児童扶養手当
児童扶養手当(じどうふようてあて)とは、父母が離婚するなどして父又は母の一方からしか養育を受けられない一人親家庭などの児童のために、地方自治体から支給される手当である。
目次
日本の制度の概要
日本の制度は、児童扶養手当法に基づいている。2013年5月末現在、109万769人が受給している。内訳は母子世帯99万3345人、父子世帯6万5415人、その他世帯3万2009人となっており、類型別では離婚を含む生別世帯81.7%、死別1.3%、未婚8.6%、障害者0.6%、遺棄0.3%、その他の世帯3%である [1]。 25年度国庫負担分予算額は1,772.5億円となっている[2]。
年金制度が確立し、その経過措置として死別母子世帯に対して母子福祉年金が支給されていたのに対し、生別母子世帯に対して何の措置もとられないのは不公平であるという考えから1961年に創設された。しかし、その後離婚の増加に伴い対象者は急増し、また母子福祉年金はやがて年金保険料を支払ったものに対する遺族年金へと移行していったことから、1985年に福祉制度へと改められた。
従来は審査事務を都道府県が担っていたが、2002年、地方分権の一環として市に事務が移管された。また、手当の支給額の算定にあたって父親からの養育費の一部を所得に算入する制度が創設された。
子どもが3歳になってから5年以上受給している世帯は、2008年4月から最大で半額まで減額されることが決定したが、事実上凍結状態である(詳細は後述)。2003年には母子家庭の母に対する手当が5年後から減少する改正がなされ、母子家庭に対する施策は中心を児童扶養手当から母の就労・自立の促進を目指している。
2010年8月からは父子家庭も支給の対象になった。
支給対象児童
児童扶養手当の支給対象となるのは、以下の要件のいずれかに該当する児童(父母以外の者に養育されている場合も含む)のうち養育者の所得が一定水準以下の者によって養育されている者で、18歳に到達して最初の3月31日(年度末)までの間にある者である。従来は満18歳到達までとされていたが、この年代の児童の多くが高校に進学していることから、年度途中で差をもうけるのは不公平であるという議論が起こり、1994年に現在のように改正された。
また、児童が特別児童扶養手当を受給できる程度の障害にある場合、20歳に到達するまで児童扶養手当の対象となる。この場合は児童扶養手当と特別児童扶養手当を両方受給できる。
なお、児童扶養手当は子ども手当との併給も可能である。
児童扶養手当に該当する要件
- 父母が離婚した
- 父又は母が死亡した
- 父又は母が一定程度の障害の状態にある
- 父又は母が生死不明である
- その他これに準じるもの
- 父又は母に遺棄されている児童
- 父又は母が一年以上拘禁されている児童
- 母が未婚のまま懐胎した児童
- 孤児など
ただし、下記のいずれかに該当する場合、手当は支給されない。
児童扶養手当に該当しなくなる要件
- 日本国内に住所がない
- 父や母の死亡に伴う年金・労災などを受給できるとき
- 父又は母の年金の加算対象になっているとき
- 里親に委託されているとき
- 請求者ではない、父又は母と生計を同じくしているとき(父又は母が障害の場合を除く)
(例)請求者は母だが、父と生計を同じくしている。
- 父または母が再婚し、その連れ子として父または母の配偶者に養育されているとき。
なお、児童扶養手当で言う結婚には、法律上の届を出さずに、実態として婚姻同様の生活を行なっている場合(いわゆる事実婚)を含む。
手当を受ける者
手当を受けるのは、前節に該当する児童を監護する、児童の母である。ただし、母がないか、もしくは母が監護しない場合は、当該児童を養育する(児童と同居し生計を維持する)者が手当を受ける。
また、手当を受けようとする者が下記のいずれかに該当する場合、手当は支給されない。
- 日本国内に住所がないとき
- 何らかの年金を受給できるとき
手当の額
手当は、基本の額と、所得に応じてそれに対する支給停止額から決定される。基本の額は、次のようにして定まる。
- 児童が1人 - 月額4万1720円
- 児童が2人 - 月額4万6720円
- 児童が3人 - 月額4万9720円
- 以後 - 児童が1人増えるごとに月額3000円追加
支給停止額は、手当を受けようとする者と、その民法上の扶養義務者の所得税法上の所得によって定まる。この基準額は手当を受けようとする者の扶養親族数によって変わる。
扶養親族および扶養対象配偶者数 | 全額支給の限度額 | 一部支給の限度額 | 配偶者・扶養義務者・孤児の養育者 |
