V-6/2. Durr校訂, 1995年)は曲ごとに自筆譜と筆写譜のどちらを採用するかを決め、従となる譜も併録する方法を取っている。
練習曲としての性格が強かった第1巻に比べ、より音楽性に富んだ作品が多くなっており、前奏曲にはソナタに類似した形式のものも見られる。フーガにおいても対位法の冴えを見せ、二重対位法を駆使した反行フーガ(変ロ短調 BWV891)などは「フーガの技法」に勝るとも劣らない高密度な作品である。
- BWV 870 前奏曲 - 3声のフーガ ハ長調
- BWV 871 前奏曲 - 4声のフーガ ハ短調
- BWV 872 前奏曲 - 3声のフーガ 嬰ハ長調
フランツ・クロール版では変ニ長調になっている。 - BWV 873 前奏曲 - 3声のフーガ 嬰ハ短調
- BWV 874 前奏曲 - 4声のフーガ ニ長調
- BWV 875 前奏曲 - 3声のフーガ ニ短調
- BWV 876 前奏曲 - 4声のフーガ 変ホ長調
- BWV 877 前奏曲 - 4声のフーガ 嬰ニ短調
フランツ・クロール版では変ホ短調になっている。 - BWV 878 前奏曲 - 4声のフーガ ホ長調
5音からなるフーガ主題は、ヨハン・カスパール・フェルディナント・フィッシャー(Johann Caspar Ferdinand Fischer, 1656-1746)の「アリアドネ・ムジカ(Ariadne musica, 1702)」のホ長調フーガからの引用[7]。 - BWV 879 前奏曲 - 3声のフーガ ホ短調
- BWV 880 前奏曲 - 3声のフーガ ヘ長調
- BWV 881 前奏曲 - 3声のフーガ ヘ短調
- BWV 882 前奏曲 - 3声のフーガ 嬰ヘ長調
- BWV 883 前奏曲 - 3声のフーガ 嬰ヘ短調
- BWV 884 前奏曲 - 3声のフーガ ト長調
- BWV 885 前奏曲 - 4声のフーガ ト短調
- BWV 886 前奏曲 - 4声のフーガ 変イ長調
- BWV 887 前奏曲 - 3声のフーガ 嬰ト短調
- BWV 888 前奏曲 - 3声のフーガ イ長調
- BWV 889 前奏曲 - 3声のフーガ イ短調
- BWV 890 前奏曲 - 3声のフーガ 変ロ長調
- BWV 891 前奏曲 - 4声のフーガ 変ロ短調
- BWV 892 前奏曲 - 4声のフーガ ロ長調
- BWV 893 前奏曲 - 3声のフーガ ロ短調
楽譜
主な校訂版には以下のようなものがある:
- Franz Kroll(1866年). 全音楽譜出版社 : 旧バッハ全集。クロール原典版。
- Donald Francis Tovey(1924年). 全音楽譜出版社 : トーヴィ版。
- Otto von Irmer(1950年). G. Henle Verlag : ヘンレ旧版。
- Walter Dehnhart(1983年). 音楽之友社 : ウィーン原典版。
- Alfred Durr(1995年). Bärenreiter Verlag : 新バッハ全集。ベーレンライター原典版。
- 園田高弘(2005年). 春秋社
- 富田庸(2007年). G. Henle Verlag : ヘンレ新版。