大嶽部屋

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大嶽部屋(おおたけべや)は、日本相撲協会所属で貴乃花一門相撲部屋

歴史

1971年5月場所中に引退を表明した後、1969年9月に贈られていた一代年寄・大鵬を襲名して二所ノ関部屋の部屋付き親方となっていた大鵬親方(元横綱・大鵬)が、1971年12月に巨砲など数名の内弟子を連れて二所ノ関部屋から分家独立して大鵬部屋を創設した。大鵬親方は関脇・巨砲や幕内・嗣子鵬などといった関取を育て上げた。

2005年5月に大鵬親方が定年退職を迎えるため、2004年1月1日付で大鵬親方の女婿で大鵬部屋の部屋付き親方である16代大嶽親方(元関脇貴闘力)が部屋の師匠に就任し、同時に部屋の名称が大嶽部屋へと変更された。16代大嶽が師匠を務めた時期にはロシア出身の露鵬が小結への昇進を果たしている。

2010年1月に行われた日本相撲協会理事選挙において、貴乃花親方(元横綱・貴乃花)が二所ノ関一門内の事前調整を拒否して独自に立候補を表明し、16代大嶽と大嶽部屋の部屋付き親方である12代二子山(元十両・大竜)は貴乃花親方に対する支援を表明して貴乃花親方へ投票したために、大嶽部屋はそれまで所属していた二所ノ関一門から事実上の破門扱いを受けた。その後はどの一門にも属さずに、貴乃花親方が率いる「貴乃花グループ」(現・貴乃花一門)に参加して、グループでの合同稽古を行うなどの活動を行っている。

2010年に発覚した大相撲野球賭博問題に関連して、同年7月4日付で16代大嶽が日本相撲協会を解雇されたため、同年7月6日に部屋付き親方である12代二子山が17代大嶽を襲名して大嶽部屋を継承した。2013年7月場所においてエジプト出身の大砂嵐が新十両へ昇進し、17代大嶽が大嶽部屋を継承してからは初となる関取が誕生している。

部屋の正面玄関には縦看板の「大嶽部屋」、横看板の「大鵬道場」の2枚の看板が掲げられている。

所在地

師匠

  • 一代:大鵬幸喜(たいほう こうき、横綱・大鵬北海道
  • 16代:大嶽忠茂(おおたけ ただしげ、関脇・貴闘力兵庫
  • 17代:大嶽忠博(おおたけ ただひろ、十両・大竜大阪

力士

現役の関取経験力士

幕内

関脇
小結
前頭

十両

外部リンク

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