北極海
北極海(ほっきょくかい、英:Arctic Ocean、羅:Oceanus Arcticusオーケアヌス・アルクティクス)は、ユーラシア大陸、グリーンランド、北アメリカ大陸などによって囲まれた海。国別で言うとロシア、カナダ、デンマーク、ノルウェーの5カ国に囲まれている。北極点は北極海内にある。北氷洋(ほっぴょうよう)、北極洋(ほっきょくよう)とも呼ばれる。国際水路機関 (IHO) は北極海を大洋と認定しているが、海洋学では大西洋の一部をなす地中海と見なされる。これは北極海の海水循環が、塩分濃度差と温度差に支配され、大西洋に従属しているためである。先住民のイヌイットが生活の場としてきたところである。
高緯度に存在するため、北極点周辺は一年中、その他も冬になると氷に覆われる。ただしノルウェー沖は暖かい大西洋の海水が流れ込むので凍結しない。
地理
面積は約14,056,000 平方kmもしくは9.485×106平方km[1]、海岸線の長さは45,389 km。最大深度5440m、平均深度1330m[2]であり、太平洋・大西洋・インド洋と比べて平均深度は約1/3と浅い。北極海を横切るように、長さ1,800km、周囲の海底からの高さ3,300m-3,700mのロモノソフ海嶺が、ロシア領のノヴォシビルスク諸島からカナダのエルズミーア島にかけて伸びている。
かつて最終氷期においては北極海沿岸は巨大な氷床に覆われ、北極海の水位も現在より120m下がっていた。このため、水深が浅い北極海では、大陸棚の広大な地域が陸地となっていた。この時期にこの大陸棚では永久凍土が形成され、間氷期となってこの地域が水没した後も溶解しなかった。そのため、現在でも北極海の大陸側海底には広大な永久凍土地帯が存在している[3]。
北極海は、ユーラシア大陸、北アメリカ大陸、グリーンランドに囲まれている。この北極海には、バフィン湾、バレンツ海、ボーフォート海、チュクチ海、東シベリア海、グリーンランド海、ハドソン湾、ハドソン海峡、カラ海、ラプテフ海、白海が含まれる。なお北極海は、ベーリング海峡で太平洋の付属海であるベーリング海と、グリーンランド海で大西洋の付属海であるノルウェー海と繋がっている。
北極海に注ぎ込む河川は幾つも存在するが、主な河川としては、ユーラシア大陸から流れてくる、レナ川、エニセイ川、オビ川、北アメリカ大陸から流れてくる、マッケンジー川が挙げられる。
北極海には多数の島々が存在している。ユーラシア大陸側にはスバールバル諸島、コルグエフ島、ノヴァヤ・ゼムリャ、ゼムリャ・フランツァ・ヨシファ、セーヴェルナヤ・ゼムリャ、ノボシビルスク諸島、ウランゲル島などがある。北アメリカ大陸側には北極諸島と総称されるエルズミーア島、バフィン島、デヴォン島、ビクトリア島、バンクス島、メルビル島などが浮かぶ。
沿岸でもっとも大きな都市は付属海である白海に面するアルハンゲリスクであり、人口は約35万人に上る。アルハンゲリスクは冬季に結氷するものの、18世紀初頭にピョートル大帝が大北方戦争においてスウェーデンからバルト海沿岸を奪取しサンクトペテルブルクを建設するまではロシア唯一の海への出口であり、商港として栄えた。ついで大きな町は、コラ半島北部に位置し北極圏に属するムルマンスク(人口約30万人)である。ムルマンスクはノルウェー海流の影響を受けて不凍港であり、軍港として重要である。ムルマンスクは人口10万人以上の町としては世界最北の町である。この2都市を除けば人口10万を超える都市は北極海沿岸には存在しない。かつてソビエト連邦時代には国策としてシベリアの開発が進められ、その輸送ルートとして北極海航路も砕氷船を用いて積極的に開発が進められたため、シベリアの北極海沿岸にはナリヤン・マルやオビ川河口に近いノービイ・ポルト(Novıy Port)、エニセイ川河口に近いディクソン、レナ川の河口に存在する三角州地帯の南南東にあるティクシ、チュコト地方のペヴェクなどに1万人を超える都市が立地していた。しかし、ソビエト連邦崩壊後は北極海航路やシベリア開発の多くが放棄され、これらの町の人口も急減した。
ヨーロッパ北部の北極海沿岸では、アイスランドのアークレイリ(人口17000人)が最大の町である。ついでスバールバル諸島の主邑であるロングイェールビーンが人口2200人で続く。
シベリア側に比べ、北アメリカ大陸側の人口はさらに少ない。最大の町はアラスカ州のバローだが、人口は4000人程度に過ぎない。これにプルドーベイ油田をもつプルドーベイが2000人程度で続き、このほかは沿岸に人口1000人を超える集落は存在しない。カナダ領の北極諸島にはレゾリュートなどの小集落が点在するのみである。グリーンランドでもほとんどの人口は南部の大西洋沿岸に居住しているため、北極海沿岸には、北西端にカーナークの町があるほかはほとんど居住者がいない。
歴史