---|---|---|---|
0人 | 190,000円 | 1,920,000円 | 2,360,000円 |
1人 | 570,000円 | 2,300,000円 | 2,740,000円 |
2人 | 950,000円 | 2,680,000円 | 3,120,000円 |
3人 | 1,330,000円 | 3,060,000円 | 3,500,000円 |
それ以降 | 1人増に付き380,000円増 | ||
老人扶養親族または老人控除対象配偶者がいる場合、1人につき左列、中列は100,000円、右列は60,000円増 | |||
ただし、右列は扶養親族数が1人で、その1人がこれに該当する場合、60,000円を加算しない | |||
特定扶養親族がいる場合、1人につき左列、中列は150,000円増 |
受けようとする本人の所得が、表の左列未満であれば、手当は基本額の全額が支給される。これ以上になると、手当の額は10円単位で徐々に減少していき、中列の額以上になると手当は全く受けることができない。また、配偶者がいる場合、扶養義務者がいる場合にはその所得が右列以上であると手当は全く受けることができない。養育しているのが孤児などである場合、受給者の所得に対しても右列の額が適用され。この額以上にならない限り全額を受けることができる。
2002年から、児童の父母が手当を受ける場合、前年に養育者以外の親から受けた養育費の額の8割が所得に算入されることとなっている。
基本額は年金等と同様に物価スライド制が導入されており、前年の消費者物価指数に伴って増減する。また、10円単位の減額は2002年の法改正によって導入された。これ以前は全額の支給、ほぼ半額の支給、支給無しの3段階であった。また、1985年以前は全額支給か支給無しかの2段階であった。
手当の支給
児童扶養手当は、手当を受けようとする者が、自分の住む市区町村に請求することによって支給が開始される。児童が別の市区町村に居住していても良い。離婚届など住民票上の手続きだけでは支給されず、別に児童扶養手当に関する手続きを行なう必要がある。手当の受給資格があるかどうかは、都道府県または市が審査を行ない、支給の可否を決定する。
請求の結果、支給が決定されると、前述の方法によって計算された額が、毎年4月・8月・12月に4ヶ月分ずつまとめて支給される。支給は一般的には受給者が指定する金融機関の口座への振り込みによって行なわれる。また、児童の数が増減したときには届け出をする必要があるほか、年に1回8月には児童の養育状況や前年の所得を確認するための現況届と呼ばれる届出をする必要がある。
手当の費用負担
児童扶養手当は、かつては年金に準じる制度として国が全額を負担していたが、1985年に福祉制度に改められたのに伴って、生活保護制度などと同様に地方の負担分が導入された。現在は、支給に要する額の<math>\frac{1}{3}</math>を国が、残りの<math>\frac{2}{3}</math>を地方(都道府県または市)が負担することになっている。
なお、2005年度の予算作成にあたって政府が推進する三位一体の改革において、地方六団体が提出した補助金削減案に対抗して厚生労働省が提出した削減案には、生活保護費とともに児童扶養手当費の国の負担割合を軽減することが盛り込まれていた。厚生労働省は、生活保護受給者や母子世帯の就労・自立を援助することによってこれらの費用は抑制が可能であり、地方の裁量に属する経費であるとして国の負担割合軽減を主張した。一方、地方六団体側は、生活保護や児童扶養手当はその施行の詳細が定められた法定受託事務であり、地方の裁量権が少なく、三位一体の改革になじまないとして反対した。結局、2005年度予算については負担割合の変更は行なわれなかったものの、引き続き2006年度予算以降に向けて検討するという結論になった。
2006年度予算に向けては生活保護と児童扶養手当のあり方をめぐって国と地方公共団体の代表者などで構成する協議会を設立し、議論が行われたが、最終的に2006年度予算から児童扶養手当の負担を国<math>\frac{1}{3}</math>、地方<math>\frac{2}{3}</math>とすることで決着した。
児童扶養手当を巡る諸問題
認知された子の問題
児童扶養手当では、婚姻によらない出産による児童、いわゆる「未婚の母子の子」を支給の対象としていたが、児童が父に認知された場合、対象にはならないと児童扶養手当法施行令により定められていた。しかし、児童が認知されていてもいなくても、児童が父の養育を欠いている事実に変わりはなく、認知の有無で取り扱いに違いをもうけるのは憲法違反であるとして、認知された子の母親が児童扶養手当を請求する行政訴訟が1990年代に提起された。政府は1998年に児童が父に認知されている場合でも手当が支給できるよう政令を改正した。また、最高裁判所はこの規定を法の委任を超えた違法なものと判断した[3]。
年金との併給の問題
親の養育放棄などにより、児童の母以外が児童を養育する場合も児童扶養手当を請求できる。しかし、児童扶養手当法は養育者が何らかの年金を受けることができる場合、手当の受給資格はないものとしている。たとえば児童の祖父母が児童を養育している場合、祖父母が老齢年金等を受給していれば手当を受けることができない。年金額は児童を引き取ることによって増額にならないのに、手当を受給できないのは公平性を欠く、との申し出に基づき、総務省は厚生労働省に対してこの見直しを求めるようあっせんを行なった[4][5]が、厚生労働省は、手当と年金の併給は二重給付になること、社会保障費が増大する中、財源の有効利用という観点から併給は認められないと回答した[6]。しかし、その一方でこういった場合に里親として費用が措置される親族里親制度を2002年に創設した。
また、年金制度確立前の福祉年金との併給を巡っては、規定の違憲性が争われ、プログラム規定説が唱えられた堀木訴訟が有名である。
母子世帯の貧困率の高さ
日本における貧困率は、母子二人世帯で31.8%、幼児を含む二人世帯で38.1%にのぼるとされる(室住:15)。母子世帯の貧困は、児童のいる全世帯の総所得658.1万円/年に対して、子ども1人の母子世帯の総所得252.3万円/年は前者の38%となっていることにも表れている[7]。 。日本のシングルマザーの80.6%が働いている[8]にもかかわらず、日本ではひとり親の相対的貧困率[9]が高く、無職では60%で30か国中ワースト12位と中位であり、有業のひとり親の相対的貧困率については58%で諸外国中ワースト1位だった[10][11]。多くのシングルマザーがいわゆるワーキングプアの状態に置かれている。
長期受給者に対する給付削減の問題
2002年の母子寡婦福祉法の改正によって、児童扶養手当を5年間以上受給してきた世帯は、2008年からは最大半額を減額されることが定められた。その代わり政府は「就業支援策の充実」によって所得を確保する策を打ち出しているが、上述のようにシングルマザーの就業率はすでに非常に高く、職業能力の向上をはかろうとしても子育てと仕事に追われて学習にさく時間がないなどの問題点が指摘されている。
このため、減額対象を「障害や疾病などで就業が困難な事情がないにもかかわらず、就業意欲がみられない者」に限るとし、実質的に減額を凍結する政令改正が2007年12月25日になされた。しかしこれは無期限延期の位置づけで、制度自体は有効であるため、「5年等経過者一部支給停止」の適用除外(=減額されない)となるよう、受給者が申請しなければならないこととなっている。
対象の受給者には、受給開始から5年を経過する1ヶ月前までに「児童扶養手当に関する重要なお知らせ」が市町村より送付される。これに同封されている「一部支給停止適用除外事由届出書」、および事由を証明する書類を、受給から5年を経過するまでに市町村に提出する必要がある。また、受給から5年経過以降の現況届提出時には、あわせて本届出書およびその証明書類を毎年提出しなければならない。
この手続きを怠った場合(あるいは適用除外事由に該当しない場合)は、5年経過翌月分以降の手当が最大半額になる。
父子家庭の排除
2010年7月まで、父子家庭は児童扶養手当を受給することが出来なかった。東京都のように父子家庭をも含めたひとり親家庭に対し月額1万3500円を支給する児童育成手当など、一部の自治体において、独自に児童扶養手当に相当する給付金制度を創設している場合はあった[12]が、父子家庭であっても現実には経済的に困窮している家庭が少なくないにもかかわらず、一律に児童扶養手当からは排除されていた。逆に母子家庭以上に、「男なんだから働け」「男のくせに残業できないのか」などと世間的な批判を受けるといった問題もあった。このような問題が男性差別ではないかとの批判を踏まえ、2010年5月26日には父子家庭の排除の問題を解消した改正児童扶養手当法が参議院において全会一致で可決され成立し、8月1日から施行された。
不正受給
偽装離婚や男性と同居を秘匿したことによる不正受給も起こっている。