北極海の水域を始めて探検したのはヴァイキングであり、11世紀ごろにはコラ半島から白海周辺にまで到達していた。14世紀には北ドヴィナ川の下流域に位置するホルモゴルイの町が交易拠点として栄えた。大航海時代が始まり、アメリカ大陸が発見されると、航海熱が高まり、北極海を通ったアジアへの最短ルートがあると信じられるようになった。いわゆる北西航路・北東航路である。特にイギリスやフランス、オランダがこの航路探索に力を入れた。そんな中、1553年に北東航路探索中だったテンプレート:仮リンクが白海へとたどりつき、ホルモゴルイからモスクワ大公国へと到達した。これによって1555年にロンドンにおいてモスクワ会社が設立され、北極海を通じたイギリス・ロシア交易が盛んとなった。1584年に建設されたノヴォ・ホルモゴルイ(現アルハンゲリスク)がこの交易の拠点となった。1596年にはウィレム・バレンツによってスピッツベルゲン島が発見されている。一方でこの時代、北東航路の最東端となっていたヤマル半島のマンガゼヤへの就航が禁じられ、これにより北東航路探索も一時下火となった。こののちはロシア人によって探検が進められ、19世紀中盤には北極海沿岸の地形が判明し、1875年にはアドルフ・エリク・ノルデンショルドが北東航路の通航に成功した。
アメリカ大陸側においてもヘンリー・ハドソンなど多くの探険家が探検を行ったが、通航の成功は1903年のロアール・アムンセンまで待たなければならなかった。1909年には、北極海上の氷上にある北極点にロバート・ピアリーが到達した。
ロシア革命後、新しく成立したソビエト連邦は周囲を敵対する国家群に囲まれたことから、シベリアの沿海の北極海、つまりカラ海、オビ湾、ラプテフ海、東シベリア海を事実上の内海として重要視し、砕氷船の後ろに商業船舶を随行させる方式によって北極海航路の商用化を目指した。これによって北極海沿岸には港町がつくられ、輸送量も1987年には658万トンに達した[4]。一方で北極海上空を通過するとソビエト連邦とアメリカ合衆国との間の最短距離となるため、冷戦中は北極海の沿岸には東西両陣営の軍事基地が建設され、さらに北極海に浮かぶ氷上にも観測基地が設けられるなどして、双方のにらみ合いが続いた。
冷戦終結後、ソビエト連邦が崩壊するとシベリア北部の開発計画の多くは中断され、沿岸地域の人口は急減し、それにともなって北極海航路も輸送量が激減した。しかし、今までは通行可能期間が2ヶ月ほどであったが、近年では北極の海氷が減少する傾向が見られるようになり通行期間が長くなりつつあり、再び北極海航路に注目が集まっている。 また、対立構造の終焉によって環北極海諸国間の協力も盛んになり、1996年9月には環北極海8カ国によって北極評議会が設立された。また、2008年5月27日から5月29日にかけてグリーンランドのイルリサットで北極海会議が開催され、資源や環境などの諸問題が討議された。
資源
北極海の鉱物資源・動物資源はその豊富さが注目されている。石油、天然ガス、漂砂鉱床、マンガン団塊などのほか骨材となる砂利が海底に眠っている。また魚、アザラシ、クジラも多く生息する。
北極海の中央部は、アメリカ合衆国、ロシア、カナダ、デンマーク、ノルウェーといった国々が、これらの資源や北西航路・北極海航路(北東航路)を狙って権利を主張している。特に世界の未発見の石油・天然ガスのうち4分の1以上が海底に埋蔵されているとみられており、ロモノソフ海嶺による経済水域の定義をめぐりロシアとカナダなどの論争も起こっている。
生物
北極海では生物種が多様であり、氷の上にはホッキョクグマなど多数の動物が生息する。またセイウチやホッキョククジラ、イッカクにシロイルカといった海洋生物も住む。植物の数は、海水中の植物プランクトンを除き少ない。植物プランクトンは多数生息しており、北極海の生態系にとって非常に重要な存在である。植物プランクトンが利用する養分が、北極海に流れ込む幾つもの河川から流れ込んでくることはもちろんのこと、大西洋や太平洋とつながっている海峡からも北極海へと流れ込んできている。この養分の流入の他に、地球は自転軸を傾けたまま太陽の周りを公転している関係で、北極海の多くの場所では夏季に白夜となるため、植物プランクトンは光合成を盛んに行って大繁殖し、これを求めて様々な生物が集まってくる。しかし、同様の理由で冬季は極夜となるため、植物プランクトンの活動は著しく低下する。冬季は空の薄明りなどの光を求めて厳しい生存競争を繰り広げている他、渡り鳥などのように冬季は他の地域へと移動していってしまう生物も見られる。
環境問題
最近では、北極には深刻な環境問題が起きている。最近30年間の北極の気温は、10年で0.5°Cずつ上昇しており、温暖化の影響ではないかと一部で主張されている[5]。 地球の気候変動の影響で北極海の氷が薄くなり、氷が覆う範囲も狭くなってきている。北極海に浮かぶ氷の面積が減ることは、地球が太陽光を外部へ反射する割合(アルベド)が減ることにつながり、気候変動が加速される。また、北極での温度上昇で溶けた氷が北半球に流れ込み海流のパターンを変えてしまう(例えば、北大西洋に流れ込み、ヨーロッパを温めている暖流を押し下げてしまう)との懸念もある(熱塩循環を参照)。
また長年に渡り、毎年春になるとオゾンホールが北極海の上空に出現し続けている。