寒河江市では、男性とアパートに同居して事実婚の状態だったにもかかわらず、寒河江市子育て推進課の窓口で母が子供1人と同市に暮らしているなどと虚偽の書類を提出し、平成24年12月中旬~今年8月上旬の計3回、児童扶養手当約50万円を不正受給した疑いで逮捕された事件が起きている[13]。
神奈川県警は2011年11月に、離婚して父子家庭になったように装い児童扶養手当を不正受給したとして、詐欺などの疑いで、いずれも中国籍の横浜市、会社役員(43)と同居の会社社長(40)を再逮捕した。児童扶養手当は2人目から支給額が下がるため、別々に子どもを扶養しているよう装ったとみられている[14][15]。
2008年11月、川崎市在住の3歳女児が、交際相手の男性(24)と実母(21)からの虐待により死亡した。実母は生活保護を受けて児童扶養手当も受給していたが、交際相手の男性と同居しており、殴る蹴るの暴行を行い、水風呂に長時間つけたり、ひもで縛ってカーテンレールに吊るしたりするなどの虐待行為を行っていた。実母は交際男性の子供を妊娠していて不就労だった[16]。
養育費との問題
日本の母子世帯の貧困には、離婚や未婚の母に対して子どもの別れた父親の養育費が2割しかない現状が根幹にあるため、母子世帯にはアメリカ並みに養育費の徴収を強化し経済的自立を助ける必要がある[17]。 しかし、養育費徴収強化については日本の前年度の養育費はその8割を所得として算定するが、NPO法人Winkによると「児童扶養手当の母親の収入申告に『養育費』を8割算入したことには無理があります。現状では自己申告はほとんどされていないし、養育費を受け取ることを逆に妨げる効果になっています」[18]というシングルマザー支援団体自身が認めている、養育費未申告による児童扶養手当の不正受給問題がある。
脚注
- ↑ 福祉行政報告例(平成25年5月分概数)
- ↑ [http://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/pdf/shien.pdf ひとり親家庭の支援についてP51 厚生労働省雇用均等・児童家庭局家庭福祉課 平成25年9月10日(火)]
- ↑ 最高裁判所第一小法廷平成14年1月31日 平成8年(行ツ)第42号事件
- ↑ 児童扶養手当における公的年金との併給制限の見直し等(あっせん) 総務省サイト
- ↑ 児童扶養手当における公的年金との併給制限の見直し等(概要) 総務省サイト
- ↑ 児童扶養手当における公的年金との併給制限の見直し等 総務省サイト
- ↑ ひとり親家庭の支援についてP8 厚生労働省雇用均等・児童家庭局家庭福祉課 平成25年9月10日(火)
- ↑ ひとり親家庭の支援についてP5 厚生労働省雇用均等・児童家庭局家庭福祉課 平成25年9月10日(火)
- ↑ 等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯人員の平方根で割って調整した所得)の中央値の半分に満たない世帯員の割合を算出したものテンプレート:Cite web
- ↑ [1] OECD Growing Unequal? Income Distribution and Poverty in OECD Countries table5.2. 2008年10月
- ↑ 内閣府男女共同参画局 男女共同参画白書(概要版)平成22年版 第26図 子どものいる世帯の相対的貧困率(2000年代中盤)
- ↑ 児童扶養手当「父子家庭にも」の声広がる
- ↑ 児童扶養手当を不正受給 2013年11月1日 読売新聞
- ↑ 離婚装い児童扶養手当詐取 容疑の中国籍2人再逮捕 日経新聞2011/11/8 12:02
- ↑ 父子家庭装い児童手当詐取容疑、中国籍の男女を再逮捕/神奈川 カナロコ2011年11月7日
- ↑ 川崎市児童福祉審議会第4部会 平成21年12月川崎市児童虐待死亡事例検証報告書 2013年11月15日閲覧
- ↑ 独立行政法人 労働政策研究・研修機構 養育費の徴収と母子世帯の経済的自立 周 燕飛 2008年2月8日
- ↑ 内閣府 ゼロから考える少子化対策プロジェクトチーム第6回会合 資料6 NPO法人Wink提出資料 2010年4月21日 2013年3月31日閲覧
関連項目
参考文献
- 坂本龍彥(坂本龍彦)『児童扶養手当法 特別児童扶養手当等の支給に関する法律の解釈と運用』中央法規出版、1987年 (ISBN 4-8058-0451-3)
- 室住眞麻子『日本の貧困――家計とジェンダーからの考察』、法律文化社、2006 (ISBN 4-589-02971-5)
- 厚生労働省「母子家庭の母の就業の支援に関する年次報告」[2]